2009年 03月 19日
既読の『浪漫的な行軍の記録』という陸軍小説に対して、奥泉光が海軍小説を執筆中との情報は入っていたが、それが本書なのである。評者が、期待と不安を持って待ち望んでいた小説である。期待というのは、直近の『モーダルな事象』がすこぶる面白かったからで、不安というのは『浪漫的な行軍の記録』が面白い部分はあったにしても、少し退屈な感じがしたからである。で、結局、本書は期待通りの面白さと退屈さが、どちらも内包された内容であったのことよ。 やはり、平成の夏目漱石と評者が勝手に呼んでいる奥泉光という作家は、高踏的に余裕的に巧い。知的なユーモアを内包した文章に、既存の文体に固執しない自由な筆遣いが心地良いのである。何箇所か、評者もウププと笑ったくらいである。 逆にいうと、巧過ぎて、書き込み過ぎるきらいもある。特に下巻。上巻ではミステリー小説的な展開で飽きさせなかったのが、下巻に入ると、どうも哲学的、形而上的になりすぎて、粗筋に影響がない部分の書き込みは、多少読み流した評者の読書中。 粗筋はというと、探偵小説フリークの主人公が乗り込んだ、巡洋艦「橿原」。そこでの殺人事件、行方不明事件と、謎の部屋の謎の積荷、この二つが軸になって物語が展開していく。誰が何ゆえ殺人事件を起こしたのか?一体あの部屋の積荷は何なんだろうか?というミステリー風味で物語が展開していくのである。 ミステリー風味に加え、SF風味、形而上風味、ハードボイルド風味、怪奇風味、男色風味他、色々なものが混ざり合った風味なんだけど、結局は、この作家、芥川賞受賞作家なわけで、なんだかんだいっても文学風味なのである。 上巻の評価は◎◎。下巻は◎の評価で、全体で◎止まりなのだが、今年の押さえ本である。案外、このミスにもランクインしてきそうである。(20090315) ※久々の書評更新の聖月様である。(書評No870) 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2009-03-19 14:00
| 書評
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Tracked
from 日記風雑読書きなぐり
at 2009-03-29 14:22
タイトル : 奥泉光 『神器 軍艦「橿原」殺人事件』 戦争の狂気をシ..
『鳥類学者のファンタジア』『新・地底旅行』『モーダルな事象』と共通するロンギヌスの石は登場するがこれらが抱腹絶倒の笑いの文学であるのとは異なり、笑いは笑いでも醒めたブラックユーモアである。デフォルメしてあるからブラックユーモアなのだが、戦争のグロテスクな狂気をシリアスに捉えた思索の文学である。... more
Tracked
from 子育ちパパBook・Trek
at 2009-04-06 17:32
タイトル : 奥泉光(著)「神器 軍艦「橿原」殺人事件」★★★★
戦争の愚かさを描く超大作 神器(上) 神器(下)■内 容 太平洋戦争末期。 軽巡洋艦「橿原」が謎の使命を帯びて日本の東へと進路を取る。 艦内倉庫では殺人事件が起き、自殺者も相次ぐ。 大量発生した鼠、もう一人の自分、謎の陸軍士官。 死んだはずの戦友が現れ...... more |
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