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「本のことども」by聖月

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2004年 12月 03日

◎「リピート」 乾くるみ 文藝春秋 1650円 2004/10

◎「リピート」 乾くるみ 文藝春秋 1650円 2004/10_b0037682_23411568.jpg 『晴子情歌』高村薫の書評内でも書いたが、1990年のこのミスにランクインした『リプレイ』ケン・グリムウッドは素晴らしい作品である。評者はこの年、多分小説はこの本一冊しか読んでおらず、勿論このミスなんてランキングがあるのも知らず、ただただどこぞで見かけた記事がきっかけとなって、結果的にその年唯一読了した物語が極上の物語であったわけである。主人公の男は、あるとき心臓麻痺に襲われ、カチリとスウィッチが切り替わり若かりし頃に舞い戻って人生をやり直す体験をする。二度目の人生。それも経験したことのある人生のやり直し、焼き直し。そして、前の人生で心臓麻痺に襲われた同じときまで生きて、またそこでカチリ。三度目の人生を生き直し、そしてまた心臓麻痺に襲われ、またカチリ、四度目の人生を体験する。非常に文学的に静謐な作品で、面白おかしくなりそうな設定を、実に精緻に哲学的に描いた名作である。色んなオマージュ作品もその後出されていることからしても、既にタイムスリップものの古典と言ってもいいだろう。

 本書『リピート』も実際文中に言及があるように、『リプレイ』に対するオマージュ作品である。もし、あなたが10ヶ月前にタイムスリップしませんかと言われたら・・・もしタイムスリップして、以前の自分の人生をやり直せるとしたら・・・そんな設定の物語である。今の記憶を持ちながら以前の自分にスリップした場合に起こりうる妙味、同じ人生のはずなのに、ふとした別行動から起こる現象のズレ、そういったものが痒いところに手が届くように描かれているのが本書の特徴なのだが、『リプレイ』を読んだことのある読者なら、乾くるみのオリジナル発想ではなく、グリムウッドが既に深い考察を重ねたロジックの作者なりの填め直しであることはお気づきかと思う。それでもやはり、パクリではなくオマージュとしての一個のオリジナル作品に仕上がっているところは、これ作者の腕前といったところか。

 今、評者がタイムスリップして今年の1月13日夜の自分に意識が戻れるとしたら、はたしてそれを望むだろうか、自分?もし、スリップしたとしたら、1月13日の夜の評者が何しているところに戻ることになるのだろうか?多分、前者の答えから言うと、評者はタイムスリップを望まない。ひとつには、やり直したいと思うことがないこと。それともうひとつは、過去の自分にも家族はいるのだが、現在世界の家族と別世界の住人になるということが、つまり意識が離れ離れになってしまうということが、淋しくて堪らないからである。後者の答え。1月13日の夜に、はたして自分は何をしていたかというと、1月11日に指宿菜の花マラソン10キロを完走した翌々日で、多分太股が痛いはずである(笑)。それと1月14日の平日に▲『リトル・シーザー』W・R・バーネット◎◎『博士の愛した数式』小川洋子という2冊の本を読了している読書記録から考えると、多分1月13日の夜は『リトル・シーザー』を読んでいたんじゃないかと推測され、評者の精神はベッドの上で読書中の自分へとスリップするんじゃないかな。まあ、そういうことを考えるだけでも、本書は設定としても楽しいSFミステリーなのである。

 ところで『リプレイ』へのオマージュ作品の中で、『リプレイ』同様に評者が素晴らしい作品だと思っている小説がある。それが、場違いな表紙カバーとして掲載した『Y』佐藤正午である。多くは語るまい。多分『リピート』を読んだ読者は、大挙して『リプレイ』に群がるだろう。しかし『リプレイ』へのオマージュ作品に本書以上の素敵な作品があることには、今更中々気付かないだろう。だから今この書評を読んでいるあなたはラッキーである。『リプレイ』に群がったあとに『Y』佐藤正午を読むべし。大崎善生や本多孝好の透き通った静謐な文体で語られる静かな物語が好きな方にはうってつけの、タイムスリップ作品がそこにある。『リプレイ』に群がる気のない、そこのあなたもどうぞ読むべし。下敷きになった作品を読まなくとも、『Y』の素晴らしさは体感できるので。結局『リピート』を薦めているのかどうかわからない書評になってきたが、結論は・・・『Y』佐藤正午を読むべし、読むべし、べし、べし、べし!(20041202)

※もう一度念のため。掲載した表紙カバーは本書『リピート』が下敷きにした『リプレイ』に対するオマージュ作品『Y』佐藤正午のカバーである。(書評No440)

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by kotodomo | 2004-12-03 00:01 | 書評 | Trackback(4) | Comments(4)
Tracked from My Recommend.. at 2004-12-03 08:25
タイトル : 『リピート』 乾くるみ 文藝春秋 (でこぽん)
リピート乾くるみ著出版社 文芸春秋発売日 2004.10価格  ¥ 1,650(¥ 1,571)ISBN  4163233504bk1で詳しく見る ある日、大学4年の毛利のところに電話が掛かってきた。「今から1時間後の5時45分に地震が起こります。三宅島で震度4、東京では震度1です」という奇妙なもの。男は“風間”と名乗り、リピート体験者、つまり時間旅行者だった。そして過去に戻って人生をやり直してみないかと誘う。年齢も性別も職業もバラバラな9人が集まり、風間を含む10人を乗せたヘリコプターは時...... more
Tracked from どこまで行ったらお茶の時間 at 2004-12-06 10:10
タイトル : 乾くるみ『リピート』
リピート 現在の記憶をそのままに過去の自分に戻って人生をやり直す「リピート」に臨んだ10人が、次々と不可解な死を迎える。彼らの前に立ちはだかる殺人鬼の正体とは!? 「リプレイ」+「そして誰もいなくなった」の衝撃。 図書館本は、帯がないのがとても残念。 “『リプレイ』+『そして誰もいなくなった』の衝撃!”が惹句だったのか。 物語の内容を的確に表してるし、確かにソソられますな。じゅるじゅる。 10ヵ月分だけ過去に戻って、人生をやり直せるチャンスがもし与えられたら あなただったら、どう...... more
Tracked from たこの感想文 at 2005-07-27 00:42
タイトル : (書評)リピート
著者:乾くるみ 大学生の毛利桂介はある日突然、「地震予言」の電話を受ける。半信半... more
Tracked from 読んだモノの感想をぶっき.. at 2006-01-21 09:59
タイトル : Y (佐藤正午)
タイムスリップ&タイムパラドックスをネタにした、大人のためのメロドラマ。主要な登場人物は40代前後という中年仕様です。読み気を誘う仕掛けが凝らされているので、他の年代の人も楽しめそうだけど、若い読者では同調しきれない部分が出てくるかも。 タイムパラドックス物らしく、「なぜ?」と「どうなるの?」を巧みに織り交ぜて、こちらの気持ちを逸らせません。そこに、中年男女の思いが多様に折り重なって行きます。ロマンティックとか、血湧き肉踊るという世界ではなくて、甘さを伴わない、苦い切なさが支配的。アダルトな雰囲...... more
Commented by HERMAIONE at 2004-12-03 13:09 x
開けた途端に "Y" 佐藤正午のお出迎えで、
中身はリピート?!
いつもながら、この大きさだと迫力がありますね。
おかしいなあ、リピートの書評のはずなのに、
印象に残ったのは ”Y”佐藤正午 & リプレイだ(笑)
Commented by 聖月 at 2004-12-03 13:47 x
おお、ハーマイオニーさん 毎度コメントおおきに
はい、全部が全部この大きさで出す気はないのですが、
この大きさ使い出すと、普通の大きさにしたとき、何も伝わらないような気がして(^^ゞ
文中それなりに『リピート』評価しているのですが、おっしゃるとおりお薦めは”Y”佐藤正午 & リプレイだ(笑)
Commented by おとぎ at 2004-12-05 22:18 x
聖月さん、はじめまして。
リピートとYを関連付けた書評は、非常に参考になりました。
私は佐藤正午はどうも文体が苦手なのですが、それでも「Y」は良かったですね。タイムスリップものの名作の1つでしょう。
1月13日のことなんて全く記憶にないですが、多分事故死はしないのではないかと。半年前よりもっと前に戻りたいです。
Commented by 聖月 at 2004-12-06 07:15 x
おとぎさん こちらでは初めまして
関連付けたというか『リプレイ』も『Y』も読んでいると『リピート』読みながら自然に考えてしまいますね(^.^)
ただ、それぞれのオマージュ作品違うところが、『Y』の場合オマージュなのかどうかも微妙な焼き直しですし、タイムスリップの齟齬の理屈にはまり込まず、ラストもそれなり素敵なんじゃないかと。
1月13日の夜更けに何をしていたか、これはイベントや読書記録ぐらいですね、私も頼れるのは。日記つけてないし(笑)


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