2004年 12月 05日
エンターテイメント、大衆娯楽小説、ジェットコースターミステリー、色んな見方ができる本書『魔術師』だが、どこから見ても一級品。完璧に読者のために、読書の快楽のために書かれた傑作である。 原題は『The Vanished Man』、“消された男”である。また邦題の副題が“イリュージョニスト”。そして最終的な邦題が『魔術師』とくれば、今回のリンカーン・ライムシリーズの犯人像や題材がどんなものなのか推して知るべしなのである。これまでのシリーズ第一作〇『ボーン・コレクター』や二作目〇『コフィン・ダンサー』(既読書評なし)が、いかにも犯人の呼称を冠した邦題になっていたのに倣い、三作目『エンプティ・チェアー』(未読)や四作目◎『石の猿』の邦題路線から、原題とはニュアンスの違う『魔術師』という犯人呼称に戻したことは、これ出版社としては成功じゃないかな。だって“消された男”じゃあ、なんか昔どっかで読んだ短編の題名みたいだし(笑)。 とにかく、今回のこの小説は一級品である。これまでのシリーズのほとんどを読んできた評者なのだが、最終的に結構面白かったじゃんと感じても、途中のライムの頑固ジジイさに興醒めし、主人公サックスの自虐的トラウマ的な性癖になんだかなあと思い、その二人が訳のわからん恋仲だと描く作者の筆の持っていきかたに納得できず、どこかで作品を好きになりきれない部分があった。それがどうだ。今回は、そんな二人の人物像は極力わきに置いて、犯人と犯行の目的という流れの中に読者を放り込む。そして、魅力的な脇役カーラを配し、読者の興味である手品・マジック・イリュージョンの手法をこと丁寧に配分よく散りばめていく。本当に読んでいて飽きないのである。邦訳ミステリーの今年一番の収穫だろう。何も考えず、未読の方は読むべし。シリーズ全然読んだことないし、って方も迷わず読むべし。海外物のすこぶる面白い直木賞小説だと置き換えて、迷わず手に取るべし。それだけの単独の面白さがここにあるぞ! 今回の謎は、何ゆえに犯人がイリュージョンの趣向を凝らして犯行を重ねていくかというところに妙味がある。これまでのライムの推察だと、犯行を分析して、じゃあ次はこうくる!という対策が解決への道筋になっていたのだが、今回はそうはいかない。何しろ相手は、イリュージョニストであり、誤導(ミスディレクション)のプロなのである。“じゃあ、右手をよく見てください”と言いながら、左手で細工を施し謀り、次に“今度もまた右手をよくご覧ください”と言い、もう騙されないぞと思う観衆は右手は見ずに左手に注視し、その間に犯人は右足で細工を施し謀り、三度目に“本当にちゃんと右手を見てくださいね”と言われた観衆は、もう左手と左右の足の動きとついでに尻の動きや首の動きや口の動きや鼻の穴の動きまで同時に注視しようとするのだが、実際には言った通りに右手で細工を施し、またまた人を謀ってしまうような心理作戦のプロであり、技巧のプロなのである。本当に犯人の最終的な目的がわからず、ライムたちも読者もやられっ放しのミステリーなのである。また、今回の面白さを醸しだしているのは、マジックのトリックではなく、その向こうにある心理効果とその手法という部分の絶妙な紹介の仕方であろう。犯人の行動原理を、名脇役カーラがライムたち素人にわかりやすく説明することによって、読者も“うんうん、そうなのか”と膝を20回くらい叩いてしまう“膝だこ本”なのである(笑)。 読み終わってよ~く考えたときに、動機の謎が不鮮明だったり、一連の犯行など起こさず最初から目的の犯行に及んだほうがよかったんじゃないの?と思わなくもないが、やっぱり面白いものは面白いのだから、これが堪んないんだなあ(^.^)(20041205) ※2004年聖月海外ミステリーベスト1!!!って、今年、あんまりミステリーの海外物読んでないけどさ(笑)(書評No441) 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2004-12-05 11:48
| 書評
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Comments(2)
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from 活字中毒日記!
at 2004-12-05 17:42
タイトル : 12月新刊情報!
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from 日々のちょろいも
at 2004-12-06 10:08
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アメリカのミステリ作家ジェフリー・ディーヴァーの新作『魔術師(原題:The Vanished Man)』池田真紀子訳、文藝春秋(2004)の感想を書いてみました。車椅子の名探偵リンカーン・ライムと恋人...... more
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from 図書館で本を借りよう!〜..
at 2005-08-16 08:32
タイトル : 「魔術師」ジェフリー・ディーヴァー
「魔術師」ジェフリー・ディーヴァー *ミステリー、海外、リンカーン・ライムシリーズ、アームチェアデティクティブ、プロファイリング 、手品、イリュージョン リンカーン・ライムシリーズの最新作です。今回は魔術師(イリューショニスト)がテーマの作品。手品は、ミステリーと同様に、観客にミスディレクションをうまく行うことが、結果の驚きを喚起するわけですが、ライムと犯人の駆け引きが見せ所な作品。ちょと、できすぎかなと思えるものの、これはこのシリーズの一作ということで、帳消し(苦笑)。 その意味...... more
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from 独り言。。。
at 2005-09-05 15:32
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from 島根ではたらく社員のBl..
at 2006-06-04 20:02
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でこぽん
at 2004-12-05 20:53
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こんばんは。
『魔術師』が読了できたのも聖月さんのお蔭です(や、ほんとです)。聖月さんより先に読み終わりたかったので必死でしたから。ははは。夜中12時半まで掛かりましたが、今日無事に返却できて良かったです。面白いので読み始めると夢中になるんですけどね。今回は併読したためやけに時間が掛かってしまいました。だけどラストスパートはすごかったですよ。ほかのこと何もしないで読みましたから。ああ、面白かった。 前作品の良いところが全部でていましたね。 マジックの世界のミスディレクションとミステリのミスディレクションがうまく噛み合っていたと思います。ディーヴァーは巧いですね。ほんとに魔術師の最終目的が判らなかったですからね。 『gift』は半分読んで返却したのですが、読んだほうがいいですかね。 今、『リプレイ』を読んでいます。面白いです。 今日の図書館本は『約束』石田衣良のみ。 司書の方に「わたし的にはすごく良かったです」と言われました。 これは、どうですか?わたし的には不本意ながら借りてきた本です。
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でこぽんさん おはようございます
こういうジェットコースターな物語は、本当に一気に読んだほうが楽しいですね。 ボンコレのときの反省もあって、今回は一気に読みながら、時間の経過というのもしっかり把握して読みましたよ。でも・・・ ライムたち、対応が早すぎ(笑)短い間隔で起きている犯行に、あそこまで対応して。それに犯人のライムたちへの反応も早すぎ(笑)。色んなこと調べて結論だすのに本当に天才たちは早いや(^.^) 『gift』別にいいと思いますよ。わざわざ読まなくても。 自分は読み続けていく作家ですので、これまでと今後の参考には大いに役立つ本だったですが。 『リプレイ』深いです。『リピート』みたいにミステリではないですが、文学小説として哲学的ですね。 石田衣良は、私、作品ごとに読むか読まないかですね。あまり読んでいないのですが『LAST』くらいかな、気に入ったの。 評判のいいIWGPの一作目や『4TEEN』がいまいちだったので、最近は不本意にならないよう(笑)借りてないとこです。 |
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