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「本のことども」by聖月

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2005年 03月 20日

▲「寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁」 島田荘司 光文社文庫 1984/1

 大学時代、一時期、“めぞん一刻”なんてあだ名で呼ばれたことがある。今をときめく漫画「犬夜叉」の作者が、当時「めぞん一刻」なんて題名の漫画を連載しており、その中で主人公の元へ田舎からお婆ちゃんが出向いてくる、そしていっこうに帰らずに主人公のところへ居着いてしまう、そういう話が下敷きになって。

 大学時代、婆ちゃんが鹿児島から東京の下宿まで2回遊びに来たことがある。2回ともに、1ヶ月以上の長逗留である。4畳半のアパートに婆ちゃんと二人。婆ちゃんは、何するわけでもない。朝、新聞読んで、大学に行ってくるという評者を見送った後には、近所の駒込銀座、霜降銀座を散策して、部屋の掃除して、また散歩して、大家さんとだべって、そんな毎日を過ごす。評者は勝手に、コンパ行ったり、アパートに帰らなかったり、そんないつもの生活を過ごす。大学に行くと仲間が“婆ちゃん、まだいるのか。めぞん一刻みたいだな”と揶揄する。

 “そろそろ帰ろうかな”と婆ちゃん。切符を取ってあげて、東京駅まで見送り。勿論、列車名はブルートレイン「はやぶさ」。東京から鹿児島までの寝台特急。評者が見送りさえすれば、鹿児島では母親が迎えにくる。弁当買ってあげて、お茶を買ってあげて、バイバイ元気でねなんて見送り。1ヶ月も一緒にいたわけで、心の中で“婆ちゃん、そろそろ帰んねえかな”なんて思っていた評者。でも、いざ列車が走り出すと、1ヶ月一緒にいたことが、なんだか急に寂しさを喚起して、少し涙目になったなあ。2回目の長逗留からざっと20年。当時、婆ちゃん73歳だったんだなあ。2003年の現在93歳で健在。評者が生まれたとき、婆ちゃん、父ちゃん、母ちゃん、姉ちゃんと自分の5人家族であったが、それから41年経った今も、核たる家族は増えもしないし、減りもしない。ひとえに健康のお陰様である。

 評者自身も、学生時代、鹿児島~東京間を何往復もしたわけで、1回だけブルートレイン「はやぶさ」を利用したことがある。上下2段の寝台。下段のほうがソファー利用で確か料金が高かったはずなのだが、知らないやつがケツつけたとこより、上段のほうがよかろうと決めた評者。夕刻発車の寝台特急は、乗り込む時点で、既に上段ベッドが出されており、買い込んだ酒と肴で評者は早めにグウグウ、おやすみ。夜中に頭の中に宇宙人襲来のニュースが聞こえてきて、慌てて飛び起き、梯子を飛び降り、その途中で梯子に鼻をぶつけて大出血。これ、すなわち、酒飲みの寝惚けであって、出血して初めて現実に呼び戻され、車掌さんを呼んで治療してもらったのも、今は昔の思い出話。

 本書『寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁』を読んで、そんなことを思い出した評者なのである。自分が乗ったことのある列車が題材になっているので、興味深く読んだわけである。書き出しから面白い。意外にスピード感がある。女性の死体がマンションの浴槽で発見される。勿論、全裸。そして、顔がない。顔の肉は全部剥ぎ落とされている。しかし、歯の治療の痕跡から、そのマンションに住んでいた女性と断定される。

 ところが、死亡推定時刻とされる時間より後に、彼女は寝台特急「はやぶさ」の中で目撃されているのである。死亡推定時刻は、午後3時半から翌日の朝までの間。しかし、評者が経験したように、「はやぶさ」は夕刻出発で鹿児島に着くのは翌日のお昼。目撃された彼女は熊本で下車しているので、死亡推定時刻とされる間に生きていたことになる。目撃談に間違いがない印として、写真好きの目撃者が撮った写真の中に彼女の笑顔が。シャッタースピード1/60秒の時間と空間の切り絵。どう?面白そうでしょう。

 ところが、この後がいけない。主人公の吉敷刑事、どうもミステリーに対して不慣れなようである。殺されたはずの女が、生きた姿で目撃されている。ミステリーに慣れていないあなたでも、常識的にこう考えるはず。(1)何かトリックがあるのじゃないか?(2)死体は実は、その女じゃないのではないか?ところが吉敷刑事はこう考える。被害者は双子だったんじゃないかと。そして被害者が双子であったことを証明するための旅が、延々と200/340頁まで続く。そんなわけないじゃないか!ということのために頁が費やされる。読み始めのスピード感が一気にダウン。評価は▲。それとあれはやめてほしい。凶器を持った人物が、人に襲い掛かろうとして、ころんで自分の胸に凶器を刺してしまうという話。手乗り文鳥にキスしたら、嘴で唇突付かれて、出血多量で死んでしまう、そんなことより起こりそうにない話だから。(20031018)

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by kotodomo | 2005-03-20 20:37 | 書評 | Trackback | Comments(0)


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