2005年 03月 25日
村上春樹の書いた小説を読んでいると、村上春樹になりたい、と思ってしまうのは評者だけなのだろうか。別に、翻訳に長じたり、素敵な小説を書いたり、有名になって信奉者に崇め奉られたりとか、そういうのを望んでいるわけではない。村上春樹になりたい、という願望の行き着く先に、具体的な事象は何もない。ただ、村上春樹の書いた小説を読んでいると、村上春樹になりたい、と思ってしまうだけなのである。ところで『羊をめぐる冒険』を語る前に…。 今でこそ映画をとんと観なくなった評者だが、学生時代は適当に観ていた。映画ファンでもなく、ただ娯楽的に楽しむほうだったので、名画座に行くことが多かった当時。雑誌"ぴあ"で確認して、彼女と飲んだ後に、オールナイトの映画に行くこともしばしば。大体4本立てで、テーマを持って上映されることが多い。心に残っているのが、マット・ディロン特集。この男優の名前、知らない人も多いと思うのだが、約20年前特集が組まれるくらいには有名だったのだろう。評者も、この特集4本立てで初めて認識した男優だったが。でもシビレテしまった、マット・ディロンに。そして4本の内、一番心に残った映画「アウトサイダー」をレンタルしてダビングして何度も観た。マット・ディロン、かっちょいい~。フランケンシュタインみたいな顔だが、かっちょぶ~。 ところで、後日知ることになるのだが、この「アウトサイダー」という映画は、通と呼ばれる人のあいだでは要チェックの映画だったのである。というのも出演者にある。まだブレイクしていないトム・クルーズやら、「リトル・ロマンス」で少し売れたばかりのダイアン・レインやら、「ゴースト」だったかいな?アンチェインドメロディーなんて主題歌だったやつ。あの主演男優(名前は知らん)が出ていたりと、なんだかブレイクしていない、後の有名人ばっかりなのである。すべてはここにある、みたいな。 すべては『羊をめぐる冒険』にある。まだ、村上春樹作品を全部読んだわけじゃないが、そう感じる。『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』と本書をあわせて羊三部作とか、鼠三部作とかいう言葉で括られるので、当然前二作はこの物語の中へ吸収されていく。本書で使われる軽妙な会話も、前二作を読んでいないとわからないものもあるくらいだ。そして、本書はその後の村上作品に繋がっていく。本書の中で"国境の南"の単語が出てくること自体はさておいて、本書の存在自体が前二作のように日常を語る域から抜け出し、日常と非日常の境い目のない冒険を紡ぎ出す形態をとり、その後に続く作品への予感を思わせる。(と言いながら現時点では、その後の長篇作品は『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『スプートニクの恋人』『海辺のカフカ』のみ既読だが(^^ゞ)。 『羊をめぐる冒険』を単体としてみたときにはわからないが、作品群を暦年順に並べて振り返ってみたとき、こういう楔(くさび)の作品が浮き出てくるのではないだろうか。トム・クルーズなどが有名になってから、注目を集めた「アウトサイダー」のように。 以上のような理論が評者の思い違いにしても、本書『羊をめぐる冒険』、こういう作品は大好きである。軽妙なハードボイルド会話、絶妙な登場人物たちの配置、そこはかとない喪失感、最後に鼠が僕に頼んだこと、いろんな部分で好きである。それじゃあ粗筋がわからんじゃないか!という人のために一言言うと、本書は羊を捜す僕の冒険の物語である。 読み終えて、もう一度書き出しの文章に戻ったとき、なぜこんな書き出しの文章があの結末に向かって動き出すのか、そういうところが村上春樹なのである。ああ、村上春樹になりたい。(20031129) 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2005-03-25 12:22
| 書評
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Comments(2)
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from 東西南北・閑閑話
at 2005-06-17 09:34
タイトル : 未読了 その2 羊をめぐる冒険
村上春樹を初めて読んだのは1980年、当時ボクは19歳だったかな。 デビュー作からではなくて2作目の『1973年のピンボール』が最初の出会いで、独特の文体や物語の巧妙さ、登場人物の断片的でクールな会話のトーンに、当時、青春真っ只中だったボクは、完全に魅了されてしまったんだ。その後『風の歌を聴け』というデビュー作を直ぐに読んだのは言うまでもないよね。 そして表題の『羊をめぐる冒険』は82年に書かれたもの。 実は前2作の続編になっていて、登場人物も重なり3部作的な仕上げとなっている。 ■僕、鼠、ジェ...... more
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from バラエティーブログ文芸秋..
at 2005-07-02 09:36
タイトル : 羊をめぐる冒険について 〜村上春樹さんの本を読もう その4〜
今回は鼠三部作の最終章羊をめぐる冒険について書かせて頂きます。いつも通り裏表紙のあらすじ(上巻のみ)からどうぞあなたのことは今でも好きよ、という言葉を残して妻が出て行った。その後広告コピーの仕事を通して、耳専門のモデルをしている21歳の女性が新しいガール・フレンド... more
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nokogirisou at 2005-07-23 05:17
tbありがとうございます。私もいつも、書き出しと、その後の結末へ向かっての動き出し方の意外性に惹かれます。そしてどんどんその世界に
入っていって一緒にぐいぐい進んでいく感じがたまりません。
0
村上春樹、出だしの特異な話を、物語の途中で忘れさせられますね。
そいで最後まで読んで、ああ面白かったあ(^O^)/ ふと、書き出しを見ると、ふ~ん、こんな始まりとあんな終わりかあと感心しちゃうのですねえ。 |
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