2005年 03月 31日
多分、あれは評者が27歳くらいの独身の頃、テレビで西川きよしのドキュメンタリー番組(なんで、そんなのやっていたんだろう?)を観ていたときのことである。そのとき、あの品行方正な西川きよし師匠が住み込みのお弟子さんに言った言葉が今でも心に残っている評者なのである。“お前さんなあ、稽古とか云々・・・とにかく誰か一人の人間を一生かかって幸せにする、それがお前の目標だ。な、そういう目標を第一にして色んなことを云々・・・”そのときのそのテレビでの言葉は、そのまま評者の目標になっている。自分に言われたような気がして、そのまま、その言葉を胸の中にしまっている評者なのである。 本書『笑酔亭梅寿謎解噺』の主人公も、師匠の家で住み込みながら修行に励まない(笑)鶏冠金髪の若者である。こちらは、漫才ではなく落語の世界。修行に励まないのは、落語が好きでもないのに、かつての恩師にこの世界へ押し込まれたからで、励まないけど段々と練習は積むようになり、実は才覚なんかはあって、後半になるとその才能が周囲にも認知されだし・・・という成長小説の側面も持つ物語である。 師匠の梅寿も粋な御仁で、大酒のみの八方破れながら、落語界の御大にして弟子には何も教えず行動で教えを示し、中々に風流なジジイなのでこちらの言動も見逃せない。弟子を突っぱねているようで、いい加減なようで、でも人情溢れる人物なので、人情話としても面白い。 で、題名にあるように謎解噺なのでミステリーなのだけれど、これが中々よくできている。連作短編集で7編の落語の噺に見立てた物語が収められているのだが、ひとつひとつのひねりやまとまり度はそれぞれに完成されているのである。ウォー!というようなカタルシスが得られるようなミステリーではないが、しっかりと作られた落とし話なのである。 兄弟子やら、漫才と落語の関係やら、主人公の悪い仲間やら、色んなものが入り込み、至極素敵な物語を構成している逸品とも言えよう。元々、評者には落語の趣味はない。でも、たま~に聞いてみると、最初のうちは入り込めなくても噺の中盤から大いに引き込まれてしまうことが多いように、本書も最初のうちはユーモアがあってまあまあくらいの感じだった印象が、人情や筆の妙味に魅せられて最後には拍手拍手、やあいい噺を聞かせてもらいましたの好印象だったのである。間違いなしの読むべし印なのである。◎◎「雨にもまけず粗茶一服」松村栄子以来の、万人読むべし、読むべし、べし、べし、べしの良書である。多分、本書が次のこのミスの1位になったとしても、評者は驚かない。好みはあろうが、多くの人に好まれるエンタメ小説なのである。読む人も幸せになり、登場人物たちも幸せな、そんな物語なのである。 誰か一人を幸せにしようと思って、それを大きな羅針盤に生きてきた評者なのだけど、今は単身赴任で家族とは離れた生活を自分で選んでいる評者なのだけど、一人じゃなくて三人を幸せにするための努力というものは、そんなに悪いものじゃない。嫁さんと毎日メールでやりとりするけれど、そのメールで想像する三人の生活を想像しても笑顔が見えるなら、それもいいのだ。(20050331) ※名人という人の落語が聞きたくなる一冊である。(書評No503) 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2005-03-31 20:34
| 書評
|
Trackback(6)
|
Comments(4)
Tracked
from 日々のちょろいも
at 2005-04-04 22:45
タイトル : 『笑酔亭梅寿謎解噺』読了。
下の記事でキリ番プレゼントのお知らせをアップしました♪ 田中啓文『笑酔亭梅寿謎解噺』読了。感想はこちら。 めちゃめちゃよかったわ〜! 愛と人情のミステリー(笑)。ミステリ要素はちと弱いけれど、それを補ってあまりあるおもしろさ。装丁にはかなりひい... more
Tracked
from 本を読む女。改訂版
at 2005-06-01 08:55
タイトル : 「笑酔亭梅寿謎解噺」田中啓文
笑酔亭梅寿謎解噺posted with 簡単リンクくん at 2005. 5.29田中 啓文集英社 (2004.12)通常24時間以内に発送します。オンライン書店ビーケーワンで詳細を見る クドカンのドラマ「タイガー&ドラゴン」にはまっちまった私、 一人ひそかに落語ブーム到来である。いやあ、落語って面白い。 ということでこちらの小説、落語がテーマのミステリってことで、 「お、こりゃ北村薫を思い出すねえ」とか思いながら図書館で借りる。 著者は「41歳の瑞々しい感性が描く青春群像」...... more
Tracked
from My Recommend..
at 2005-06-01 08:57
タイトル : 「笑酔亭梅寿謎解噺」田中啓文
笑酔亭梅寿謎解噺posted with 簡単リンクくん at 2005. 6. 1田中 啓文集英社 (2004.12)通常24時間以内に発送します。オンライン書店ビーケーワンで詳細を見る クドカンのドラマ「タイガー&ドラゴン」にはまっちまった私、 一人ひそかに落語ブーム到来である。いやあ、落語って面白い。 ということでこちらの小説、落語がテーマのミステリってことで、 「お、こりゃ北村薫を思い出すねえ」とか思いながら図書館で借りる。 著者は「41歳の瑞々しい感性が描く青春群像」...... more
Tracked
from 雑食レビュー
at 2005-10-04 21:21
タイトル : 笑酔亭梅寿謎解噺
笑酔亭梅寿謎解噺/田中啓文発売元: 集英社価格: ¥ 1,890発売日: 2004/12売上ランキング: 72,580posted with Socialtunes at 2005/10/04 「しょうすいていばいじゅなぞときばなし」と一応ひらがなで書いておく。一瞬何と読むのかわからないようなタイトルだが、表紙を見ればどんな話か大体想像はつく。落語の話である。そしてタイトルに「謎解」とあるので、ミステリなのだということも、すぐにわかる。ドラマ『タイガー&ドラゴン』と比較されがちなこの小説。件のドラマ...... more
Tracked
from Ciel Bleu
at 2005-11-04 06:11
タイトル : 「笑酔亭梅寿謎解噺」田中啓文
[amazon] [bk1] 金髪の鶏冠頭の不良少年・竜二が、元担任教師に引きずられるようにして、大酒飲みで借金まみれの落語家・笑酔亭梅寿に入門することになっ...... more
Tracked
from 読書とジャンプ
at 2006-09-13 00:20
タイトル : 「ハナシがちがう!笑酔亭梅寿謎解噺」田中啓文
ミステリではあるけれど、青春小説。ビルドゥングスものとして楽しく読みました。ミステリというからには探偵がいるわけで、梅寿師匠と弟子の竜二は、てっきり依然読んだ「支那そば館の謎」(感想はこちら)の住職と寺男のような関係かと思いきや、毛利小五郎とコナンくん...... more
こんにちは。同じ記事を2つトラバしちゃいました。ごめんなさい。
この本、「どこかのブログを読んで面白そうって思ったんだけどどこだったっけ」ってずっと思ってたんですが、こちらだと今日わかりました。すごい拾いものでした。ありがとうございました。
0
ざれこさん TB元が違いますから残しておきますね。
私ははてなリンク先の「たこ部屋」ですみたこさんが好感でしたので、それで。 こういう輪の広がりで面白い本を読んでいけるから、ネットも捨てがたい情報なのですよね。 でも、あまり書評になっていないですが、自分(^^ゞ
こんにちは♪
文庫になってようやく読んだんですが、楽しい小説でした。 >読む人も幸せになり、登場人物たちも幸せな、そんな物語なのである。 はい、私も幸せになりました。落ち込んでるときに読み返そう、そう思います\(^▽^)/
かずはさん こんにちは(^_^)
いい小説ですよね。なんか作者の良心が感じられるような。 続編が出たんで、買おうかななんて思っていますが、一作目を図書館で借りたんで、中身覚えているかしらっていうのがちょっと不安です。 でも、読んで、もう一度幸せな気分になろうかな。 |
アバウト
カテゴリ
ことどもカテゴリ
意外と書評が揃っているかもしれない「作家のことども」
ポール・アルテのことども アゴタ・クリストフのことども ジェフリー・ディーヴァーのことども ロバート・B・パーカーのことども アントニイ・バークリーのことども レジナルド・ヒルのことども ジョー・R・ランズデールのことども デニス・レヘインのことども パーシヴァル・ワイルドのことども 阿部和重のことども 荒山徹のことども 飯嶋和一のことども 五十嵐貴久のことども 伊坂幸太郎のことども 伊集院静『海峡』三部作のことども 絲山秋子のことども 稲見一良のことども 逢坂剛のことども 大崎善生のことども 小川洋子のことども 荻原浩のことども 奥泉光のことども 奥田英朗のことども 香納諒一のことども 北森鴻:冬狐堂シリーズのことども 京極夏彦のことども 桐野夏生のことども 久坂部羊のことども 黒川博行・疫病神シリーズのことども 古処誠二(大戦末期物)のことども 朔立木のことども さくら剛のことども 佐藤正午のことども 沢井鯨のことども 柴田よしきのことども 島田荘司のことども 清水義範のことども 殊能将之のことども 翔田寛のことども 白石一文のことども 真保裕一のことども 瀬尾まいこのことども 高村薫のことども 嶽本野ばらのことども 恒川光太郎のことども 長嶋有のことども 西加奈子のことども 野沢尚:龍時のことども ハセベバクシンオー様のことども 初野晴のことども 花村萬月のことども 原りょうのことども 東野圭吾のことども 樋口有介のことども 深町秋生のことども 『深町秋生の新人日記』リンク 藤谷治のことども 藤原伊織のことども 古川日出男のことども 舞城王太郎のことども 町田康のことども 道田泰司大先生のクリシンなことども 三羽省吾のことども 村上春樹のことども 室積光のことども 森絵都:DIVEのことなど 森巣博のことども 森雅裕のことども 横山秀夫のことども 米村圭伍のことども 綿矢りさ姫のことども このミス大賞のことども ノンフィクションのことども その他全書評一覧 最新のコメント
最新のトラックバック
|
ファン申請 |
||