2005年 05月 23日
藤原伊織の久々のというか待望の新作長編の刊行に、早く読みたいとは思いながらも、"いや待て。読むべき積読本はたくさんあるじゃないか。新刊で買わなくても、図書館で借りれるかもしれないし。いや、それ以前の話で、自分は買ってしまうと安心して、すぐ読まずに積読本にしちゃうじゃないか。"という考えもあって、評者は本書を買うのをじっと我慢していた。でも、買っちゃったのだ。ある会合と、その後おこなわれる懇親会までに小一時間のインターバルがあったので、本屋で暇を潰していたら、衝動が押さえられなくなり買っちゃったのだ。"すぐ、読むのだぞ"という決意を確認しながら買っちゃったのだ。 ちなみに、新刊で買ってまだ読んでいない積読本は、価格にしたら5万円分くらいありそうだ。中古で買った積読本まで含めたら、8万円くらいになりそうだ。嫁さんに言えない秘密のひとつである。評者が本をよく買っている事実は嫁さんも知っているが、まさか未読だけで8万円分も本を所蔵しながら、それでも新刊を買っているなんて知れたら、お小遣いを減らされること間違いなしだ。おお恐い。 で、本書の話だが、いつもの藤原伊織作品である。設定がいつもと同じである。いつもと一緒で面白い。いつもと一緒で、ハードボイルドな設定の主人公が出てくる。いつもの強気な設定のヒロインが、展開に花をそえる。会話もいつもと一緒で軽妙である。"なんで、デートに15分も遅刻してくんのよ""そういうお前こそ、なんでこんなとこを待ち合わせの場所にしたんだよ""訊いているのは、私のほうよ。質問に質問で返さないで欲しいわ。答えるほうが先よ"なんてテンポの会話が、繰り広げられるだけでも楽しいのである。そして、いつものように、主人公が関わる必要のない世界に、自ら首を突っ込んでいくことによって面白冒険小説が展開されるのである。 毎回同じ様な枠組みでありながらも作者が工夫しているのは、主人公の設定にある。「テロリストのパラソル」や「てのひらの闇」ではアルコール依存型の主人公と、設定が似通っていたが、「ひまわりの祝祭」では幼児性の抜けない多弁な主人公を登場させた。今回の主人公は、飲酒もまだ覚えていない水道職人の若者で(前3作はおじさん主人公)、学歴や学問的知識には乏しいが、理解力、解釈力に富んだ、潜在的な聡明さを持つのが特徴である。その上、頭の中に蚊トンボがいつの間にか住みついてしまい、それによりスーパーマン的なパワーまで備えてしまったことで、物語の冒険性が格段に飛躍している。 主人公の達雄の頭の中に、蚊トンボのシラヒゲが住みついてしまう。頭の中でエライ喋る饒舌な蚊トンボなのだが、瞬間的な筋肉の力を何倍にもする能力を備えていて、主人公の危機を救う手助けもしてくれる有り難い蚊トンボでもあるのだ。そのコンビが、同じアパートの隣人・黒木を危機から救ってやったことから、物語は始まっていく。正体不明の隣人・黒木が暴力団に追われていることが発端になって、主人公は関わる必要のない闇社会のトラブルに挑む道を選んでいくのである。 ところで、評者は本書を読むことにより、最新の隠し撮りの実態を知ることができた。スケベな世界の隠し撮りにしても、スキャンダルな世界の隠し撮りにしても、カメラの存在がよくバレナイものだなあと常々感じていたのだが。そんな実態を知りたい少しスケベな方も、是非ご一読を。 面白い作品は、あまりは内容まで触れたくはない。そう思わせる作品の典型かと思う。ただし、ラストのシーンで、溜飲が下がらなかったので評価は◎。もうちょっと違ったラストであれば、◎◎だったと思うのだが。 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2005-05-23 07:58
| 書評
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Comments(4)
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from たこの感想文
at 2005-10-20 13:06
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from たりぃの読書三昧な日々
at 2006-07-26 21:14
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by
くら
at 2005-05-23 10:32
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私も先日文庫版で読みました。いやー面白い。いおりんは相変わらず男を書くのが上手いです(女はいまいちだけど)。私はこのラスト、良いと思います。話の流れ上、やはりこれしかなかったのではないかと。溜飲、下がりましたよ。
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くらさん もうラストのシーンで溜飲が下がった下がらなかったの部分がどういうものだったのか忘れてしまいました(^^ゞ
この本、楽しく読んで、すぐ人にプレゼントしちゃったもんですから。 しかし、イオリンの描く男は素敵ですよね。 癌とのこと。頑張って男を書き続けてほしいものです。
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junjun_ma23ki at 2005-05-24 18:41
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