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「本のことども」by聖月

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2005年 05月 29日

◎◎「神無き月十番目の夜」 飯嶋和一 河出書房新社 1890円 1997/6

◎◎「神無き月十番目の夜」 飯嶋和一 河出書房新社 1890円 1997/6_b0037682_21413015.jpg 凄い凄い、もの凄い。圧倒的な描写も、けれんみのないストーリーも、時空を越えた透明感も。

 読書中も、本を閉じた後であっても、非常に衝撃を受けた本である。まだ、衝撃さめやらず、主観的な話をしそうになるのだが、ここはひとつ客観的に紹介したい。でも、主観的なことを、まずひとつ。

 以前、雑誌"ダ・カーポ"で、「我が生涯最高の一冊」という本にまつわる企画に際し、知識人、有名人を中心に"私の一冊はこれです"なんて記事を読みながら評者は考えた。はたして、そのような本が自分にあるのだろうかと。その時は、やはり詩集なら島崎藤村だし、短編集なら川端康成「掌の小説」だし、小説だったら分野によって感じ方が違うので、あれもこれもとなってしまい、一冊には決められないなと思ったりしたものだったが。ところが、本書を読んでわかったことなのだが、そんな小説の分類の中で、評者の心の中には"圧倒された本"とういう分類があったらしい。今回、本書がそこに君臨することとなった。君臨して初めて、今までそこに鎮座していた著書の存在を意識した。12年目にして初めて、その座を譲った本の名は、参考までに「リビィエラを撃て」高村薫である。さあ、主観はここまで。

 1602年陰暦十月十三日に、大藤嘉衛門は御命により小生瀬(こなませ)の地を踏む。小生瀬の村を検(あらた)めるためにだが、しかし、そこには村人はいかった。二、三日前までは、村人が生活していたようではあるのだが。そうなのである。嘉衛門が受けた御命は、村人の所在を突き止めることにあった。読む者の興味を惹き付けるのならば、ここで村人の所在を伏せたまま、物語を進行させれば良いようなものだが、作者はその所在を明らかにしてしまう。只ひとつ、騎馬衆石橋藤九郎の所在だけは、突き止められない。そして、物語は13年前の藤九郎の初合戦に話を移し、本編に入っていく。

 石橋藤九郎を中心に据えて物語りは進んでいくが、作者が考えている主人公というのは、おそらく小生瀬の村であると思われる。村の存亡そのものが、この物語の核をなし、藤九郎その他の人間を書き込むことによって、主人公である小生瀬の村が浮かび上がってくる。

 村の存亡と書いたが、1602年という年は、1600年に関ケ原の戦いで徳川家康が石田三成らを倒し、1603年征夷大将軍として江戸幕府を開場するあいだにあたる。家康は、全国の支配者であることを明示するため、各地に国絵図、郷帳の作成を命じ、年貢のための検地もこの間に行われた。小生瀬の村も、幕府の直轄地としての検地が入ってくることになるのである。

 この、検地が平等なのである。平等な検地という表現に驚くかも知れないが、元来不平等な世界に、平等を持ち込むことほど不平等なものはない。場所の悪い作の良くない田でも、豊穣の田でも、凶作のときの田でも、豊作のときの田でも、同じ様に年貢を納めなさいという平等である。面積を平等に測るだけで、それぞれの田の事情を考慮しない検地なのである。

 それじゃあ、村全体で反対すれば、何とかなるのでは、というのは、徳川家康の目指す江戸幕府には通用しない。そのような村があれば、村ごと滅ぼして、他の村への見せしめとする。滅びた村の年貢は無に帰すが、見せしめとしての影響で、村一揆の予防になり、全体の年貢高は確保される。

 表題の「神無き月十番目の夜」は、十月十日の夜、すなわち村人の楽しみである祭事"十日夜(とうかんや)"を表す。物語の序章は1602年の十日夜を過ぎたところから始まる。一転、本編の藤九郎を中心に据えた物語は、そこを遡ること13年前から始まり、1602年の十日夜を目指して進んでいく。村の適齢期の男女の恋心の書き込み、大人になるために青年が般若心経を修めにいく挿話。そんなキラキラ光るものにまみれて、小生瀬の村は神無き月十番目の夜を目指す。

 著者飯嶋和一は、たまに、希代の寡作家などと紹介される。1989年「汝ふたたび故郷へ帰れず」1994年「雷電本紀」1997年本書2000年「始祖鳥記」という具合に、昨今の一年に1冊もしくは2冊という作家の風潮からは、遠いところに位置する。2000年出版「始祖鳥記」も、非常に評判が良かった作品である。おそらく、読んだ人が考えたであろうことは、"ああ面白かった。次にこの人の作品を読むのは3年後くらいかな、その時が今から楽しみ"、そんな寡作の"佳作家"なのである。

 読め、読め、読めの凄い一冊である。評価にあたっても、◎◎ではなく、◎◎◎か、何か他の☆印などを新設しようかと思ったほどである。但し、心して読め。ページが文字で埋まっているので、読むのに通常の2倍の時間がかかる。言葉の意味も重いから、噛みしめていたら、尚更時間がかかる。時間がかかってもいいから、何回でも読み返したい一冊である。

※県立、市立どちらの図書館にもあり。河出文庫として、既に文庫化済。評者は図書館で借りてしまったため、文庫を買うか、単行本を買うか迷っている。やはり単行本だな。我が生涯最高の数冊のうちの一冊だから。

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by kotodomo | 2005-05-29 21:45 | 書評 | Trackback(5) | Comments(2)
Tracked from 図書館で本を借りよう!〜.. at 2005-06-26 11:09
タイトル : 「神無き月十番目の夜」飯嶋和一
「神無き月十番目の夜」飯嶋和一☆☆☆☆☆(1997) ※[913]、国内、小説、中世、時代小説、江戸時代、ミステリー とにかくオススメ!! 飯島和一の本は、一筋縄ではいかない。ぎっしりとつまった、活字。感情を抑えた筆致。正直、読みにくい。読みにくいとはいうのは、さらっと簡単に読めるの逆の意味で、しっかり読まないといけないという意味。昨今の流行りのライト・ノベルの対極にある重厚な小説。衝撃的である。そしてとにかくオススメ。 常陸の山里、小生瀬の地へ派遣された大藤嘉衛門は、悪...... more
Tracked from 【書評】鬼太のブックレビュー at 2005-12-21 01:26
タイトル : 神無き月十番目の夜 飯嶋和一  AA
燃ゆる魂  題名 神無き月十番目の夜   著者 飯嶋和一  出版 小学館文庫  冒頭 己のみが悪い夢の中に取り残されたようだった。この五月以来、なにもかもすべてが変わってしまった。確かに長く覚めることのない夢の中の出来事だと思い込むほうがわかりやすかっ....... more
Tracked from たりぃの読書三昧な日々 at 2006-05-29 21:38
タイトル : 「神無き月十番目の夜」(飯嶋和一著)
 今回は 「神無き月十番目の夜」 飯嶋 和一著 です。... more
Tracked from 本を読む女。改訂版 at 2007-02-22 01:39
タイトル : 「神無き月十番目の夜」飯嶋和一
神無き月十番目の夜発売元: 小学館価格: ¥ 670発売日: 2005/12/06売上ランキング: 149161おすすめ度 posted with Socialtunes at 2007/02/21 聖月さんが人生最高の書とまで言い切ったこの作品、読まねばならぬと 早速購入して置いてたのだけど、SNSの読書会の二月課題に挙がったので、ようやく読んでみた。 こんなすごい作品を積んでいたとは迂闊であった。早く読め、私。 1602年10月、大藤嘉衛門が派遣された村、小生瀬では、村人が一人もい...... more
Tracked from ぱんどら日記 at 2007-02-28 10:48
タイトル : 飯嶋和一【神無き月十番目の夜】
暗い色あいの表紙にホラー的な雰囲気が漂うが、中身は歴史小説。 冒頭部はリズム感のよい文章なのに、なぜか私の目は文字を上すべり。情景が頭に浮かびにくい。これは私が歴史をろくに知らないのが悪い。文中の固有名詞が、... more
Commented by ざれこ at 2005-07-16 00:31 x
「(非公認)読者大賞blog」のざれこです(笑)早速のエントリありがとうございました。
「読書人生においてのベスト本」投票にエントリさせてもらいました。

それにしても気になりますね、この本。さっき大量に本を買ったところなので
図書館で探してみます。
Commented by 聖月 at 2005-07-16 00:48 x
作者が何を描きたかったのかという深い部分では『告白』町田康とコンセプト似たとこがありますね。
でも、こちら文字がびっしり濃度の濃い~本です。
っていうか、飯嶋和一の本はどれも普通の作家の作品の2倍くらい読了に時間がかかります。でも、嵌まると深いのです。凄いのです。


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