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「本のことども」by聖月

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2005年 06月 09日

◎◎「笑う山崎」 花村萬月 祥伝社ノン・ポシェット 590円 1998/7

◎◎「笑う山崎」 花村萬月 祥伝社ノン・ポシェット 590円 1998/7_b0037682_9483762.jpg 評者は、休みの日には、よく古書店廻りをする。いわゆる古くからある古書店ではなく、主(あるじ)など存在しない商業主義的大型店舗のことである。そして、話題になっている作家の本に底値100円の値札が付いていると、とりあえず買っておく。芥川賞を受賞し、熱狂的なファンも多い花村萬月の本も、そんなこんなで6冊手許にあった。とりあえず600円分である。

 ところが、なかなか読み始めることが出来なかったのである。"愛と暴力の作家"と呼ばれる花村萬月。実は評者、愛と暴力が少し嫌いなのである。高校、大学、社会人と評者の読書傾向は純文学の著作に傾倒していた。そこの中で語られる愛だの暴力だのというものは、実にドロドロして、形而上的である。評者はそういったものに辟易しているのである。また、暴力や裏の世界に関していうと、ノワール(暗黒小説)も、チョットスキデハナイ。「不夜城」(馳星周著)にある暴力渦巻く闇世界でいつまでたっても心晴れない物語や、ちょっとしたことで暗転していく「シンプル・プラン」(スコット・スミス著)の世界は、チョットスキデハナイ。ヨミマスケドネ。

 そういった理由で、やっと手にとった初花村萬月の作品が本書「笑う山崎」であったのだが、滅茶苦茶面白い。パワーがある。凄い、凄まじい、山崎に惚れた。

 主人公山崎は、京都に本拠を置く組織の、トップクラスの極道である。現在は、関東の組織を傘下におさめ、そのお目付け役として関東を中心に顔をきかす。夜の風俗店で、山崎についたホステス・マリーを、初めてあったその晩に殴り、鼻の骨を折り入院させ、入院先の病院のベッドで交わり、そして結婚してしまう。マリーは子連れで、娘パトリシアと山崎との三人での生活が始まる。

 山崎の行動原理は愛である。世俗的な博愛ではない。家族愛と、組織に対する愛である。いわゆる自分が所属するものに対して、愛を示す。それを侵すものに対しては、山崎の方法がとられる。関東で敵対する組のボスに対して、新幹線でマリーに絡んできた酔っ払いのスケベ親父に対して、山崎を殺ろうとした犯人に対して、娘パトリシアの不安全を構築した者に対して、山崎なりの行動原理に基づいた、山崎の方法がとられる。これが凄まじい。身震いするまもなく、チビルまもなく、そのパワーで一気に読ませる。

 本書には、ハード・ボイルド的な空気が漂う。説明的な部分も少なく、男山崎のスタイルで、話がどんどん展開していく。そんな山崎も、娘パトリシアに苦悩する。まだ、幼い少女の心を理解したく、また自分も理解して欲しい。そんな苦悩を、サウナの中で重臣に語ろうとするのだが、言いあぐねてエライ長いサウナになってしまう。その際の、描写、セリフが圧巻である。

 長編ハード・サスペンスと銘打ってあったりする本書だが、ちょっと違う。もとは、「笑う山崎」という短編であったものを、掲載誌の読者の反響に答え、「山崎の憂鬱」「走る山崎」などを書き足していき出版されたのが本書である。短編連作集なのだが時系列的に並べられ、結果として長編スタイルになったのである。著者も扉で書いているが、連作には無駄が無く、作者に緊張と労力を強いるが、長編にはない集中と力が存在するのである。全部で八つの短編が収められた形式になっているが、その短編ひとつひとつが完成され、最後に長編として完成されている。

 久々の愛と暴力を読んだ評者であるが、爽やかな、痛快な、極悪非道な、カリスマな山崎の前に、「続きが読みたい」と素直に感じている。

※100円で買った超お買得本である。この本だけで、先に花村萬月に投資した600円の価値を優に超えている。鹿児島県立図書館にもあり。他の作品を未読なのでいい加減なことを言うが、萬月入門書である。1995年このミス4位。

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by kotodomo | 2005-06-09 19:13 | 書評 | Trackback(1) | Comments(2)
Tracked from 読んだモノの感想をわりと.. at 2005-07-01 18:16
タイトル : 笑う山崎 (花村萬月)
ハードボイルド・タッチの極道小説です。エロはほどほどですが暴力シーンの過激さはかなりのものです。が、主人公山崎の冒険や極道の世界を描いた作品というよりも、彼の言動を通して美学とか生き方がメインでしょう。 この手の作品では、大人の男性読者がかっこよく感じられるだけのビシッと芯の通った美学を読ませて欲しいです。甘口の男の美学に肩透かしを食わされることが多いですが、この作品の主人公山崎はなかなかのものです。エンタメ小説らしいいかにもと思える演出は随所に見られますし、多少偏った感じはするけれど、彼の言動...... more
Commented by notaro_hinemojira at 2005-06-09 19:15
この本昨日図書館から借りてきたばかり。高評価ですね。楽しみです。といってもその前に2冊読む予定なので、こちらの感想は先になりますけど・・・
Commented by 聖月 at 2005-06-09 19:37 x
只今、晩酌しながらツラツラ古い書評の更新作業中。
初めてそれへの反応が・・・嬉しい。
この本は、しばらく間を置いて読み返したい1冊ですね。研ぎ澄まされた贅肉のない傑作です(^.^)


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