2005年 06月 10日
ミステリーもしくはサスペンスの世界には、デッド・リミット物という明らかなジャンルが存在する。ある時間までに目の前の障壁を取り除かないと、起こって欲しくない結果に至ってしまうのである。時には、核ミサイルの発射を止めないと、人類滅亡に至るなんて設定もある。映画でも小説でも、よくある設定であることには間違いない。ハラハラ、ドキドキ、手に汗握るシナリオは、多くの人の興味をひくのである。評者の本棚をちょっと見ただけで、題名だけでもシリトリみたいに並んでいる。本書「真夜中の死線」S・ハンター「真夜中のデッド・リミット」R・デイヴィス「デッドリミット」。捜せばまだまだ見つかるだろうが、面倒なのでご勘弁を。 本書の特徴は、そのリミットまでの設定時間が短いことと、障壁を取り除くべきヒーローが、私生活に問題を抱えるようないい加減さを併せ持つ人物だということにある。 セントルイス・ニューズ紙の記者エヴェレットは、事故にあった同僚の代わりに仕事をするよう命じられる。連絡が来たとき、ボブは会社の社会部長の奥様と同じベッドの中。なんとも下半身がだらしない男である。仕事の内容は、その夜死刑になる男への直前インタビュー。死刑囚の名はビーチャム。死刑執行予定は、午前零時一分。インタビューのための面会時刻は午後四時。そう、リミットまで八時間しかないのである。勿論、ビーチャムは無実の罪で囚われているのではあるが、裁判を経て死刑執行の決まった人物を、いかにして限られた時間で救うことができるのか。また、疑いもなくインタビューを代打でおこなった記者エヴァレットは、どこでビーチャムの無実を感じ、どういう無実の証拠を捜そうとするのか。ハラハラ、ドキドキ、手に汗握って読んでほしい。 ところで、評者の評価が以外に低いのは、この手のやつ、どうせ最後にはうまくいくんだからと思って読んでしまう癖があって、今ひとつハラハラ、ドキドキのジェットコースターに乗り切れないからである。しかしながら、この物語には心動かされるものがあった。作者の書き込む力に心揺さぶられた。無実であることを一番理解しているのは、当然死刑囚ビーチャム本人である。ところが、死刑を迎えるにあたってあがかない。静かに心を鎮め、その時を迎えるために瞑想する。家族もいる。自分の無実を信じ、いまだに自分を愛してくれる妻と幼い娘である。最後の面会のシーンに評者は泣いた。娘に"もう時間だから帰りなさい"と言っても、娘は帰ろうとしない。愛らしく、悲しい瞬間。作者の表現の巧みさ、心の精緻な描写にまいってしまった。 読後に感じたのは、いかにして危機回避するのかを読み進めたいがために、死刑囚ビーチャムの心情描写を落ち着いて読まなかった後悔である。今一度機会があったら、その部分だけでも読み返してみたい。そのときは、また評者は泣くのだろうが。 作者アンドリュー・クラヴァンは、ジョン・ウェルズ記者シリーズをキース・ピータースン名義で、また「切り裂き魔の森」をマーガレット・トレイシー名義で書いているので、ご参考に。 ※新刊本を購入。古書店でも結構置いてある。前に紹介したゆうさんのHP内で当サイトリンクのところに、このコーナーのことを熱血書評と書いてあるが、評者は気分により軟派な文章も書くので一概に当てはまらない。今回も本を読みながら涙したので、泣き虫書評とでもしていただこう・か・な? 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2005-06-10 07:03
| 書評
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