2005年 06月 10日
評者にとっての大傑作であった。自分はこういう本に出会うために読書を続け、こういう本に出会うために過去の話題になった本についても情報を集めているのだと思わせた一冊である。 1997年版の"このミス"の海外編で第9位の作品であるが、その後この著者の他の作品が話題に上らないため忘れ去られつつある名作である。同年第1位の「死の蔵書」ジョン・ダニングに勝るとも劣らない作品であるが、かたや古書を廻る舞台設定、本書は少年院での出来事が中心に据えられているので、「死の蔵書」のほうが広く受け入れられたのはいたしかたないところではある。 本書の舞台は大きく3部に分かれ、最初の3分の1、第1部は主人公を含む少年たち4人のボーイズライフが描写される。少年たちの心情の描写は「少年時代」R.マキャモンを彷彿させるが、その生活形態は大きく異なる。「少年時代」の主人公たち4人は、アメリカの田舎町で純粋に無垢に成長していくが、本書の少年たち4人はヘルズ・キッチンというスラム街で、暴力、無法を友達にしながら、たくましく生き抜いていく。ヘルズ・キッチンの親たちは、自分が生きていくのに精一杯で、子供達の生活の大半を放任している。主人公たちは、家庭に居場所がなく、公共的な遊び場もなく、路上を遊び場所にして過ごす。ケンかもすれば、盗みもする。しかしながら、指導的立場の地区の神父との交流も宝物としており、図書館の本を愛する生活も持ち合わせている。本書の題名「スリーパーズ」は俗語で"請け負った仕事を終えた夜を過ごしている、よそから来た殺し屋のこと"の意味と"州が管理する施設内で九ヵ月以上の期間収容される裁決を受けた青少年犯罪者のこと"の二つの意味がある。彼らは、ヘルズ・キッチンでは当たり前の、つまり他愛のない暴力や盗みを友達にして生活を送っていたが、あるイタズラ心が重大な罪につながり、悪評高い少年院へ収監される。そして、その少年院で体の虐待だけでなく、精神的に一生拭いきれない傷を負わされる。これが第2部にあたる。 第3部では舞台は法廷に移される。「極大射程」スティーブン・ハンターの終盤の法廷劇を思い起こさせるような、鮮やかな法廷劇がここで繰り広げられる。 スラム街で生き抜いていくため、他人にやりこめられないためにたたく大口、減らず口が小説内いろんな箇所でやりとりされるが、ユーモアにとんだハードボイルド的大口、減らず口は、「スコッチに涙を託して」デニス・レヘインを凌ぐものがある。この作者は、そこらへんが相当うまい。お国柄や旧敵国を揶揄する小話などがよくあるが、この物語にも面白い話が出てくる。ある劣等国では、電球を取り替えるのに4人の人間がかかってやらなきゃいけない。一人が脚立の上に立って電球をソケットに差し込む。後の3人は脚立の脚を持ってグルグル回転するのだそうだ。 とにかく、評者はページを繰る手が止まらなかった。読め、読め、読めの一冊である。今のうちに読んでおかないと、その後作者が話題に上らないので、そのうち版元品切れ、重版未定ってことになるかもしれない。翻訳は、このミス2002年版で1位を射止めた「神は銃弾」ボストン・テランの訳者田口俊樹氏によるもので、読み進める手が止まらないのも頷ける。 ※徳間文庫で上下巻にて文庫化済み。多くの話題にあがった本を引き合いに出してみたが、知らない人にはわからないだろう。わからなければ、それらの本も読んでみたまえ! 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2005-06-10 07:38
| 書評
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