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「本のことども」by聖月

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2005年 06月 10日

◎◎「将棋の子」 大崎善生 講談社 1700円 2001/5


 昨年2001年の、各新聞、雑誌の年間出版物の総括で、本書「将棋の子」が結構とりあげられている。高い評価の中で、前作「聖の青春」より本書「将棋の子」のほうがノンフィクションとして完成度が高く、尚且つ面白いという記事もあった。評者は、「聖の青春」を読みながら、終盤ではボロボロ涙を流しながら、"そんなことはないだろう。同じく将棋を扱った2作目が、これを超えることはないだろう"と考えていた。

 評者の考え、予測は間違っていた。本書は1作目を超えている。ただし、やはり1作目があることによって、面白さが倍増していることは間違いないし、1作目で深く触れた将棋世界のことについては再度詳説することは避けているので、やはり、「聖の青春」「将棋の子」と順序だてて読むにこしたことはないだろう。

 前作「聖の青春」のほうは、特別な人間を題材に拾った将棋ノンフィクションであった。他の棋士と違い病気と闘いながら棋界でのし上がり、A級のまま夭折した天才の話であった。本書「将棋の子」は、同じく棋界の頂点を目指しながらも、天才たちの陰に隠れ、棋界を去らざるをえなかったその他大勢の物語である。その他大勢の人生を拾い上げた感動ノンフィクションである。

 著者が、成田英二元奨励会員の今を知るために北海道を訪れるのが、本書全体を通じた大きな構成になっているのだが、併せて本書内ではその他沢山の元棋士たちの人生が語られる。職を転々とする者、将棋雑誌の記者に転身する者、将棋で培った集中力を司法書士試験受験という難関への挑戦にぶつける者、借金を背負って逃げだし1日800円にしかならない仕事をしながら隠れて暮らす者、その他いろいろなその後の人生が語られる。その後の人生を語る前に、頂点を目指していたその前の人生も語られる。

 理解しておきたいことは、例えば、今評者が本書を読んだことを契機に、将棋を勉強し、強くなり、谷川や羽生を超える棋力を身につけたとしても、もはや名人にはなれないということである。棋界で頂点を目指そうとする者は、まず東京もしくは大阪の奨励会に所属しなければならない。この時点では、中学で入会する者もあれば、中学卒業して入会する者もあり、様々である。ただし、21歳の誕生日までに初段になれなかった者は、退会しなければならない。また、26歳の誕生日までに四段になれなかった者も同じである。そして、昇段は誰かが認定するものではない。奨励会員同士が勝負を重ね、勝ち星上位の者が昇っていく厳然とした階段である。

 天才棋士羽生善治の場合、昭和57年6級で入会、翌12歳の8月には1級、59年には初段入段を果たしている。その間、わずか1年1ヶ月という驚異的なスピードである。昭和57年入会組は、チャイルドブランドとか天才軍団とか言われ、羽生以外にも天才棋士たちで溢れており、後の将棋に対する考え方すら変えてきた世代である。彼らに言わせると、将棋の終盤は、ただ単に計算力の世界と言う。高い計算力さえ磨けば、終盤の詰みは見つけられる。要は、そこへ持っていくための序盤、中盤の作り方にあるという。だから、感覚的に自分は終盤の底力があるからと高をくくっていた旧来の棋士などは、終盤を作る前にやられてしまう。

 著者は、そういった旧来の棋士を双発プロペラ機に例える。ゆっくりながらも、順調に基準点を進んで行く双発機に例える。その双発機が1級から初段入段などを目指して飛行していると、後から羽生という大きな目を持った大型台風が追いかけてくる。先に述べた羽生が1年1ヶ月で初段に入段するときの戦績は、55勝22敗である。裏を返せば、奨励会の誰かが55敗を背負う。羽生だけではない57年組の台風が去ったあとは、みんな黒星を重ね、双発機は墜落していくのである。墜落し、年齢制限の壁に阻まれ、退会していくのである。

 著者は、そういった厳しい世界を、故郷の川へ上る魚群にも例える。地方で天才棋士として生まれ育ち、奨励会という荒海へ出て行く。そして将棋のプロという川を遡上していくのだが、限られた体力・能力あるものだけが、目指すところへ辿り着くのである。現在の棋界は冠が7つあるが、ひとつの頂点の向こう側には、辿り着けず去って行った多くの者の人生が横たわっているのである。

 面白いのは、著者大崎善生の生い立ちも書かれていることである。前作の著者略歴で、雑誌「将棋世界」の編集長であることが書かれており、なるほどライターとしての腕は見事だし、棋士や将棋の世界を肌で知っているなあとは思っていた。そこに至る前は、同じ様に奨励会員として棋士を目指していたんだろうと思っていたが、そうではなかった。そこらへんもお楽しみにして、本書を読むことをお薦めする。


※「聖の青春」は文庫化された。ところで、本書の巻末に「聖の青春」の広告記事が載っている。"ルビつきなので、小学校高学年から読めます"と書いてある。本書「将棋の子」はルビはついていないが、おそらく中学生くらいならもう大丈夫かと思う。わからない部分は、わからないまま読み飛ばせばいいのだ。

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by kotodomo | 2005-06-10 08:17 | 書評 | Trackback(6) | Comments(0)
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