2005年 06月 10日
題名とともに"遺作集"の文字が並んでいる。本書は1994年2月に他界した著者の死後、1994年7月に、作者の死から約半年後に出版された短編集であり、遺作集である。今回、角川文庫が新刊文庫として出さなければ、図書館や古書店に行かないと読めなかったはずの珠玉集である。 著者稲見一良は、1931年大阪生まれ。東京に出て、テレビのコマーシャルフィルムの仕事に従事する。狩猟を愛し、河原の石を鳥に見立てて色を塗り、癌と闘いながら小説を書く。本書の中身も沁みてくる小説ではあるのだが、巻末にある作者にまつわる担当編集者の文章に、文芸評論家縄田一男氏の文章に、作者の真摯な生き様と死に様を感じ、評者の頬を涙が伝った。 評価が〇止まりなのには、理由がある。病魔と闘いながらの作品群、完成された作品、そうでないような作品、少しバラツキがあるのである。巻末の作品「鳥」などは、詩なのかメモ書きなのかも判然としないような作品であったりする。評者は、「ダック・コール」「男は旗」「セントメリーのリボン」と読んできたうえでの本書との出会いであったから、最初から稲見作品に対する理解を持っていた。しかし、稲見作品が初めてという読者が読んだら、どう感じるのか?そこらへんを加味して、○の評価とした。それでも"〇の評価くらいだったら読んでみようかな、文庫本でお手軽な値段でもあるし"というかたには、お薦めの本書である。何故なら、本書の中には、◎◎の作品も、◎の作品も転がっているのだから。 評者一番のお気に入りは「不良の旅立ち」である。工員の16歳の少年が、工場長を殴り、工場を飛び出して歩いていると、車椅子の少年と土手の上で出会う。車椅子の少年の方は、近くの療養所を抜け出してきたらしい。行くあてのない二人が、冒険の旅に出る。少し沖合いの無人島へ渡る。サバイバルでありながら、楽しい無人島での生活。しかし、狩猟の人々が時折島へ渡ってきて、狩りをしていくことに息苦しさも感じてくる。そんなとき、座礁した船舶を発見する二人の少年。少年たちの冒険の舞台は、座礁船に移される。智恵と勇気と友情の物語が、読む者の心をワクワクさせる作品に仕上がっている。短編であることが残念な、もっと先を読みたいと思わせる作品なのである。 表題「花見川のハック」もいい。素敵なファンタジィが漂う作品。「煙」もいい。父と息子の心の交流を温かに描く。「花の下にて」もいい。ハードボイルドな男の根底を流れる愛の物語である。なんだ、やっぱり、凄くいいんじゃないかと感じながら、稲見作品初読の方のために、〇の評価を付与する。評者も稲見作品全部を読んだわけではないが、まとまり感のある「ダック・コール」あたりを読んでからこの作品を読んだほうが、読書の深みが増すように感じる。 ※当然、書店で買った本。角川の文庫本新刊案内を見て、ワクワクしながら発売日を待った本である。 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2005-06-10 08:50
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