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「本のことども」by聖月

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2005年 06月 11日

◎「悪党どもの荒野」 ブライアン・ホッジ 扶桑社ミステリー 876円 2001/6

◎「悪党どもの荒野」 ブライアン・ホッジ 扶桑社ミステリー 876円 2001/6_b0037682_14264849.jpg 驚いたときの表現というのも、人により、また場合によって様々で、その分類上の数は特定できないのではないかと思う。驚き自体が、嬉しい驚き、悲しい驚き、ただ単に陰から悪戯な友人が出現して、"わっ"と驚かせて"わっ!"と驚くような他愛のない驚きほか、その種類・分類はいくらでも挙げられそうだし、口癖で"げっ"とばかりしか驚かない、もっと驚いたときは"げげっ"としか言わない若者、"うっそー"としか驚かないルーズソックスの女子高生、"うんだもした!"と鹿児島弁で言う評者の祖母92歳、"オーマイガーッ"と言う映画の中のアメリカ人や浅田次郎、"そんなバナナ!"と言って驚きもしないのに笑いを誘おうとする中年オヤジほか、その反応もきりがないからである。

 評者自身もいろいろな驚き方をするが、本書を読んでいて驚きを感じ、そのとき心の中で発した言葉は"オヨヨ"である。昔、桂三枝が爆発的に流行らせたギャグである"オヨヨ"。冗談で使っても実際には使うことはあるまいと思っていた評者だが、読書しながら感じた小さな驚きには"オヨヨ"と心の中で呟くのが似合う。決して大声で"ガッピョーン!"などと言うのは似合わない。心の中で小さく"オヨヨ"、読書の喜び幸福を感じたときの、評者の心境はまさしくこれである。

 期待して読み始めた本書「悪党どもの荒野」であったが、最初のうち"またか"と少し失望したのである。先日読んだ「9ミリの挽歌」は悪い作品ではなく、そこそこ面白かったのだが、本書の舞台はまたしてもカジノが発端、小悪党と言える人物たちが織りなすドタバタ、近いかたちで似たような設定の本を読むのはつらいなあと思ったのである。ところが、ところが、序盤を乗り切ったところからの展開の面白さ、登場人物たちそれぞれの特徴的な価値観の設定、主人公の心情吐露に代表されるような文学性豊かな筆致、そういったものに"オヨヨ"と思ったのである。こりゃー面白いぞと。

 原題は「WILD HORSES」。野生の馬。主人公の心情を表す言葉なのだが、何故か邦題は「悪党どもの荒野」。野生の馬というより、奔馬たちのチェイスレース(追いかけっこ)に主眼を置いて意訳されたのだろう。

 先行馬はアリスンとトムのチーム。アリスンは後続馬Aのボイドと同棲していたのだが、そのボイドが浮気していた後続馬Bのマデラインとの愛の現場に遭遇、おお暴れ。腹いせにボイドのパソコンのデータをバックアップした上で壊してしまう。ボイドがどういう顔をするか翌日起きてみると、ボイドは家を出ていっている。おまけにアリスンの金銭のあらかたも持ち逃げ。仕方がないので、アリスンは故郷へ向かうことを決心。お金に乏しいため、途中の街で働きながらの旅程となり、ある街で行商途中の堅気のトムと知り合う。トムが行商の途中であったため、このチームの先の足取りが直線的でなくなるのがミソ。アリスンは追われていることを知らないまでも、なぜか銃を一丁購入。

 後続馬Aはボイドとクリスタルのチーム。ボイドは後続馬Bのマデラインと一緒になってカジノの金をちょろまかし、海外の口座へ送金。金を独り占めしようと、アリスンにもマデラインにも黙ってラスヴェガスを出て行くが、口座のお金を現金化するためのパソコンのデータが消去されていることに気付く。結局、先行馬アリスンを追わなければいけないことに気付き、途中で娼婦のクリスタルを恋人にしての追跡行。武器を持っていない唯一のチーム。いや武器は、小賢しく、器用なところか。

 後続馬Bはマデラインとガンサーのチーム。ボイドに裏切られたマデラインは、凶暴な取立屋ガンサーと一緒にそのあとを追う。最初はボイドを追っていたが、すぐにアリスンを追う必要に気付く。銃を何丁持って移動しているのかもわからないくらいの極悪人コンビ。特にガンサーのためらいのない殺戮性、それを支える小さな脳みそが特徴のチーム。

 要するに三つ巴のチェイスゲームの話なのである。先頭を走るアリスンが、追われていることを初めは知らないことと、なぜかまっすぐ故郷を目指さない行程になってしまうところに、本書の面白さの源泉がある。また先行馬チームが文学性豊かな恋愛チームとして表現され、後続馬Aが軽くてお調子で洒脱な性愛チーム、後続馬Bがあらん限りの暴虐性に満ちたチームとして紹介されているのが、本書の流れに起伏をつけている。

 他人を巻き込んでの障害レース。結局、主人公はアリスンのようであるので文学性豊かな恋愛チームが逃げ切るのか、性愛チームが謀って抜き去ることが出きるのか、はたまた暴力コンビが力技で牛耳るのか。アメリカの小説は、悪が勝つのか正義が勝つのかわからないから面白い。評者は、3チームの陣容が揃ったところで、そのレースの行方を楽しんだ上に、文学性豊かな筆致のおかげで、ページを繰る手が止まらなかったことを付け加えておこう。
(20020824)


※翻訳物は、評価が定まっていない本を買って損することもあるので、本書は図書館で借りた。買ってもよかったなというのが、正直な感想である。解説には"先の見えないクライム・ロード・ノヴェル"と書いてある。ヨクワカラン。クライムノヴェルやコンゲームやノワールやカタルシスといった表現は、読書初心者に丁寧でないと思うのだが。

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by kotodomo | 2005-06-11 08:51 | 書評 | Trackback | Comments(0)


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