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「本のことども」by聖月

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2005年 06月 12日

〇「希望の国のエクソダス」 村上龍 文春文庫 590円 2002/5


 本の話を交わす友人は多いが、大抵はネット上、メール上でのやりとりである。実際に飲食をともにしながら本の話を交わす友人は、二人か三人である。精神科医の友人は、「三たびの海峡」帚木蓬生を薦めてくれた。精神科医の書いた本ではあるが、題材はそれによらず、非常に興味深い作品だという助言つきで。日韓の歴史を知る上で、教科書的に興味深い本であった。今回、脳外科医の友人が、著作の薦めでなく、著者村上龍を薦めてくれた。手元に一冊あったのが本書「希望の国のエクソダス」である。評者がこれを買っていたのは、何かの雑誌の短評に、教本的な、教科書的な面白さがあると書いてあったからである。何の教本、教科書かは知らないが、とりあえず買っておいた本である。薦めてくれた友人が言うには、村上龍の本を読むと、こうしちゃいられない、何かしなくっちゃと思ってしまうとのことだった。果たして評者もそう感じるのか、何の教本であるのかと思いながら読み始めた。

 読み始めてすぐ、近未来小説という言葉が浮かんだが、しばらくしてパラレルワールド小説と言ったほうが適切かと思い始めた。小説自体は、2001年から2008年までを舞台にしているが、実際には2001年から2002年に起こった現象を主体にして本書は綴られている。本書が単行本で出版されたのが2000年7月なので、本書に書かれているのは、著者の考えたもうひとつの世界の2001年から2002年の世界なのである。2001年にある事件がきっかけになって、全国的な中学生たちの集団不登校が表面化する。中学生たちは、メールやネットでアメーバー的に共感できる空間を保ちながら、自分たちの環境を進化させていく。ただ、それだけを題材にした話なのだが。

 教本という側面は、今我々を包む世界がどうなっているのかを教えてくれるところにある。なぜ、通貨円が強くなったり弱くなったりするのか。何故、不良債権の売買というビジネスが成り立つのか。何故、日本人は世界に通用しないのか。何故、いろんな動向に株価が変動するのか。中学生たちは、今どういう状況にあるのか等々。面白いのは、未来に現実におこなわれるイベント、すなわち現実世界では既に行われた日韓ワールドカップも盛り込まれていることである。日本と韓国の戦績も書かれているが、はずれているようで当たっているような、そんな両国の戦果の予言書となっている。ただし、円高、円安、株価については、実際の現実世界での結果とは異なっている。が、設定となっている背景が違うので、これはいたしかたないところだろう。

 全体的に、大人の世界が疲弊しているように書かれ、中学生たちの起こす行動がある程度肯定されるような話の進み方ではあるが、中学生たちに垂れ込める重い空気は最後まで晴れてはくれない。何が希望なのか、何があるべき姿なのか、読者に問いを投げかける小説である。ちなみにエクソダスの意味は、本書では説明されない。辞書をひくと"エジプト出国:モーゼに率いられたイスラエル人がエジプトを去ってイスラエルへの長い旅に出たこと"とある。

 評者は、本書を読んで、こうしちゃいられない、何かしなくっちゃとまでは思い至らなかったが、いろいろと考えるところがあった。いろいろ考えていたところ、ある会合に出席し、そこでの出席者の話に、またいろいろ考えてしまったのである。"みなさんも新聞等でご存知のお話かと思うのですが、先般、鹿児島の中学校の修学旅行先で、生徒が陳列商品に唾を吐いたという理由により先生が手を挙げたということがありました。そして、それは新聞の記事となりました。私も、教育界に身を置く者。どうして、そういうことになったのか、伝え聞くこととなりました。なんでも、その生徒さんは、商品が陳列された棚の、あちらで唾を吐きかけ、こちらで唾を吐きかけ、友人たちが止めても唾を吐きかけ、教師が止めても唾を吐きかけ、そして最後に教師が手を挙げざるを得なかったということでした。そして、それが目撃され、新聞の記事になったようです。その報を受け、留守役の校長が、ご両親に謝罪に出向きました。修学旅行から帰ってくるとすぐ、手を挙げた教師と校長が謝罪に出向きました。え?謝罪するべきは両親のほうじゃないか?いえいえ。少なくとも、体罰という行為を取らざるを得なかったことは、これは謝罪すべきことなのです。そういう世の中なのです。"何があっても体罰はいけない、やはり謝罪は必要だと思う人、中学生が、いやその両親こそ謝罪すべきだという人もいるかもしれない。人それぞれに考えはあるだろう。体罰が許されない教育。"殴れるもんなら殴ってみろ。教育委員会に言うぞ"と言う現代の中学生たち。人権が幅を利かせて、窮屈な世の中、不自然な世の中になってしまったとつくづく思う。しかし、待てよ。人権、人権!体罰絶対反対!を唱えて、今のような世の中の仕組みを作ってきたのは、今の大人たちではないだろうか。(20020907)


※一年前、1571円の単行本を500円で買って、喜んだまま読まずにいたら、同じ様な値段で単行本が出てしまった。うくく。もっと掘り下げたい方には「希望の国のエクソダス取材ノート」1143円も2000/9に出版されている。

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by kotodomo | 2005-06-12 07:47 | 書評 | Trackback(2) | Comments(0)
Tracked from itchy1976の日記 at 2005-06-12 23:28
タイトル : 村上龍『希望の国のエクソダス』
今回は、村上龍『希望の国のエクソダス』を紹介します。確かに、今の日本経済は将来のビジョンを全国民に提示できていない。そのことについて、今の若い人は、この主人公たちと違って反乱を起こしていない。むしろ、現実から逃げているようにも思える。だからこそ、今の日本は危機感がない状況だろう。危機感がないけど、将来向かっている社会は、日本が崩壊する方向にむかっているんじゃないだろうか。今の社会は、物語で書かれている経済状況よりまだましだが、物語の方向に向かっているような感じはする。だから、まんざら物語上の話は物...... more
Tracked from 苗村屋読書日記(Blog) at 2005-06-18 20:28
タイトル : 『希望の国のエクソダス』
○0026 『希望の国のエクソダス』 >村上龍/平凡社/2002.05.11【再掲】 【再掲時コメント】『コインロッカー・ベイビーズを再読して、今、『半島を出よ』を読書中なのだが、これがなかなか進まない。JMMで紹介されていて面白そうだったので購入したのだが・・・。本... more


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