2005年 06月 19日
作者小川勝己が『葬列』で第20回横溝正史賞を受賞したとき、各書評、紹介文に"大化けする可能性のある作家"みたいな表現が、複数の記事で見られた。最初にその表現を使った人には、「なかなか的を得た表現をしたなあ」と感心したのだが、その後似たような表現を模倣した人に対しては、評者は自己表現の放棄だと感じた次第である。まあ、いずれにしても言いたいことはこういうことである。"荒削りな部分も否めないが、それを超える小説家としての力を内在している。読ませる力、ぐいぐいと引っ張る力はなかなかのものである。まあ、デビュー作はそれでも合格点をつけるが、問題は今後だな。この力をうまくもっていけば、凄い作品が書けるし、一作目だけで鳴かず飛ばずの新人なんてこともよくあるし。凄い作家になるぞ!と断言して、そうならないといけないから、大化けするするかもしんないなあ、わからんけど、みたいな表現にしとこうかなあ"ということである。評者も同様の感想を持って、書評内でもそれに触れた。視点のブレ、説明の不足している部分等々。その後、二作目三作目と順調に出してきた小川勝己であったが、評者は「まだ、大化けしていないだろう」と思って読まずにやり過ごしてきた。今回、本書『撓田村事件』を新聞の紹介記事で見て気になったので手に取って読み始めたのだが。。。大化けしていた!完璧である!プロである!人により好みの差はあるだろうが、現代における売文作家として決して他に引けをとらない作家になっている。びっくらこいた。まあ、しかし、題名が読めないのが難点だが(笑)「しおなだむらさつじんじけん」 ある地方の村(そこまで辺鄙ではなく、多分市町村合併で隣町と一緒になって市の周辺部分を構成しそうなくらい)の、中学生を主人公に据えた物語である。仲良し男女4人組とクラスの仲間。中学生らしい恋愛問題、友情、信頼、いじめ、つまはじき、そんな題材に少しずつ触れながら物語は進んでいく。で、簡単にいうと、この物語は本格推理物でもあるので、下半身を切り取られた上半身だけの死体が残されるという連続殺人が発生していき、誰が(フーダニット)、何故に(ファイダニット)というのが、謎の中心となって進行していく。まあ、騙されたと思って読んでみてちょ。数々張られた伏線が、後半見事に収斂・終息していく様は、バラバラピースが次々と納得いく場所に収まっていく様に似ている。その手腕は見事と言うしかなく、壮観な手練手管を俯瞰するような感じであろうか。本格推理物と書いたが、評者は本格嫌いということで、鹿児島は伊敷団地というところで名が通っている。しかし本書は、その評者をして、読め、読め、読めの一冊だ!と思わせた。推理しながら読む必要はない。誰だろう、何故だろうと言いながら、ただただ読んでいけばいい。驚くべきは、犯人でもなく、真相でもなく、それを紡ぎ出す作者の手腕にあるのだから。 この小説には特長がある。実は、この小説には名探偵が登場するのである。島田荘司書くところの御手洗、京極夏彦書くところの京極堂にも負けないくらいの、素晴らしい遠眼鏡的考察を持った名探偵である。ところが、この名探偵、物語の初期の頃から顔を出しているのだが、読者はそうとは気付かない。そう、特長とは気付かれない名探偵が登場するところにある。まあ、これも読んでみてちょ。 面白い本がないとお嘆きのあなた。本書は、買ってでも読め、読め、読めの一冊である。評者は図書館で借りたけど。(20030111) ※大化けに驚いて、早速『まどろむベイビーキッス』2002/9を借りてきたぞ。こりゃ『彼岸の奴隷』や『眩暈を愛して夢を見よ』も押さえとかなきゃ。面白いかどうかは別としても。 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2005-06-19 17:23
| 書評
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Comments(2)
ワタシもなにも考えず知らずこの本を読んでえらくヤラれましたです。おもしろく最後まで読めるのもさながら、文章がとてもよみやすく違和感なくさくさく読み進められるミステリってそんなになくって感動しました。登場人物もしっかりしていて本当に個人的には近年稀にみるヒットだったです。また次によんだ『眩暈を愛して夢を見よ』などもどれもなんだかガラッと変わってるかんじでクラクラきてしまいましたです。
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ska@ヒトのにくさん こんばんは
この本は良かったですね。真摯な態度で作者が作り上げた良作かと。 眩暈読んでないんですよね。今度読もうかな。彼岸の奴隷も。 最近、イマイチで新作無視したりしていますが、力を持った作家ですよね。 でも話題にならなくなったしい、みたいな。頑張れ小川勝己なのです。 |
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