2005年 07月 01日
大江健三郎という作家、さほど多くの作品を読んだことはないのだが、芥川賞受賞作家の本を追い求めていた若い時分、いくつかの作品を読んだことがある。中でも一番印象に残っているのが『万延元年のフットボール』。っていうか、結構丁寧に読むことができた上、面白く感じた一冊であったと言ったほうがよいか。四国の山の中を舞台にした、不可思議な小説であったことを覚えている。 丁寧に読む。これが大江健三郎作品を読むときの基本かと。最近になって文芸作品と大衆小説の境目が曖昧になってきているが、大江健三郎という作家はこれはもう文芸、芸術。わかる人にはわかるが、わからん人にはわからんピカソみたいな小説家である。評者は、ピカソはわからないが、大江健三郎はわかる。その筆致、文学的にして、非常に計算しつくされた理系的な文章だと思っている。『万延元年のフットボール』を丁寧に読んだときも、四行前の文節が修飾的に今読んでいる文節を引き立てているような、そんな計算し尽された文章群の羅列に感心したものである。裏返すと読みづらい。読んでいて引っかかる。一般的な小説を楽しみたいという読者には不向きかと思うし、ある高名な批評家も“翻訳されたような文体、しかもこなれていない固い訳の文章”みたいな言い方をしていた。だから、大江健三郎がノーベル賞を受賞して、どこの本屋にも“ノーベル賞作家大江健三郎コーナー”ができて、作品が平積みされたとき、評者は少し可笑しかったのである。たくさん売れるかもしれんが、ほとんど読まれないだろうなあ、って。だって、気軽に気楽に読める作品じゃないもの、大江健三郎。 その大江健三郎が書いた本書『二百年の子供』は、著者が意識して“今を生きるということを書いたファンタジー”である。書き出しに三人組が出てくる。主人公的な少女と年上で知的障害者の兄、それと利発な弟の三人組が時代を超える物語。父親は作家。舞台は四国の山の中。著者の持っているものを、そのまますべて注ぎ込み投影した小説なのである。 それで、読みやすいのか?書き出しを読むと意外に平易な感じで始まる小説なのだが、実際には残念ながらやはり読みづらい(笑)。トピックだけを取り出せば、三人組は一揆が勃発する時代の四国の山に飛び、今はもう死んでしまったお婆ちゃんがまだ入院している頃の病室を訪ね、その昔米国へ渡った少女の元を訪れ、近未来の世界にまで時空を越えて訪問するというやはりファンタジーなのだが、やはり著者が大江健三郎ということは、やはりやはりやはり、その表現するところは高邁で情緒的で文学的で、読んだらわかる世界ではなく、読み取って、汲み取ってわかる世界なのである。ファンタジーと言っても、夢や冒険というより、情感を描いた世界なのである。 評価は◎◎にしたかったが、大江健三郎を知らない方には、○くらい。中間をとって◎にした。少なくとも、文壇を代表するノーベル賞受賞作家が、自分のいなくなる次世代のために、どんな作品を残したのか、そういうことを知っておきたい方は、読んでおくべし。(20040201) ※鹿児島市立図書館で借りる。小説を書くために生まれてきた才人が書いたファンタジーである。 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2005-07-01 09:23
| 書評
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Comments(2)
Tracked
from +++ こんな一冊 +++
at 2005-11-16 07:29
タイトル : 二百年の子供*大江健三郎
☆☆☆・・ ノーベル賞作家が約束していた、「夢を見る人」の、タイムマシンの物語 三人の子供たちが、この国の過去と未来で出会う、悲しみと勇気、 ゆったりしたユーモア、... more
Tracked
from 空想俳人日記
at 2006-03-14 22:20
タイトル : 大江健三郎先生
魂は 洪水の如く 流れ移る 大江健三郎先生、先生は他の作家の方と違って先生と呼ばざるを得ない理由が私にはございます。と申しますのも、芥川賞作家だとか、さらにはノーベル文学賞作家だからなんて、毛頭関係ございません。言うなれば、先生は私の高校時代の大学進路... more
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ふらっと
at 2005-11-16 07:37
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>夢や冒険というより、情感を描いた世界なのである。
ほんとうにそのとおりですね。 真木さんを中心においた「三人組」の心のありようが プラス面にもマイナス面にも片寄ることなく描かれていると思います。 こういう周囲(大人たち)に恵まれた子供はとても幸せだと思うのだけれど 未来の世界で、その存在が異端視されていたのが辛かったです。 けれどそこが、著者からの警告でもあるのかもしれませんね。
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大江作品は、息子の光君をモチーフにした人物が出てきますが、そういうので書き続けるところも凄いですね。
しつこいとかこだわり過ぎという見方も出来ますが、いい意味のこだわりを持った作風ですね。 本作は、基本的に今の子供たち、未来の子供たちに意図して残したような作品で、わかりやすい部分を切り取って、教科書に使ってもよさそう。 もう使われたりしているのかな。 今は死語になったような「三人組」とか「四人組」とかいう懐かしいコミュ。これもいいですね。 |
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