2005年 07月 01日
評者がまだ社会人としては若い頃、高校時代の同級生が四浪して沖縄の大学に在籍していることを思いつき、軽い荷物と軽い脳みそだけ持って、しばらく沖縄に遊びに行ったことがある。 米軍の兵隊御用達のビーチにも行った。男性で胸板の厚い米兵、胸毛バリバリの間に見えた乳首、ビックリしたなあ、もう。男性の乳首だよ。それが、自分の手の親指の先ぐらいの大きさ。“デッケエなあ!身体が全然違うやんけ。こりゃあ、戦争に負けるはずだ”と軽い脳みその評者は言う。 四浪友人が言う。“こっちは風土が違うぜ。気風ってやつかな。でもさあ、いけないのは店に入ってもいらっしゃいませって言わないしさあ、バスに乗っていて身障者が前に立っても席を譲らないんだぜ。いっつも本土は、本土はって、そういうことばかり言っていて、まず自分のとこからしっかりしなきゃ、そういう風に感じるわけなんだ”軽い脳みその評者は“ああ、観光で落ちたお金で暮らしているようなとこだからねえ。なんかそういうのが、やる気とかそういうの無くしてんじゃないの” 軽率な脳みそ若者の発言であった。気風や風土があるということは、そういうことを作ってきた歴史があるということに思い至っていない発言である。昔に遡れば、日本の属国の琉球王国の歴史もある。そして、本書『接近』で古処誠二の書くところの、終戦間もない頃の歴史がある。 『ルール』で終戦間際の南の島での死の行軍の記録を、『分岐点』で日本本土の厭戦と頽廃を書いてきた作家が、本書では終戦間もない沖縄の舞台へ、著者の心を時空を越えて運び行く。そりゃあ、日本本土でも終戦間際は空襲、空襲、焼け野原。知人が死に、親と生き別れ、映画「火垂るの墓」の世界に間違いなかったし、原爆での被害は人類の想像力の実証実験みたいなこともあって悲惨極まりなかったわけである。しかしである。戦争が終わる前、GHQが統治する以前に、米兵の姿を見た民間人は沖縄だけだったのではないかな。それも米兵の姿を間近に見るということは、命と引き換えの記憶…。 本書にはそこまでの描写はない。ひめゆりの話もない。これから米軍が沖縄に総攻撃を仕掛ける、終戦の年の春先が舞台となっている。本土から皇軍が前線を守るためにやってくる。それでも、米軍の物量、情報量にはかなわない。かなわないのに、日本軍がやられてしまうのは、地元の沖縄の人間にスパイがいるからだ!と皇軍は言い出す。その皇軍にも厭戦気分が蔓延しているのが実情。前線から逃げ出した兵隊たちは、遊兵となり山賊と化す。避難壕で踏ん張り続ける村人たちに、逃亡兵たちが“軍が接収する”と暴威を奮い、反抗的な態度と見るやスパイ呼ばわりして実力行使に出る。本当の兵隊がわからない、本当の実情がわからない、それに加え兵隊の中には米軍が送り込んだ日系二世がスパイとして紛れ込んでいるという話も。姿は兵隊でも、本当に味方なのか、言っていることは本当に軍の方針なのか。本書は、そういう疑心暗鬼の沖縄を、少年の目を通して描いた終戦小説である。 今日の仕事に疲れ、子供の笑顔に喜び、そんな日常の中で忘れてしまいがちな過去の戦争。そういうものを思い出させてくれる小説を読むのは、評者にとってはちょっとした気付け薬のような気がする。古処誠二書くところの終戦物。同じシリーズが出る限り、多分評者は読み続けるのだろう。面白いとか面白くないとかじゃなく、知っておきたいから。(20040205) ※鹿児島市立図書館で借りる。 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2005-07-01 09:26
| 書評
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