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「本のことども」by聖月

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2005年 07月 01日

〇「薬指の標本」 小川洋子 新潮文庫 380円 1998/1


 中指は真ん中の指だから中指でいい。人指すときは人差し指で指すので人差し指でいい。親指もまあ何が親かはわからんがいいとしよう。小指も小さいから小指でいい。じゃあ、薬指は?評者が聞き及んだ薀蓄によれば、5本の指の中で一番使わないのがこの薬指らしい。だから、黴菌や汚れが付着する可能性も一番低い。それで今よりもっと不衛生で、手を洗おうにも水道が今みたいにどこにでもあったわけでない昔には、怪我をした際薬をつけるときに、一番清潔であろうと思われるこの薬指をつかって軟膏などを塗っていたそうな。以上聖月にほんむかしばなし。その話を聞いたときから、評者はオロナインやインキンタムシ軟膏をつけるときは薬指しか使わなくなってしまったのである。そう言われれば一番使わない指で、黴菌なんかも少なそうな気がして。

 本書には表題作『薬指の標本』と『六角形の小部屋』の2編の短編が収められている。『薬指の標本』飲料水工場の事故で薬指の先の部分を失ってしまった主人公。あまり使わない指だから、生活にも見た目にもさほどの支障はない。その主人公が「求む」の張り紙に誘われて働き出した先が標本屋さん。ここは何でも標本にするという標本屋さん。小川洋子お得意の箱庭の世界であり、『沈黙博物館』にもその設定は似ている。なぜか存在する特別な場所でのお話なのである。物語は静かに静かに進行していく。多分、ここに持っていけば本も標本にしてくれるだろうし、大人気サイト「本のことども」も標本にしてくれるだろう。そういう何でも標本にしてくれる特別な場所が描かれているのである。

 『六角形の小部屋』ちょっと気になったご婦人のあとをつけていって主人公が辿り着いたのが「語り部屋」。一体どんな部屋なんだろう。みんなが「語り部屋」に入ろうと思ってやってくる特別な場所「語り部屋」とは。

 ふたつの短編ともに、その粗筋的には明確な落ちや結がないものだから、読み手によっては「何?これ?」的な作品である。昔、童話にもそんな類のお話があったような、なかったような。これすなわち大人の童話なのかもしれない。そのお話の中だけに存在する特別な場所。あなたもそこに行ってみませんかみたいな。とにかく小川洋子は、静かに静かに物語を進行させていく。文体もどこか静謐。だから、この糞暑い(やっぱり糞は人名漢字にはふさわしくないようだ、関係ないが)2004年の夏の午後に、静かで涼しい世界に迷い込みたいというあなたにはお薦めの本なのである。値段も390円だし。(20040724)

※単行本が出たのは1994/10。今から10年前の作品なのね。

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by kotodomo | 2005-07-01 12:51 | 書評 | Trackback(4) | Comments(2)
Tracked from ぱんどら日記 at 2006-06-16 15:18
タイトル : 小川洋子【薬指の標本】
化粧品のテレビコマーシャルに人気モデルの山田優が黒いビキニ姿で登場した。肌が白くて目にまぶしい。黒いサンダルをはいている。サンダルの細いストラップがヘビのように白い足首に... more
Tracked from 本を読む女。改訂版 at 2006-10-20 10:24
タイトル : 「薬指の標本」小川洋子
薬指の標本発売元: 新潮社価格: ¥ 380発売日: 1997/12売上ランキング: 3070おすすめ度 posted with Socialtunes at 2006/10/19 フランスで映画化されて、東京ではもう公開されています。 大阪にもそろそろくるのかな。時間があったら行ってみようかなと思います。 小川洋子作品の舞台って、日本って感じがしないものが多い気がします。 「博士・・」は別だけれど、「密やかな結晶」も、この作品も(特に表題作)。 でも絶対にアメリカではないし、ヨーロ...... more
Tracked from slow match at 2008-03-11 21:29
タイトル : 薬指の標本
薬指の標本 小川洋子著 『薬指の標本/六角形の小部屋』の二篇です。 閉じ込めてしまいたい記憶に関する有機的、無機的物たちを標本にするという標本室で働く事になった『わたし』。 その標本室には標本技術...... more
Tracked from のほほんの本 at 2008-05-12 00:07
タイトル : 薬指の標本
小川洋子『薬指の標本』(新潮社 1998) 評価:★★☆☆☆ 久しぶりの純文学的な作品を読んだ気がします。 これぞ純文学。何を言ってるのか分かるようで分からない。分からないようでなんとなく分かる。 いいですね〜、この感じ。 この臭い、雰囲気、触感。まさに...... more
Commented by ぶきおん at 2007-05-13 19:04 x
聖月さん、こんばんは。小川洋子は図書館でかりた「妊娠カレンダー」から気になっている作家です。「薬指の標本」もどこか非現実なんだけどしっくりくる舞台設定がおもしろいな~と。今はでている著書を全て読破しようとふんばっています。またトラバさせていただきます♪
Commented by 聖月 at 2007-05-14 09:48 x
ぶきおんさん こんにちは(^_^)

小川洋子の世界って、例えば村上春樹の世界の終りに出てくるような箱庭的世界が独特ですね。ただし、春樹の場合、そこに冒険があったりしますが、あくまで静かな世界みたいな。

『妊娠カレンダー』を未読なので、いつか、と思いながらの私の小川洋子です。


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