人気ブログランキング | 話題のタグを見る

「本のことども」by聖月

kotodomo.exblog.jp
ブログトップ
2005年 07月 01日

◎◎「影踏み」 横山秀夫 祥伝社 1785円 2003/11


 評者、鹿児島にいたときには、県庁所在地に住んでいたわけで、比較的図書館に行く時間もあったので、県立図書館、市立図書館、ついでにその分室と通っていて、予約やリクエストせずとも、タイミングよく新しい本に出会ったり、新しい本がなくとも読みたかった本に出会えたりと、とにかく出会いを大事にしていたのである。そのお蔭で綿矢りさ姫の『インストール』に出会ったり、古川日出男『13』に出会ったりと楽しい読書ライフを送っていたのである。

 ところが、東京に出てきてみるとそうはいかない。図書館はあるが分室なのでそこまで多くの本を貯蔵していないし、場所的にもビジネス時間でちょっと寄れるようなところではないので、インターネットで予約するというスタイルを取り入れた評者なのである。で、いざ予約しようと思うと何を予約しようかアイディアが浮かんでこない。そういうわけで、結果的に予約数が多くて、中々廻ってこないような本を選んでその到着を待ちわびるような、そんな予約につい走ってしまっている評者なのである。横山秀夫の本なんか未読のやつは全部予約しちゃったわけで、本当はそこまで横山秀夫フリークではないのだが、なんか予約競争みたいのを楽しんでいるわけで、どれが一番最初に手元に来るだろうというのを楽しんでいるような評者なのである。そして、一番最初にゴールインして評者に連絡(メールできます)がきたのが本書『影踏み』なのである。なんか、図書館に行くのにドキドキしちまった。「連絡して24時間以内に来なかったので、もう他の人に貸しましたが」なんて言われたら嫌だなとか、普段予約なんかしたことないもんで、なんか心配で心配で(笑)。まあ、そんなことはないと思いながらも、図書館の受付嬢に確認だけはしたけどさ「何日以内に取りにこないといけないみたいのあります。できればあなたの携帯も教えて」「決まりはないんですけど、1週間以内くらいでお願いしたいんですけど。携帯番号は教えられません」「そうですか。でも僕は図書カード作るとき連絡先に自分の携帯に加えて、超秘密の自分のメルアドまであなた方に教えてしまったわけだから、あなたも僕に教える義務があるんじゃないですか」「チョベリバなオヤジ、早く帰んな」

 いやあ、しかし本書『影踏み』、初予約本という感激には関係なく面白い。『半落ち』に対して直木賞をやるの、やらんのの騒動で、林真理子が"事実設定に誤認がある"という理由で世間を大騒ぎに陥れやがったが、その林真理子に読ませてやりたいような楽しい設定でもある。先に結論から言えば、本は楽しく読めればいいのだ。事実誤認とか六人とか人数には関係なく、設定も面白ければ現実的でなくてもいいのである。例えば直木賞作家の藤原伊織。『テロリストのパラソル』で見事直木賞を射止めたわけだが、その彼が書いた『蚊トンボ白髭の冒険』などそのいい例である。なんかしらんが蚊トンボなるものが、主人公の体の中に入ってしまい、蚊トンボの能力は身につけるは、蚊トンボと頭の中で話しながら冒険するは、絶対起きるわけがない設定で読者を楽しませてくれた作品である。本書『影踏み』もそこのところの設定が、事実誤認どころか事実無根、起きるわけがない設定なのである。主人公の体の中には死んだ弟の魂が宿っており、二人で会話しながら物語が進んでいくのである。ノビ師である主人公。ノビ師とはつまり泥棒の一種の形態であって、空き巣とか強盗とかではなく、家人のいる家に寝静まった頃に忍び込み盗みを働く職人なのである。そうすると色んな危機にも直面するわけで、二人の人間と格闘になれば「兄貴、後ろ危ない!」などと、心の中の弟が教えてくれるというとてもあり終えない設定も出てくるのである。最初のうち読者は戸惑うが、そのやり取りが段々当たり前にもなってくるし、主人公が心の中で弟に呼びかけても弟が反応しないと、どうしちゃったんだろう弟は?と読者も心配になっちゃうくらいの馴染みが、読み進めるにつれ芽生えてくるのである。林真理子よ、本書を読むべし。ありえない設定もいとおかしなのだぞ。

 実は、本書は、連作短編集であり、ハードボイルドなのである。これまでも連作短編集は書いてきた著者。そして男臭い作品も書き続けてきた著者。今回は男臭いのではないのである。ハードボイルドなのである。好きな女に絆されずに生きる主人公、「ノビ師は職業ではない、俺のこれからの生き方だ」みたいな哲学を持つ主人公(実際には主人公はこんな発言はしないが)。何度も書いてきたことだが、ハードボイルドは主人公に惚れるかどうかが読み人にとっての肝心なところである。生き方には共感はしないが、もっと幸せになってもいいんじゃないか、と評者の心の中で呟かせた主人公の行動美学に◎◎。喧嘩が強いのもいいなあ。(20040717)

※主人公と弟との会話のあり方は藤原伊織『蚊トンボ白髭の冒険』に酷似。しかしながらテイストはまた違って面白い。

書評一覧
↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら

by kotodomo | 2005-07-01 13:05 | 書評 | Trackback(3) | Comments(0)
Tracked from たこの感想文 at 2006-05-17 20:44
タイトル : (書評)影踏み
著者:横山秀夫 寝静まった住宅に忍び込み、盗みを働く「ノビ」師・真壁修一。通称「... more
Tracked from のほほんの本 at 2007-03-06 14:43
タイトル : 影踏み
横山秀夫『影踏み』(祥伝社 2007) 評価:★★★★★ 過大評価かもしれませんが、僕はこの作品好きでした。 何が好きって、主人公がカッコ良いところ! 泥棒のくせして情が厚い、口調が悪いけど信念を感じるカッコ良さがある、そんな主人公が好きです。 僕は男だ...... more
Tracked from 仙丈亭日乘 at 2007-03-27 18:41
タイトル : 「影踏み」 横山秀夫
お薦め度:☆☆☆ / 2007年3月6日讀了... more


<< ◎「石の猿」 ジェフリー・ディ...      ◎「クリスマスのフロスト」 R... >>