2005年 07月 01日
野沢尚は嘘つきである。本書の巻末に書いてある。読者の皆さんと一緒に、次のワールドカップや北京での日本サッカーの活躍を楽しんでいきたいと。しかし、自ら命を絶ってしまって、結局評者が本書を読み終え、巻末を読んだときには、嘘の言葉でしかなくなってしまっていた。 嘘つき。親しみを込めて、そう発言している評者なのである。初めての経験なのかもしれない。楽しみにしていたシリーズ本が、もう読めなくなるという経験は。実は、訃報を聞いた時点で、もう『龍時』のシリーズの続編は読めないと決め付けていた評者でもある。だから本書『龍時03-04』シリーズ3作目の出版のニュースを聞いたとき、なんか凄く嬉しくもなったのである。野沢尚からの、最期のプレゼントをもらった気がして。 訃報が届いた時期、ジャパンサッカーはちょうどアジアカップで盛り上がっている時期でもあった。あの、反日感情真っ只中の中国での連戦中である。だから、ふと、思ったのは、アジアカップの最後の結果を知らずに亡くなってしまったんだな、ということ。多分、もう見ていなかったんだと思う。見ていたら、そんな時期に自死を決めないもの。亡くなった決意の理由は全然知らないのだが、もう何をする気力もなく、大好きなサッカーももうどうでもよかったのかもしれない。 だから、本書は、嘘つき野沢尚の評者への最期のプレゼントなのである。ところが、そんなことを抜きにしても、本書の価値は高い。1作目『龍時01-02』では、主人公が日本から世界へ羽ばたく時期を、家族の関係や恋人の関係も交え描いていたし、2作目『龍時02-03』では、異国での活躍、父親との関係のねじれ、恋人マリアの出現を交えながらサッカーという世界を描いていた。まあ、スポーツ小説とは大体そんなものである。本題のスポーツに加え、恋愛、友情、その他を描いて物語を紡いでいくのが読むほうとしても普通かと感じている。翻って本書『龍時03-04』では・・・。 サッカーの試合、サッカーの試合、サッカーの試合の描写のみで話が進んでいく。特に別に書かれているとすれば、主人公リュウジと監督との関係、それぞれの心の裡のみなのである。これは凄い。数あるスポーツ小説の中でも、これだけ試合にのみ描写を割いている小説は少ないのではないか。そして、野球やバスケットやその他のスポーツと違い、ゴールシーンの少ないサッカーというスポーツを描ききっているのだから、その描写力というのは並大抵の力ではないのである。是非、このシリーズ未読の方は、1作目から読んでほしいものである。 舞台は、アテネオリンピックサッカー。しかし、この作品が書かれた時期には、まだ代表を送り出すことが決まった国や、ましてや組み合わせなんて決まってないので、作者の想像の中のアテネオリンピックなのである。最初の試合が、日本対ギリシャ。他に、スペイン、韓国、ブラジルと戦う主人公、いや日本の活躍の物語なのである。果たして、作者の想像の中では、アテネオリンピックで日本はどこまで勝ち進むのか? リュウジは、試合の合間に、前作から付き合いの始まったマリアに思いを馳せる。果たして、二人の恋の行方は・・・もう誰も知らない。続くはずであったシリーズの、途中完結となった本書なのである。(20040828) ※サッカーを一度だけでも応援してテレビ観戦した経験のある方なら、特にこのシリーズのサッカーの描写にとまどうことはないだろう。読むべし。 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2005-07-01 13:58
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