2005年 08月 10日

〇「幸福な食卓」 瀬尾まいこ 講談社 1470円 2004/11

 
よく“みんなで食べると美味しいねえ♪”という言い方があるが、評者にはピンと来ない。味が変わるわけでもあるまいしとか、そういう御託を並べるつもりはない。みんなで食べるより一人で食べるほうが気楽だし、結構好きなのである。多分に本書『幸福な食卓』が暗に指し示すような理想的な食卓からは、遠いところにあった食卓で若年の齢を積み重ねたトラウマかも知れない。

 すべての家族のトラブルは食卓から生まれた。っていうか、昔は家族が集う場所って食卓しかなかったわけで、そこで家長を構える御仁がとんでもない親父だったから(今も健在。今でもとんでもないの現役)、家族のコミュニケーションとかの場ではない。観たいテレビ(例えば秘密のアッコちゃんとか猿飛びエッちゃんとか)も観れず、観たくもないキックボクシングなどを観ながら食事。あるときは気分で、食事しながらテレビを観ることに禁止令が出る(単に子供たちが楽しんでいた番組が自分には面白くないという理由)。好き嫌いは許されず(これは当然だが)、親父が手作りを馳走すると作った餃子には、みかんの皮がみじん切りで入っており、まずいと言ったら怒鳴られ、泣く泣く全部食ったり、とにかく早く食べて勉強机の前に辿り着くのが一番だったなあ。姉貴が反抗期の頃、何か親父と衝突があって、鼻唄フンフンしながら晩飯食ってて、親父が鼻唄を止めろと言い、姉貴止めなかったら・・・親父いきなり食卓の上のジャムの壜で姉貴を殴ってジャムの壜が割れたのは凄かった。ジャムの壜である。普通は頭のほうが割れるのに、壜のほうが割れた親父は運がいい。下手すりゃ警察である。それ以前に、自分の気が済まないという理由で、家族の頭をジャムの壜で殴れる性格のやつの気持ちがわからんし、そういう人物と飯食っていた評者も凄く偉いのかも知れない。

 他にも色んな理由で、大勢で食事っていうのに嫌悪がなくはない。例えば、中華の大皿料理なんて嫌い。円卓に8人なんて限られていて、回ってきた順番に1/8ずつ手元の取り皿に・・・なんて気遣って食うの嫌い。バイキングならいいけどさ。取った者勝ちで。すき焼きとか鍋囲むのも嫌い。とにかくイチイチ取るのは面倒なのである。みんなで焼肉よりも自分のペースで焼肉・・・って俺って暗い?あと、飯食いながらお喋りするのも面倒。真剣に食事と向かい合いたいものである。よくあるシーンで、“一切れ残っているけど、誰の分?”、俺食った、私取った、みんな取った?結局、みんな真剣に食事に向かっていない証左。

 で、結婚してから10年経った、評者の食卓の風景や如何に?いや、自分で築いた家族と食事するのは楽しいですよ。でも色々と自由過ぎる食卓かも。今は東京単身生活だが、鹿児島でスーサラだった頃は、まずは朝食は評者の書斎まで嫁さんが運んできていた。最初にコーヒーが運ばれ、そいで膳が運ばれ、その間評者は新聞&テレビニュース。上の娘は起きるなりいきなり茶の間の食卓に座る。顔を洗う前にだ。ああ、先にオシッコはするな。そいでいきなり食卓で朝飯食うのだ。下の娘はグズグズしながら急かされながら食事。嫁さんは子供たちを送り出してから食事。ははは、バラバラやんけ。ちなみに食べるメニューもバラバラである。

 夜は基本的に一緒である。“パパあ、晩御飯できたよ♪”って娘のどちらかが評者の書斎へ呼びにくる。で、茶の間の食卓に座ると例えばパパ評者にマーボー豆腐が供される。この時点で評者は食べ始める。その後、例えば上の娘にはトンカツ、下の娘には秋刀魚なんてバラバラなメニューが出てきて、先に供されたほうから“こんばんは、いただきます♪”と食べ始める。で、嫁さんはマーボ食い終え刺身に特化して晩酌を始めた評者と一緒に食べる・・・大体そんな感じかな。我が家の食卓の風景。良し悪しはあるが、そんな我が家の食卓風景。

 本書『幸福な食卓』は、「幸福な朝食」「バイブル」「救世主」「プレゼントの効用」の4編からなる連作短編集である。いきなり食卓の風景から始まり、そこから兄妹父母の不思議な生活関係が展開していく。巷ではすこぶる評判のいい本書だが、評者にはイマイチ。一言でいえば、新機軸の某国営放送「中学生日記」という感じかな。悪くない。悪くないけど、温い(ヌルイ)。好きな人にはいい湯加減なんだけど、評者にはこの温度は温い。

 多分、この著者はある意味、読者像を意識していて、その中に43歳の中年男は入っていないのだと思う。例えば、本書内のエピソードに、まとまらないクラスの合唱練習風景が出てくるが、よく考えるとこのエピソードは物語全体の流れの中で、なんら意味を持たない。それをあえて著者が挿入したのは、こういう部分で読者の共感を意識してのことだと思う。悪い意味ではなく、こういうエピソードの挿入によって世界をより共有、理解するためのものとしてだ。女性の読者、あるいは中学の現役教師として自分の生徒たち、そういった読み手への語りかけだろう。

 実は評者も、文章を書くときは必ず読み手を意識するし、ある特定の仮対象を置いて書くよう心がけている。もう一人の自分、もしくは自分と同年代の中年男女。そうすることで、落ち着いて馬鹿な話が書けるみたいな(笑)。

 ただ、本書の対象読者からは結果的に外れてしまった評者なのだが、著者の感性や文体には良心的な幅広さがあるので、未読の方は試しに読むのに躊躇う必要はないだろう。(20050810)

※さて今から晩飯(^.^)今夜は下の娘が呼びにきたのだ。(書評No551)

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by kotodomo | 2005-08-10 19:33 | 書評 | Trackback(2) | Comments(2)
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Commented by kanbe48 at 2005-08-10 19:59
家族のない人の気持ちが分からない人ですね。
Commented by 聖月 at 2005-08-10 21:45 x
kanbe48さん こんばんは(^.^)

仰るとおり家族のない人の気持ちはわからないかも知れません。
でも、家族があってこその苦労は・・・じゃあなくって、そのために閉じ込めさせられた自分の気持ちは、自分しかわからないと思いますよ(^^)v


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