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「本のことども」by聖月

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2005年 09月 24日

◎◎「恋するたなだ君」 藤谷治 小学館 1470円 2005/6


 評者は、娘たちが幼い頃、たくさんのビデオ(「トムとジェリー」なんか20巻以上だったが)を買い与えてきたのだが、「不思議の国のアリス」をいつ買ったかは記憶にあって、まだ上の娘しかこの世にいなかった時期だから彼女が2歳くらいの頃で、鹿児島から東京へ出張にきていた折に空いた時間にパチンコして、少し勝って両替してもたいした金にならないのはわかっていたので「不思議の国のアリス」のビデオに換え、夜嫁さんに電話して“お土産はアリスのビデオだからねえ(^.^)”と伝えたら“あれれ、今日借りてきちゃった。今ビデオ観てるとこだよ”なんてありゃりゃのりゃだったのを憶えている。

 しかしこの「不思議の国のアリス」は、2歳の子供が観て、ああ面白かったなんて単純に思う作品ではない。我が家の娘も、評者が土産ったビデオをどこが面白いのか何度も観てなんて楽しみ方をしていて、やっぱりアリスは一家に一本、借りて観るもんじゃない、と土産ったことを妙に得心させていた自分があるし、そういう自分もどこが面白いのか、娘と一緒になって何度観ても飽きなかった記憶がある(最近は観ていないが)。

 本書『恋するたなだ君』は「不思議の国のアリス」である(キッパリ)。大きくなったり小さくなったりなんてことはないが、論理を無視した形而上的な展開といい、本書の主人公も言っているが“シュールレアリスティック”な世界といい、同種のファンタスティックな物語である。勿論、雰囲気だけでなく、色々と酷似している部分も多い。作者がオマージュとして描いたのか、全然無意識に描いたのかは評者は知らないのだが、やはり『恋するたなだ君』は「不思議の国のアリス」である。

 ウサギさんならぬ輝きを放つ女性を追って、主人公が迷い込んだ世界は不可思議な町。町の看板だけでも、綿菓子喫茶だとか新聞記者屋だとか代理旅行店(忙しいあなたのために、当店が代理で旅行します)なんてものがあって不可思議。そして女性を追って最初に会った二人組は、あのアリスに出てくる可笑しくも意気のあった双子を思い出させる。その場に呆れ去った主人公は、次にはホテルで捉えられ尋問。ゲスト・ルームという名の牢屋に入れられ、そこでもまた、わけのわからない話を延々と聞かされ・・・町の歴史博物館の建物は全部張りぼてだったり・・・ティーパーティーならぬ変な朝食会に出たり・・・とにかくあたり一面“変だらけ”なのである。

 よく考えてみたら主人公も主人公だし、もっとよく考えたらアリスもアリスである。「不思議の国のアリス」を考えた場合、次々と出てくる登場人物たちも相当変わっているが、その場面を深く考えることもなく歩み進んでいくアリスも相当の変わり者である。本書の主人公も変わり者というか、問題意識を持たず真面目に不可思議に対応していくので可笑しいのである。

 本書を読みながら、評者は何箇所もグハハと笑い、も一度読み返してバハハと笑い、もいっちょと読んでギャハハと笑ったものである。そしてそしてそして、終盤からエンディングにかけてのこの温かさはなんなの?この読み終えてのこの優しい気持ちはなんなの?これってもしかしたら・・・大傑作である。ただし、何度観てもアリスの面白さがわからない、意味が不明という人がいるように、万人が万人、そう感じるとは思わない。評者ももういい大人なんだけど・・・評者のファンタジーと作者のファンタジーが一致した大傑作である。読むべし。なんだかんだ言っても、完成度の高いハートウォーミングファンタジーなのだから。今年の押さえ本である。(20050923)

※年末になると、よく私のベストテンなんてのを発表する方が多いが、評者はこれまで発表したことないし、これからもしないだろう。まあ、わけのわからん聖月大賞なんてことはするけど、10位まで順位つけるのはご勘弁なのである。時期や気分や体調でコロコロ変わってしまうので。今日の1位が明日は3位みたいに。でもこれだけは言っておこう。もしベストテンをどうしても作れというなら、本書は順位不動の4位。今日も4位。年末も4位。今日の時点で評者の心の中での1位の作品が、年末には1位でないかもしれないが、本書は不動の4位なのである。それだけ手堅い素晴らしさを持った作品なのである。出会えてよかった、そんな一冊。(書評No570)

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by kotodomo | 2005-09-24 01:02 | 書評 | Trackback | Comments(0)


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