「本のことども」by聖月

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2005年 09月 28日

カテゴリーに「ノンフィクションのことども」作ろうと思ったら


「作家のことども」のところに、「このミス大賞のことども」とかも作っているので、「ノンフィクションのことども」も作ろうと思ったのだけど・・・・

作っている途中で何がノンフィクションかわからんごとなって、やめてもうた。
『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』・・・ノンフィクション?ビジネス本?とか
『笑うカイチュウ』・・・ノンフィクション?エッセイ?って感じで。
『国家の罠』・・・自伝小説???

ダメじゃん、自分。
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by kotodomo | 2005-09-28 07:42 | メモる | Trackback | Comments(6)
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Commented by at 2005-09-28 20:41 x
辞書的には「虚構(フィクション)を全く排した散文。ルポルタージュ,旅行記,伝記,歴史など。」とあるわけで、まあルポと呼べるかどうかですね。

ちなみに私の場合はこんな感じ(確信もって分類しているわけじゃないけど)
http://www.geocities.jp/dokuhi/reading/sbjidx.html#ノンフィクション
師匠と重なっているのは『ワイルド・スワン』『おかしな二人』『将棋の子』あたりですかね。
Commented by 聖月 at 2005-09-28 22:51 x
大先生さあ、そういうことがわかっていながら疑問を持ったわけ。
『将棋の子』はノンフィクションかなあと思うけど、『ワイルド・スワン』『おかしな二人』は主観が混じりすぎて小説的かなあなんて。
ルポして、たまたま片方よりの見方になってもノンフィクションのような気がするんだけど、主観で書き始めたら違うのかなあみたいな。
やっぱ「バケツのできるまで」とか「ミズスマシの一生」なんかじゃないとノンフィクションにならないような気がしてさあ・・・
Commented by at 2005-09-28 23:27 x
マジレスしますと、確かにルポルタージュを辞書で引くと「会的事件を報告者の主観を交えずに客観的に叙述した文学形式」と書かれていたりするわけですが、しかし字際問題としては主観を排することはできないわけです。

しかし主観であっても、単なる自分の思いだけではなくて、見聞した事実に裏づけられた主観であればそれはオーケーなわけです(見聞した事実が第三者にも確認可能なものであればなおよし)。

まあ要は、グダグダ悩まずに、これがオレの考えるノンフィクションだ文句あるか的態度で、さっさとカテゴリーを作っちゃえ、てことです。
Commented by 聖月 at 2005-09-29 07:27 x
大先生、ぐずぐずせずにさっさとノンフィクションのことども作って、そこに大先生の『クリィリカル進化論』を入れなさい!ということですね。
しかしあれも普遍的な客観性があるわけじゃないし、漫画本だし・・・
Commented by でこぽん at 2005-09-29 14:04 x
横レス失礼します。
大先生の大学生に読んでほしい本に『ワイルド・スワン』があげられてしますね。
これは本当に嬉しいです。
是非多くの方に読んで欲しいです。
ノンフィクションでありながら、あそこまでのめり込んで読めるというのは、そこにはやはり物語性があるからでしょう。
若い方に、ノンフィクションでも小説として読める、こういうものこそ夢中で読んでほしいと思います。
Commented by 聖月 at 2005-09-29 14:27 x
中国から8名の客人を迎えたとき、『ワイルドスワン』もしくはユン・チアン知ってるかって訊いたら、知りませんでした。
共産党批判も混じった本ですからないのでしょうね。

私もこの本、読みながら色んなことを考え、色んなことを感じましたよ。
そして、この本に出てくる自分を守るために人を批判する制度、こういう知識って色んなところで役立っています。
中国ビジネス社会の考え方とか・・・


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