2005年 12月 18日
本書『最悪』が1999/2に単行本で出版されたとき、このミスをはじめ、色んなところで話題になったことを記憶している。概して評判がいいのである。評者も非常に興味を覚えたのだが、とりあえずパスした・・・そのわけは、どうやら内容が転落系のノワールらしいというところにある。例えば同様の小説に『シンプル・プラン』スコット・スミスなんてのがあったが、世間様の評価はよくても、評者の好みではなかった。暗くどんよりした雰囲気の中で、主人公がドンドン落ちていく話は評者は好きくないのである。基本的に読んでいて苦しいのである。 ところが、その後の『邪魔』、そこまではノワール系であったが、それ以降の小説はどうやら色んな抽斗から生み出されているようで、また評判もよく、それなら自分も一丁読んで見ようかと借りて後回しにして読まずに図書館に返却して、また借りて未読で返却して・・・そんなことを10回くらい繰り返したような気がする。その間に、伊良部シリーズや『サウスバウンド』などという傑作を先に読むことにより、この作家の物語の紡ぎにいたく感心することとなり、そして今回やっと読んでしまってやったのことよ。いやあ、上手い。多分、出版当時に読んでいたら、転落系ノワールはやっぱり好みに合わないなどと思ったかもしれない。しかし、奥田英朗という作家の最近の傑作群を読み、その抽斗の多さに気付かされてしまってからあらためて本書を読んでみると、これもひとつの抽斗の一部として評価せざるを得ないわけで、とにかく上手いのである。 三人の主人公格が、これでもかと転落していく話である。一人は、チンピラ兄ちゃん。いつの間にか暴力組織の枠の中でもがき苦しみながら・・・転落していく。一人は、銀行のOL。そつなく仕事をしていたはずなのに・・・なぜか、自分のあずかり知らない話の中で転落していく。そして町工場の社長。手堅く仕事をして、少し設備投資に金をかけようかというときに・・・金をかけてからじゃないのに転落していく。三人が三人とも、これでもかこれでもかと転落していくのである。そこらへんの作者の紡ぎ方、容赦のなさがお見事なのである。 一方で、その三人を取り囲む、嫌なやつらの描き方もお見事。描写もお見事なれば、嫌なやつをこれでもかと登場させるオンパレード振りも見事なのである。どうして、こんなにたくさん嫌なやつを思いつくの?って感じなのである。セクハラ問題を組織の和の話にすり返る上司、環境問題を盾に企業の生活を脅かす似非市民の旗手、昔気質の商慣習の中でウジウジする商売人たちサラリーマンたち、男に悪を唆すアンポンタンギャル・・・とにかくこれでもかというように登場する嫌なやつらのオンパレ、天晴れ。 休みの日の午後から深夜にかけて一気に読んだ読書であったのことよ。とにかく深く考えさせない、深く描きこまない、なんでそういう人物なのかの裏側も必要以上に拘らない、そういうテンポで一気に読ませてくれる一冊である。 一人気になった人物がいて・・・町工場の社長の奥様。ご主人が転落の道へ足をかけているということに気付かず、それでも主人のため子供たちのために一生懸命生活している・・・最後の最後、この奥様の生活がどうなるのか心配し気になっていた評者だったのである。そうしたら・・・うんうん、中々いい落ちで良かったんじゃないのかな(^.^)(20051218) ※次の奥田作品はやっぱり『邪魔』かな。(書評No605) 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2005-12-18 15:05
| 書評
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Comments(6)
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from たりぃの読書三昧な日々
at 2005-12-18 19:43
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from Grave of mem..
at 2005-12-18 22:13
タイトル : 雫井 脩介の「火の粉」読了
火の粉 雫井 脩介 著 「火の粉」 ★★★★ 「私は殺人鬼を解き放ってしまったのか?」元裁判官・梶間勲の隣家に,二年前に無罪判決を下した男・竹内真伍が越してきた。愛嬌のある笑顔,気の利いた贈り物,老人介護の手伝い・・・・・。竹内は溢れんばかりの善意で梶....... more
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from 本を読もう
at 2007-04-25 17:04
タイトル : 最悪
この小説の一番恐ろしいのは、誰にでも起こり得る『最悪』なのではないか。小説だから多少大げさな場面を設定しているが、『最悪』に至る過程や結果は、それが大なり小なりとも、誰にでも起こり得る物語である。だから怖いのだ。 例えば雪ダルマ式に膨れる街金からの借金や、男女関係のもつれの末の破滅など、現実社会にはゴロゴロしている。この現実から逃れるわけにはいかないから、この物語に投影すればなお怖いのだ。... more
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from 粋な提案
at 2009-02-10 11:30
タイトル : 最悪 奥田英朗
不況にあえぐ鉄工所社長の川谷は、近隣との軋轢や、取引先の無理な頼みに頭を抱えていた。 銀行員のみどりは、家庭の問題やセクハラに悩んでいた。 和也は、トルエンを巡ってヤクザに弱みを握られた。 無縁だぎ..... more
別の作品からなのですがTBさせていただきました。
私はこの「最悪」を始めに読んで,奥田ワールドにはまりました。 この後読まれる「邪魔」で,どのような感想をもたれるかは分かりませんが,ここでも抵抗がないようなら,「雫井脩介」でもはまれるかもしれませんね。 以上,余計なお世話でした。
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ポット
at 2005-12-18 22:44
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はじめまして。
私はノワール系から奥田作品に入ったので、エッセイや伊良部物に多少戸惑いがありました。今ではどんな奥田さんでも好きなんですけどね。上手いんだもの。 「邪魔」もいいです。読んでいて苦しいというのはわかる気がします。
シリウスさん 実は『火の粉』も避けている作品なのです(笑)
ノワールだから。 奥田『最悪』は奥田作品全体を評価して読もうと思ったのですが、『犯人に告ぐ』で雫井作品を評価できなかったので、今しばらくって感じです。 ええ、ご紹介いただいてありがとうございます(^.^) 今はですね、奥田作品は作家読みなのです。 雫井さんは、まだそこまでないような。
ポットさん 初めまして
ふふふ、私はノワール嫌い(^.^)多分、『邪魔』のあとも、こういう路線ばっかりだったら読まなかったんじゃないでしょうか。 ただし、この作品はノワール超えてエンタメですね。 奥田作品・・・全体が楽しみです。まだまだ未読があるし(^^)v
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シリウス
at 2005-12-21 21:14
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シリウスさん はい(^^)/私、馳周星デビュー作、途中でやめました。
なんだか、男が男に暴力振るうとき性欲が高まるのがわけわかんなくって。 最初、ノワールを感じたのが『シンプルプラン』だったのが、いけなかったのかな。 この作品だったら意外にOKだし、『葬列』なんかもいけたしい、みたいな(^^)v |
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