2006年 01月 22日
このミス2006の海外編1位ということで手に取った本書である。実は読む前に心配していたことがあって、晶文社の短編集というと“異色”短編集という形容がつくものが多く、▲『ヨットクラブ』デイヴィッド・イーリイや○『歌うダイアモンド』ヘレン・マクロイのような、本当に異色で、読者を選ぶような短編集であれば、特に読まなくてもいいんだけど・・・なんて思っていたのも杞憂であった。粒よりのユーモア短編集。ひとつひとつに味わいがあり、それでいて単純な面白さがある。同じ晶文社の◎◎『探偵術教えます』パーシヴァル・ワイルドや◎◎『壜の中の手記』ジェラルド・カーシュが、個人的評価として極上の部類だとすれば、本書『クライム・マシン』は上々の部類だろう。 ほとんど全ての短編に犯罪が介在しており、ユーモアクライム短編集という言い方も可能だろう。代表的なのがMWA賞受賞の「エミリーがいない」。背景には妻殺しという犯罪が。隣に住む妻エミリーの従姉のミリセントが、その所在を尋ねても主人公はサンフランシスコとだけ答える。いつ帰ってくるかわからないという。読者サイドから見ても、こいつ妻を殺しているんじゃないの?というのが、冒頭からプンプン匂う。その妻を町で見かけたという友人の話、妻からの電話、妻からの手紙、夜寝ているときに階下で聞こえた妻の弾くピアノの調べ、怪奇的な要素も入り混じりながら物語は進行していくのだが・・・暗そうな話なのだが、最後には読者はニンマリ。異色短編集にありがちな、曇天雰囲気のもと話が落ちたのかどうかもわからないような、形而上的で突き放したような物語は1編もない。すべて読者は腑に落ちて、それでも行間の雰囲気を楽しめるという粒揃いの短編集である。読後感も、ユーモアチックな爽快感。 面白いのが、後半4編続くカーギュラ探偵社シリーズ短編物。何の説明もないまま、主人公探偵の不思議な能力、行動が間に挟まって物語は進行していく。そして可笑しいのが、この主人公探偵の営業時間が、夜の8時から翌朝4時までというところ。実は読んでいくと、その理由も読者にはハハーンとわかってきて、この主人公ってあの超有名な○○伯爵じゃないの?ってなっちゃうのだが、それでも作者はその事実にはまったく触れようとしない。イェルシング教授の登場とか、雨の日には飛べないと主人公が言うくだりとか、隙間があればどんなところも入り込める主人公の能力とか、鏡のない家の話とか、とにかくこれでもかというほどネタはふっておいて、それでも作者はその主人公の正体には直接触れない。そして、主人公の正体とは別に、各短編ユーモアクライムが上手く味付けされているので、本当にお馬鹿な読者で主人公の正体に気付かなかったとしても、それはそれで楽しめちゃうから素晴らしい。 評者が好きだったのは「こんな日もあるさ」。ロジャー・シェリンガム的面白さ。主人公の警官が“つまりこういうことさ”と思ったこととは随分と事実はかけ離れているのだが、最後には事件が上手く解決されてしまうという寸法なのだ。思ったこととは違ったけど、解決したし、まっいいか、そんな主人公がどこか可笑しい小説である。 全部で17編が収められているが、これはイマイチという作品が1編もなかったことを付け加えておこう。(20060121) ※良質の読書が体験できる一冊。図書館予約でゆっくり待てば(^.^)(書評No621) 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2006-01-22 10:35
| 書評
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Comments(2)
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from 梟通信~ホンの戯言
at 2006-01-26 15:21
タイトル : ウーン そう来たか!玄妙なユーモア ジャック・リッチー..
ぶっきらぼうといってもいいくらい。簡潔なのに説得力のある文章。いつ騙されるかいつ騙されるか、気をつけているつもりでもひっくり返されてしまう。短編の名手として名うての作家の1960年代から70年代にかけての傑作ばかり17編。奇抜な設定が多い。表題作はタイムマシンを発明した男が殺し屋の前に登場。「タイムマシンに乗って行ってあなたの犯行現場を目撃したという」。確かにそうでもしなければわからない細部を知っている。口封じにお金を払うのだが・・。 趣向はいろいろでドラキュラやホームズのパロデイみたいなシリーズも...... more
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from 個人的読書
at 2006-08-12 21:19
タイトル : クライム・マシン
ジャック リッチー, Jack Ritchie, 好野 理恵 クライム・マシン 「クライム・マシン」 ジャック・リッチー・著 晶文社・出版 『どれも好作品ばかりの短編集』 「このミス」の昨年の海外部門の一位です。 晶文社のこのミステリのシリーズは、地味ながら... more
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from 粋な提案
at 2008-06-14 03:20
タイトル : クライム・マシン ジャック・リッチー
「2006年度版このミステリーがすごい!」の海外編第1位。作者は1950年代から80年代にかけて「ヒッチコック・マガジン」「マンハント」「EQMM(エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン)」なぎ..... more
聖月さん、こんにちは、
indi-bookです。私も読みました。 本書は、本当に面白かったですね。 正に短編の醍醐味でした。
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indi-bookさん こんにちは(^.^)
中々の作品が並んだ本書でしたね。 でもって、どんな話だったっけ?って思い返してみると・・・覚えていない(^^ゞ 自分の駄文を読んで、ああそうだった盆休み中です。 |
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