2006年 03月 16日

内観のことども

2006/2/25の記事です。

行きがかりから、内観に行くことになった。
場所は米子。
時期は3月19日の日曜から26日の日曜までの1週間が濃厚。

内観って何かって?

ここに入ると、1週間外界と閉ざされます。
携帯、本、テレビ、一切から切り離されます。
緊急電話も入りません。
その間、ずっと一人。
多分、指導の方からテーマを与えられ、自分の過去の記憶に思いを馳せる・・・
そして、5分くらいで報告して次のテーマ。
3日目くらいから記憶のかけらがボロボロこぼれだす・・・
独房の囚人ですな。たまに、牧師の面会がある。

何を期待して行くのかって?

一義的には何も期待していません。
いや、これがいいっていう経営トップの人間がいて、
無理矢理行かされているそこの連中との今後の付き合いのため、物見遊山。

だって、内観はいつもしているもん。
本を読んでは、ああだったこうだったと過去に思いを馳せる日常だもの。
毎日あくせく日常の現実だけ見ている経営トップとはライフスタイルが違うので。

ちなみに内観も、セミナーも、生協も、読書も使い方によっては宗教になり得る。
内観は素晴らしい、無理にでも行きなさい、
このセミナーは素晴らしい、行かなきゃ話にならないよ、
生協はいいよ、あなたも是非、
んなの、全部、自分だけ満足してりゃいいのに、
他人に大いに何回も薦めるところから、宗教化していくのだなあ。
自発性を待たないというか。

読書もそう。
昔、会社ぐるみで『チーズはどこへ消えた』とか野村監督の本を読ませたりとか、
そういう話があったけど、指導者としては失格。
経営に布教を取り入れたら駄目なのである。

だから、自分も本を人に与えるときは、単にプレゼントするだけ。
メッセージ性は込めないし、無理に感想も聞かないし。

そうそう、内観。
二義的な期待はあります。
1週間健全な三食、ノンアルコール。
きっと出所するときは、特大でモリモリしたウンチが出るだろう。
ついでに、毎朝、腕立てと腹筋でもするかのう。

多分、ここに入っても人は変わらない。
入った人は多く知っているが、みんな変わっていない。
相変わらず煩悩の塊。
ようは、何を気付くか、もしくは何もない空間で何をするかである。

私には、そんな日々耐えられない?
聖月様は、本がないだけなので大丈夫(^^)v

ということで、本の読めない期間+ブログから離れてしまう期間が、そのうち1週間くるからね(^.^)
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by kotodomo | 2006-03-16 06:32 | メモる | Trackback | Comments(2)
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Commented by ざれこ at 2006-02-27 01:11 x
うわあ、そんな場所があるんですか。なんか怖いですねえ。確かに本を読んでは自分の過去を恥ずかしがってる日々ですから、それを突き詰めたら舌でも噛んでしまいそうな私です。有意義であればよいですね。寂しいですがお帰りお待ちしてます。と思ったら3月でしたね。気が早い(笑)
私も1週間くらいの断食合宿を真剣に考えたことがありましたが、それと同じかしら・・・。いや目的全然違うし。私は本を読む気満々でしたし。腹へって本どころじゃないんでしょうけど。
Commented by 聖月 at 2006-02-27 07:38 x
ざれこさん おはござです(^.^)

私のように精神が健全だと勘違いしている輩には、敬遠される場所ですね。
我慢大会みたいな。なんで我慢するの?みたいな(笑)

正直言ってメンタルな部分は期待していません。
人は一週間もほっとかれれば、色んなことを考えるのは当たり前ですから。

要はウンチに現れる健康度。そこが期待。
モリモリ、スッキリとなりたいなあと。

私のように思弁的な(笑)人間には、断食のほうがつらそう。


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