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「本のことども」by聖月

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2004年 10月 13日

◎◎「出口のない海」 横山秀夫 講談社 1785円 2004/8

◎◎「出口のない海」 横山秀夫 講談社 1785円 2004/8_b0037682_14335117.jpg 横山秀夫の作品を読んで初めて涙した。主人公は大学野球の投手。甲子園で活躍した選手であったのだが、肘をこわし、再起をかけて、未だかつて誰も投げたことのないような魔球を投げることを夢見、そしてそれに挑む。そんな彼が、なぜ特攻魚雷「回天」に乗り込んで散っていったのか・・・。

 初っ端の話からそういう設定は明らかになっていたので、彼が最後には死ぬことはわかっていたのだが・・・泣いてしまった評者。ジーンときましたね、彼が思いを遂げられなかった女性に残した手紙を読んで。前にもこんなことがあったような。ああ、『アジアンタムブルー』大崎善生を読んだときがそうだった。読んでないけど『世界の中心で、愛を叫ぶ』片山恭一も同じ作りなのかしらん。

 話の直截的な内容にはこれ以上触れまい。っていうか、ただそれだけの話であって、それ以上でもないし、それ以下でもない。なぜ、魔球を夢見ていた男が「回天」に乗って散っていったのか、それだけの話なのである。

 本書『出口のない海』は、横山秀夫にとっての新境地の作品かと思う。警察もの、事件ものとは関係ない。第二次世界大戦と若者を描いた佳作である。大学野球部と淡い恋。そして、個人の意思が意味を持たない戦争を描いた秀作である。多くの人に読んでもらいたい題材でもある。中学生以上なら読解できる平易な文章に、序盤の人間味ある青春描写、そして誰もが忘れてはいけない戦争という題材。読むべし、読ませるべし、薦めるべし、べし、べし、べしの作品である。

 評者は、たまにこういう作品に出会う。忘れてはいけない題材に、読んでよかったと感じる。例えば『ルール』古処誠二を読んだときも、登場人物たちと一緒になって、飢えに耐え、南の島を行軍した。自分たちを飛び越えて、沖縄に向かって行く敵機の存在を感じる無力感。実際に体感することはあってはいけないことながら、忘れてはいけない事実を疑似体験した。苦しかった。例えば『僕たちの戦争』荻原浩。青春物のテイストで軽く読ませながらも、祖国のために散らねばならぬ軍国青年の描写に、生ぬるい世の中で家族のことだけ考えて過ごすことの出来る自分を重ね恥じ、先人の志に深い感謝の意を覚えた。

 本書『出口のない海』では、「回天」という脱出不可能な兵器に乗り込んで散っていく若者たちの内面から、伝えたかったもの、伝えていかなければならないものに迫っていく。だから、心苦しい読み物は苦手という読者には、最後まで読み通すことができない作品かもしれない。でも、最後まで読むべし。そして、そういう兵器があったことを思い出すべし。そこに散った若者がいたことを記憶に残しておくべし。伝える必要はない。この本が伝えてくれるのだから。(20041012)

※本書を読み終えると、ラヴェルのボレロが聴きたくなる。ボレロを聴きながら読むのも一興かもしれない。本書のモチーフである。(書評No417)

書評一覧
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by kotodomo | 2004-10-13 14:19 | 書評 | Trackback(8) | Comments(9)
Tracked from My Recommend.. at 2004-10-14 20:06
タイトル : 『僕たちの戦争』 荻原浩 双葉社 (でこぽん)
僕たちの戦争荻原浩著出版社 双葉社発売日 2004.08価格  ¥ 1,995(¥ 1,900)ISBN  4575235016bk1で詳しく見る 2001年9月11日、米同時多発テロがあった日に、フリーターの健太はサーフィンの最中に波にのまれてしまう。昭和19年の同時刻、単独飛行訓練中の吾一は意識がなくなり墜落する。二人は時代を超えて入れ替わってしまった…… どうも荻原浩とは相性が悪いし、前作『メリーゴーランド』もイマイチだったので、これもそう期待しないで読んでみた。あらら。むちゃくちゃ面白かった。泣き笑いのツボがドンぴしゃり、だったのよ。いや〜、これほど先が気になって捲...... more
Tracked from 活字中毒日記! at 2004-10-23 19:23
タイトル : 『出口のない海』 横山秀夫 (講談社)
出口のない海横山秀夫著出版社 講談社発売日 2004.08価格  ¥ 1,785(¥ 1,700)ISBN  4062124793人間魚雷「回天」。海の特攻兵器。脱出装置なし…。甲子園の優勝投手は、なぜ、自ら「人間兵器」となることを選んだのか? 96年マガジン・ノベルス・ドキュメントとして刊行された作品を全面改稿したもの。 [bk1の内容紹介]bk1で詳しく見る 近年、現代小説の申し子的な感じで警察小説を中心に精力的に執筆活動を続けている氏の原点とも言える作品である。 形の上ではリライトされてるので新境地開拓の作品と捉えることも出来よう。 ... more
Tracked from AOCHAN-Blog at 2004-12-09 13:32
タイトル : 「出口のない海」横山秀夫
タイトル:出口のない海 著者  :横山秀夫 出版社 :講談社 読書期間:2004/11/29 - 2004/11/30 お勧め度:★★★★ [ Amazon | bk1 ]+++++ 甲子園の優勝投手、並木浩二は、大学入学後、腕の故障を克服すべく、\"魔球\"の完成にすべてをかけていた。しかし、時代は並木の夢を、大きな黒いうねりの中にのみこんで、翻弄する…。愛する人や家族に別れを告げ、運命を託す\"回天\"特攻隊。そこで並木を待ちうけていたの...... more
Tracked from 本を読む女。改訂版 at 2005-10-07 15:03
タイトル : 「出口のない海」横山秀夫
出口のない海posted with 簡単リンクくん at 2005.10. 7横山 秀夫著講談社 (2004.8)通常2-3日以内に発送します。オンライン書店ビーケーワンで詳細を見る これ読む前に荻原浩氏の「僕たちの戦争」を読んでいて、 「出口のない海」でも同じようなテーマを扱っていると聞いていて、 いつか読み比べてやろうと思っていたのだが、案外早く図書館で見つかった。 同じようなテーマ=人間魚雷、回天。 魚雷に人間が搭乗して、敵艦にぶちあたっていく。特攻隊の海バージョン。 これに...... more
Tracked from ミニチュア・コレクション at 2005-10-17 15:41
タイトル : 人間魚雷 回天Ⅰ型 (小西製作所)
最初のその他のコレクションは、人間魚雷  回天Ⅰ型 を紹介したいと思います。 この季節、満開の桜 の花をただ見て、酔っ払いクダをまくのではなく。 日本の将来のために青春を捨て、日本のために亡くなっていった諸先輩達 を、これからは多くの方々に想いだし、... more
Tracked from たりぃの読書三昧な日々 at 2005-11-22 22:06
タイトル : 「出口のない海」(横山秀夫著)
 今回は 「出口のない海」 横山 秀夫著 です。... more
Tracked from たこの感想文 at 2006-07-29 08:55
タイトル : (書評)出口のない海
著者:横山秀夫 「回天」。発射と共に搭乗者の死を意味する人間魚雷。第2次大戦末期... more
Tracked from 仙丈亭日乘 at 2007-03-27 18:46
タイトル : 「出口のない海」 横山秀夫
お薦め度:☆☆☆☆ / 2006年8月15日読了 ... more
Commented by でこぽん at 2004-10-13 16:46 x
こんにちは。
『出口のない海』の圧倒される書評を拝読しまして、あの時の感動を思い出しました。確かに小説としてはもう少し書き込んでほしかったのですが、あの枚数では致し方ないでしょう。それにしても聖月さんが◎◎を付けられたので、こちらの方が本当に嬉しいです。
聖月さん、泣かれたようですね。
私は、ぐっと堪えましたよ。
もう最初からこの内容では泣くと思っていましたから……泣くまいと…。
ああ、それなのに、ラストの並木の手紙には……。

ネットで回天を調べました。山口県の大津島に展示されているのですね。ものすごく大きいのだけど、身動きできないような狭苦しい所で操縦を…なんて考えていると、もうそれだけでうるうるしてきます。
私達の国が在るのは、当時の若者が自分を犠牲にしてでも必死で祖国を守ろうとしたからです。太平洋戦争が過去のものとなった今こそ、あの戦争がどういうものだったのか真剣に考えなければいけないと、この本が教えてくれました。
Commented by 聖月 at 2004-10-14 07:44 x
でこぽんさん おはようございます。
はい、泣きました(^^ゞ
鹿児島から東京へ単身赴任で着て、半年。
ああいう、残される者への感情とか言葉とかになると、
事情は違うのですが、つい家族への思いとすれ代わってしまって、
どうも泣かずにおれなかった次第です。
いや、泣く泣かないに関わらず、いい本でした。

もし、『僕たちの戦争』が未読でしたら、あれも似通った設定で読ませますよ。
ただ、どこか明るさがつきまとう小説でもありますが。

『七月七日』古処誠二が手元にきました。
この本については、内容全然知らないのです。
多分、いつもの流れだと思ってはいるのですが。
こういう本って、結構重なって読むことが多い気がします。
Commented by でこぽん at 2004-10-14 13:12 x
『僕たちの戦争』は読みました。それで、トラックバックさせてもらってもよろしいでしょうか。


私は先に『出口のない海』を読んだものですから『僕たちの戦争』を読んだ時は、その明るさに救われる思いがしました。『出口のない海』の特攻場面のリアルさが頭に浮かんできて、『僕たちの戦争』がより一層良かったのだと思います。

単身赴任では、それはお寂しいですね。お嬢さんでしたか。可愛いときですし、いつも一緒に居りたいですよね。子供の成長は早いですし。

『七月七日』は楽しみですね。私はここのところパッとしない読書だったので、景気付けに舞城を読んでいます。『煙か土か食い物』。舞城は初めてなのですが面白いですね。
Commented by 聖月 at 2004-10-14 13:44 x
おお、お読みでしたか。TB一向に構いません。
っていうか、ブログ歴浅すぎの私の受け止め方だと、
TBって手前で勝手にしちゃう、断りの必要のないものかと(^.^)
で、あんまりそぐわないTBだと、管理者が削除しちゃう世界じゃないかと。
で、でこぽんさんのサイトの存在知らなかったものですから、是非、是非にTBをお願いしますm(__)m

私の過去の書評読んでいくと、エッセイ風に家族がしてきますので、暇な人が読めば、鹿児島から東京へきたときの様子とか、それまでの家族との交流、果ては私自身の学歴、職歴まで大体のところ拾えるという、すごい多重構造な情報埋め込みがしてありますので、時間がありましたら(^^ゞ
私自身、どこにそんなこと書いたのか、もう覚えていないもんで(笑)

舞城は全部読んでいます。文体として好きな作家です。町田康や今の古川日出男とか。
一番の万人向けお薦めは『世界は密室でできている。』かもしれませんね。
Commented by 聖月 at 2004-10-14 13:47 x
http://jaddo.com/book/back22.htm#10
一応その書評です。◎◎です。
Commented by でこぽん at 2004-10-14 20:42 x
早速TBさせて頂きました。個人ブログは持っておりません。「トラキチのブックレビュ~」のサイトの共同ブログでオススメ本を紹介しております。管理人さんはトラキチさんです。お暇なときに覗いてくださいね。

本当に、聖月さんの書評は盛り沢山で楽しいですね。まだ全部は拝見していないので、これからじっくりと読んでいきたいと思います。聖月さんの学歴まであるのですか。ふふ。それは楽しみです。

おお、そうですか。舞城は全部お読みになっているのですか。それは心強いですね。これから読破してゆくつもりですので、聖月さんの書評を楽しませてもらいます。

『七月七日』は図書館から連絡がありましたので、明日取りに行きます。楽しみ。

ではどうもありがとうございました。
Commented by 聖月 at 2004-10-15 07:52 x
でこぽんさん おはようございます。
そうですか、トラキチさんとこでしたか。
この前も、ちょろいもさんとこのチャットですれ違ったはずで、同じ柴田よしきサイトの方、いろんなところですれ違っていましたが、お名前は(^.^)
覗きましたけど、綺麗ですね。感想のほうも興味深く読ませていただきましたよ。

あまり何も隠さないネットアイドル(笑)な自分なので、学歴くらい今ここで書けと言われれば書いちゃうのですが、言われていないので拾ってみてください。でも、大切に書いていることは、家族との団欒のやりとりや、嫁さんとの記憶だったりします。そういうの、どこかに残していこうと。

一応、舞城フリークなんですかね。筋が面白くなくても、その文体にパワーがあれば評価しちゃうみたいな。町田康もそうです。『パンク侍、斬られて候』や『夫婦茶碗』なんかの新文体、好きですね。
実はもうじき『介護入門』モブ・ノリオ読みますので、その文体も楽しみにしています。ラップ調なんて言葉は、舞城が『煙か土か食い物』のときに、押し頂いた評判で、それと比べてどうなのかなと。
2晩飲んでしまったため、今読書は中断中。今夜からが楽しみな秋の夜長です。
Commented by あおちゃん at 2004-12-09 17:18 x
はじめまして。いつも楽しく書評を読ませていただいてます。

横山さんの本を刊行順に読んでいたので、ようやく本書にたどりつきました。
本書は話が単純明快なので、主人公に感情移入しやすくて、事あるごとに主人公と一緒に一喜一憂してました。読み終えて、今までの作品の流れを汲みながらも(組織vs個人→軍部vs個人)、聖月さんが仰るように新境地を切り開く作品だなぁと感じてます。
Commented by 聖月 at 2004-12-09 18:21 x
あおちゃんさん こんにちは
横山作品は、最初は他人の評判ほどには気に入っていなかったのです。でもまあ面白いし、押さえておこうかなあって程度で。
でも最近の作品は、主人公への共感とかを呼ぶ作品が多くなってきて、結局好んで読んでいます。『第三の時効』とか『臨場』とかの男の矜持みたいなやつも、昔の作品よりずっとキャラが素敵になってきたように思います。
次の作品が楽しみですね(^.^)


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