「本のことども」by聖月

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2006年 08月 23日

◎◎「ハナシがちがう!―笑酔亭梅寿謎解噺」 田中啓文 集英社文庫 560円 2006/8

文庫化につき再掲・・・題名が少し変わったのです。

元々の単行本は◎◎「笑酔亭梅寿謎解噺」 田中啓文 集英社 1890円 2004/12



 多分、あれは評者が27歳くらいの独身の頃、テレビで西川きよしのドキュメンタリー番組(なんで、そんなのやっていたんだろう?)を観ていたときのことである。そのとき、あの品行方正な西川きよし師匠が住み込みのお弟子さんに言った言葉が今でも心に残っている評者なのである。“お前さんなあ、稽古とか云々・・・とにかく誰か一人の人間を一生かかって幸せにする、それがお前の目標だ。な、そういう目標を第一にして色んなことを云々・・・”そのときのそのテレビでの言葉は、そのまま評者の目標になっている。自分に言われたような気がして、そのまま、その言葉を胸の中にしまっている評者なのである。

 本書『笑酔亭梅寿謎解噺』の主人公も、師匠の家で住み込みながら修行に励まない(笑)鶏冠金髪の若者である。こちらは、漫才ではなく落語の世界。修行に励まないのは、落語が好きでもないのに、かつての恩師にこの世界へ押し込まれたからで、励まないけど段々と練習は積むようになり、実は才覚なんかはあって、後半になるとその才能が周囲にも認知されだし・・・と
いう成長小説の側面も持つ物語である。

 師匠の梅寿も粋な御仁で、大酒のみの八方破れながら、落語界の御大にして弟子には何も教えず行動で教えを示し、中々に風流なジジイなのでこちらの言動も見逃せない。弟子を突っぱねているようで、いい加減なようで、でも人情溢れる人物なので、人情話としても面白い。
で、題名にあるように謎解噺なのでミステリーなのだけれど、これが中々よくできている。連作短編集で7編の落語の噺に見立てた物語が収められているのだが、ひとつひとつのひねりやまとまり度はそれぞれに完成されているのである。ウォー!というようなカタルシスが得られるようなミステリーではないが、しっかりと作られた落とし話なのである。

 兄弟子やら、漫才と落語の関係やら、主人公の悪い仲間やら、色んなものが入り込み、至極素敵な物語を構成している逸品とも言えよう。元々、評者には落語の趣味はない。でも、たま~に聞いてみると、最初のうちは入り込めなくても噺の中盤から大いに引き込まれてしまうことが多いように、本書も最初のうちはユーモアがあってまあまあくらいの感じだった印象が、人情や筆の妙味に魅せられて最後には拍手拍手、やあいい噺を聞かせてもらいましたの好印象だったのである。間違いなしの読むべし印なのである。◎◎「雨にもまけず粗茶一服」松村栄子以来の、万人読むべし、読むべし、べし、べし、べしの良書である。多分、本書が次のこのミスの1位になったとしても、評者は驚かない。好みはあろうが、多くの人に好まれるエンタメ小説なのである。読む人も幸せになり、登場人物たちも幸せな、そんな物語なのである。

 誰か一人を幸せにしようと思って、それを大きな羅針盤に生きてきた評者なのだけど、今は単身赴任で家族とは離れた生活を自分で選んでいる評者なのだけど、一人じゃなくて三人を幸せにするための努力というものは、そんなに悪いものじゃない。嫁さんと毎日メールでやりとりするけれど、そのメールで想像する三人の生活を想像しても笑顔が見えるなら、それもいいのだ。(20050331)

※名人という人の落語が聞きたくなる一冊である。(書評No503)
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by kotodomo | 2006-08-23 07:32 | メモる | Trackback | Comments(0)
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