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「本のことども」by聖月

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2006年 08月 31日

◎「きいろいゾウ」 西加奈子 小学館 1575円 2006/3


 もう5年くらい経つような気がするが、鹿児島の我が家ではカブトムシたちが毎冬を越し、そして年々増え続け、水槽というか土や屑を敷き詰めた虫槽の中で夏は30匹近くがウゴウゴしている。ウゴウゴはまだいいのだが、夜になると飛ぼうとして、バサバサしているので、なんだかゴキブリがバサバサしているようで(鹿児島は気温が高いのでゴキブリがよく飛ぶ、いわゆるゴキ飛びのメッカである)、ふと目が覚めたときに聞こえるあの音は、あまり気持ちのいいものではない。

 最初は、つがい2組、要するに4匹から始まったカブちゃんワールドである。それがいまや30匹近い。娘二人が面倒見がいいのかというと、そんなことはない。1年目で既に飼育に興味を失ってしまい、その後は嫁さんが面倒見ているのである。今でも、カブちゃんが逆さまになって苦しんでいるようなら、娘たちは“ママ~、大変。カブちゃんが逆さまで苦しそう、元に戻してあげて~♪”と嫁さんに頼り・・・っていうか“飼いたい♪”と言ったのはいいが、未だにカブちゃんに触れない臆病者なのである。

 普通の親なら“あんたたちが育てるって言ったんでしょう、ママは知らないよ!”と言いそうなもんだが、我が嫁さんはマザーテレサでマリア様なので、そんなことはできない。他にたまごっちも2個、娘たちから預けられ、娘たちが学校に行っている間は面倒を見て、死なせてしまったら“ごめんなさい”と悲しい顔をして娘たちに謝っている。

 で、娘たちが面倒を見なくなったカブちゃんたちを育てながら、実は楽しそうにしている。ゼリー状の餌を与えながら“こら、横入りしちゃダメ!”とか“あんた食いしん坊だねえ♪”とか、カブトムシたちとお話までしているくらいである。そう、嫁さんにとっては、命あるものは全て愛情と会話の対象なのである。一度訊いたことがある。評者が“カブちゃんには命があって話しかけるよねえ。じゃあ、朝顔なんかも命あって話しかけるの?”って問うと“そうだよ♪”という。“じゃあ、雑草は?”と訊くと“雑草にはないよ。邪なものには、あっても感じないの”という。どうやら、雑草は会話の対象ではないらしい。“じゃあ、ゴキブリは?”って訊くと、こいつも会話の対象ではないとのこと。当たり前か。っていうか、キャーキャー母娘三人で騒ぎながら、最終的には殺しているし、ははは。

 本書『きいろいゾウ』は変わった夫婦の愛情の物語である。犬とちゃぼと草花と夜と会話ができるツマ。そのツマと、作家であるムコの何気ない田舎の日常から物語は始まる。近隣に住むじいちゃんばあちゃん、野良犬にちゃぼ、幼いけどどこか悟った少年、そういった登場人物たちと物語を織り成していく主人公夫婦。どこか、ぼんやりほんわかあったかな日常。が、途中から違う様相を見せ始める。不可思議で得体の知れない何かが、物語に介在してくるのである。

 それは『いま、会いにゆきます』市川拓司なんかの手法に違和感を覚えた読者には好きじゃないものかもしれない(評者にはノープロブレム)。しかし、この作者が紡ぐ物語の中では、そういう手法なんかが問題じゃなく、そういうものを通しても書きたかったものが大事なのであって、それはツマがムコが、ムコやツマをどういう風に愛しているのか、もしくはそれに気づくかの世界観なのである。評者は好きである。まあ、途中置き去りにされてしまったパズルのピースなんかが散見されたとしても、その世界観は大好きなのである。

 もう、何度も書いてきたことだが、評者はこの世に生まれてきて、嫁さんと二人の娘に出会えて幸せだったと思っている。愛しているとかそんなことはもう飛び越えて、彼女たちに出会えたこの人生は素敵なものだと思っている。じゃあ、嫁さんはどう思っているのか?多分、彼女は評者に出会えてよかったなんて思いも気づきもせず、二人の娘に出会えてよかった、幸せだったと思っているはず。というか、自分は二人の娘を育てるために生まれてきたのだと思っているはずである。そう感じる評者なのである。二人の娘に、カブちゃんや朝顔に愛情を注いでいる嫁さんは、たとえ評者という存在に思いを馳せる暇もない日常を送っていても、それはそれで評者にとって素敵な人生なのである。自分が幸せに思えるなら、嫁さんも幸せを感じていられるなら、それは満更でもない一組の夫婦の物語なのである。(20060830)

『さくら』を読んだときも感じたが、評者にはこの作家の紡ぐ物語は随分合うようである。こりゃあ『あおい』も読まねばである。(書評No664)

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by kotodomo | 2006-08-31 11:22 | 書評 | Trackback | Comments(0)


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