2006年 09月 02日

◎◎「いつか王子駅で」 堀江敏幸 新潮文庫 380円 2006/08文庫化

待望の文庫化につき再掲。読むべし!380円!


 「おぱらぱん」で三島由紀夫賞を受賞し、「熊の敷石」で芥川賞を受賞した著者の作品が気になっていた。理由はないのだが、本書「いつか王子駅で」が特に気になっていた。読んで充足。読め、読め、読めの一冊であると言いたいところなのだが、評者が本書を気に入った背景には、評者の独自の思い出や記憶が甦ったからに他ならない。要するに、地方都市東京、下町東京、人情町東京を体感しているかどうかで、読み手の評価も変わってくるのではないだろうか。

 鹿児島の高校を卒業した評者は、大学は東京へとオノボリしたのが18歳。以前紹介した「心身調律プログラム」を著すことになる脇元幸一も別途、オノボリしてきたので合流。一緒にアパートを探すことになるのだが、駒込で探そうと脇元が言う。のちに「空想科学読本」シリーズを著すこととなる脇元の友人柳田理科雄が駒込に住んでいるからと、ただそれだけの理由で。結局、東京都豊島区駒込に住むこととなったのだが、これがよかった。地方都市東京の空気を感じることの出来る生活が送れたからである。駒込銀座、霜降銀座の活気ある商店街、裏路地は車も走れない道幅の人の行き交うためのもの、そんなところにひょこっと鯛焼き屋の看板とか、お好み焼きやもんじゃの店が構えていたりしたものである。

 最初に、地域文化の違いを感じたのが銭湯である。居を定めたアパートの一室から、探索の散歩に出かけると、銭湯発見。たしか屋号亀の湯。その傍で住民と思しき人を見つけ訊いたのである。"ここの銭湯は何時から営業してるんですか?""夕方の4時ですよ""朝は何時からやっているんですか""だから夕方の4時ですよ"驚いた。鹿児島の銭湯といえば、地下から湧き出る温泉を利用しているので早朝から深夜まで営業。それが全国津々浦々当然のことであると思っていた評者には、新鮮な驚きであったことを憶えている。実際に銭湯に入っても、また驚く。湯の温度が高過ぎてなかなか身を浸せないこともあったが、脱衣所で背中や腕に刺青を入れたお方の多いのにビックリしたのである。自分は、ヤクザ者の町に住んでしまったのかと思ったが、柳田理科雄によると昔気質の職人さんが大半だという。本書「いつか王子駅で」の冒頭に登場する"昇り龍の正吉さん"のような人たちが多く住む町だったのである、駒込は。"昇り龍の正吉さん"も、実際には印鑑彫りの職人である。

 本書の中で、王子駅もそうだが、飛鳥山公園も登場する。北区にJRの尾久駅などが存在するのも知らない東京都民は多いと書かれているが、評者は"ああ、そういう駅もあったなあ"と憶えている。柳田理科雄がサンマパーティーをするから来なさいと言って集まった友人が、5、6人。30匹もある秋刀魚を焼いて食して、他に馳走なし。ただ、秋刀魚を消費しながら、ビールと剣菱に酔いしれるディナーなのである。大いに酔って、そろそろ突っ伏したいなあと思っていると、柳田理科雄がみんなで散歩に行こうと言い出す。行くあてもなく、飛鳥山公園まで足をのばしたりの、近隣散歩の集団行為である。散歩しながら柳田理科雄が鹿児島弁で言う。"あん、仮面ライダーの変身はオカシかど。エネルギーの変換から考えて、細胞分裂…"とか"ウルトラマンもオカシかど。あげん、ふて(大きい)二本足の直立を足が支えるには…"馬鹿なことを言うやつだと思っていたら、そんな空想をまとめた「空想科学読本」シリーズがあんなに売れてビックリである。他人の夢の話を聞くために、お金を払おうという人が世の中多いのである。わけのわからんヤツが多いのである。

 ところで、本書「いつか王子駅」で印象深いのが都電荒川線の記述である。大学に通い始めてしばらくしてから知ったのだが、なんと大学のすぐ傍から、駒込までとは言わないが、自分の住む居住区まで路面電車が走っているのである。行きは山の手、地下鉄と乗り継いで通うことの多かった大学であるが、帰りはのんびり雑司ヶ谷、大塚を抜け、西ケ原まで電車の旅を楽しんだものである。本書でも触れられているが、すぐ横の軒先に手が触れんばかりのところを電車が走っていく。鬼子母神から大塚へ抜けるまでの道中を思い起こした評者なのである。

 文章として本書が興味深いのは、まず長い文章の多用が多いこと。4行以上に渡る文章も珍しくない。そして、他の文学作品の上手な引用が目を引く。読み手にとって初見の作品も多い中、"おう、あれじゃないか"と思ったのが、安岡章太郎「サアカスの馬」と「スーホの白い馬」。スーホの方は、教科書に載っていたのを記憶していたし、モンゴルを舞台にした風より速いと言われた馬の話だったことを思い出したのだが、「サアカスの馬」は題名は記憶しているが、はたして自分は読んだのだっけ?と思ったのである。しかし、作品の記述に触れる中、主人公の少年が何に対してもそれ以上の情熱や探求の心を抱かず、そのとき心でつぶやく言葉で、読んだことがあったのを思い出した。少年はつぶやく。"まあいいや、どうだって"

 本書は、もともと評価の高かった作品なので、多分誰しも心に沁みる作品なのであろう。評者は記憶に沁みたが。文芸作品だから、粗筋なんてものも紹介するのも野暮だし、粗筋なんて存在しないとも言える。地方都市東京の、空気と人情とつつがない暮らしを切り取った作品なのである。日本の首都、ビジネスの中心地、ネオンの氾濫、情報、犯罪、カネ、その他が一極集中する東京の話ではない。昔からある東京の、今の物語なのである。もしも、東京に住むような将来が再び訪れるようなことがあれば、評者は間違いなく自転車を買うだろう、と思わせた読後感であった。(20021109)
[PR]

by kotodomo | 2006-09-02 12:38 | メモる | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://kotodomo.exblog.jp/tb/5604909
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< 読書の壁      ◎「きいろいゾウ」 西加奈子 ... >>