「本のことども」by聖月

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2006年 09月 11日

再掲・・・だけど読むべし!◎「9.11 生死を分けた102分」 文藝春秋 1890円 2005/9


 これだけ人々の心に重く焼きついた事件を描いたノンフィクションに対して、◎◎とか×とかの評価をするのも憚られるが、ここから得られる教訓とか、知らなかった事実、もしくは風化しそうな記憶を、読むことによって授かるという部分で◎をつけさせていただいた。

 ところで、以前、ある芸能人がテレビで話していたことなのだが、その人が外国のホテルに泊まったときに非常ベルが鳴り出したのだそうだ。慌てて廊下に出ると、多くの泊り客が非常口へと向かっていく。こりゃあ、大変だと思ったその人は、一緒になって非常口から非常階段を下りながら隣のやつに訊いたそうな。“何が起こったんですか?火事ですか?何で逃げてるんですか”返ってきた答えは“何でって?非常ベルが鳴っているからに決まっているじゃないか!!”

 要するに、危機に慣れていない日本人は“何?何?どうしたの?”って危機の正体を知ろうとするのだが、治安の悪い外国の人は、理由はどうでもいいから危機を感じたら避けるという行動がしみついているのである。結局、この芸能人の話によれば非常ベルの誤作動ということで話は落ち着いたらしいのだが、彼岸の差に驚いたというエピソード。

 9.11のテロにしても最初の攻撃から、タワーの2棟目倒壊まで102分しかなかったわけで、何が起こったのかということはビルの中に居た人たちには中々わからなかったわけで、結局どういう行動を取ったかで生死が分かれたわけである。

 本書『9.11生死を分けた102分 崩壊する超高層ビル内部からの驚くべき証言』という長い副題からもわかるように、テロの原因だとか、それを憎むとか、そういう視点は一切なく、とにかくビルの中にいた、もしくはビルに足を踏み入れた、もしくはビルの中の人間と連絡を取り合った、そんな人々350人以上へのインタビューを通じて構築されたノンフィクションである。勿論、生還者も多いが、生還者が目撃した犠牲者のビル内での行動、自宅で犠牲者から最後の電話を受けた家族へのものも多く、淡々と善悪や作者の見解も極力排除されて時系列に沿うような形で話は進んでいく・・・やはり家族との最後の会話の部分は、評者の頬にいちいち熱く切ない涙を流させた。

 実は評者は、このテロに関して特集とかより詳しい報道とかに接しなかったため、当時は知っていたことかもしれないのだが、今更にそうだったのかと思える事実も随所に読み取れた一冊である。

 例えば最初に攻撃されたノース(北)タワーが崩壊するまでは102分なのだが、16分後に攻撃を受けたサウス(南)タワーが崩壊するまでは57分しかなく、後に攻撃された建物のほうが先に倒壊した事実は知らなかったものなのか、忘れてしまったことなのか。北が攻撃されたとき、南にいた人たちは何が起こったのか段々わかってくるわけで、それじゃあ自分たちはどう行動すべきかという話になってくる。そして、一旦逃げ出したけど、ビルの中のほうが安全と戻ってくる人もいるわけである。北にいた人たちは何が起こったかはわからないのだが、少なくとも爆発があったことを認識し、どう逃げるかの行動パターンが重要になる。次に、南に攻撃が加わると、南にいた人たちは自分たちも同じ攻撃に遭遇したことには気付くわけで、逃げるわけで、最後には倒壊するんだけど、実はこの間、やはり北の人たちは南が攻撃されたことも、今ある自分たちのパニックの中知らないわけで、南が倒壊したことにも気付かないわけで、だから自分たちの今いる建物が倒壊するかもという考えには中々至らないわけである。

 そういう大きな流れに加えて、建物としての脆弱性、警察と消防の対抗意識、判断及び対応のミス、そういった材料を付け加えていく。作者は、テロを憎むべしとも言わないし、建築の脆弱性や色んなミスをけしからんとも言わない。ただ、そうだったと描くだけである。

 あと、始めて知ったのだが、このテロ、想像もできないようなテロが起こってしまったと思った評者だったのだが、そうではないらしい。建物の設計段階から、旅客機の衝突という概念が既にあり、関係者も公の前で旅客機が衝突しても大丈夫と嘯いていたことから、テロリストが勝手に想像力豊かに考え出したというわけでもないし、実際には1993年に爆弾を積んだトラックを突っ込ませて事件を起こしていることからも、標的としてテロリストも合衆国側も認識していたのである。そして結果がある。

 あとひとつ、なるほどと思ったのが、例えば100階建ての超高層ビルで自分は80階に居たとしよう。70階で爆発炎上があった場合、上へ逃げるか下へ逃げるかの判断である。炎や煙、屋上の施錠状況などもあるのだが・・・20階分建物を上がる体力、80階分建物を下りる体力、そこらへんも判断の決め手になるのである。途中の危険を考えなかったら、やはり評者は後者の80階下りるほうを選ぶ。これまでは、下で火が出たら、上に上がるしかないでしょうと思っていたけど、20階はやはりよく考えると体力的な危険が増すことがわかる。

 基本的に、本書の中には攻撃の前の話も、102分後の倒壊から後の話もない。ただただ、ビルの中の視点で進んでいく。カタカナの名前も多数出てくるが、この人はさっきのあの人だとか、そういうのは全然考えなくてもいい。とにかく起こった事象を読んでいくべし。読む人により、色んな教訓が内包された一冊。(20051008)

※とにかく最後の会話が出てくるたびに、泣かずにおれなかった評者である。(書評No578)
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by kotodomo | 2006-09-11 23:24 | メモる | Trackback(1) | Comments(0)
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