「本のことども」by聖月

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2007年 02月 13日

◎「四度目の氷河期」 荻原浩 新潮社 1890円 2006/9


 多分、本書『四度目の氷河期』は、この作家の渾身の作だろう。完璧だとか、完成度が高いとか、そういう意味ではなく、今この作家が持っている、物語に注ぎ込こむことの出来るあらゆるスピリッツを放出しきった作品だと言っていいだろう。

 あなたにも、渾身の力を振り絞っての記憶はあるだろう。渾身の書評、渾身の絵画、渾身の試験答案・・・色んなところに渾身はあるのである。成功、不成功は関係ない。持てる力を全て出し切った答案でも、入試に落ちることもある。自信作が評価されないこともある。評者の渾身の記憶は・・・嫁さんと結婚するときに使ったエナジーだろうか。後にも先にもあの情熱は出せないような気がする。渾身の力を振り絞っての結婚へのゴールイン!全然、格好いいものじゃないけれど、評者の渾身の記憶。ともかく渾身は、素晴らしいものである。だから、この作品も完璧じゃないけれど、渾身の素晴らしい作品には違いないのである。

 実は『僕たちの戦争』以降、評者はこの作家の作品に対する姿勢をあまり評価できないでいた。『僕たちの戦争』自体は最高評価◎◎だったのだけど、ワンアイディアで一冊を描くのがありきたりに思えてならなかったのである。『僕たちの戦争』もしも、現代の青年と戦時中の青年が入れ替わったら・・・『明日の記憶』もしも、若年性の認知症になったら・・・『さよならバースデイ』もしも知能の高い猿がいたなら・・・『あの日にドライブ』もしもサラリーマンが職を失いタクシードライバーに身をやつしたら(って、タクシードライバーの方には失礼な表現だが)・・・あの傑作『なかよし小鳩組』みたいな、一体どんな話?どんな結末?みたいなワクワク物語を、もうこの作家は描いてくれないのか、そんな風に感じていたのである。

 だから、今回もこの作品の題名からして、読む前も、読み始めてからも中盤までは、ワンアイディア小説なんだろうなあと思っていた評者なのである。もしも氷河期が到来したらとか、もしも自分の体に古代人の血が直截に流れていたら、みたいな。

 およそ100ページまでは、そんな風に読まされた。自分の体の中には古代人の血が流れているんじゃないかと半信半疑の少年主人公の夢想と現実を、最後まで読まされるんじゃないかと。

 ところが違った。序盤こそは、物語が紡がれないが、中盤からは物語が転がり始める。そして本書の正体は、人とは違った出自を持つ少年の成長物語であることが段々に明らかになっていく。そうなると出自の謎だけで物語が進むわけではなく、少女との関係性が物語の中心になるわけではなく、少年の持つ並外れた運動能力のみで話で展開していくわけではなく・・・とにかくエピソードの一つ一つが物語の構成分子として、大河を築いていこうとしているのが、読んでいてわかってくるのである。

 全体を通してみたとき、少しバランスが悪く、そういう意味で、直木賞候補になった本書が直木賞に値しなかった結果にも頷ける気がするが、それでも本書には作者の渾身が注ぎ込まれていることに変わりはなく、その渾身を感じとれるだけでも本書を読む価値があると思うし、この渾身が作品に見事に投影される未来が評者には予感されるのである。

 荻原浩の最近のワンパターンに飽きてきた読者こそ、読むべし!そして予感すべし!(20070212)

※今回の第136回直木賞候補たちは中々よい(^_^)次は三崎亜記『失われた町』あたりを早く図書館でゲットして読んでみたいものである。(書評No695)

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by kotodomo | 2007-02-13 14:44 | 書評 | Trackback(1) | Comments(0)
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Tracked from モグラのあくび at 2007-02-14 02:18
タイトル : 『四度目の氷河期』荻原浩 〜「大きな」物語と「小さな」物..
{{{ 「生まれた時から、親のいない人間の気持ちがわかるかい。 ひとことで言えばそれは、体の中に見えない穴ぼこをひとつ開けたまま生まれてきたようなものだ。 (中略) ぼくはその穴ぼこを埋めるのに十七年十一ヵ月かかった。来月、十八歳になるぼくには人生のすべての時間だ。」 }}} = これは、「自分探し」の物語である。 = 母子家庭に育ったワタルは、ある日、自分が「他人とは違う」と感じ始める。 髪の色が違うし、目の色も違う。運動神経がよく、走り出せばみんなは置き去り。幼稚園の先生も...... more


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