「本のことども」by聖月

kotodomo.exblog.jp
ブログトップ
2007年 05月 28日

◎「春雷」 伊集院静 新潮文庫 820円 2002/7

b0037682_11201774.jpg 評者が読んだのは、1999/10に単行本で出版された『春雷』という題名の本である。これは今現在、ほとんど絶版と言ってよく、実際に書店で流通しているのが『春雷-海峡少年篇』という副題のついた文庫版のほうである。文庫版でいうと『海峡-海峡幼年篇』『海峡-海峡少年篇』『岬へ-海峡青春篇』の3冊で“海峡三部作”と呼称され、それぞれ2002年の6月、7月、8月に出版されており、文庫版から入った読者には、一気読みの嬉しい出版スケジュールであったかと思う。ところが・・・

 単行本のほうは、『海峡』『春雷』『岬へ』と共通の副題などつかずに出版され、それでも伊集院ファンならシリーズと知って購入しただろうが、問題は出版の時期で、『春雷』『岬へ』はそれぞれ1999年と2000年の10月に出されているが、実はシリーズ第一作の『海峡』が出版されたのが1991年の10月と、随分と前のことだったのである。

 評者が単行本で三部作を揃えたのが、おそらく2001年。その年に『海峡』を読んで、後の2作はそのままに。今回“小説が読みたい。ああ、純粋な小説が読みたい。”と理由の判然としない衝動にかられ、それでは・・・ともう一度『海峡』から取り組んでみたら・・・5年ほど前に読んだはずの内容を、ほとんど覚えていなかったことが判明。そしてひと月と空けず、今回、二作目『春雷』に取り組んだわけである。同じシリーズと言っても、一作目のエピソードが二作目でほとんど触れられていないなら、一作目を再度読む必要性、必ず読む必要性もないというものだが、実際『春雷』を読むためには『海峡』のエピソードが重要である。本当にシリーズなのである。そういう意味で、待たされたシリーズ二作目というのが、本書『春雷』の単行本出版時のファンの感慨であったろうし、逆に多くのファンが、余りにも長期間待たされたため、一作目の『海峡』を8年振りに読み返す必要性に駆られたのではと想像する評者なのである。

 一作目、二作目と読んでの本シリーズの特徴なのだが、英雄という瀬戸内の少年の成長物語であり、必要なものはすべて注入され、不必要なものはすべて排除された、無駄のない物語といっていいだろう。たとえば、少年には三人の姉がいるのだが、一作目で少し登場した以外には、二作目ではほとんど出てこない。少年の生活の中に出てこないわけはないのだが、作者はこの物語に不必要なエピソードは盛り込まないで描き続けている。また、一旦語られたエピソードについても、思い切りよく、そのエピソードの顛末については置き去りにしている。家を継ぐことに対してぶつかり合う少年と父親のエピソードなんか、どういう風に収束をみたのか、もしくは確執として残るはめになったのか、読者からすると一見重要に思えるそのエピソードについても、作者は少なくとも本書『春雷』の中では語っていない。それも素敵な手法だし、もしくは三作目でそのエピソードの顛末に、少年の記憶というかたちで触れるのであれば、それも読者の楽しみのひとつになるし・・・

 とにかく、純粋な小説である。三作目は、鹿児島の書斎に置いたままにしてきた評者。6月後半の帰省が、今から楽しみである。(20070527)

※とにかく、小説を楽しみたいという方・・・読むべし、読むべし、べし、べし、べし!!!(書評No722)

書評一覧
↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
[PR]

by kotodomo | 2007-05-28 11:22 | 書評 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://kotodomo.exblog.jp/tb/6909610
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< ご飯を炊くのことども      ガーリックピーラーを買う >>