2008年 01月 20日
小説の作法として、「日常の中で無意識に忘却の渦へと巻き込まれる行為は、これを描写してはならない」という規定が、作法第9条に書かれている。どういうことかというと、朝6時に目が覚めたら目やにがついていただとか、朝食後のションベンがコーヒー臭かっただとか、本を読んでいたらくしゃみが出ただとか、夜の10時に寝てしまったのだけど丑三つ時にトイレに行ったとか、およそ作品全体に影響を与えない行為は排除して描写しなさいということである。 これは、殊更難しいことではなくて、多くの人が日常的に、また暗黙のうちに、お互いに了解して行っているコミュニケーションのあり方であり、例えば評者の嫁さんが“今日、学校どうだった?”と娘たちに問うたとしても、“○○君がこんなことして先生に怒られた”みたいなことは答えるにしても、“4時間目の国語の時間に屁をこいたら臭かった”なんてのは報告しないわけで、これはする必要もないし、大事でないし、大事でないから4時間目、ちょっと気まずい気持ちは抱いたかもしれないが、娘としてはもう忘れてしまった行為で、つまり忘却の川に流してしまっているのである。 本書の主人公、花咲慎太郎は保育園の園長であると同時に、私立探偵でもあり、なんで私立探偵なんかしているのかといえば、園が全然儲かっておらず、赤字補填のために難儀な探偵稼業を続けているわけで、子供たちの心配もしなきゃいけないし、ヤクザ絡みの問題解決やら、人探しやら、とにかく一日中てんやわんやで、当然寝る暇もないような状況で、前述したした作法第9条に則って、作者も花咲慎太郎が何時に寝て何時に起きて、睡眠時間が何時間とか書かないので、読んでる評者のほうが、この主人公、寝る時間あんのやろかと心配してしまうくらいのハードボイルドなお人よしなのである。 本書『ア・ソング・フォー・ユー』は、そんな花(花咲)ちゃんシリーズの第4弾。相変わらずの人情味溢れるソフトハードボイルドは健在。ただ、一作目『フォー・ディア・ライフ』や二作目『フォー・ユア・プレジャー』で描かれていた園児たちとの交流みたいな場面がないので、探偵稼業中心の小説になっており、評者としては少し淋しい。 また、三作目『シーセッド・ヒーセッド』と同様の連作短編の形式をとった作りではあるが、それぞれのエピソードの繋がりが結構あって、全体をひとつの作品として読むことも可能である。 題名の『ア・ソング・フォー・ユー』・・・それぞれの短編の題名が「ブルーライト・ヨコハマ」「アカシアの雨」「プレイバックPART3」「骨まで愛して」・・・すべての歌を知っている45歳の評者には、なんだか懐かしい空気も漂って嬉しいのである。(20080119) ※柴田よしきの花ちゃんシリーズは、これからも追い続けて、読み続けていきたい素敵な作品群である。(書評No768) 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2008-01-20 17:10
| 書評
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