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2005年 01月 31日

×「生首に聞いてみろ」 法月綸太郎 角川書店 1890円 2004/9

b0037682_10193085.jpg 最初に言っておくが、本書『生首に聞いてみろ』はこのミス2005年版のブッチギリ第一位作品であり、巷での評判はすこぶるいい。評者は本格は好きくないのだが、そういうことなら多少本格が好きくなくとも色々面白いのだろうと手に取った次第なのである。でも、全然ダメでしたあ。だから、評者及び評者の感性に共感を覚える人には×の評価であって、世間様の傾向からすると外れているという風に受け止めてほしい。なんだ、面白いじゃないかと言う人は多いのかもしれない。

 世間が面白いというから自分はこういう風に面白くないと嘯くために天邪鬼的に評価記号をつけたわけでもなく、ただ個人的に駄目なのである。例えば、以前過去の傑作本を読もうと思っていた時期、×『双頭の悪魔』有栖川有栖が非常に気になって、図書館の書庫からわざわざ出してもらってまでして読んだことがある。面白いという評判のみ仕入れて、余計な先入観なしに読んだわけなのだが、それでも自分には駄目だったのである。結局、今回も駄目だったことと併せて考えると、本格とかそういうジャンルに関係なく、推理小説という体裁ににそれ以外の衣を纏っていないようなお話は、評者には全然面白味を感じることができないようなのである。要するに推理しながら本を読みたくないので(笑)、それを取ってしまったら、な~んも面白くないわけである。そして、そこに動機の必然性とか行動の蓋然性とかが欠如していると、推理だけのために物語が構築されているように思え、小説的に好きくないのである。犯人なんかどうでもいい。方法なんかどうでもいい。ただそこに必然性があって、素敵なキャラクターやアプローチがありさえすれば満足するのだけど・・・TVドラマ「刑事コロンボ」なんか評者は好きである。最初で当然の動機を持った犯人が人を殺害する。犯人もわかっているし、犯行方法もわかっている。でも、それでも興味を持って楽しめるのは、刑事コロンボ君がいかに犯人の意図しないピンホールに気付き、真相に迫っていくのか、そこらへんがよく出来ているからなのである。並べ替えればただ単純なドラマも、構成の妙によって面白くなるのである。ただし、肝要なのはやはり動機の必然性とか行動の蓋然性であり、ドラマの冒頭でなんで犯人が殺さなきゃいけなかったの?なんて作りをすると、当然、ドラマ構築だけのための場面にしかならないわけで・・・。

 本書を読んでいて、とにかく色んな部分が納得いかなかった評者なのである。題名が都筑道夫の『なめくじに聞いてみろ』から来たかどうかは評者の存ぜぬところで、まあどちらでもいいことなのだが、本文がその題名に引きずられているところがまず気になる。殺害された遺体の首から上のことを、本書の登場人物たちは口を揃えて“生首”と称するが、まずここが不自然。普通は“頭部だけの遺体”だとか、“遺体の頭部だけが送られてきたわけで、犯人の意図するところは・・・”そんな表現じゃないのかい。冒頭で、石膏像の首だけ持ち去られる事件が発生するが、このときに密室もどきが描写される。これも結局それがどうしたの?である。結局、全然密室でもないし、誰が鍵を持っていたかもどうでもいいわけだし・・・。この石膏像作品を作った芸術家の意図も、評者には全然わからない。後半その意図が明らかにされるのだが、普通そんな回りくどい意図の表明はしないと思うし、そういうやり方で訴えても果たして回りのみんなが意図を理解してくれるやら・・・。芸術家には内縁の妻ともいえないような関係の女性が秘書然として存在するのだが、この女性の存在の意味も評者にはわからない。怪しく思える登場人物を配すだけの目的か(ネタバレになるが、この女性は犯人ではない)?加えてこの女性、すごく存在感のある登場をして、物語中盤からフェイドアウトしていくのは、なんど?おーい(^O^)/おーい(^O^)/最初の存在感はどこへ行ったんだ~い。その他、結局殺害されてしまう人物のような行動は評者は絶対とらないし、その人物を殺してしまい、こりゃ首を切断すべきだという結論に至る犯人についても、いくら説明されても、そんなことしないよと思う評者には全然説明になっていないのである。あるときは右目に眼帯していて、次にあったら左目に眼帯している人物の登場にいたっては皆目意味がわからないし・・・とにかく全体的に作者の意図することはわからないでもないのだが、説明されても必然的な意味がわからないので、結局わからないのである。

 こういう犯人当て、殺害方法当て推理小説を読むと、紡ぎだされる物語の行き先が気になって仕方がないようなちゃんとした小説を読みたくなってしまう評者なのである。(20050130)

※一番気になったのは、偶然に結論を求めた一部の構成なのだが・・・。「偶然」を使ってもいいけど、「偶然」の必然性を語ってほしい評者なのである。(書評No468)

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by kotodomo | 2005-01-31 10:19 | 書評 | Trackback(8) | Comments(11)
2005年 01月 30日

図書館の久坂部羊のことども

b0037682_13472510.jpg少し話題の『破裂』をネット予約したら、45番待ち!!!
全然、少し話題クラスの待ち順ではない。話題沸騰クラスじゃ!!!
で、なんでみんな知ってんの?一応マイナーな作家だと思うのだが。

で、前作でも読みながら待ちましょうと『廃用身』に予約を入れたら、
こっちは貸し出しなしの待ちなし。
やはり、作家名じゃなく、作品名でどこか話題になってんだろうなあ。
どこでだろう????
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by kotodomo | 2005-01-30 13:47 | メモる | Trackback | Comments(2)
2005年 01月 29日

〇「魔法探偵」 南條竹則 集英社 1890円 2004/12

b0037682_11162538.jpg 題名借りした本なのだが、やはり本は色々と手を出してみるべきで、本書『魔法探偵』を読んだことにより、昨年5月以来東京で暮らすようになってからの、評者がなんとなく気になっていた日常の疑問が氷解したのである。バンザーイヽ(^o^)丿

 評者の居住区洗濯物が荒川区尾久地区から、ビジネスの拠点事務所食器類も荒川区西日暮里地区まで、歩いてテクテク15分である。通いの時間帯には全然気付かないのだが、帰りの時間帯、暗くなってから気付くお店があるのである。「
デンキブラン
神谷酒場」という照明された看板。電気ブラシ?じゃなくてデンキブランとは?下町の工場かな?と最初のとき中を伺うと、どうやら酒場、安酒場。ドアは木枠にガラスの横滑りガラガラガラアみたいな、飲み屋じゃなくて、なんか小さいけど酒場みたいな。で、デンキブランて?と、そこを通りかかると毎回思うのだが、まさか答えが当たり前のようにネットで検索できる類のものとは知らなかった評者。ところが本書を読んでいると、ホッピーもうイッパイ!の酒場の風景の中に、電気ブランの記述発見!して、ネットで調べるにいたりフムフム。おお、神谷バーというのは洒落て馳走しているようだけど、我が地区神谷酒場では、40度の酔うためのお酒みたいなもんかね。でも、文学的な飲み物でもあるようだし、一回くらい機会あったら飲んでみよう(^.^)。

 ところで本書『魔法探偵』は最初に行っておくが、粗筋小説というよりは、雰囲気小説である。題名どおりに探偵が魔法を使ってスパスパ解決するような物語ではなく、作者が気持ちよく主人公を動かせればそれでいいのだみたいな小説なのである。何気なく失せ物探しして、安酒場に出向いて、ホッピー飲んでモツ食って、妙な銭湯に入ったら熱かったり、通いの可愛らしい助手ができて、友人が転がり込んできて大いに串モツを食す姿が豪快なら、猫が泥鰌に変身しようが、話の骨子がないじゃんと言われようがイッコウ構わん!というような感じなのである。酒飲みの評者としては雰囲気悪くないし、物語としてはよくわからなくても居心地はいい。どこか、文豪夏目漱石と似たような雰囲気もある世界。余裕派・高踏派ならぬ荒唐無稽・無頼派みたいな感じでね。

 詩にクラッシクに浅草ロックに赤提灯のオンパレードに最後には大阪万博まで・・・きっと作者が好きなものを色々と気持ちよく詰め込んだ一冊なのかもね。(20050127)

※買うほどの本でもない。図書館で題名が気になった出会い(^.^)(書評No467)

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by kotodomo | 2005-01-29 11:16 | 書評 | Trackback(2) | Comments(2)
2005年 01月 29日

◎「ニッポニアニッポン」 阿部和重 新潮文庫 380円 2004/7

b0037682_1014659.jpg 一言で言うなら、お買い得文庫本でしょう。芥川賞受賞作家の入門編としても読みやすいし、わかりやすい小説なので。しかし、そこのところが自分としては物足りなかった評者なのである。これまで読んできた中では、一番粗筋的なものがハッキリしているし、芥川賞的な優等生作品でもあるのだが、構成に工夫はあっても、文章作法的な冒険とかがないなあと。

 で、この作家○『インディビジュアル・プロジェクション』の中で自己投影というものを題材に据えていたが、その他の作品でも自己投影というものに結構拘っている。そいでもって、本書『ニッポニアニッポン』でも、この自己投影というのがまたしても投影されているのである。「トキ」といえば、評者の父親「裕之」の今はなき母親の名が「トキ」なのだがそれは関係のない話で、本書の主人公は自分の苗字「鴇谷」の鴇(トキ)=朱鷺=トキ=ユウユウ=自分=ニッポニアニッポン=日本と、色んな投影を重ねていく。中心にあるのは、ユウユウ=自分。その自己であるところのユウユウの現在の境遇を憂え、主人公は立ち上がるのである。いざ、佐渡へ渡らんと。

 しかし、本書を読むまで認識していなかったが、日本中でトキは何気に有名である。トキのキャラクターグッズなどが流行るほどのものではないにしても、どこか日本人の心に刷り込まれているような気がする。そのくせ、案外トキの事情というものも気付いてなかったりして・・・。何ゆえにトキはニッポニアニッポンなる名なんだっけ?なんでトキ保護センターは佐渡島にあるんだっけ?ユウユウって中国から贈られたんだっけ?中国に何羽もいるのなら、保護に値するの?ブラックバスみたいに、どんどん持ち込んで繁殖させればいいんじゃないのけ?世界中にトキってたくさんいるんじゃないの?佐渡のトキセンターって、遠くから観光客が望遠鏡でトキを眺めるらしいけど、見てどうすんの?みたいな。で、本書を読みながら、もう少し身近な問題に置き換えて考えた評者。ところで、上野の動物園のパンダ殿(今のやつの頭数や名前はなんだろう)を射殺したら、どのくらいの罪になるのであろう。世間様は大騒ぎになるだろうが、罪科としては如何に?射殺はあんまりなので、じゃあ誘拐したり、逃がしたら、そのときはもう少し罪は軽くなるのだろうか?それとも同罪?

 ところで、自己投影なんてピンと来ないって言う人もいるかも知れないが、意外に身近なものである。評者がキムタク垂れ目離れ目野郎や、ヨン様ニヤケダスミダ野郎に自己投影するのと同じく、あなたも自分と対象物を重ねることが結構あるんじゃないかな。子役アガリ中学生妊娠マラソン女優の電撃玉の輿結婚に、あなたは自己を彼女に、彼女を自己に投影しなかったか?某国営放送会長が人相が悪いために袋叩きにあってるのを見て、きっと顔からしてコイツは相当の悪玉に違いない、世直し受信料払いたくないから集団を自己に投影!って、あんたしてないか。評者はしていない。評者は男なので、女優の結婚と自己は別の問題で、でも我が娘も玉の輿でいいかなあと代理投影してみたりはしたけど、“おかあさんといっしょ”で育ち、“おかあさんといっしょ”の制作費の足しにでもなればということから受信料はしかと払い続けているのである。(20050127)

※日本最後のトキ「キン」が2003年10月10日に死亡し、日本産のトキは絶滅した(書評No466)

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by kotodomo | 2005-01-29 10:17 | 書評 | Trackback(7) | Comments(0)
2005年 01月 29日

断読しました

b0037682_905344.jpg『天城一の密室犯罪学教程』天城一
68頁/450で断読です。
短編6本読んで、もういいです。
こういうの読むよりは、同じ古い作品でも、星新一ショートショートを読み返したほうがベター(^.^)
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by kotodomo | 2005-01-29 09:00 | メモる | Trackback | Comments(0)
2005年 01月 27日

今夜から鹿児島で、東京の図書館には予約本

b0037682_8383524.jpg『アイムソーリー、ママ』  桐野夏生
『ジャスミン』 辻原登

2冊の予約本が到着。
取りにいけるのは、鹿児島から日曜に帰ってくるのでその後だな。
今夜のフライト本は『生首に聞いてみろ』かな。
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by kotodomo | 2005-01-27 08:38 | メモる | Trackback | Comments(2)
2005年 01月 26日

◎「半パン・デイズ」 重松清 講談社文庫 730円 2002/11

b0037682_7235557.jpg いやー、懐かしい。懐かしいったらありゃしない。著者重松清は1963年生まれ、評者は1962年生まれ。だから、わかる。そこここに配置されている当時の風物、イベントが懐かしい。それじゃあ、それ以外の年代の人が読んだらどうなのかって?多分、懐かしいと思うだろう。わかるだろう。だって、少年の心は、いつの時代も変わらないから。

 題名「半パン・デイズ」にあるように、半パンをはいていた時期の少年の物語である。
小学校入学の時期に、東京から岡山へ引っ越してきた少年の、小学校生活の物語である。
中学へ入ると、制服、長ズボン。そう、半パンを卒業するまでの日々の物語なのである。いろんな当時の背景と、主人公の学年を照らし合わせて読んでいくと、どうやらこの主人公は1961年生まれという設定らしい。評者より、一年先輩だ。

 大阪万博:あったよなあ。テレビで特番も組まれていた。少年雑誌にも、いろんな記事が、パビリオンが、太陽の塔が、月の石が載っていたよなあ。行きたかったなあ。主人公の同級生の多くが行ったみたいだけど、舞台は岡山だもんな。岡山と大阪だったら、そんなものなのかな。評者のクラスからは、二人行ったのを覚えている。鹿児島だもんな。でも、すっごく羨ましかった。

 同級生:そう、今だったら、養護学校とか養護学級で勉強するような友達が、当時は同じクラスに机を並べて一緒に勉強していた。親切にしなきゃ、一緒に遊ばなきゃと思いながら、声をかける勇気がなかったなあ。

 仮面ライダー:カードを集めるために、スナック菓子のほうはロクに食べもしないのに、買っていたよなあ、仮面ライダースナック。そうそう、あそこの駄菓子屋は希少なカードがあるらしいと言われるお店があったよなあ。

 オンナオトコ:女の子と仲良くしたりすると、オンナオトコなんて言われたっけ。近所のお姉さんたちと縄跳びなんかしているの見られたら、翌日学校で"女っぽーいね♪ぽいね♪"なんて囃し立てられて、いやな思いをしたなあ。

 と、いうような話にピンと来ない方もいるかもしれないが、そういった背景だけではなく、少年の心を中心に書かれているので、なんら問題はないだろう。少年の心に帰って読み耽るだろう。評者はこの本を読んで、忘れていたいろいろなことが、忘却の河から逆流してきたぞ。懐かしかったぞ\(^o^)/。

 ひとつ面白いのは、巻末に初出一覧が載っているのだが、実はこの小説、書き下ろしではなく、雑誌に掲載されていた短編を一冊の本にまとめたものである。この小説自体は、小学校入学から卒業まで、主人公の成長を追って描かれている。しかし、初出一覧を見ると、決して順序だてて書かれたものでないのがわかる。
 それでいて一貫性があり、各章をまたぐ同級生たちの描写にも齟齬はない。理解を深める意味でも、初出一覧侮るなかれである。


※鹿児島市立図書館で借りた本。

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by kotodomo | 2005-01-26 07:24 | 書評 | Trackback(3) | Comments(2)
2005年 01月 25日

◎◎「流星ワゴン」 重松清 講談社 1700円 2002/2

b0037682_7385090.jpg こんな本を読みたかった。心に沁みてきた。どこか切なく感じ、少し笑みが浮かび、心温まり、チョチョ切れそうな涙をこらえて読み終えた評者の心にあるのは、満足感に加え、少し増幅された優しさかな?感受性かな?

 本書『流星ワゴン』の設定自体は、ありふれた作り話。家路に向かう主人公。酒をひっかけ、マイホームのある駅に降り立っても、まだ家に足が向かう気にならず、コンビニでおにぎりとアルコールを買い、駅の前でぼんやりと考える。“このまま死んじゃうってのもありなのかなあ”と。会社ではリストラの対象。妻は理由も話さず離婚を求めてきている、リストラの前から。中学受験のためにあれだけ頑張っていた一人息子は、不合格の影響なのか、今では不登校、家庭内暴力まで。“このまま死んじゃうってのもいいのかなあ”と考える主人公の前に停まっていたワゴン車。それに乗って過去に遡っていくことになるのだが、過去はやり直せない、変えられない、ただ繰り返し、見るだけの旅。しかし、今まで見えなかったもの、見過ごしていたものも見えてくる。

 この主人公の場合、5年前、もしくは3年前でも、普通の幸せにくるまれた家庭生活を送っていた。じゃあ、何がその生活を変えたのか、主人公はどんな悪いことをしたのかというと、これといった原因もないし、悪いことも後悔するようなこともしていない。

 例えば評者の場合、小学3年生の長女と幼稚園年長さんの次女がいるのだが、二人ともスクスクといい子に育っているな、と感じている。新婚の頃ほど、お互いに関心を持たなくなったように見える嫁さんとの関係も、評者の食い散らかした秋刀魚の残りをごく自然に口へ運ぶ嫁さんの姿を見ていると、まあとりあえず順調なんだろうなと思う。今はそう思う。じゃあ、長女が中学にあがる4年後は?4年後はわからない。順調に行ければなあと思うのだけど、やはり未来はわからない。努力を続けても、どういう結果になるかはわからない。中学が荒れている居住区。多分、娘は私立の受験を希望するだろう。果たしてその時、経済的な余裕があるのだろうか。経済的なことは別にして、努力家の娘は受験のために頑張るだろう。評者は、“おう、毎日頑張ってるなあ”と声をかけたりするのか?それとも、好きなようにしなさいと知らんぷりを決め込むのか?万が一、受験に失敗したとき、今より感受性が豊かになっている将来の娘は、“パパが、頑張ってるなあと声をかけるのがいやだった、プレッシャーだった”言うのだろうか?“パパが、私の勉強に知らんぷりしてたのが淋しかった、悲しかった”と言うのだろうか?嫁さんまでも“あなたが、…だから”と言うのだろうか?頑張れと声をかけても、知らんぷりしても、落ちたときの娘は、評者を恨むのだろうか?実際に、家庭内暴力が顕在化している家庭においても、明確な原因なんてない家庭が多いのではないだろうか。あの時点、あの場所に戻ってやり直しすれば、こんなことにはならないといった明確な時と場所が存在するのだろうか。そんな思索を誘った本書である。

 そうそう、本書で忘れてならないのは、主人公と父親との関係。主人公は、親父の存在を嫌い、親父のやり方、考え方を嫌う。その父親も死の淵にいる。ただ、今回の過去へ遡る旅で、そういう父親にも思いを馳せることとなる。評者の場合も、父親とは全然打ち解けない関係にある。でも、でも、である。今、評者が娘たちを見つめる目。こういう目で、親父は自分のことを見ていたんじゃないだろうか、成長を育むような目で。評者が鹿児島から東京の大学に行くことが決まったときも、その後の大学生活期間中の仕送りを考えたときも、相当頑張ったんじゃないだろうか、親父は。そこまで思い至っても、やはり打ち解けない親子関係ではあるのだが。

 本書が思い出させてくれたもの。評者と、評者の父親の背格好は大体一緒である。幼いときは、たとえば動物園などで、よく肩車してもらったものである。肩車してもらうと、嬉しかったものである。評者と、親父の身長が大体一緒ということは、あのときの自分は、今の自分の目の高さより高いところから、幼い目には珍しい世の中を見せてもらっていたのだなあ、親父の肩の上で。

 年齢により、未婚、既婚により、また子供の有無により、感じ方は違うかもしれないが、それでもそんなのは飛び越えて、読め、読め、読めの一冊である。沁みて、痺れて、笑って、泣いて、そして心温まって本を閉じなさい。(20030512)

※買ってでも、読むべし、読むべし、べし、べし、べし。

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by kotodomo | 2005-01-25 07:38 | 書評 | Trackback(10) | Comments(6)
2005年 01月 24日

たまには、ネット仲間のことども

四季さんがネット活動の件で嘆いていたので、アドバイスコメントしてやった、えへん。人助けである、えへん。

っていうか、あそこのサイトは確か過去1万件だか、千件だかアクセスがあったこともあるという凄いサイトなのである。
この記事を見て、そのままあのサイトが気に入った人は、どんどんあそこの掲示板にカキコ・・・しないように(^.^)

これぞ、トラックバックの本来的正しい使い道・・・かな?
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by kotodomo | 2005-01-24 13:14 | メモる | Trackback | Comments(2)
2005年 01月 24日

今週木曜から鹿児島へ(逆出張)

木曜17時に客先を済ませたら、そのまま19時のフライトで鹿児島へ。
金曜は終日仕事。
土日、家族と仲良くして、日曜最終便でフライト東京。
前回と同じ便なので、嫁さんと食事デートドライブしてフライトかな?

旅のお供は
『追憶のかけら』貫井徳郎
『生首に聞いてみろ』法月綸太郎
あたりでしょう(^.^)
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by kotodomo | 2005-01-24 07:30 | メモる | Trackback | Comments(0)