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2005年 03月 31日

深町秋生の新人日記のことども

ご本人みずから『果てしなき渇き』にコメントをいただき、評者はやはりウレピイ。

これはもしかすると宣伝もしてね♪ということかもしれず、そういうわけで宣伝しちゃうのである。
『深町秋生の新人日記』を覗くべし。
そして『果てしなき渇き』を何も考えず休まず一気に、読むべし、読むべし、べし、べし、べし!

この宣伝で2冊くらい売れたやも知れん。

向こうのサイトで会話も交わしたので、チョイ拝借(^^)v

聖月 『こんにちは(^.^)コメントいただき、ありがとうございました。サイトがあるのを初めてしりました。今後とも、作品、ブログ合わせて楽しみにしていきますね。自由でパワーのある文体に期待しております。とりあえず、作品感想、TBさせていただきますね(^.^)』

聖月※追加 『弊サイトの「作家のことども」というコンテンツにリンク張りましたのでご報告しておきますね(^.^)』

FUKAMACHI 『ひええ。聖月さま。ありがとうございます。しかし聖月さんようなしっかりとした目と鋭い批評を行う方がブログ界にいたとは、と心底驚きました次第です。(批評の量にもまたびっくり)
ミステリ好きの一人として、過去のブログを近々一気読みさせていただこうと思っております。
またリンクありがとうございます。』
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by kotodomo | 2005-03-31 22:52 | メモる | Trackback | Comments(0)
2005年 03月 31日

◎◎「笑酔亭梅寿謎解噺」 田中啓文 集英社 1890円 2004/12

b0037682_2033593.jpg 多分、あれは評者が27歳くらいの独身の頃、テレビで西川きよしのドキュメンタリー番組(なんで、そんなのやっていたんだろう?)を観ていたときのことである。そのとき、あの品行方正な西川きよし師匠が住み込みのお弟子さんに言った言葉が今でも心に残っている評者なのである。“お前さんなあ、稽古とか云々・・・とにかく誰か一人の人間を一生かかって幸せにする、それがお前の目標だ。な、そういう目標を第一にして色んなことを云々・・・”そのときのそのテレビでの言葉は、そのまま評者の目標になっている。自分に言われたような気がして、そのまま、その言葉を胸の中にしまっている評者なのである。

 本書『笑酔亭梅寿謎解噺』の主人公も、師匠の家で住み込みながら修行に励まない(笑)鶏冠金髪の若者である。こちらは、漫才ではなく落語の世界。修行に励まないのは、落語が好きでもないのに、かつての恩師にこの世界へ押し込まれたからで、励まないけど段々と練習は積むようになり、実は才覚なんかはあって、後半になるとその才能が周囲にも認知されだし・・・という成長小説の側面も持つ物語である。

 師匠の梅寿も粋な御仁で、大酒のみの八方破れながら、落語界の御大にして弟子には何も教えず行動で教えを示し、中々に風流なジジイなのでこちらの言動も見逃せない。弟子を突っぱねているようで、いい加減なようで、でも人情溢れる人物なので、人情話としても面白い。

 で、題名にあるように謎解噺なのでミステリーなのだけれど、これが中々よくできている。連作短編集で7編の落語の噺に見立てた物語が収められているのだが、ひとつひとつのひねりやまとまり度はそれぞれに完成されているのである。ウォー!というようなカタルシスが得られるようなミステリーではないが、しっかりと作られた落とし話なのである。

 兄弟子やら、漫才と落語の関係やら、主人公の悪い仲間やら、色んなものが入り込み、至極素敵な物語を構成している逸品とも言えよう。元々、評者には落語の趣味はない。でも、たま~に聞いてみると、最初のうちは入り込めなくても噺の中盤から大いに引き込まれてしまうことが多いように、本書も最初のうちはユーモアがあってまあまあくらいの感じだった印象が、人情や筆の妙味に魅せられて最後には拍手拍手、やあいい噺を聞かせてもらいましたの好印象だったのである。間違いなしの読むべし印なのである。◎◎「雨にもまけず粗茶一服」松村栄子以来の、万人読むべし、読むべし、べし、べし、べしの良書である。多分、本書が次のこのミスの1位になったとしても、評者は驚かない。好みはあろうが、多くの人に好まれるエンタメ小説なのである。読む人も幸せになり、登場人物たちも幸せな、そんな物語なのである。

 誰か一人を幸せにしようと思って、それを大きな羅針盤に生きてきた評者なのだけど、今は単身赴任で家族とは離れた生活を自分で選んでいる評者なのだけど、一人じゃなくて三人を幸せにするための努力というものは、そんなに悪いものじゃない。嫁さんと毎日メールでやりとりするけれど、そのメールで想像する三人の生活を想像しても笑顔が見えるなら、それもいいのだ。(20050331)

※名人という人の落語が聞きたくなる一冊である。(書評No503)

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by kotodomo | 2005-03-31 20:34 | 書評 | Trackback(6) | Comments(4)
2005年 03月 31日

ちょっといい話を紹介

b0037682_9422121.jpg今、ビジネス書を読んでいるのですが、そこの前書きに・・・

ある朝早く、1人の男が打ち寄せる波を見ながら、海岸を歩いていると、数え切れないくらいのヒトデが砂浜に打ち上げられ日干しになって死にかけていることに気がついた。その異常な光景にしばし茫然としていると、ふと遠くの方で若い女が1つ1つそのヒトデを拾い上げては海に向かって投げ返している姿が目に入る。男はその女のところまで近づいていき、こう声をかけた。「そんなことしたって時間の無駄じゃないか。こんなにたくさんのヒトデがあるのに、そんなことしていったい何の意味があるんだい?」すると女は足元にあったヒトデを1つ拾い上げると思い切り海に向かって投げ返し、「あのヒトデにとっては意味があったわ」と言ってさらに足もとにある別のヒトデに手を伸ばした。
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by kotodomo | 2005-03-31 09:43 | メモる | Trackback | Comments(2)
2005年 03月 31日

◎「水の時計」 初野晴 角川文庫 660円 2002/5 

b0037682_84265.jpg
 本書『水の時計』は、2002年の第22回横溝正史ミステリ大賞受賞作である。巻末に各選者(綾辻行人、内田康夫、北村薫、坂東眞砂子)の選評が掲載されているが、本作品は他の候補作品と比較して、一歩抜きん出た作品であると各氏とも口を揃えて絶賛している。それだけ優れた作品であるとともに、選者のどなたかのファンである読者の方には、好きな作家のお薦めの作品と捉えても構わないと思う。評者の読み始めての感想も、書き出しでのつかみは上手いし、文章力からしても、とてもデビュー仕立ての作家の作品とは思えないというものである。まあ選評を読むと、著者初野晴(はつのせいと読む)は、前回の横溝賞でも『しびとのうた』という作品で最終選考に残ったという経歴もあるので、それなりにスキルアップしてのデビュー作になったとは思うのだが。

 ところで、本書では冒頭に、オスカー・ワイルド作『幸福の王子』の概要が引用されている。皆さんはご存知だろうか『幸福の王子』?多分ご存知のお話だろう。評者の記憶の中には『王子とつばめ』という子供向きの題名でインプットされている。幼稚園の初日に帰り道迷子になって一年間の登園拒否を決め込んだ過去を持つ嫁さんに「知ってるか?」と訊いたらやっぱり知っていたので、おそらく日本中の人が知っている話だろう。そいでもって嫁さんに「あの話さあ、あんな話でも何か教訓てあるんだろうか?これを子供たちに教えたかったみたいなさあ」問うたら、「勿論あるわよ」と言って、娘たちの本棚から一冊の本を取り出してきた。『しあわせな王子』(「幸福の」が、「しあわせな」と、この本ではなっている)ポプラ社350円の世界名作ファンタジーシリーズの一冊である。本屋に行くと、鉄製のクルクル回る書架にハードカバーの薄い子供用絵本が多数納めれらている、あれである。「ほら」と言って、嫁さんが得意げに見せたのが後ろの「かいせつ」である。長くなるが、全部引用しよう。「『しあわせな王子』は、イギリスの詩人で作家のオスカー・ワイルドが1888年に発表した作品です。不幸な人達のために自分の身を犠牲にしていく王子、そして王子のために命を投げ出すつばめの姿には、胸を打たれずにいられません。悲しいお話ではありますが、読み終えたあと、胸の中になにか美しいものが残ります。それは王子とつばめの行為の気高さ、一点の曇りなき心根の美しさよるものなのでしょう。」どうだろう?そうかなあ?評者が幼くして読んだときの記憶を思い出してみよう。万が一、「読んだことはない!」と主張する、物忘れの激しさを自分の未経験に置き換えてしまう頑固なかたのためにも。

 幸福な王子と言われる由縁は、善行をほどこしたから付けられたわけではなく、ある町に建っている王子の像が、サファイア、ルビーや金箔などの財宝をあしらった豪華な物で、その像を眺める町の人々を幸福な気持ちにさせてくれるところから付けられたものである(どうやら町の人々は、こんなの建てるなら、その金でパンでも買って配ってくれや!という考えに思い至らない、幸福な町民であるようだ)。この王子の像、背が高いので、町の人々の家を覗き見ることを趣味としているようである。家々の窓から垣間見える様子は、着替えや喧嘩の風景は勿論、かわいそうな暮らしをしている人々の姿も映し出す。王子は考える。「女の人の着替えや、夫婦の喧嘩を覗き見るのは、そりゃ楽しい。ワクワクものだ。でも、かわいそうな人たちは放っておけんなあ。そうだ、肩で勝手に休んでいるツバメ君。あの子供が病気なのに薬も買えないお母さんに、僕の剣の柄についているルビーを届けてくれよ。」ツバメは答える。「ええっ、僕もう南の国に行かなきゃいけないのに。一回だけだよ。」でも、一回だけの頼みというのは、これは延々続くというのが世の中の道理。つばめは「もう南の国に行かなきゃ、僕が凍え死んでしまう。」と言いながら、断りきれずに王子の頼みをきいてしまう。気の弱いパシリと化してしまうのである。王子も王子で考えがないと言おうか、なんと言おうか、早々と自分の目のサファイアを届けさせてしまって、町の様子が自分の目で見れなくなってしまう。そこからは、わがままにも「ツバメ君、キミが自分の目でカワイソウな人たちをみつけて、僕のからだの金箔でもなんでもいいから届けておくれ」と、パシリ自身にパシリの用件を見つけることを強要する始末である。ある雪の降る朝、ツバメ君は王子様に「さようなら」を告げて、王子の肩からポトリと足元に落ち、凍え死んでしまう。王子は目が見えないので「さようなら。とうとう南の国に行っちゃうんだね」と大きな勘違い。王子の姿もみすぼらしくなり、ツバメ君の亡骸と一緒に捨てられてしまったというのが、評者の知っている『幸福の王子』のお話。まあ、ちょっと脚色してしまいましがた(^^ゞ。でもさすがにポプラ社のほうは子供用ということもあり、話がそこで終わらない。またしても引用「そのころ、天国では 神さまが てんしたちに こう めいじていました。あの 町で いちばん うつくしく いちばん とうとい ものを みつけて、ここに もっておいで。」メデタシ、メデタシである。王子とツバメ君は天国で楽しく暮らしたのである。

 話を戻そう。本書の教訓。評者も大人の心に戻って考えようじゃないか。王子は、豪華な身なりで町の人々の心を幸福にしてやることでヨシとしなかった。それよりは、自分の身なりがおかしくなって捨てられてもいいから、貧しく困った人々に自分の部分を分け与えたのである。アンパンマンのように(←また、ふざけてしまったm(__)m)。簡単に言えば、子供へ読み聞かす美談である。でも、評者が子供のとき感じたのは、そうじゃなかったぞ。ツバメ君がかわいそう。ツバメ君の立場がない。王子様の他人に苦労をかけてまでの善行は、それはちょいとばかし筋が通らなねえと思った幼い評者なのであった。

 久々に大きく脱線してしまった。『水の時計』の話に戻そう。本書は、この『幸福の王子』をモチーフにした話である。誰が王子になるのか、誰がツバメ君になるのか、何を運ぶのかは読んでのお楽しみである。第一幕(本書では章ではなく幕という言葉が使われる)では、暴走族の幹部を務めながらも、どこか正義感に近い自分のルールを持った主人公の青年、その主人公のもとに、謎の初老の男が現れる。主人公にある依頼をするために。そして、二幕目から五幕ではある悩みを抱えた人々の、短編とでも言っていい話が連なる。そして終幕。すべての謎が、そこに結集される。途中の二幕目から五幕目は独立した話としても読めるが、そこには謎を結集させるキーワードが散りばめられていたことに、終幕で読者は思い至るのである。

 読み終えて、少しパズルのピースが余ってしまったような感も持った評者であるが、構成といい、『幸福の王子』のモチーフといい中々のものである。読みながら読者は思うはずである。「この本の王子とツバメは最後にどうなってしまうんだろう?」と。(20030301)


※初野晴の『水の時計』から、映画評論家ミズノハルオを連想したのは、評者だけなのだろうか?

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by kotodomo | 2005-03-31 08:03 | 書評 | Trackback(3) | Comments(0)
2005年 03月 30日

◎◎「九月の四分の一」 大崎善生

b0037682_751322.jpg
 本書を閉じて、評者は既評の志水辰夫『いまひとたびの』を読んだときのことを思い出した。書評家北上次郎氏が“あと10日、待て。そうすると、すごい本が出てくる。書店の店頭でこの本を見かけたら、是非手に取っていただきたい。志水辰夫『いまひとたびの』(新潮社)だ。この作品集に収められたどの短編も、私には愛しい。…”この言葉に惹かれて読んだ評者だったのだが、評価はまあまあ。そんなにいうほどよくもないが悪くもないけど、くらいの。これは、やはり過去のシミタツの作品を全然読まずに、シミタツ節とはなんたるかを知らずに初めて読んだからであり、逆に北上氏などは、積み重ねてきたシミタツ調が、またまた溢れて沁みてきたのだろう。

 本書『九月の四分の一』を読み終えて、そういうことを感じた。本書の評価は◎◎。でも、初めて大崎作品を読むという方には、まあまあそれなり程度の評価で終わるのではないだろうか。そこで評者は言いたい。新しい作家だから、まだ作品はそんなに多くないから、だから、『聖の青春』から順を追って読みなさいと。ノンフィクションはお好みでないと言うなら、せめて『パイロットフィッシュ』から順を追って読みなさいと。読んで、読んで、沁みて、沁みて、そしてこの本をお取りなさいと。そして、しんみりと感じなさいと。それほど、この短編集はさりげない。大崎作品を読んできた読者には、そのさりげなさが深く染み入るのだが、初読の方にはさりげなさが、あっさりに映るかもしれない。

 本書『九月の四分の一』には4編の短編が収録されている。毎回大崎作品を取り上げる都度に評者はいう。透明な文体だと。心に沁みてくると。4編ともにそういう作品である。素敵で純粋なお話。うち2編を紹介しておこう。

 『悲しくて翼もなくて』は、音楽がモチーフとなっている。評者はあまり音楽には詳しくないが、ここで扱われているツェッペリンのうち、数曲を知っていただけでも幸いだと思っている。魂の叫びを底流に置いているので、その意味でも少しでも彼らの歌声を知っていてよかったと思う。勿論、知らないという方でも、著者の筆は抵抗感を感じさせないので心配はない。北海道札幌でロックバンドをやっている、高校生の青年主人公。ひとつ年下の少女の歌声に魅せられる。少女は少女で、主人公のバンドのファンで、いつしか二人は交流し、心を通わせる。高校を卒業して、東京で暮らすようになる主人公。少女の方は、一年遅れて卒業しても、結局札幌に残る。彼女からの手紙“会いたくなることもあります。愛しくなることも切ないときも悲しくなることもあります。でも、きっと私には翼がないのです。”

 評者の思いは20年以上前の、高校卒業の頃に飛んでいく。卒業間近、やっとお互いの思いが実り、わずか3週間だけデートを繰り返した評者と彼女。映画「スローなブギにしてくれ」を観て、高台の公園に行って手をつないで、電話して、ピクニックに行って、電話して、彼女の家へ遊びに行って、電話して、電話して、話して、話して、最後の話のときに、東京の大学への入学が決まっていた自分は、泣いている彼女に「4年間待っていてくれ」と言って旅立つ。頻繁な手紙と電話のやり取り。鹿児島と東京。最初の頃の彼女の手紙には“私の背中に翼があれば、あなたの元へ飛んで行きたい”そんなことが書かれていたっけ。少し、彼女からの手紙の間隔が長くなり、少し文面の温度が変わってきて、ある晩決心して彼女に電話して問いただし、結局4年待つどころか、3ヶ月も待ってくれなかったことがわかって、来る日も来る日も、なんでなんだよ、と思いつづけた自分。それから、結局彼女に会うこともなく、再会したのは13年も経ってから。彼女は、今、どこで、何をしているのだろう。

 『ケンジントンに捧げる花束』でのみ、評者は涙した。『聖の青春』『将棋の子』『パイロットフィッシュ』『アジアンタムブルー』どれを読んでも、わかっていても、ぼうぼう泣いた評者なのだが、本書では一箇所のみ。本書はそれだけさりげない。第二次世界大戦前から英国に留学。つらい第二次世界大戦を経て、結局日本に残されていた家族を失った青年は、以後日本を振り向くことなく頑張る。もう、日本の方は見ないようにして生きる。頑張って英国の奥方をもらい、頑張って仕事を興し、頑張って仕事をおさめ、頑張って頑張って頑張って。老いてから引退したある日、手に入れた日本の将棋雑誌のチラシ。それを飽きず眺める老人。一緒に苦労して付き添ってきた奥方が言う“日本から取り寄せればいいじゃない”老人は顔をくしゃくしゃにして言う“いいかなあ、いいのかなあ”と。評者は涙しながら心で声にする“いいんだよ。取り寄せろよ。いいんだよ。今まで頑張ってきたんじゃないか。いいんだよ。いいんだよ”

 高校卒業時に、4年間待っていてくれなくて、3ヶ月も待ってくれなくて、その後会うこともなく、13年後に再会した彼女は、今、どこで、何をしているのだろう。多分、今、お風呂に入っている、評者の娘たちと。さっき階下で、風呂のドアの音が聞こえていたし、今でも嫁さんと娘たちの風呂場で楽しそうに騒ぐ声が聞こえるから。高校卒業時に、4年間待っていてくれなくて、3ヶ月も待ってくれなくて、その後会うこともなく、13年後に再会した彼女は、そう、今の評者の嫁さんである。翼がなくても、辿り着ける恋もあるのである。結局、4年間待っててくれと言って、13年間待たされた評者なのだが。まあ、いいか。結婚して、約10年。多分、今後もずっと一緒だろう。ずっと、ずっと。どのくらいの期間かと考えたとき、多分永遠の二分の一よりは少し長いくらいかな。(20030604)

参考までに:『大崎善生のことども』

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by kotodomo | 2005-03-30 07:51 | 書評 | Trackback(1) | Comments(2)
2005年 03月 29日

◎◎「いつか王子駅で」 堀江敏幸

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 「おぱらぱん」で三島由紀夫賞を受賞し、「熊の敷石」で芥川賞を受賞した著者の作品が気になっていた。理由はないのだが、本書「いつか王子駅で」が特に気になっていた。読んで充足。読め、読め、読めの一冊であると言いたいところなのだが、評者が本書を気に入った背景には、評者の独自の思い出や記憶が甦ったからに他ならない。要するに、地方都市東京、下町東京、人情町東京を体感しているかどうかで、読み手の評価も変わってくるのではないだろうか。

 鹿児島の高校を卒業した評者は、大学は東京へとオノボリしたのが18歳。以前紹介した「心身調律プログラム」を著すことになる脇元幸一も別途、オノボリしてきたので合流。一緒にアパートを探すことになるのだが、駒込で探そうと脇元が言う。のちに「空想科学読本」シリーズを著すこととなる脇元の友人柳田理科雄が駒込に住んでいるからと、ただそれだけの理由で。結局、東京都豊島区駒込に住むこととなったのだが、これがよかった。地方都市東京の空気を感じることの出来る生活が送れたからである。駒込銀座、霜降銀座の活気ある商店街、裏路地は車も走れない道幅の人の行き交うためのもの、そんなところにひょこっと鯛焼き屋の看板とか、お好み焼きやもんじゃの店が構えていたりしたものである。

 最初に、地域文化の違いを感じたのが銭湯である。居を定めたアパートの一室から、探索の散歩に出かけると、銭湯発見。たしか屋号亀の湯。その傍で住民と思しき人を見つけ訊いたのである。"ここの銭湯は何時から営業してるんですか?""夕方の4時ですよ""朝は何時からやっているんですか""だから夕方の4時ですよ"驚いた。鹿児島の銭湯といえば、地下から湧き出る温泉を利用しているので早朝から深夜まで営業。それが全国津々浦々当然のことであると思っていた評者には、新鮮な驚きであったことを憶えている。実際に銭湯に入っても、また驚く。湯の温度が高過ぎてなかなか身を浸せないこともあったが、脱衣所で背中や腕に刺青を入れたお方の多いのにビックリしたのである。自分は、ヤクザ者の町に住んでしまったのかと思ったが、柳田理科雄によると昔気質の職人さんが大半だという。本書「いつか王子駅で」の冒頭に登場する"昇り龍の正吉さん"のような人たちが多く住む町だったのである、駒込は。"昇り龍の正吉さん"も、実際には印鑑彫りの職人である。

 本書の中で、王子駅もそうだが、飛鳥山公園も登場する。北区にJRの尾久駅などが存在するのも知らない東京都民は多いと書かれているが、評者は"ああ、そういう駅もあったなあ"と憶えている。柳田理科雄がサンマパーティーをするから来なさいと言って集まった友人が、5、6人。30匹もある秋刀魚を焼いて食して、他に馳走なし。ただ、秋刀魚を消費しながら、ビールと剣菱に酔いしれるディナーなのである。大いに酔って、そろそろ突っ伏したいなあと思っていると、柳田理科雄がみんなで散歩に行こうと言い出す。行くあてもなく、飛鳥山公園まで足をのばしたりの、近隣散歩の集団行為である。散歩しながら柳田理科雄が鹿児島弁で言う。"あん、仮面ライダーの変身はオカシかど。エネルギーの変換から考えて、細胞分裂…"とか"ウルトラマンもオカシかど。あげん、ふて(大きい)二本足の直立を足が支えるには…"馬鹿なことを言うやつだと思っていたら、そんな空想をまとめた「空想科学読本」シリーズがあんなに売れてビックリである。他人の夢の話を聞くために、お金を払おうという人が世の中多いのである。わけのわからんヤツが多いのである。

 ところで、本書「いつか王子駅」で印象深いのが都電荒川線の記述である。大学に通い始めてしばらくしてから知ったのだが、なんと大学のすぐ傍から、駒込までとは言わないが、自分の住む居住区まで路面電車が走っているのである。行きは山の手、地下鉄と乗り継いで通うことの多かった大学であるが、帰りはのんびり雑司ヶ谷、大塚を抜け、西ケ原まで電車の旅を楽しんだものである。本書でも触れられているが、すぐ横の軒先に手が触れんばかりのところを電車が走っていく。鬼子母神から大塚へ抜けるまでの道中を思い起こした評者なのである。

 文章として本書が興味深いのは、まず長い文章の多用が多いこと。4行以上に渡る文章も珍しくない。そして、他の文学作品の上手な引用が目を引く。読み手にとって初見の作品も多い中、"おう、あれじゃないか"と思ったのが、安岡章太郎「サアカスの馬」と「スーホの白い馬」。スーホの方は、教科書に載っていたのを記憶していたし、モンゴルを舞台にした風より速いと言われた馬の話だったことを思い出したのだが、「サアカスの馬」は題名は記憶しているが、はたして自分は読んだのだっけ?と思ったのである。しかし、作品の記述に触れる中、主人公の少年が何に対してもそれ以上の情熱や探求の心を抱かず、そのとき心でつぶやく言葉で、読んだことがあったのを思い出した。少年はつぶやく。"まあいいや、どうだって"

 本書は、もともと評価の高かった作品なので、多分誰しも心に沁みる作品なのであろう。評者は記憶に沁みたが。文芸作品だから、粗筋なんてものも紹介するのも野暮だし、粗筋なんて存在しないとも言える。地方都市東京の、空気と人情とつつがない暮らしを切り取った作品なのである。日本の首都、ビジネスの中心地、ネオンの氾濫、情報、犯罪、カネ、その他が一極集中する東京の話ではない。昔からある東京の、今の物語なのである。もしも、東京に住むような将来が再び訪れるようなことがあれば、評者は間違いなく自転車を買うだろう、と思わせた読後感であった。(20021109)

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by kotodomo | 2005-03-29 20:32 | 書評 | Trackback(2) | Comments(4)
2005年 03月 29日

MIXI

わかる人にはわかるMIXIの世界。
「春待ちオフ会」で紹介されて、昨日から参加。

ネット書評仲間でも色んな人が嵌まっているって話は知っていたのですが・・・
その面白さはこれからわかるのかな?

コミュニティというのがあって、これはサークル的なものも多いのですが、自分の属性でとりあえず卒業高校のコミュニティと鹿児島ラーメンに参加(^.^)いや、単に登録しただけなんですが(^^ゞ

ブログを通じての知り合いも発見!
高校時代の友人も発見!!

と書いても、意味わかんない人にはわかんないだろうなあ。
自分も昨日まで、話はきいたことあったけど、全然わかんなかったし(^^ゞ
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by kotodomo | 2005-03-29 07:54 | メモる | Trackback | Comments(0)
2005年 03月 27日

×「ナラタージュ」 島本理生 角川書店 1470円 2005/2

b0037682_14475157.jpg 彼女に“ナラタージュって素敵なパーラー見つけたの♪そこのチョコパフェがすっごく美味しいの♪”と言われ、じゃあ一緒に行こう、奢ってあげようと答え、一緒にその店に入ってチョコパフェを頼む。評者もチョコパフェは好きなのだ。なんじゃこりゃ!アイスかと思って口に入れたのは生クリームじゃないか。どんどん掘っていっても、生クリームばっかりじゃないか。“ここのはねえ、アイスの部分がないの♪その代わり、この生クリームが絶品なのよねえ♪”と彼女。僕には合わないんだけど、という言葉はクリームと一緒に飲み込む評者。

 デパートの屋上で下界を見下ろしながら、彼女が熱のこもった口調で、評者に昨日観た映画「ナラタージュ」がいかに素敵だったのかを話して聞かせる。評者は適当に相槌をうつのだが、本当は今夜晩酌するか、いや飲まずに読書するか、そういう彼女にすればどうでもいいようなことで頭の中はいっぱいで、彼女の言葉は風に吹き飛ばされていくのみだ。

 本書『ナラタージュ』を読んでの感想は大体そんな感じ。男性教諭が女子高生に校内でキスをして「ごめん」と謝るような道義的に不健全な小説は、評者は好きくない。その教諭が、1年以上経ってその女性に電話するような行為も好きくない。モトカレモトカノに電話してみようと思う不健全な物語は合わないのだ。おまけに、登場人物の多くが深刻に不健全なので困ってしまうのである。もっと爽やかに生きなさいよ、君たち!なのである。

 教師が生徒に手を出すような不健全な小説よりは、教師が生徒の親と不倫関係に陥るような、そんな健全で爽やかな小説のほうが好きな評者の読書傾向である。(20050327)

※多くの女性読者の皆様、本書の支持者の皆様、ごめんなさいm(__)m評者の素直な気持ちなのです。本書内の素直な気持ちが1%も理解できなかったというわけでもないのですが。(書評No502)

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by kotodomo | 2005-03-27 14:49 | 書評 | Trackback(9) | Comments(14)
2005年 03月 27日

◎「小森課長の優雅な日々」 室積光 双葉社 1470円 2004/7

b0037682_962139.jpg 今年2004年の冬、鹿児島で初のオフ会を開いた(リンク先八方美人男さんに開いてもらった)評者なのである。レポはこちらの記事に付録としてふざけて書いているので、いまさらながら読んでみたいなあという人は、勝手に読みふけるように。

 で、そのときの会の主旨は「聖月さんと飲もう」ということだったのだが、超大物ゲストの参加でその主役の座を奪われてしまった評者なのである。その超大物ゲストというのが、本書の著者室積光氏なのである。みんな『都立水商!』やら『ドスコイ警備保障』やらの本を持ち寄って、サインをいただいたり、次の本の構想や主宰されている劇団の話を聞いたりやらと、主役のはずの評者には誰も見向きもせず、室積光氏で盛り上がった聖月初オフ会だったのである。そして、本書『小森課長の優雅な日々』を読みながら思い出したのだが、そのオフ会で氏が話されていた話題こそ、本書の内容だったのである。"いや、今『小説推理』に連載しているのが、人をどんどん殺しちゃうみたいな話。

 『シリアル・パパ』って話でさあ・・・"そういう著者自身の話を聞いていたので、実際に読んじゃうと二重に楽しい読書なのである。 『シリアル・パパ』を改題して『小森課長の優雅な日々』。この改題はよい。単純に人をどんどん殺す話っていうと、凄いブラックでノワールな感じを抱いちゃうのだが、この『小森課長の優雅な日々』という題名は、そうでないことを端的に表現しているんじゃないかな。どこにでもいる40歳、嫁さんと二人の子を持つサラリーマン小森課長(って、書いていたら、42歳、嫁さんと二人の娘を持つスーパーサラリーマン"森祐介←本名"じゃないか、自分!これって自分がモデル?えっ!俺って人を殺すの?って、多分単なる偶然(^^ゞ逆に自分は典型的な家庭を持っているのだなあと認識した次第)は、正義や誠実をモットーとする普通人。でも、自分のモラルから考えても、社会的にこんなやついないほうがマシみたいな人間のクズの存在に気付いて、最初のクズ、不細工なロバ顔の自意識過剰OLを駅のホームから突き飛ばすところから、彼の人生は優雅な日々に彩られていくのである。制裁を加えるたびに自信に満ちていく自分。そんな自分に対して、嫁さんも子供たちも、はたまた会社の部下たちも信頼を寄せ始め、それまでのなんだか人生が、充実人生に変わっていくお話なのである。そういう変な成功物語なのである。読むべしなのである。

 読むべしなのだが、帯に惑わされずに読むべし。っていうのも、本書の帯は誤謬に満ちているからである。「課長の本音:不眠不休で働いて、金はたまらずストレスたまり、行きつく先は家庭不和。こうなったのは部下のせい、だから奴らを殺したい。お前ら、みんな死刑(えっ!?コロすの?)」なんて書いてあるのだが、本書の内容とは全然事実やニュアンスが違うからである。小森課長は優雅な人なのである。仕事はまあまあ、ストレスというよりマンネリが気になるが、さして不都合のない日々。部下にわけのわからないやつもいるが、まあ仕方ない。そして殺人を犯しても優雅なので深刻には考えず、ただし理論付けは必須条件。今日殺したやつはいかに世の中のためにならず、自分の行為の結果いかに世の中の安堵が増したか考察するのである。そして、自分の行為のお蔭で、世の中に加え自分の生活も安寧と充実が増進していくお話なのである。だから、なんなのかよくわからんこの帯に惑わされずに読むべしなのである。

 実は、この本の妙味は、いとも簡単に繰り返される殺人にはない。その殺されるべく描かれた人間のクズの描写が面白いのである。いるいるこんなやつなのである。例えば、先日飲食を共にした旅行代理店の若い社長がこう言っていた。「ほら、俺、まだ若いけど頑張ってきたわけでしょう。だから上っ面だけのヤツってなんなのコイツって思っちゃうの。ほら電車なんかに乗って、ヘッドホンで音楽聴いて、体でリズムとって、手はなんかギター弾いていますみたいなやつ。あんなのウソだよ。ああいうヤツがいるとヘッドホン取り上げて言ってやりたくなるの。"お前、音楽にノッてるわけじぇねえだろう!音楽にノッている自分をみんなに見せたいんだろう!ウソするな、ウソを!ってね。今のお前ウソじゃんてさあ"その話聞いて、共感して大笑いした評者なのである。まあこういう輩の場合、死刑にすることもないと思うが、思わず頭くるやつは多いもので、本書に描写されているステレオタイプな犠牲者たちは、我々の周りにいっぱいで、いるいるそんなやつ、頭くるよなあ、なのである。

 評者も経験ある。山手線でギュウギュウ詰め。手足も動かせない。隣に密着しているOL。俺の手が当たってもいないのに、ショルダーバッグを俺と自分の間にまわして防御の姿勢。バカタレが!触ってもいないだろうが!それでなくてもギュウギュウなのに、お前のバッグでもっとギュウギュウじゃねえか!自意識過剰になるんじゃねえ、このブス(って顔は見えないんだけど、もうそれだけで心がブスだから)!なんて心で喧嘩しちゃうわけなのである。日歯連から1億献金貰ったっていう政治家。記憶にはないのですが、そういう事実があった裏付けがこれだけメディアで取り上げられれば、会長職を辞し・・・って、覚えているだろうがお前!俺はお前、嫌いじゃないぞ。別に好きでもないけど。だけどさ、覚えているんだろう、本当は。やりました、ゴメンなさいってなんで言えないの?お前のそれウソだよ!ざけんじゃねえよ!みたいな経験があるのは評者だけかな?

 保身のことしか考えずノラリクラリの答弁でPTAを煙に巻くいやらしそうな教頭や、会社の名前が凄いだけなのに俺って凄いと思っている嫌なディレクターやら、そんなやつらの末路を読みたいって言う方は、読むべし、読むべし、べし、べし、べし、なのである。よし、読むべし!っと思ったそこのあなた。あんたどっか暗くない?(笑)(20040726)

※『ドスコイ警備保障』鹿児島販促担当を名乗ってきた評者なのだが、これからは『小森課長の優雅な日々』全国販促統括東京本部長と名乗ろう。

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by kotodomo | 2005-03-27 13:30 | 書評 | Trackback | Comments(1)
2005年 03月 27日

◎◎「ドスコイ警備保障」 室積光 小学館文庫 600円 2003/7

b0037682_2228374.jpg いやあ、これは、実によい。読んでいると心が幸せになってくる、おかしみに笑みがこぼれる、読み手も一緒になって登場人物たちに応援を送りたくなる、そういう本である本書『ドスコイ警備保障』、読むべし、読むべし、べし、べし、べし、と最初で言っておく。そして、無駄話を始めよう。

 実は「本のことども」を始めてから随分のあいだ、当サイトには掲示板もリンク集もなかったのである。評者も、親サイトである鹿児島情報サイト運営者の管理人さんも、書評を更新して、その感想やお便りは聖月宛てメールをいただければ、それでいいのだと、あまり深く考えていなかった次第なのである。そこへ異変が起きたのは、昨年2002年3月4日。聖月宛てにきた次のメールに起因する。

 “件名:ありがとうございます 本文:ありがとうございます。室積光と申します。拙著「都立水商!」になんと二重丸をつけていただき、感涙にむせび、あまりの涙の量に「花粉症かあ?」と思ってるところでございます。どうやら評者の方は鹿児島在住でいらっしゃるようですが、私の次回作は「百年目の同窓会」という、旧制七高造士館の野球部と鹿児島大学野球部を題材にした小説です。小学館から六月に出る予定です。いわば鹿児島のご当地小説。鹿児島弁の部分は友人で、甲南高校出身の俳優、西田聖志郎に協力してもらっております。物語のモデルは鹿児島市内で開業している「昇産婦人科」の先代の院長先生です。出版の暁にはこちらの方もよろしくお願いいたします。次回作の宣伝のようになって申し訳ありませんが、「鹿児島」の文字を目にすると平静でいられないものですから。あと、私NHKの大河ドラマ「翔ぶが如く」で吉井幸輔を演じた者でして、鹿児島の「ふるさとナントカ館」という所に行くとその時の私の映像が見られると聞いたことがあります。今度本の取材で鹿児島に行ったらぜひそこに行こうと思ってます。そんなわけで急に鹿児島との縁が増えた私としては、鹿児島で良い評価をいただける事が嬉しくて仕方ありません。今後ともよろしく、鹿児島と薩摩人よ。と申し上げる次第であります。室積光“

 驚いたのなんのって、評者は、自分は。作者自ら『都立水商!』の評判いかがかと、その書評を訪ね歩き、わざわざメールまでいただいたのである。慌てて管理人さんにメールを転送するやら、失礼になってはいけないと思いながらお礼のメールを書くやらした評者。内容は細かく思い出せないが、『都立水商!』は面白かった、メールを戴いて大感激、自分が生まれたのもその産婦人科です、次作楽しみにしています、鹿児島へお越しの際は是非ご連絡を、貧乏な管理人さんに奢らせますので等々。礼儀を果たし、少しホッとした評者のもとへ、、、、

 “件名:ご返信ありがとうございます 本文:こちらからの返信が遅れて申し訳ありません。昇産婦人科で誕生されたとの事で、あらためて昇先生が身近に感じられます。このところ、七高出身の方々とばかりお会いしてまして、微妙な薩摩弁のイントネーションに馴染んでいます。実は「都立水商!」は映画化とテレビドラマ化が同時進行してます。そのおかげで、その次の七高を舞台にした作品の映画化も現実味を帯びてきました。映像で昔日の鹿児島の青春を描ければというのが、私の一番の願いです。具体的に話が進み始めましたら、ぜひともお力添えをお願いします。鹿児島にうかがう節はこのメールでご連絡いたしますので、必ずお会いしましょう。それではお元気で。室積光“

 おいおいおい、である。件名を見よ。「ご返信ありがとうございます」だぞ。売れっ子作家が「ご返信ありがとうございます」だってよ。俺ってそんなに偉いのか!という風には勘違いせず、管理人さんと相談。そろそろ掲示板作ろうか。作者と自分で黒やぎ白やぎやっててもな、オープンな場所が必要だな、という結論に達し、掲示板明日オープンという日に室積光氏にお願いメールをしたためた評者。是非、掲示板にも登場してくださいと。すると、お返事メールが。

 “件名:掲示板なんですが 本文:どうも室積です。掲示板なんですが、今いち使い方がわからんのです(恥ずかしい)。私の記事載りましたか?それとも同じ記事が二度載ったりして?どうなってるやら。というわけで、いまだに使いこなせぬ室積です“

 そこで、上記のメール内容を掲示板開設時、承諾を室積氏にいただいて、掲示板に代理カキコした評者なのであったが、実際には室積氏本人にもカキコいただいた。ロム保存してないのでその文章はもうないのだが「アミーゴ 鹿児島の読書人たちよ」みたいな書き出しだったのを記憶している。同時にリンク集を作ったのは、これはついでの作業。

 当然、室積光を応援する会鹿児島支部伊敷地区代表を自認するようになった評者であるが、その後は話に出た野球を題材にした作品は待てど暮らせどで、鹿児島に遊びに行きます、お会いしましょうもないしで、そうそう一回だけウィルスメールが室積氏から来て、室積さんウィルスが!と評者、はあ、どうもすみません、今退治しましたと室積氏、そういうことがあったけど。

 そういうことで、本書『ドスコイ警備保障』を読んで、万が一面白くなかったあかつきには、◎◎◎なんて今まで使ったこともない評価記号でも用いて、「肩入れ作家につき評価保留、とにかく買うべし」なんてことも考えていたのだが、杞憂に終わった。本書はとにかく面白いのだ。

 前作『都立水商』では、もし風俗水商売を育成する高校があったらなんて設定のみで、面白可笑しく書いた著者。サイドに高校野球という材料も置き、豊かな想像力で、楽しい風俗と爽やかな青春スポーツ物という異色の小説で楽しませてくれた著者。今回もその設定のコンセプトこそ似ているが、仕上がりは前作を上回り、おかしみを含んだ優れたサクセスストーリー小説となっている。

 お相撲さん。廃業したら、あとはちゃんこ屋、あわよくば解説者、コメンテイター、そういうことで成功するのは一部の力士のみ。そこで、ある親方が廃業力士の受け皿機関として警備会社を作る。成功するのか?成功するのである。本書に出てくる警備会社、成功して成功して、成功しまくるのである。読んでいて痛快である。ここが、普通の小説と違う。普通のサクセスストーリーであれば、努力して成功するかというときに難問が発生、そしてそれを乗り越え感動のエンディングというのが定石だと思うのだが、著者はそんな定石までも無視して、とにかく楽しいお話を完結させている。重要人物の護衛をするときは、六人の力士が真ん中に空間を作るように体を寄せ合って移動、真ん中の空間に重要人物、なんていう発想も、読者を楽しませてくれる。

 前作では、サイドに高校野球を材料として置いていたが、本書では同好会バスケットボールを置いている。高校まで部活でバスケットをしていた評者。シカゴ・ブルズ相手にカットインしようにも、ジョーダンやらピッペンやらドデカイ選手が待ち受けていたら怖いと想像するのだが、本書ではもっと怖くて面白い。ドスコイ・ブルズ相手にボールを持って向かっていくと、ゴール下には曙や武蔵丸みたいなのが5人もいるわけで、、、。

 とにかく、面白い。買うべし、読むべし、べし、べし、べし。(20030712)


※前作は図書館で借りたが、本書は発売を知って、すぐに本屋に買いに走った。図書館での本との出会いを常日頃主張する評者だが、この作家については好きな作家という通常の分類ではないのである。応援している作家なのである。『都立水商!』を読まなければ、著者からメールが来なければ、未だに掲示板はなかったかもしれない。要するに、室積光氏こそ「いとおかし掲示板」の産みの親なのである、って大袈裟かなあ(笑)
ちなみに著者は山口県光市室積生まれなので、室積光のペンネーム。俳優、脚本家を経て『都立水商』で小説家としてデビュー、だったよなと思いながら、本書の著者紹介を見ると…ム、ム、ム…なんか変だぞ、この著者の写真、なになに1977年撮影?1955年生まれだから…48歳の著者が22歳の頃の写真を載せるとは、こりゃ爆笑もんじゃあ。爆笑もんだけど、何人の人が気付くことやらの細かいところのおかしみ。

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by kotodomo | 2005-03-27 12:00 | 書評 | Trackback | Comments(0)