<   2005年 10月 ( 51 )   > この月の画像一覧


2005年 10月 31日

現在のところの図書館の手持ち本と予約待ち本のことども


図書館から借りている、今から読む本は・・・
『アンダンテ・モッツァレラ・チーズ』 藤谷治
『本の雑誌 2005年10月号』
『最悪』 奥田英朗
『アニマル・ロジック』 山田詠美
『真夜中の五分前 side-A』 本多孝好
『真夜中の五分前 side-B』 本多孝好
『東京奇譚集』 村上春樹
『ララピポ』 奥田英朗
『いつかパラソルの下で』 森絵都
『サルバドールの復活』上下 ジェレミー・ドロンフィールド

そして予約待ち待ち待ち本は・・・
『花まんま』 朱川湊人 15
『天使のナイフ』 薬丸岳 15
『その日のまえに』 重松清 18
『電車男』 中野独人 172
『容疑者Xの献身』 東野圭吾 6
『風味絶佳』 山田詠美 28
『悪党たちは千里を走る』 貫井徳郎 2
『あおい』 西加奈子 5
『アースダイバー』 中沢新一 13
『弱気な死人』 ドナルド・E.ウェストレイク 1
『インストール(河出文庫)』 綿矢りさ姫 4 単行本未収録作品目的
『アンボス・ムンドス』 桐野夏生 18

数字は待ち順。当分、図書館本の嵐から遠ざかりそう。
あとは様子を見ながら、読んでなかった過去の名作を予約していくつもりなのだ。
 
[PR]

by kotodomo | 2005-10-31 07:19 | メモる | Trackback | Comments(4)
2005年 10月 30日

◎◎「退屈姫君 恋に燃える」 米村圭伍 新潮文庫 500円 2005/10


 いやあ、退屈姫君シリーズ、相変わらずのお気楽面白さである。読書はひとつの娯楽であることを思い出させてくれる。

 ところで、最近、米村圭伍を読みたいのだけど最初から順番に読まないと駄目?って記事があったので、評者なりの回答を述べておくと、勿論、作品が出版された順に追いかけるにこしたことはないが、とりあえず退屈姫君シリーズを中心に楽しみたいという方には、デビュー作『風流冷飯伝』と二作目『退屈姫君伝』だけは順番に読んで、あとは特に順番に拘らず読んでも構わないかと思う。最初の二作で、この作家の風流でいとおかし雰囲気の全容がわかるし、その後の作品の基礎になる設定もほぼ網羅されているからである。特にシリーズ三作目の本書『退屈姫君 恋に燃える』をいきなり読むのは勿体無いかな。

 なぜかといえば本作、本当にオールスター登場の物語だからなのである。冷飯伝や姫君伝に登場してきた人物たちがほぼ勢揃い。どういう人物であるかの言及はあるのだけども、やはり過去の活躍を読んでおいたほうがずっと楽しめること間違いない。嬉しい登場人物としては、御門物頭上林十朗太の再登場が懐かしいし、新たに猪鹿蝶三姉妹(シスターズ)の活躍もオモヒロイ(^.^)いや、可愛い主人公めだか姫の姉君たちで猪姫、鹿姫、蝶姫のことなのだが、この腹違いたちのめだか姫とは似ても似つかぬ容貌と振る舞いは・・・痴女か(笑)。

 で、物語の本筋なのだが、あの冷飯伝で活躍した将棋界のキムタク拓磨が、萌姫という身分違いのかわゆい姫に萌え、めだか姫がその恋の成就に燃えるというお話。文庫本の帯にもあるが、またしても敵にまわるのが田沼意次&アホ息子。

 あんまり面白いのでこれ以上は書かないが・・・読むべし。まずは冷飯伝を読んで、退屈姫君シリーズを読むべし。同じ風見藩シリーズ『おんみつ蜜姫』や、本書の登場人物お仙が中心の『錦絵双花伝』→文庫化改題『面影小町伝』も楽しいぞ。とにかく米村圭伍を読むべし。まずは『風流冷飯伝』から読むべし。すべてはそこから始まる。読書はお気楽な娯楽であることがわかる作品たちである。(20051030)

※最近、『日本美術の言葉案内』日高薫を少しずつ読んでいる評者。文庫カバーのめだか姫が立っている風景は“州浜”の見立てかなどと(下まで帯で見えないが)・・・ますます賢くなっている評者なのである(^.^)(書評No585)

書評一覧
↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
[PR]

by kotodomo | 2005-10-30 14:56 | 書評 | Trackback(1) | Comments(0)
2005年 10月 30日

なんだか応援したくなりました

ブログ名にひかれ、なんとなく覗いた「聞いて、お月さま。中二作家志望の記録 ~お月さま…私、作家になる!!~」

応援したくなりました(^.^)ガンバレ~です(^O^)/

自分が中学二年のとき・・・
勉強して、部活して、そうそう二年の秋には初めての男女交際、交換日記、うくく。
今だったら、交換日記なんてネットでメールでなのかな。

それはそうとして、将来何になりたいなんて明確なものは何もなかった(^^ゞ
そして今ではしがないスーパーサラリーマン(^^)v

いいなあ、真っ直ぐに頑張って欲しいなあ。
素直に応援します。

上の娘が今小学校5年生。彼女ももう医者になると宣言している。
下の娘は小学校2年生。10階建てのビルを建てると宣言・・・まだまだ子供だ。
別に建設業に従事すると宣言しているわけではないらしい。
パパの部屋は最上階ねとか、地下は食品売り場とか言っているので。
[PR]

by kotodomo | 2005-10-30 12:48 | メモる | Trackback | Comments(2)
2005年 10月 30日

▲「オルタード・カーボン」 リチャード・モーガン アスペクト 2940円 2005/4


 評者が幼き時分、両親が使っていたカーボン紙を自分も使用してみたくて仕方がなかったのだが、遊びに使っちゃ駄目と言われ、ああ僕ちゃんも早く大人になってカーボン紙を思い切り使って鉄腕アトムの双子絵をなんて夢想したものだったが、大人になってみたらカーボン紙なんて消えてしまった。領収書を中心に、今でもカーボン機能を持つ用紙は使わないこともないが、あの黒とか青とかのビラビラした紙じゃないし、鉄腕アトムの絵の描き方ももう忘れてしまっている。

 じゃあ、カーボンを使うことはないのかというと、実は日常的に仕事で使っているわけで、これを読んでいるあなたも、私的にはあまり使うことはないにしても、仕事場の風景で使っている人は多いんじゃないかな。そう、メーラーのCC(カーボンコピー)やBCC(ブラインドカーボンコピー)の機能である。例えば、社長宛に直接報告書をメールする場合、上司にもこのように報告しましたという意味でCCの宛先に入れたり、また社長が上司に相談せず直接私に報告書をなんて言った場合、上司と仲良しこよしの間柄なら、一応BCCに上司の宛先を入れれば、社長にはそのコピーメールが上司まで回ったことは伏せることができるわけ。そう、メールのカーボンコピーという形で、評者も使っているわけだ。あの機能がないと・・・すっげえ大変だよな。

 そういえば、その昔、米国の大物アーティストが来日して、あるファンがサイン貰うのに適当なものがなくて、ザウルス(電子手帳)にサイン貰ったらしいんだけど、見せびらかすたびに俺にもくれなんて言われて、ザウルス仲間でそのサインが広まって、結局デジタル世界ではオリジナルなサインがどれだっけ?みたいな話があったなあ。

 本書『オルタード・カーボン』は、人間の精神のカーボンコピーが当たり前の世界のお話である。もし、あなたが自動車事故で亡くなっても、首に埋め込まれた装置が無事であれば、別の肉体に埋め込み、姿かたちは変わっても、再生できるという話。もしくは、お金持ちなら、そろそろ飽きたし変えようかしら、なんて感じで。

 で、ある金持ちの人物が自殺するのだが、その装置は無傷。当然、その人物は再生して、自分には自殺する動機が見つからない、警察は自殺と断定したが、本当は他殺ではないのかと疑い、主人公にその調査を依頼するという話。中々に興味深い設定。加えて、どこまでも、古典的ハードボイルド。その精緻な描写が沁みてくる。はずだったのだが・・・。

 例えば、右の桶から左の桶へ、ザルを使って水を移すようなそんな作業を思い浮かべた場合、右の桶が空っぽになっても、左の桶には少しの水。桶と桶の間は水浸し・・・そんな感じのする今回の評者の読書体験。なぜか、頭に入ってこないのである。しっかりした作り、興味深いSF設定、そしてミステリーとしてもしっかり構成されているのにだ。評者の好きなシックなハードボイルドなのにだ。理由はわからないが、なぜか今回の読書はそんなだったため、読むのがつらくて評価が下がってしまった。他所の書評みても、多くの人は面白いと書いているので、本書は多分、評者の評価記号以上に面白いはず。本書は多分、面白いはずだからねえ(^O^)/今回の評者の評価に惑わされないように(^O^)/

 しかし、着せ替え人形みたいに自分の姿形を選べるのなら・・・キムタクは駄目。雰囲気はそれなりにカッコイイとは思うが、目が離れている自分というのは好みではない(ちなみに、下の娘に、キムタクって目が離れてるけど、ママ、あんなののどこがいいのかねえ?って言ったら、パパ♪人間はみんな右の目と左の目は離れているんだよ♪と言われたことがある)。ヨン様も駄目。肌がスベスベしている自分は好きくないダスミダ。よく考えると、自分は自分。今のままでないと、自分じゃないや。自分のままでいいよと思ってしまうわけで、そういう意味で、本書の中の人々は違和感とかないのかなあ。(20051030)

※多分、2回、3回と再読するほどに面白く感じる小説。その精緻さが浮かび上がってくるはず。評者は疲れたのでもう読まんが。(書評No584)

書評一覧
↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
[PR]

by kotodomo | 2005-10-30 06:33 | 書評 | Trackback(1) | Comments(2)
2005年 10月 29日

明日の図書館本


『いつかパラソルの下で』 森絵都
『ララピポ』 奥田英朗
『サルバドールの復活』 上下 ジェレミー・ドロンフィールド

ジェレミー・ドロンフィールドの新作って、どこでも話題になっていないが、何故なのか?
◎◎『飛蝗の農場』のあの作家だよね。

最近読書停滞気味につき
『彼岸先生』 島田雅彦
『荊の城』 ウォーターズ
『奇術師』 プリースト
は一旦返却することに・・・また借りるけど(^^)v

追記
あら、『東京奇譚集』  村上春樹も回送中になっている(区内に窓口5箇所あるので)。
じゃあ、図書館に行くのは午後がいいべ。
[PR]

by kotodomo | 2005-10-29 11:03 | メモる | Trackback | Comments(0)
2005年 10月 28日

読書週間の続きである


読書週間ということで、讀賣新聞には、今朝も読書に関する記事が。

40代の読書量が減っているのだという。
1ヶ月1冊も読まない派が増えているのだという。

別にいいんじゃないの。他にやりたいことがあれば。
本を1冊も読まない生活。私できます。耐えれます(^.^)他にやることがあれば。

今でも実は他にやることがあって、年間250日くらい飲酒。
大人なので飲酒せねばならんのである。
それでも今年の読了数は、現時点で128冊。

これまでの年間記録は144冊。このままいくと150冊はいくのかな。
いや、記録突破を目指しはしない。
それだったら、飲酒やめればいいだけである。
でも読書も飲酒も気が紛れるので、今のとこ両立。

読書量と飲酒量の方程式作って、なにかそこで数値が出せるのなら、
きっと多くの読書人に負けることはないであろう。
威張ることではないが・・・威張る!どや!
[PR]

by kotodomo | 2005-10-28 06:58 | メモる | Trackback | Comments(4)
2005年 10月 27日

禁断のサイトというものがあるという


評者のネット情報ははてなRSSリーダーのヘッドライン拾い読みから。すると・・・

「読書blog byエルフさん」の記事に“禁断のサイト?”とある・・・
へえ、そういうのがあるんだ。まあ、覗いてみてくだされ。

ところで、評者が心のどこかで密かに目指し標榜したいと思っているこの「本のことども」by聖月のコンセプトは・・・
「孤高のブログ」・・・意味がわからん?
まあ、独りよがりで我儘で勝手な・・・一人ぼっちのブログじゃあ(^O^)/淋しいぞお(^O^)/

いや、読みたいやつは読め!そんな感じが強いのかなあ。
でも、誰かに影響を少しでも、これは最初からの目標なのだなのだなのだ(^O^)/
[PR]

by kotodomo | 2005-10-27 19:16 | メモる | Trackback(1) | Comments(2)
2005年 10月 27日

読書週間である


今日は初日。今年から10月27日は「文字・活字文化の日」になったらしい。

それはとってつけたようなものだからどうでもいいんだけど・・・
週間なんだよね。1週間なんだよね。で、今日は木曜。
何で木曜から・・・じっとカレンダーを見る評者。

はあ、なるほどね、文化の日までに文化的に読みたまえなのか。

じゃあ、読む。読むぞ。
今、『オルタードカーボン』下巻を前にして、読書停滞気味。
読もうじゃないか。
本日は、新幹線で福島往復。車中で読んで、帰って読んで、
今日中に片付けてしまおうじゃないか。

その後、ガンガン読み続けようじゃないか。
外せない飲み会が2回+αやってくるが、それでも読もうじゃないか。
そして、最終日文化の日・・・たくさん読めていたいなあ。いや、読む。決意。
[PR]

by kotodomo | 2005-10-27 06:39 | メモる | Trackback(1) | Comments(0)
2005年 10月 26日

『インストール』綿矢りさ姫の文庫本 図書館に予約したのことども


既評◎◎『インストール』を図書館予約したのことども。

だって、「You can keep it」っていう未読の作品入っての文庫化だもんなあ。
[PR]

by kotodomo | 2005-10-26 20:25 | メモる | Trackback(2) | Comments(0)
2005年 10月 26日

発表!!!ブログ書評大賞by聖月

いや、昨日までは書評No471 ◎◎「無情の世界」 阿部和重かな、もしくは書評No529 ◎◎「大人の保健体育」 野口哲典かなと思っていたのである。

だがしかし、昨年の『プレイ』 山口雅也の発表の記事をあらためて見ると、その文章のお下劣さはシンクロするのだけど、こんな選考基準を書いているではないか・・・

本の評価ではなく、書評の評価。
選考基準は
1.ブログで発表された書評である。
2.2004年(今年は2005年)出版の本について書いてある。
3.書評全体のうち、本の内容に触れている部分が1/10以下である
4.本の内容より書評のほうが面白い。

冒頭の2冊は、ダラダラ書いている部分も多いが、結構、本の内容に触れているので、ちと違うのではないか・・・

ということで、夕べもう一度見直したのである。
なんだ、傑作書評を書いておるじゃないか。
ということでブログ書評大賞は・・・・これ。昨年の本だけど。本の内容より書評のほうが面白いとはいわないけど。でもこれに決定(^O^)/

書評No497 ◎「ペンギンの憂鬱」 アンドレイ・クルコフ
ということで再掲しとこう。

b0037682_1720655.jpg 以前、長野県は蓼科高原に住んでいた評者の住まいは、所謂リゾート風集合住宅であり、1階に住む評者はワインのヌーボーの解禁時期に、どういういきさつか忘れたが、4階に住む女性と一緒に評者の部屋でそのヌーボーを中心に据えたささやかな二人だけのパーティーを行うことを約束するはめになってしまった。夕刻に評者の部屋の扉の前に現れたその女性は、いかにも高原のお嬢さんという清楚な雰囲気で、評者も約束するはめになってしまったとか言いながらも満更悪い気もしなかったのであるが、彼女が携えた小粋な食料の袋とは反対側の手に持っていたバスケットがどうも気になった。部屋の中に招き入れたあと、その彼女のバスケットから物音がする。ウサギのウーよ♪という。籠の中じゃ狭いから出してもいいかしら♪という。ワインを楽しみ食事を楽しむ二人と一緒に、そのウサギのウーは勝手にピョンピョン楽しんでいる。結局そのまま評者の部屋に泊まった彼女だったのだが・・・ウサギのウーがうるさかった。一晩中ゴソゴソ、ガサガサ。ウサギって夜行性?そう思いながら、やっと寝付いた評者なのだったが、朝起きてみると迷惑なことにウーは死んじまっている。彼女は大泣きし、自分の部屋に帰るとだけ言い残し、部屋を出ていったのはいいが、ウーの死骸は部屋の中に残されたまま。出て行く彼女に、そのことを後ろから伝えても、死んだウサギはいらないと言ってそのまま行ってしまう。

 仕方がないので、30分かけて車で山を降り、なんとなく気付いていたお店までウーを持って出かけ、1万5千円払って剥製にしてくれるよう頼み、出来上がったら電話します、3~4日くらいかかりますけどということで、電話を待つがかかってこない。いい加減催促してもいいだろうと思って、7日経ったときに自分の部屋の受話器をあげると電話自体が死んでいる。原因を探ると、なるほど室内の電話線が妙な感じに切れている・・・齧られている。ああ、ウーはこれ齧って食って死んだのかと思い、またしても車で山を降り、剥製屋さんに連絡がつかなかったことを詫び、立派になったウーの剥製を受け取り、千円で電話線も買って、彼女の部屋を訪問するが不在のようで、ウーの剥製の入った箱とメモを彼女の部屋の前に置いたが、一週間もしないうちに彼女も部屋の前の箱も、何の連絡もなくいなくなる。

 それから5年後、東京に住むようになっていた評者の荒川の住居の前に、仕事から帰ってくると、幼い女の子が立っており、蕎麦屋の岡持ちみたいなものがその横に置かれている。女の子が、メモを評者に渡す。名前は書いていないが、それは以前ウーの剥製と一緒に突然消えた女性に渡した評者直筆のメモであり、空いたスペースに、あなたの子です、よろしくお願いしますと書いてある。女の子はニンマリして、あたしの名はアーニャ、そしてこっちはミーシャ、よろしくね♪と言って、岡持ちのふたをあける。ミーシャと呼ばれたそれは、でっかい皇帝ペンギン。こっちのほうは、どう考えても自分の子じゃないだろう。そして3人の家族ごっこが始まる。女の子アーニャは蓼科ヌーボーナイトから勘定が合うように4歳なのだが、結構しっかりしている。評者が相手にしなくても、大抵の場合ペンギンのミーシャに絵本を読んで聞かせているか、一緒に風呂場で水浴びして遊んでいるか、一番多いのは一緒になってテレビを眺めている。たまにペンギンのミーシャがギャッ!と鳴くときは、必ず画面に猫が登場しており、女の子アーニャは大丈夫だよと、ミーシャに優しく声をかける。

 3ヶ月も家族ごっこが続くと、お互いなれてきて、どっか出かけようかという話になり、冬の蓼科湖へドライブ。氷の上は、ワカサギ釣りの穴だらけで、ペンギンのミーシャははしゃぐように、あっちの穴からこっちの穴へ冒険を続け、女の子アーニャは氷や雪が珍しそうで、こんなところで育ったのじゃないの?と訊くと、多分名古屋というところで育ったんだと思うと答える。

 そんなこんなの楽しい出来事を自慢のブログ日記に評者が何気なく書いたところから、なんだか話がおかしくなってくる。蓼科漁業協同組合という組織から、漁業権の問題ということで内容証明郵便物が届き、自分が不在のときに不審な人物がきたけど出なかったよ、エライでしょ♪とアーニャは言うし、音楽会社やデジカメメーカーから、著作権や商標登録の侵害云々の話が舞い込む。そして、評者は・・・。

 いかがかな。以上は評者のフィクションであり、実在する人物、団体・・・という言い訳は別にして、本書のような読んでみてくれとしか言いようのない作品の書評に代えて、少し変奏曲、大いに別ジャンルの作り話で紹介してみたのだよ。

 著者はウクライナのロシア語作家。本書の前半は、ウクライナのいしいしんじが書いたようなそんな雰囲気。中盤では表の世界から裏の世界が投射され、終わってみれば少し形而上。あとがきを読むと、著者はロシア語翻訳された◎◎『羊をめぐる冒険』村上春樹がお気に入りとのことで、う~ん、この作風、そういえばそんな雰囲気も(^.^)(20050319)

※本書の中に登場するペンギンは身長1メートルとでかい。表紙絵のように少女とペンギンの大きさは大体一緒なのである。だからなんだと言うわけじゃないが、表紙絵のペンギンは少女に比べでか過ぎないかという疑問に備え(書評No497)
[PR]

by kotodomo | 2005-10-26 07:37 | 聖月(みづき)様のことども | Trackback | Comments(2)