「本のことども」by聖月

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2005年 12月 31日

冊数とかのことども


年間読破目標なんて決めていないので、でも今年は一番で157冊っていうか、157タイトル。
とにかく、年間の目安が140冊。
今年もいけたとか、今年はいけなかった、そんな管理。

で、数じゃなくて読書は中身だとは思うんだけど、読んでいる人は読んでいるわけで、
例えばすみたこさんは今年丁度300冊、読まないように押さえて300冊だし、
四季さんなんて470冊なわけで・・・
ふう、157冊ですう、新記録ですう、なんてハシャゲルわけがない(笑)

しかし、思うに、自分の場合、どんなに生活のスタイル変えたとしても、年間300冊がいいところだろう。
年中休み、自由にしていいよ、なんて言われても、一日一冊以上のペースは出来んかも。

ところで、色んな書評サイト及びブログがあるが、
評者のこだわりなどを

①タイトルに出版社及び価格を必ず入れる
いや、馬鹿話しか書いていないんだけど、元々は一人でも多くの人が“読もうかな”なんて思ってくれることが目的で始めたわけで、そういう人のために必ず入れる。
まあ、今はアフェリエイトの貼り付けなんかで、結構そういう情報が盛り込まれている記事は多いんだけど、評者はブログタイトルに必ず盛り込むようにしている。

②アフェリエイトはしない
いや、一時期しようかとも思った時期はありました。
でもね、これやると、写真で遊べなくなる。
タイトルとは別な本を持ってきたりとかね。たとえばこれなんかそう。

③記事内容と全体の構成を考える
要するに、自分のスタイルの記事を書く。
アクセス数なんて構わない。
それと、例えば検索なんかを考えて、自分があとで検索しやすいような構成にする。
そうすれば、少しわかったリピーターなんかも、使い勝手がいいかも、みたいな。

とにかくね、重ねる。それだけである。
自分を重ねていくのである。人生はね、積み重ねなのだよ。

今年も色んな罪を重ねてきたなあ。
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by kotodomo | 2005-12-31 09:45 | 聖月(みづき)様のことども | Trackback | Comments(4)
2005年 12月 30日

◎「アンボス・ムンドス」 桐野夏生 文藝春秋 1365円 2005/10


 7つの作品が収められた短編集である。短編集なんていうとサラリとした良作が収められていて、なんていうのが評者の想像する一般的なパターンなのだが、本書に収められている作品群は重量級である。長編作品の平均重量が100kだとしたときに、通常の短編の重量は平均して30~50kくらいだとNASA(アメリカ航空宇宙局)では発表しているが、評者の推測するところ本書に収められた短編群の平均重量は60~70kくらいと、通常地球に飛来してくる隕石の2倍近い重量感がある。

 別の見方をしたとき、勿体無いくらいである。そのまま、その想像力の翼を広げていけば長編が丸々一冊かけてしまうような重量級の作品が並んでいるのである。それを長編にしちゃいけないという法律もなく、かつて村上春樹なんかも『螢』を『ノルウェイの森』に化けさせたりしたことを考えると、案外、将来この作品群の中から、もっと重量を増した長編が誕生するのかもしれない。

 それにしても、ドロドロした小説たちである。評者は、基本的に女性の群像というか、女性の内面に共感を憶えるような作品群が並ぶと、そういう憶えがないのでイマイチに感じる場合が多いのだが、本書のように、ここまでドロドロしていると、わかりやすく、想像しやすくて、そういう理由で、紡がれる物語として入り込めた気がするのである。

 基本的に、どの登場人物たちも、内面、もしくは外面が不細工な女性たち。その不細工さが、不器用さが際立っており、ただただその行き先を確かめずにはおれなくなる、そんなリーダビリィティに圧倒されるのである。

 一番好きな作品は・・・冒頭の「植林」かなあ。コスメドラッグで働く不細工。職場では相手にされず、家に帰れば兄夫婦のせいで居場所がない。そんな彼女が見たテレビの画面には昔の有名事件が流れ・・・記憶が甦り・・・自分の凄さに気付き・・・ドロドロ。

 桐野夏生、たったこれだけの小品集に、これだけの物語とその背景を入れ込むとは、恐るべし、読むべし、べし、べし、べし(20051230)

※意味不明の題名の意味はわかったが、何もこれを題名にしなくてもという気もしないではない。(書評No612)

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by kotodomo | 2005-12-30 09:12 | 書評 | Trackback(3) | Comments(0)
2005年 12月 29日

◎「風味絶佳」 山田詠美 文藝春秋 1290円 2005/5

 まずはカバー表(おもて)の話から。題名の読み方・・・ずっとゼッケイだと思っていたら、使われていた漢字も違うし、小さくアルファベット表記があるのも読み取れるだろう。そう『ふうみぜっか』である。絶佳って言葉を知らなかった評者。ちゃんと今ワードで変換しても普通に出てくるし。風景が優れている様なんかに使う言葉らしいけどね。知っていました?ついでに、このカバー絵を大きくしたのには、もう一つ理由があって、色合いも森永ミルクキャラメルのようだが、あの四角いのも、そうキャラメルなのだよ。この本はキャラメルの箱をデザインしているのである。

 ということで、カバー裏(うら)も携帯でデジってみた評者。表のやつはネットからなんだけど、裏の写真はないから自分で撮ってみたの。接写機能を使ってみたけど、なかなかいいね、うんうん(クリックすると大きくなるよ)。
b0037682_16575554.jpg
 ということで、ということで、キャラメルの裏って感じの但し書きが・・・色々と気が利いているんだけど、右下囲みの成分栄養表、ここに書かれているものが、各短編の題名なのです。ということで短編集なのです。上の囲みにも“内容量 6篇”って書かれているけどね。あと、これは面白いと思ったのが、“原材料名”。紙だけかと思ったら、のりに花布にスピンについでに山田詠美。うん、確かに原材料のおおもとは山田詠美に違いない。

 ということで、ということで、ということで、本書は安心印、滋養豊富、風味絶佳の良品集。残念ながらグリコじゃなくて森永なので、一粒で二度美味しいとは謳えないが、滋養豊富、風味絶佳なのである。多分、美容や健康に気を遣う女性読者には受けがいいでしょう。表題作の「風味絶佳」なんて読めば、心と気力の滋養になるでしょう。

 あと評者が気に入ったのが「夕餉」。女性が手の込んだ夕食を作るだけの表描写。そこに回想が挟まれて物語が構成されるのだけど、その挿入の仕方が上手いし、挿話のこちら側にある女性の作る夕餉が出来上がっていく様の描写も素敵なのである。是非、彼女の手料理を食べてみたい、そんな気にさせてくれる一篇である。

 男性読者として、今ひとつ心から入り込めない部分もあったかもしれないが(「春眠」の父親やその奥様は自分勝手な悪人としか思えなかったり)、全体としてはまさしく風味絶佳なり。是非ご堪能を。(20051229)

※今年2005年は山田詠美の作品を読むようになった素敵な年でした(^.^)(書評No611)

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by kotodomo | 2005-12-29 16:59 | 書評 | Trackback(2) | Comments(2)
2005年 12月 29日

▲「バスジャック」 三崎亜記 集英社 1365円 2005/11


 著者に言いたい。おい、そっち行っちゃ駄目じゃないか。

 世間的にも評判を呼んで、評者的にも好評だったデビュー作◎◎『となり町戦争』。あの作品に対する読者側からのスタンスが様々だったことは記憶に新しい。小説すばる新人賞というエンタメ系の受賞作品、その後直木賞候補にもなったりと、それなりの光跡を残したのだが、別の方向からの批判に、粗筋がイマイチだとか、物語にインパクトがないとかいう声も聞こえる。

 結局これはどういうことかと言うと、『となり町戦争』自体は一種のエンタメアートなんだけど、決して大衆文学ではないということである。だから直木賞候補になったのはおかしいと思うし、そういうつもりで物語を読んだ人は肩透かしを食らうわけで、つまるところ評者が思うには、この作家、文芸作家であり、その綺羅やかな描写でいつか芥川賞などをと思っていたのである。が、しかし・・・

 おい、そっちへ行っちゃ駄目じゃないか、である。あの『となり町戦争』のパラレルで近未来のような異世界を描く、そんなのは一つの手法だとばっかり思っていたら、本書『バスジャック』の中に納められた短編たちは、どれもパラレルで異世界なものばかり。もっと極端な言い方をすれば星新一的作品と、小川洋子箱庭世界的作品ばかりである。結局、何がいけないかと言うと、そこには手法しかなくて、読まれる物語がないのである。ないというと語弊があるか。読まれる物語が希薄なのである。

 例えば中編と呼んでもいい90頁程の作品「送りの夏」。車椅子に乗るマネキンと暮らす人々を描いた世界なのだが、この設定だけで奥深さを出そうとしても無理な話で、評者は読みながら“わかった、わかったから、物語よ、早よ、終われ”と呪文を唱えながら読むことになったし、一番最初の『二階扉をつけてください』なんて、ショートショートやん、星新一やん、それがどうしたんやんと、やんやん思いながら読むことになってしまった。

 最初で不思議な世界を提示し、その不思議に紛れた謎で引っ張って読ませる手法の作品群。そんな作家じゃないと思うのだけどなあ。そっち行っちゃ駄目じゃないか。不思議な設定だけで物語を作っちゃ駄目じゃん。ちゃんと綺羅やかな描写を織り交ぜながら、普通に話を紡ぐだけで物語の世界を構築できる作家なんだからさあ。

 よく考えたとき、デビュー作はアマチュアのときの作品であり、本書はプロになってからの初めての作品集ということになる。駄目なのは集英社の担当者のほうなのかなあ?(20051229)

※関係ないけど、年末の読書予定は、『風味絶佳』山田詠美読んで、『アンボス・ムンドス』桐野夏生読んで、そいでもってハリポタ4上下巻に突入しながら年越し。1/2にハリポタ映画鑑賞じゃ。(書評No610)

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by kotodomo | 2005-12-29 11:05 | 書評 | Trackback(5) | Comments(2)
2005年 12月 27日

◎◎「砂漠」 伊坂幸太郎 実業之日本社 1600円 2005/12


 偉そうな言い方を許していただければ、一人の作家の作品を読み続けていると、“来たな!”と感じさせる作品がある。偉そうなというのは、文章の世界において、例えば東野圭吾みたいな天性の物語作家に対して、評者がああだこうだいう程の立派な人物でないことは自覚していても、『容疑者Xの献身』ような作品に出会うと“来たねえ、東野クン”と思うわけである。個人的な作品の好みとしては『白夜行』なんかのほうが、評者は好きなんだけど、ああいう完成度を持った作品が、作者も完成度を感じながら世に出たりすると“来たな”と思うのである。

 本書『砂漠』を読み終えて、やはり“来たねえ、伊坂っち!”と思ったわけで、そういう意味で、この作家のマイルストーン的作品、もしくは到達感のある作品だと個人的には感じるのである。案山子がいい人も、ピエロがいい人(評者はこのタイプ)も、ギャングがいい人も、アヒルがいい人も、殺し屋がいい人も、とにかく色んな好みを持った読み手がいるわけだけど、この作品はそれらの好みを収斂してしまうような完成度がある。一番いいとは言わない。評者にとって一番いいのは本書なのかピエロなのか判然としないが、万人の感性へ向けた完成度が本書のほうが高いと思うのである。

 学生生活描写小説として読み始める。そしてそこにはやはり伊坂流伊坂節がある(評者は早いうちからこの言葉を使っているが、伊坂作品には伊坂節と呼べるものはないと思っている。それは明確な節ではなく、独特の持ち味みたいなもので、そういう意味で伊坂流伊坂節のほうがしっくりくると思っている)。その独特の表現による浮遊感が心地良い。そして、学生生活描写小説を楽しんでいると、少しいらんことを考えてしまうわけで、この小説での伊坂の企みは、作者の仕掛けはどこにある?それともないの?なんて思ってしまうわけで・・・ちゃんとある!楽しみに読め!途中、少し違和感を持って読んでいた箇所が、終盤もっと大きな違和感にぶつかったときに企みに気付くわけで、やはりこの作家の場合のそれは、“やられた”とかミステリーのそれではなく、“なあんだ”と思いながらの爽快感かな。とにかく読むべし、べし、べし、べし、の作品である。

 ただし、本書で随分と描かれる麻雀とボーリングの描写は、牌も触ったことありません、麻雀のルールや役、全然知りません、ボーリングしたことありません、スコアの付け方わかりません、そういう読者には理解度が今ひとつの部分が多いだろう。幸いにも評者は主人公たちと同じく法学に学びながら(途中感じた違和感のひとつに民事訴訟法という単語がある)、麻雀に明け暮れ、デートといえばボーリングという時期もあったので、非常に映像的に読めたが。映像的といえば、本書で久々にボーリング場を映像的に思い出したわけで、そういえばボーリングって、なんで右レーンと左レーンとあるのにタマが出てくるとこは共有なのだろう、他人同士で共有・・・そういえばタマが中々戻ってこないということもしばしばあったなあ、タマが行方不明になるミステリーってどうよ?そいでもってそのタマの中に麻薬かなんか、もしくは座薬でもいいけど、そんなのが仕込まれていたって話はどうよ?『座薬麻薬娯楽場快楽殺人事件』なんて題名でどうよ?といらんことばっかり考えながら、読書に励んでいたのである。

 本書には、砂漠で雪を降らせる云々の格言というか行動指針が出てくるが、評者的に言わせると、学生よ!まずは砂漠に雪が降った記録があるか、そこらへんから調べよ!と言いたい。地球って意外に神秘的な星だからね。(20051226)

※最近読んだ伊坂作品の中で、再読候補の№1かな。(書評No609)

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by kotodomo | 2005-12-27 09:37 | 書評 | Trackback(24) | Comments(26)
2005年 12月 26日

ユースケサンタとマリアサンタ


結局、二人の娘のところにはサンタが来たわけで、
信じているから来るわけで、
25日の朝は、二人ともニコニコしながらパパに入っていたものを見せてくれるわけで
でもサンタの正体は、ユースケ(評者の名前じゃ)サンタやマリアサンタ(嫁さん)なわけで、
話は前夜、イブに戻る・・・

二人の娘とも、夜の8時にもう寝ると言い出す。
早く寝たら、なんか朝が早く来そうな気がするからだとか。
そして、9時には二人とも寝静まる。
クリスマスイブ、子供が寝静まり・・・
そこで聖母マリアな嫁さんがこう言うのである。
“ちょっと留守番してて。私買い物に行ってくるから”

娘二人が寝るときに、サンタのプレゼントの話をしていたらしい。
今まで、散々インタビューしてきたので、嫁さんはプレゼントの中身は大丈夫と思っていたらしいが、
なんか新たな要望があったらしい。
そんなのも入っていたら嬉しいよねえ、みたいな会話。
普通の母親だったら、そんな話放っておくと思うが、嫁さんは無私の人物である。
聖母マリアがどんな人物なのかよくしらんが、マリアなサンタは夜の街に買い物に。


ところで、娘たちがサンタにこんな物欲しいと願っている話がすべて適うわけではない。
例えば“ゲームボーイの・・・”なんて話が出れば、こう答えておくのである。
“サンタはゲームが嫌いなんだよ”

ということで任天堂のDSも欲しかったけど、サンタはゲームが嫌いらしいので(多分、高いからだと思う)、
それは手に入れることができなかったらしいのだけど、
そこで不良なユースケサンタは
“人生は卵豆腐である”と名言を吐いたら娘たちになぜか受けたので、
“学問の道は、えびそばである”と言ったら“それは違うと思う”と否定され、
散々ふざけたあげく、パチンコに行ってキミたちのゲーム機のお金を稼いできてやると家を飛び出て、
本当に稼いでしまったので、二人の娘に1万5千円あげたユースケサンタ。
パチンコ屋まで車で迎えにきて“よかったね♪”と言ったのはマリアサンタ。
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by kotodomo | 2005-12-26 08:29 | メモる | Trackback | Comments(2)
2005年 12月 25日

クリスマスの朝に 鹿児島の書斎より


東京から10冊の図書館本携え、
上の娘からハリポタ映画予習用上下巻押し付けられ、
そういえば、駿河に行ったら積読本消化だったと、
今から400冊近い積読本文庫本から100冊くらいチョイスしなきゃと思っているので、
晩酌もせず、読まなきゃなんねえぞ、みたいなそんなことを思う鹿児島の書斎より。

あ、そういえば夕べ5年生になる上の娘が、2年生の下の娘に解説していたなあ、サンタのこと。

サンタクロースには人間が扮した偽者とか、親が扮したサンタとかもいるけど、
信じる人のところには必ず来るんだよ、信じない人のところには来ないんだよ。
だから、サンタなんかいない!という人たちは放っておけばいいんだよ。
信じている私たちのところには来るんだから♪

なんだか、いい話を聞いたような気がしたのことども。
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by kotodomo | 2005-12-25 10:07 | メモる | Trackback(1) | Comments(0)
2005年 12月 23日

▲「ニート」 絲山秋子 角川書店 1260円 2005/10


 小さい頃、水を飲むときに、間違って親父の使っているコップに水を入れて飲んで、しまったあと思って、別のコップにもう一回水を汲みなおして飲んだ経験は誰にでもあるだろう・・・とは全然思わないが、少なくとも評者と評者のネエちゃんにはある。親父に気をつかってるとか、見つかると怒られるとか、そういう訳ではない。親父愛用のコップは、イコール焼酎お湯割り専用コップなので、匂いが沁みついていて、それで水を飲むと匂いがまずいのである。匂いがまずいとは、また評者も文学的な表現をするものだと、自分で感心しきりなのだが、匂いがまずくて、水が不味くなってしまうのだから、そういうことで、しまったなのである。

 本書『ニート』は、中身はニートそのものではない。どちらかというと容器にニートが沁みこんでいるようなそんな小説なのである。大体、本質的にはニートというより、引きこもりの風味のほうに近い。ニートも引きこもりも大体同じじゃないか、というのは、今の焼酎ブームが始まる前の関東人が言いそうな麦も芋も焼酎は焼酎じゃないか、みたいな感じで、実際には全然違うと鹿児島人は言いたいわけで、題名はニートだけど、描かれているのはやはり風味の違う引きこもりのほうであると評者は主張したいわけなのである。

 引きこもりはみんな感覚的にわかっているので説明は省こう。ニートはNEET。Not in Employment, Education or Trainingの略語である。学術的、行政的定義としては、“学生でもなく、就業者でもなく、求職「活動」もしておらず、主婦(主夫)でもないという者をさす”なんてなるわけで、驚くかもしれないがニートには家事手伝いも含まれる。少なくとも、行政側がニート人口を統計的に数量化するならば、家事手伝いは含まれるわけで、社長令嬢で家事手伝いもしないのに肩書きは家事手伝いと言いながら遊びまくるキャッピーで溌剌とした24歳成城大学卒世田谷在住の女性もニートに分類されるわけで、行政がそう決めたのなら“私、ニートなの♪”って言ってもいいかも♪なんて思っちゃうかもしれないが、本書に書いてある引きこもりをしてニートというなら、私怒っちゃうしい、みたいな、っていうか、引きこもりもニートなんだけどお、ニートって題名で引きこもりを書いちゃうのはいかがなものかしらって思っちゃうわけでえ、引きこもりはニートの一形態なわけなんだからあ・・・とにかく24歳成城大学卒世田谷在住の女性も納得なんかしないのである。

 ということで、本書『ニート』というコップには、引きこもり関連小説2編、風景切取り型の小説が2編、変態接合小説が1編と、計5編の短編がカクテルされている。風味は純文学だが、どうも貧乏臭いので評者的にはイマイチ。どういう風に貧乏臭いかというと、昔からいくら容姿が綺麗な女性も、貧乏だとそれはイケンわけで、アパートの中でジャージ着てコタツに入るような貧乏臭い女性風味が底辺に漂うようなカクテルは、24歳成城大学卒世田谷在住の女性に感性が近い評者には結局南極合わないのである。(20051223)

※この作家、多分大学の在学が評者とかぶっていると見た。今頃、そういうことに思い至った。生年が4つ違うが、評者は大学に5年いたので。(書評No608)

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by kotodomo | 2005-12-23 18:43 | 書評 | Trackback(6) | Comments(6)
2005年 12月 23日

▲「ロックンロール七部作」 古川日出男 集英社 1680円 2005/11


 例えば、モーニング娘。的なお仲間たちが、一体何人なのかオジサンにはよくわからないのだが、たま~にテレビで見かけると、なんか普通の女の子が混じっているのに気付く。なんや、普通やんか、普通なのに、芸能人的にはイマイチなのに芸能人やないか、なんて思ったりするのだが、そういうグループの中ではイマイチの女の子にも必ずやファンというものがいるものなのだ。それが世の常なのである。

 例えばフォーリーブスに始まるジャニーズなグループがたくさんあるが、あの中にも普通のやつがいるぞ。それでも、私あの人がいい♪なんてファンが確実にいるのだ。それが世の常。だから、ジャーニーズの新しいグループを結成、10人編成、そして10番目の男といわれるのが10代の中に一人40歳を超える腹ボテの評者だったとしても、あの人ナニ~?オッカシー!なんて多くの人が思うわけなのだが、テレビに出続けると、あたし、あの聖月っちのファン♪なんていうキャッピーな女子高生や清楚な女子大生や貞淑な人妻などが必ずや出現するものなのである。

 本書『ロックンロール七部作』は、いわゆるジャニーズに混じってしまった聖月様のようなものである。凄く個人的な感性で断言するが、評者にとってはそういうものである。古川日出男作品群という中に置けば、あらあたし、この作品って好きよという方は必ずしやいるだろうが、単体としてみたときは、特に評価すべき作品だとは思わないのである。ジャニーズを離れれば聖月っちも単に腹ボテの中年であるだけで、決して誰の注目も集めないのと一緒で、本書も単体で考えたときに、次の二点において凡作と言わざるを得ないだろう。第一に、再読したくなる本ではないということである。時をおいても、別に再読しようとも思わないだろう、そんな出来なのである。第二に、古川作品未読の方に、単品として、これ面白いよ、なんて薦められる作品ではないのである。だから古川日出男が書いたから読まれるわけで、そんな中でやはり評価するという声はあがるわけで、だけどこんな作品でデビューした作家がいたとしたら、きっと鳴かず飛ばずなんだろうなあと、評者はあやふやに断言する者である。

 勿論、古川作品群の中におけば、それなりに評価はできる。『ベルカ、吠えないのか』の犬バージョンをロックンロールバージョンで呈した作品と読むことも出来るし、“聖月様が行き着いた先は・・・海だ。そう、そこは海だ。”みたいな表現が多用される部分なんかは、ベルカやもしくは『LOVE』などの客観的視認描写を踏襲しているといえるし、言えるし、言っちゃうんだもんね~え、断言しちゃうんだもんね~、なんていう突然の軽重軽薄古川節なんかも、評価しようと思えば出来なくもないのだが・・・どこかチグハグ感が否めない本書の出来なのである。一部では不評の『ボディ・アンド・ソウル』なんかは、評者にはすこぶる好評で、どこが好評かというと条件反射、運動反射で文章を綴っているのがいいわけで、本書もそれを踏襲するような文体は散見されるのだが、反射ではなく、作為的で、あまり見事に映ってこないのである。

 粗筋もないわけで、それでも有体に紹介するとすれば、ベルカが世界を跨いだ犬の系譜であったように、本書は世界の大陸をまたにかけたロックンロールの系譜である。ロックンロールのクロニクルである。(20051221)

※イマイチやなあと思って出版社を確認したら、集英社である。面白くないと思ったらまた集英社かよ、と思ってしまうほど、評者は集英社とは相性が悪い。今年、集英社で◎◎だった作品は・・・『アイムソーリー、ママ』桐野夏生『となり町戦争』三崎亜記『笑酔亭梅寿謎解噺』田中啓文・・・なんだ、3作もあるじゃん!と驚いてしまったが、どうも印象としては相性の悪い出版社なのである。(書評No607)

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by kotodomo | 2005-12-23 14:53 | 書評 | Trackback(4) | Comments(0)
2005年 12月 23日

本日仕事納め 明日から鹿児島(^^)v


本日はお休みの日なのだが、福島出張・・・雪はどやろ?

明日から鹿児島、12月24日から1月9日まで(^^)v

で、キリバス共和国の女子高生ミッドちゃんから
「聖月っちは、帰省のとき、荷物の中身は?
私、聖月っちのことなら、なんでも知りたいの♪」
な~んてメールがきたが・・・

単身赴任、裏返せば居住地が2箇所、なので何もいらない。
着るものも鹿児島にあるし。

今回は、パソコンと図書館本が10冊&1月8日菜の花マラソン用の運動靴のみ。

明日は、家族とイブ(^^)v
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by kotodomo | 2005-12-23 06:50 | メモる | Trackback | Comments(2)