「本のことども」by聖月

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2006年 01月 31日

今晩は住む家がないのだ


いつも通り6:30起床。
9:00到着予定のクロネコ引越便が8:50には到着。

部屋はいつものそのまま。何もしなくてもいい・・・
と言われても、貴重品やら、冷蔵庫の面倒や、
気持ち色んなとこの掃除はしたんだけど・・・

9:50に荷出し終了・・・1時間・・・早え~!!!

明日は現地駿河に荷物が14:00到着。
今夜は住む家がないのだ。
泊まるところはある。
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by kotodomo | 2006-01-31 13:06 | メモる | Trackback | Comments(0)
2006年 01月 30日

とりあえず新しい仕事の相棒の小市のために昔贈った詩


島崎藤村 「若菜集」より


  
  狐のわざ


 
庭にかくるゝ小狐の
            
人なきときに夜いでゝ
 
秋の葡萄の樹の陰に
 
しのびてぬすむつゆのふさ

 
恋は狐にあらねども
 
君は葡萄にあらねども
 
人しれずこそ忍びいで
 
君をぬすめる吾心
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by kotodomo | 2006-01-30 20:29 | メモる | Trackback | Comments(8)
2006年 01月 30日

青春バトン 自慢篇

b0037682_1349528.jpgでこぽんさんから青春バトンが。
多分、自慢にしかならないが書いてみることに。

Q1:小・中・高の中で、1番思い出深い時期は?

中学2年のときでしょうか。秋の大学祭のあたりを中心にして。
鹿児島大学教育学部附属中学校というところにおりましたので、
隣接する大学のお祭りというのは、思い出の中のひとつで、
この時期は特に、恐いものは何もなかったのです。
成績もよかったです、体育は得意でバスケット部、
ただ運動能力テストでは、学年で必ず3番で、1番、2番の二人には敵わなかったなあ。
あとできいたんだけど、当時二人とも運動能力テストの前って、それなりに訓練してたんだって。
オラ、天才肌だから、ぶっつけ本番だったんだけど。

彼女もいました。つきあってくださいと言ったら“光栄です♪”と返してくれた少女の微笑。

成績は、一回だけ学年トップをとりました。
県内の模試があったとき、県で4位、学校で3位、クラスで2位だったのは驚いた。
普通、県で4位だったら学校で1位じゃない?それがクラスでも2位。優秀な学校だったんですね。

Q2:初恋のあの人に一言

八幡幼稚園のさくら組で一緒だった田中みずえ嬢。
幼稚園生の男女4人で川原に遊びに行って、そこの土手で寝転んで空を見上げたとき、
これって青春ぽくない?って思った5歳児。
一言はありません。ただ健康で楽しくしていたならば。

Q3:得意だった科目は?

技術と美術関係以外すべて。
中学3年のとき、意外に暇に思い、数学の教科書を1学期に最後まで自学したら、
その後の授業がつまらなくなってしまいました。

Q4:では、苦手な科目は?

手先の器用さ、創造力が要求される、技術と美術。
体育の器用さ、創造力はあったんだけどね。

Q5:思い出に残った学校行事を3つあげてください。順番は関係なく。

特になし。行事はたくさんあったけど、特に・・・
ああ、小学校って白赤分かれて、毎年1/2の確率で優勝するんだけど、
1年から6年まで一度も優勝できなかった。
中学は5つの色にわかれるので、当然優勝できなかった。
さすがに高校は学年別対抗なので、3年のときに初優勝。

Q6:学生時代は、クラスではどんなキャラでしたか?

クール。大人。学級委員長、生徒会役員、そんなタイプ。
初めて下級生から貰ったラブレターに“この前、笑っている姿を初めて見ました”
とあったのが印象的。
知らない人から見たら、ナイフみたいなやつ。

Q7:学生時代の友達からの呼び名は?

ゆーすけ
当時、女の子たちは、自分に対してこういう呼び方をできる同級生に嫉妬していた。
あたしも彼を、早く呼び捨てするくらいに近づきたいわ、と。

Q8:好きな給食のメニューは?

中学から給食なし。牛乳だけは一人一本+お弁当。
部活のあとの余った牛乳飲み放題が美味かった。

Q9:好きな「学食(or購買)」のメニューは?

利用なし。利用している連中が羨ましかった。
大学でも学食の利用なし。

Q10:次のバトンを渡す5人

いないよ、そんなもん。
自分の青春は語っても、人の青春なんてどうでもいいから。

・・・と、こんなもんすかねえ、青春時代の自慢話は。
まだまだ自慢できることはあるんだけど。
小学校6年の修学旅行、クラスの男の中で生えていた3人のうちの1人だったとかさ(笑)
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by kotodomo | 2006-01-30 13:52 | 聖月(みづき)様のことども | Trackback(2) | Comments(6)
2006年 01月 29日

◎「スティル・ライフ」 池澤夏樹 中公文庫 500円 1988/2

b0037682_234513.jpg 昭和62年下半期の芥川賞受賞作品、表題の「スティル・ライフ」と「ヤー・チャイカ」の2編が収められた中編集である。評者は「スティル・ライフ」の意味がわからず、静かな生活?なんて思いながらもちょっと調べてみた。英単語的には、静物画、静止画の意味らしい。なるほど、小川洋子や村上春樹と相通ずる静謐な雰囲気と、不思議な箱庭的設定は、まさに静かなたたずまい。作者が何を言いたかったのかではなく、何を見せたかったのか、切り取りたかったのか、そういう極上の写真集を見せられたような読後感である。

 「スティル・ライフ」20室も部屋のある大邸宅に住む主人公。バイト先で知り合った佐々井との心の交流、生活の共有の3ヶ月を切り取った箱庭の中のお話。ただ、作者の紡ぐ世界観は、その箱庭の中だけの視点ではなく、見る者の目を虫瞰的、鳥瞰的に、そして最後には宇宙を見つめる視点に切り替えていく。目の前の人形劇、空から見た人形劇、そのまま視点は上空に舞い上がり、何光年と離れた視点を読者の前に突きつける。相当遠くの宇宙から、この人形劇を見ようとしても、そこには遥か太古に放たれた原始の地球しか見ることができないにしてもだ。

 「ヤー・チャイカ」意味は、私はカモメ。高校生の娘と暮らす中年主人公と、日本語の上手いロシア人と、恐龍(龍は原文表記)のお話。もしくは、東京と諏訪湖とイルクーツクのお話。何気ない描写と哲学と情景が、独特の風景を醸しだしている。

 評者にとっての初池澤夏樹作品。ということで、この作家のことも少し調べてみたが、旅の話が多い、詩人、翻訳家(星の王子様他)、交友関係者に星野道夫、ジャック・マイヨール(映画「グラン・ブルー」のモデル、ダイバー)、父が福永武彦、大学時代は物理学専攻・・・センスのいい作家の背景には、それなりの風景があるようだ。(20060129)

※本書が出た1988年には・・・評者は社会人2年生。あくせくしていて、こんな素敵な物語の存在にも気付いていなかった。(書評No626)

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by kotodomo | 2006-01-29 23:04 | 書評 | Trackback(3) | Comments(8)
2006年 01月 29日

◎◎「北緯四十三度の神話」 浅倉卓弥 文藝春秋 1300円 2005/12


 宿酔いの朝である。気付いてみると、下はパジャマを穿いているが、上はYシャツ。頭も痛い。

 嫁さんからのメールで起きて、隣の蕎麦屋に。食欲ないのに、もりそばの大を食って再度ベッドに。本書『北緯四十三度の神話』を読み進める。

 再び嫁さんからメールが・・・“明後日の引越し、晴れたらいいね♪”と書いてある。

 広い日本の中で、明後日の引越しが晴れたらいいねと願ってくれている人がいる。

 人は、生まれ変わりがあったらいいなとは思うけど、生まれ変わりが自分にあるとは信じていない。

 でも、もし生まれ変わったら、自分はこの嫁さんと一緒になる。また生まれ変わっても、やっぱり一緒になる。現世のように、同じ鹿児島で生まれて出会えないのなら、北緯四十三度で生まれた評者は、嫁さんに出会うためにすべてのエネルギーを傾ける。

 そして、また二人の娘に出会う。仲のいい姉妹である。11歳の上の娘は、何になりたい?と訊かれると医者になりたいと答える。8歳の下の娘は“お姉ちゃんのようになりたい♪”と答える。そして二人とも口を揃えて“ママのようになりたい♪”という。

 そういう素敵な女性3人と出会えるのなら、他は何にもいらないから、自分は来世で嫁さんと結婚する。(20060129)

※(書評No625)

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by kotodomo | 2006-01-29 16:27 | 書評 | Trackback(6) | Comments(0)
2006年 01月 28日

本日は仕事納め


本日は土曜日ながら、東京最後の仕事。
簡単に言えば、企業コンサルという仕事の納め日。

で、来週静岡に行ってからは何するかというと、
痛みに悩む人々の、その悩みを解消する施設のシステム構築。
これにかける期間が・・・う~む、三年かなあ?

その後は?

元々、上京したときから、今回の静岡行きは織り込み済み。
賃金の出処も変更なし、ただやることが大きく変わるのみ。
一応、面倒なので異動という言葉を遣ってはいるが、
実質は異動というより、ちょっと場所を変えてプロジェクトなどを、って感じでしょうか。

では、ちょっと仕事を納めに行ってきますか・・・本日は5時半起き。
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by kotodomo | 2006-01-28 06:34 | メモる | Trackback | Comments(2)
2006年 01月 28日

◎「スポーツ選手のための心身調律プログラム」 白石豊・脇元幸一 大修館書店 2100円 2000/5

b0037682_7365269.jpg 本の扉を開けると、評者と嫁さんにあてた、共同執筆者脇元幸一氏の直筆の謹呈の文字が書いてある。後ろの扉には、心身一如の文字と脇元幸一氏のサインが記されている。評者が唯一所持するサイン本である。宝物である。

 評者と嫁さんと脇元幸一氏は、高校時代の同級生である。評者の名字は森である。嫁さんの旧姓は山下である。高校一年から二年に進級するとクラス編成があった。新しいクラスでは、男女を問わず座席が名簿順になる。森、山下、脇元の席が並んだのは、22年前の春である。

 当時、ワキモトはバレーボール部で活躍していた。身長195センチから、打ち出すスパイクは凄い威力であった。しかし、バレーボール部の練習に行かない日が結構多かった。今日はいかないのかと訊くと、膝が痛くて練習できないと言っていた。モリは、ワキモトもからだがデカイわりには、ちょっとしたことで練習を休むヤツだなと思っていた。

 スマナイ、ワキモト、キミノイタミガワカラナカッタ。人の身体の痛みなんて、本人でないとわからないのである。ワキモトは大学に進み、ナショナルチームにも加わった。大学に入ってからも、膝が痛くて、治療してくれる先を捜しまわった。結局は完治せず、現役引退。そのような自分の過去があるから、今、脇元幸一氏は船橋整形外科に勤め、全国から集まってくる、どこの病院、鍼灸、民間療法に行っても完治しなかった患者の痛みをとる。その一方で、新体操ほか日本のナショナルチームのフィジカル部分のスタッフの責も担う。

 本書は、評者と脇元氏が久し振りにメールで会話した際に、本人から郵送贈呈された本である。久し振り、書評やってんだって、俺も本書いてるから俺のも書く?とにかく送ってくれ、面白かったら書く。面白かったから、ここに登場である。しかし、ナンデオレニオクッタハズナノニ、アテナニ、ヨメサンノナマエモ、ハイッテイルノ?

 本書は共著である。大きくふたつに内容がわかれる。脇元氏はフィジカル面、からだの痛みの除去に、そのページを割いている。白石豊氏のパートでは、メンタル、心理面の調律について触れられている。

 こういう教本、参考書の類いは、ここにその内容を細かく書いても意味がない。評者の勝手な解釈、咀嚼で表現しよう。あなたの足の裏に、歩くと痛いデキモノができたとしよう。

 当然、痛みをかばって歩くようになる。そして、デキモノが治ったら、今度は膝が痛い。かばって歩いたのがいけなかったのかなと思いながら、医者に診てもらう。湿布を渡され、足をできるだけ安静に保つように言われる。ところが痛みはおさまらない。こういうとき、脇元氏は膝に異常がないかをまず確認するが、その対処療法で痛みが治まらない場合、別の原因を考える。例えば、前述の評者の勝手な作り話で考えると、足をかばって歩いていたときに、実は足のつけねに負担がきていて、その影響で膝に痛みが発症しているとする。脇元氏は、膝にまつわる緊張、足にまつわる緊張をほぐし、痛みを除去していく。

 この本を読んでいると、その緊張を自分でほぐす簡単な体操が出てくる。評者も読みながら、つい試してしまった。いたって簡単なのである。試してみると、あら不思議、さっきまで自分のからだにあった張りが消えている。簡単、短時間の体操なのでお手軽である上に、ストレッチなどは痛くなるとこでやめよと書いてあるから、からだの固い評者でも苦痛にならない。

 白石氏のメンタル面のパートは、読み物としても面白い。集中力の出し方、感情コントロールほか、いざというときの心の調律について書いてあるのだが、仏典やヨーガなど親しみやすいものを例示して説明する。一度読んだが、またあらためて読みたいと思っている。

 本書の題名にスポーツマンと入っているが、主婦でもサラリーマンでも通用することばかりである。いざというときの心の持ち方、痛みをとり心身のバランスを保つための運動、結局すべての人の心身調律に対応できる本書である。

 すべての人。。。あっ、そうか、ワキモト。あて名に嫁さんの名前が入っていたのは、嫁さんにも是非読んでねってことか。わかった、わかった。(^O^)/

 22年前の春、森と山下が結婚することも、脇元が有名になり本を書くことも、その本を脇元が森と山下に読めよと渡すのも、そんなこと想像できる訳もなく、三人とも新しい担任の前で席を並べてかしこまっているのであった。

※アマゾンでは検索にかからないので、大修館書店ホームページ燕館からどうぞ(^.^)

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by kotodomo | 2006-01-28 05:43 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2006年 01月 27日

◎「硝煙のトランザム」 ロブ・ライアン 文春文庫 980円 2003/8


 単身赴任中の評者は、よく鹿児島の家族の元へ帰省した際、晩酌をしたあと近所を散歩する習慣を持っている。大体が3泊4日ほどの帰省なので、近所の空気を吸っておきたいという意味もあるのだが、一番の理由は、晩酌してすぐ寝ちゃうと、すぐに膀胱が破裂しそうになって、ときに前後不覚の覚醒も未だの状態で、あっちへヨロケ、こっちへヨロケしながらトイレに行き、階下で寝静まった家族が、2階はなにごとぞ?と訝しがらないようにの緻密な配慮によるものである。

 散歩していると、各家庭の声も聞こえてきたりする。小学生くらいの女の子の泣き声“おかあさん、ごめんなさい、もうしないから・・・ごめんなさい”母親“い~や、絶対許さないから、いっつもいっつも・・・”“お母さん、ごめんなさい、ごめんなさい。もう絶対しないから”“いや、あたしは絶対許さないよ・・・”なんて母親なんだろうと思う。子供に心から怒りをぶちまけて・・・。でも、そんなのも近所の風景の一部。遠い世界のことではないのである。日本全国に、こんな親、幾多もいるんだろうなあと思う。

 評者の家庭は、意外に自由に育ててきた、というより、無駄に怒ったことはないし、やりたいことは、無理の無い範囲で、結構やらせてきたつもりである。何歳児のときに、そういう行動を取っていたのか忘れたが、例えばまだ娘たちが1歳児くらいのときだろうか、ティッシュの箱から、次々にティッシュの紙を引っ張り出す。もう、あたり一面ティッシュだらけ。そういうときに、評者も嫁さんも怒らない。自由にやらせる。たまに“面白い?”って訊いて、幼い娘がウンウンと頷くのを見ていたりもする。幼児心理学的には、このくらいの子供は“つかむ”“ひっぱる”そういうことがひとつの遊びなのである。そいでもって、空っぽになった箱を覗いて何かに気付く。親としては、怒らずに心中を覗いて楽しむだけ。そして、あとで嫁さんがティッシュを拾い集めて、また箱に詰めて、そりゃあ多少クシャクシャしたティッシュではあるが、すべては元通り。何も怒る必要はない。片付けるのが面倒なの!親のあたしは!って気持ちだったんだったら、親は怒るんだろうけどさ。自分が厭わなきゃ、怒る材料はそこには存在しない。

 同様の年齢の頃、ソーメン食っているときに、いきなりフォークを投げて、手掴みで食べだしても怒らない。“お姉ちゃんになるためには、フォークで食べたほうがいいんだけど・・・手で食べたほうがおいしい?”って訊いて、娘がウンウンと嬉しそうに頷けばそのまま。そこに怒る材料はない。

 習い事も、こちらから無理にさせたことはない。“~の見学教室があるんだけど、行ってみる?”ウンと言ったら連れて行く。やりなさいとは言わない。やりたいと言ったら、やめたくなったらいつでもやめていいんだからねと、やらせる。でも、どの習い事も、まだ続いている。たまに“やめれば。そしたら、もっと遊べるぞ”とこっちが意地悪言うくらい。お蔭で、子供にかかる費用は増え続け、パパ評者はもっとビッグなマネーを追って、単身赴任の旅にでることとなる。一番のきっかけは、あれか・・・上の娘が5年生になったら、進学塾に行かせてくださいませと言ったことかな。月々の費用が、家族で月2回フランス料理のフルコースを食えるくらい・・・行かせて、お願い。お金は、私が高校生になったらバイトして返すから、パパ、お願いと言われたならば、行ってらっしゃいというしかないべなあ。

 と、いかにも親として優等生を標榜して暮らしてきたようなことを書いてきたが、あのときは可哀想だったなあ、俺が悪かったなあ、悪いことしたなあ、という記憶もたくさんある。無垢な子供に対して、一番悪いことしたよなあって記憶は・・・上の娘が1歳?2歳?当時、彼女はパパの書斎にきて、パパのパソコンのスクリーンセイバーを見るのが好きだった。こちらも、色々と画面を切り替えて、ほら、これも面白いでしょ、なんてよく見せていたのだけど。ある日ある時、パソコンで何か作業をしていて、なぜか心の余裕もなくって、そのとき娘がやってきて、見せてって素振りして、パパは今、お仕事中なの、今は駄目なの、って言ったら、彼女が悲しい顔をしてお願いみたいな言葉を発するのだけど、“駄目って言ったら駄目なの”って言ったら“パパ~”と哀しそうに訴えるので、それでも“ダ~メ!”って言ったら、彼女が“パパ~!!!”と言って泣き出したのは・・・余裕のなかった自分が凄く悪いわけで、ちょっと10分間時間を割くだけでよかったわけで、今あのときに戻れるのなら、あの瞬間をやり直したい評者なのである。彼女ももう11歳、憶えていないだろうけど、あのときのあの娘に申し訳なくってさ。すみませんでしたm(__)m

 と、こういう話を延々と書いてきたのには、本書『硝煙のトランザム』には子供が、大人が接する子供が、大きく下敷きになっているからである。行方不明児、被害虐待児の話が、直截的な悲惨さを持って語られるわけではないが、アメリカの風土病的なそういったものが、深い文化として本書の根本には流れているのである。

 29歳のウェンディには5歳の息子がいるが、シングルマザーの彼女は働かないわけにはいかない。そんな彼女を雇ってくれる場所もそう多くはなく、ミニスカお食事処で働かざるを得ず、ふとしたことで、子供を家に置き去りにしたままお気楽に暮らすマザーと当局から勘ぐられるようになり、その扶養能力が疑われだし、息子ピートを公的施設に取り上げられる不安と戦うはめに。

 一方、ジム・バリーはアメリカの父親像そのままの人物。こちらも5歳になる息子がおり、その息子=相棒トミーに野球を教えることに喜びを覚える日々を送っている。いかにも関係ないウェンディとジム、二人の人生が、ある事件を境に交錯し、物語は動き始める。転落系ノワールの雰囲気漂う前半、クライムノベルの奔流がダイナミックさを予感させる中盤・・・そして物語は・・・。

 本書は、著者の三部作と言われている。各作品毎の直接の関係はないが、評者未読の『アンダードッグス』は『不思議の国のアリス』を、二作目の▲『9ミリの挽歌』は『クマのプーさん』を、そして本書『硝煙のトランザム』は『ピーターパン』をモチーフにしているという共通項がある。

 前作のプーさんはピンと来なかった評者だが、本書のピーターパンは読みながら、なんとなくわかったぞ。ウェンディの息子がピーター。そう、ネバーランドでピーターたちの母親代わりを務めたダーリング家の長女の名前だ。野球好きの父親の名前はジム・バリー。『ピーターパン』の原作者はJ.M.バリー。一番の悪党の名前はフーク(フック船長)。その手下がシュミー(スミー)・・・etc・・・

 だが、そういうメルヘンに騙されて手に取るなかれ。本書は正統派のクライムノベルなり。メルヘンのような希望や夢はここには・・・まあ、読んでみるべし。(20060127)

※好悪の判断は読み手に委ねられるが、力のある小説である。(書評No624)

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by kotodomo | 2006-01-27 17:03 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2006年 01月 27日

3時56分の怪


朝方、玄関入ってすぐの台所で水を飲む。
夕べ少し飲みすぎ。

すると玄関のドアがカサッと音を立て、
振り向くと・・・
白いものがスルスルと伸びてくる。
ヒェ~!!!

よく見ると、毎日とっている新聞だったが、
予期していない現象に寿命が100日縮んだぞな!
恐怖新聞?

さきほど、新聞販売店に電話した。
“もう新聞は入れないでくれ!!!・・・引越しだから”
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by kotodomo | 2006-01-27 08:23 | メモる | Trackback | Comments(2)
2006年 01月 26日

読書と生活とそして未来を振り返るのことども


来週の今日は、もうここの荒川区には住んでいない。
2月1日より静岡県清水町で暮らす聖月っち。

鹿児島から単身赴任して1年と9ヶ月。
一週間に2回は洗濯しようと思っていたのが1回になってしまったり、
掃除機かける間隔も少しずつ長くなったり、
最初の頃のフレッシュなエネルギーは、多少慣れの波にもまれたものの・・・

ふたつのことはずっと続けてきたぞ。

まずは、洗い物を次回に残さないということ。
食べたらすぐ洗う。
酔っていても必ず洗う。次回飯食うとき、自分が気持ちのいいように。

もうひとつは、寝間着を必ずたたむこと。
結局、訪問者のいない暮らしだったけど、来訪に備えてじゃなくて、
帰ってきたときの未来の自分が少しでも気持ちのいいように。

このふたつは、これからの静岡での単身生活でも継続(^^)v

本は・・・
月々5千円の予算で買おうかと思っていたけど、
荒川図書館の利用を覚え、結局買ったのは最初の頃、
『パンク侍、斬られて候』他3冊くらい。

静岡では専ら400冊の積読本の消化予定・・・
なんだけど、新刊も少しは買うよ。
今、久々に購買意欲が沸いている本は『チーム・バチスタの栄光』海堂尊。
このミス大賞。今回の前評判は上々。東京で買って、静岡に持ち込み予定。

富士の裾野、柿田川の湧水の香りを吸い込み、聖月様の静かな生活が始まるのです。

って、全然振り返ってねえなあ(笑)
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by kotodomo | 2006-01-26 08:35 | メモる | Trackback | Comments(2)