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2007年 09月 27日

インディアン伝承シャンプーを買い、電気ブランを飲み、明日鹿児島へ

b0037682_15433473.jpg将来に備え、インディアン伝承シャンプーを買ってみた。
今夜から使わねば。

b0037682_15411067.jpg昨夜、行った飲み屋に電気ブランが置いてあったので初飲み。
浅草ロマンの味がした。
美味い飲み物であった。

明日、鹿児島に帰省。
空飛ぶ御本は『K.S.P』香納諒一
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by kotodomo | 2007-09-27 15:44 | メモる | Trackback | Comments(0)
2007年 09月 22日

△「6時間後に君は死ぬ」 高野和明 講談社 1680円 2007/5

b0037682_10482953.jpg 同じ著者の、評価×をつけた『幽霊人名救助隊』の書評内で、評者はこう書いている。

 で、この幽霊人命救助隊たち。自殺者を救う。そして自殺者を救う。そしてそして自殺者を救う。同じ話の繰り返しなのである。途中から、まだこの話続くの?と、読書中に時間の無駄を感じた評者なのである。ドラマの水戸黄門を一日で10話連続見るのと同じくらい苦痛になってきた読書体験だったのである。大好きなケンタッキーフライドチキンだって、最近では3本目はもう飽きがきて食いたくないのに・・・って話は関係ない? 巻末の参考文献を見れば、作者は本書のために自殺者の心理学を相当勉強したようだが、学んだだけの数の自殺者のパターンを繰り返し並べられても、結局は救出作戦の繰り返しでしかなく、評者にはちっとも面白くなかったのである。(20040905)

 今回も、なんか不吉な予感はしていた。『6時間後に君は死ぬ』という題名からして、またワンアイディのみで、最後まで読まされるんじゃないだろうかと。悪い予感は的中。他人のビジョン(将来の異常な出来事)を見ることのできる青年の登場。あとは、その青年を中心に、そのワンアイディアをこねくりまわして、話を作っていっての連作短編集なのである。

 それぞれの短編集の切り口は違う。しかし、中身はほぼ一緒。青年に6時間後に君は死ぬと告げられた女性の話。カウントダウンミステリー。他人のビジョンの中に、自分が3時間後に死ぬことを見た主人公青年の話。カウントダウンミステリー。あとのお話は運命話。

 最初のうちは丁寧に読んでいた評者なのだが、途中からはかったるくなって、骨子だけ読み進め、会話の妙(あるのかないのか?)とか主人公の心情とかは置き去りに。結構評判の「ドールハウスのダンサー」も、だからどうした?感の強かった評者の読み方は、どこか間違っていたのだろうか?(20070921)

※評者は、荒削りながら、この作家の『グレイヴディッガー』は評価している。それ以外の『13階段』やら『K.Nの悲劇』やらは、ちと合わないなあ。(書評No745)

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by kotodomo | 2007-09-22 09:36 | 書評 | Trackback(1) | Comments(0)
2007年 09月 20日

〇「クリスマス・プレゼント」 ジェフリー・ディーヴァー 文春文庫 950円 2005/12

b0037682_104936100.jpg う~む、評判は高いようだが、切れが・・・星新一のショート・ショートで育ってきた評者にとっては、まあ悪くないけどと言ったところか。

 短編にも色々と種類があるわけで、例えば川端康成の『掌の小説』なんかは、落ちとか切れとかではなく、短い文章で纏められる文学を、相応しい長さで表現している傑作集なのであり、そういう意味で読者はその文学性に感慨を覚えればいいし、横山秀夫の『第三の時効』なんかは程よい切れのあるミステリー集であり、読者はそのミステリーを単純に楽しめればそれでいいのである。

 本書『クリスマス・プレゼント』の場合は、川端や横山の作品集とは違い、SFではないが星作品と同様の系譜にあると位置づけられる。つまり、落ちや切れ、もしくは読後の感慨というかカタルシスがあれば成功であり、なければ凡作であり、たとえあったとしても、読者が“それがどうした”と思えば、少なくとも傑作・佳作ではないのである。

 本書のどの短編にも、落ちか切れかどんでん返しかカタルシスを喚起する要素が盛り込まれている。つまるところ、すべてに押さえのきいた短編集であり、それゆえに評判の高いエンタメ短編集として、巷では評価されているのだと思う。しかし・・・。

 評者的には、上手いんだけど、刺激がなかったのである。おお!そうだったのか!そうきたか!と、いい意味で裏切られるのだけど、そこに然程の刺激がないのである。結果、そう、星新一を読んでいた頃のような、もしくは『第三の時効』を読んでいたときにあったような、頁を繰る手が止まらない感がなかったのである。

 でも、お薦めなのかなあ?(20070919)

※はっきり言って、ディーヴァーは上手いよ。(書評No744)

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by kotodomo | 2007-09-20 10:54 | 書評 | Trackback(1) | Comments(2)
2007年 09月 19日

写真集

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by kotodomo | 2007-09-19 16:34 | メモる | Trackback | Comments(2)
2007年 09月 18日

富士に登る

朝、5:30に職場を出発。丁度日の出の時刻。

須走口に到着した登り始めたのが7:00

どうやら、ご来光が拝めたらしい。それも素晴らしかったらしい。

しかしながら、2000メートルの登山口駐車場からの6:40現在のお日様も素敵だったのだ。
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凄くいいお天気。登山日和。

と思っていたら、6合目から急な雨。

で、8合目からはまた素敵な天気。

↓写真は山頂からの山梨県側。右に見えるは山中湖でござい。

実は、山頂のお鉢(火口の縁)までは登れたが、風速50メートルにつき横への移動付加。

ということで、3720メートルの登山口山頂は制覇したが、3776までは移動できなかったのだなあ。
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by kotodomo | 2007-09-18 17:27 | メモる | Trackback | Comments(2)
2007年 09月 16日

いまだ登攀せず


今夜11時から登攀予定の富士を中止。

だって、朝方雨で、午後の予報はよくないし、家から見える富士山を隠している雲の厚さからすると・・・
苦労して登っても、多分ご来光は無理だす。

ということで、明日5時半に家を出発。

須走口まで行って、駄目なときは温泉へ。
OKと判断したら、昼間の日帰り登山へ。

途中で失格したらどうしよう・・・って、高校生クイズは今やってないって。
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by kotodomo | 2007-09-16 12:45 | メモる | Trackback | Comments(0)
2007年 09月 13日

△「恋する組長」 笹本稜平 光文社 1470円 2007/5

b0037682_10505424.jpg 『天空への回廊』以来、久々の著者の本である。2003/8に書評を書いている、ということは、4年ぶりなのだな。何ゆえに4年ぶりになったのかと言えば・・・

 評者は冒険物が、あまり好きくないのである。『天空への回廊』も◎印はつけたが、その書評内でこういう風に書いている。

 前略・・・面白いのが主人公の動きである。エベレストを想像するのは難しいので、次の例を想像してほしい。高さ100メートルのところに、A地点からB地点まで橋が架かっているとする。この橋、幅1メートルで頑強なのだが、手摺りもフェンスもなにもない長~い板のような橋なのである。あなたは任務のため、A地点を出発して、中間にある衛星の部品を回収してB地点に到達せよとの指令を受ける。嫌だといってももう遅い。任せたからな。手摺りもなにもない板のような上、下を見ると100メートルの高さがクラクラ、幅1メートルなんて地上では充分な幅も心理的にえらく狭く感じる、仕方ない、任務だ、と、あなたは腹ばいになりながら、心でヒーヒー言いながら進み出す。ついでに気温はマイナス10度ということにしよう(笑)寒くて怖くてヒーヒー言いながら、無事真ん中へ到着。衛星の部品回収。ヒーヒー言いながらB地点へ向かう。B地点まであと20メートル、もう少しというところで、あなたの携帯が鳴る。なんでも、A地点寄り10メートルのところに、道に迷ったお婆さんがいるので(いるか?そんなの)、引き返して助けろとの指令。ゲゲッ!嘘だろ!と思いながら、引き返して駅までの道を教える。そして、またB地点へ向かうあなた。おお、もうすぐだ!と思った瞬間、あなたの携帯が鳴る。なんでもA地点寄り15メートルのところで、財布を落とした小学生が泣いているので(いるか?そんなの)引き返して助けろとの指令。仕方がないので、ヒーヒー言いながら這うように戻るあなたは、小学生に1000円貸して、今一度B地点に向かって、携帯が鳴って…というように、本書の主人公はエベレストの上で右往左往、おーい、早く降りてこいよ!というのが、読書中の評者の心中なのであった。

 今回思ったのだが、どうも評者は、冒険物を心から楽しんで読めないようだ。ハラハライライラして、ハヨ終ワレ、ハヨ終ワレと祈りながら読んで疲れてしまうようだ。多くの読者には◎◎の作品だと思うのだが、そういう個人的な理由で評価は◎なのである。(20030805)


 ということで、笹本稜平という作家を敬遠してきたのだが・・・今回のこの題名『恋する組長』・・・どう考えても冒険物じゃないぞと思い、多分、文章なんかもこの4年間にこなれているんだろうと思い、図書館で手に取ったわけなのである。

 実際、読み始めてわかったのだが、裏探偵稼業の主人公を据えた連作短編集である。どちらかというとコミカルハードボイルド風味・・・なのだが、結局、風味だけで、コミカルハードボイルドではないわけで、評者は風味は好きくないわけで、例えばカレー風味のグラタンは好きくないわけで、カレーならカレー、グラタンならグラタンを食わせてくれ!と言いたいわけで、風味は元来好きくないのである。

 コミカルな描写が多々散見されるのだが、結局、どの言い回しにもニンマリできなかったし、ハードボイルドな部分にも男の哲学や美学みたいなものが垣間見えない。そして、ありえないような、それでいてありきたりな設定が多く(双子だったとか、もうけた7000万の金を一週間でラスベガス散在だとか、重要人物が別人だったとか)、なだかなあなのである。

 4年ぶりの再会に、作家の成長を期待していたのだが・・・本書は連載されていた小説・・・売文作家に成り下がったような、そんな読後感であったのことよ。(20070909)

※今度からこの作家は、評価されたもののみ読むことにしよう。(書評No743)

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by kotodomo | 2007-09-13 08:04 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2007年 09月 12日

◎◎「数学的にありえない」上下 アダム・ファウアー 文藝春秋 各2200円 2006/8

b0037682_9242556.jpgb0037682_9243346.jpg 本書のジャンルを評者的に規定するとするならば、運命物と規定させていただきたい。SFという人もいるだろうし、薀蓄物と呼びたい人もいるだろうし、いやこれは途中からはロードノベル的サスペンス物だろうパハップスと、欧米か!みたいなことを言う人もいるだろう。いや、実際評者も読みながら、SFっちゃあSFだよななんて思っていたのだが、終盤のピースの嵌り方は、うん、こりゃあ運命物だよなあと感慨深げに呟いてみたのである。

 意味がわからない?SFにタイムトラベルが付加され、かつそれが名作的であると運命物となるのだな。例えばあの名作『リプレイ』ケン・グリムウッドや『夏への扉』ロバート・A・ハインラインや『タイムトラベラーズ・ワイフ』オードリー・ニッフェネガーとかがそうである。

 本書の場合、タイムトラベル自体は出てこないのだが、未来予知という形で前向きのタイムトラベルが設定されており、未来が現実となった瞬間に運命というものが具現化するのである。今、評者が述べているのは物語全体を占めている、個々の未来予知の話ではなく、物語の終盤にピースが嵌めこまれていく、すべてが終わったときの“運命”の部分のことである。

 読書中、中盤までは、まあよく出来た話だけど評価は◎くらい?なんて感じていた評者。しかし、最後の最後にこんなまとめ方をされると「ふう」と息でもついて、少し余韻に浸りたくなるのだなあ。物語をなんとなく抱きしめるっていう感じだろうか。

 物語の主人公は数学者。癲癇の病魔から、教壇を離れ、持って生まれた計算能力を生かし?博打にのめり込んでいる。瞬時に確率を計算できるのだが、いかんせん確率は確率。確率的にはありえないと思われることも、実際には起こるわけで・・・とにかく、運命は確率では成り立っていないわけだから。

 評者の中学入試には、くじ引き(抽選)が介在した。倍率、1/6。あのとき、当たりくじを引いていなかったら、今の評者はないわけで、評者の現在の給料を掌っているのは中学で知り合った相棒君のわけで、今現在、別の人間と別の仕事をしているのは間違いのないところである。

 大学に無事に現役合格したのは、前日に暗記物ばかりやったお陰で、あのとき別のことを勉強していたらあの合格はなかったと思うし、そうなると第二志望の大学に行っていたと思うし、就職先、その後の展開は違っていたわけで、そういう別の流れの中で、自分は今の嫁さんと結婚していなかっただろう。要するに、あの試験前日のあの行動が、今の結婚や就職を運命付けていると思うわけなのである。

 変えたくない運命だから、そう思うんだろうなあ。別の運命を生きたい人も多かろう。今からでも遅くない。そう思う人は、何かをしなくちゃいけないよ。(20070905)

※面白い本なのだが、やはり上下2冊で4400円は随分と高い。評者は運良く図書館で。(書評No742)

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by kotodomo | 2007-09-12 10:20 | 書評 | Trackback(1) | Comments(2)
2007年 09月 11日

〇「夜は短し歩けよ乙女」 森見登美彦 角川書店 1575円 2006/11

b0037682_105292.jpg 主人公青年と黒髪の乙女の、擦違いラブナンセンス物語である。擦違いラブ物語というのは、本書は4章からなるのだが、各章において主人公青年は憧れの黒髪の乙女との、何気ない偶然の出会いばかり画策し、外堀を埋めることしかせず(彼女が古書市に出かけると聞き及び、その古書市に自分も出かけるとか、本来は興味のない大学祭に彼女が出向くらしいと確かな筋から情報を得て、自分も出向くみたいな、ただ出没先を同じくするみたいな行動)、結局、恋の成就は4章の終わりを待てという構成にある。

 ナンセンス物語というのは、奇想物語と言い換えてもよく、3階建ての動く宴会場は出てくるし、古本の神様は実在するし、詭弁踊りなんて町田康的な奇怪なものが常識的に語られるし・・・とにかくナンセンスなのである。そこに意味などなく、一種の調子なのである。そういうものが登場することにより、物語が調子付くといった小道具なのである。

 だから多分、読者の評価は大きく分かれるところだろう。ナンセンスが好きくない人と、こういう奇想が嫌いではないよ、いや好きと言ったほうがいいみたいな評者のような好き者とか。しかしながら、好きなのだけど、ちょっとしつこ過ぎるので評者の評価は〇止まり。全体が半分くらいになって、後半の2章の冗長感がなくなればってとこかな。

 酒飲みが美化され、偽電気ブランなんて出てくるあたり、なんか南條竹則の『魔法探偵』を彷彿させる小説だったなあ。ということで、結果、偽電気ブランという飲み物がわからなかった読者のために、『魔法探偵』の書評も参考に載せておこうかな。

○「魔法探偵」 南條竹則 集英社 1890円 2004/12

b0037682_11162538.jpg 題名借りした本なのだが、やはり本は色々と手を出してみるべきで、本書『魔法探偵』を読んだことにより、昨年5月以来東京で暮らすようになってからの、評者がなんとなく気になっていた日常の疑問が氷解したのである。バンザーイヽ(^o^)丿

 評者の居住区洗濯物が荒川区尾久地区から、ビジネスの拠点事務所食器類も荒川区西日暮里地区まで、歩いてテクテク15分である。通いの時間帯には全然気付かないのだが、帰りの時間帯、暗くなってから気付くお店があるのである。「
デンキブラン
神谷酒場」という照明された看板。電気ブラシ?じゃなくてデンキブランとは?下町の工場かな?と最初のとき中を伺うと、どうやら酒場、安酒場。ドアは木枠にガラスの横滑りガラガラガラアみたいな、飲み屋じゃなくて、なんか小さいけど酒場みたいな。で、デンキブランて?と、そこを通りかかると毎回思うのだが、まさか答えが当たり前のようにネットで検索できる類のものとは知らなかった評者。ところが本書を読んでいると、ホッピーもうイッパイ!の酒場の風景の中に、電気ブランの記述発見!して、ネットで調べるにいたりフムフム。おお、神谷バーというのは洒落て馳走しているようだけど、我が地区神谷酒場では、40度の酔うためのお酒みたいなもんかね。でも、文学的な飲み物でもあるようだし、一回くらい機会あったら飲んでみよう(^.^)。

 ところで本書『魔法探偵』は最初に行っておくが、粗筋小説というよりは、雰囲気小説である。題名どおりに探偵が魔法を使ってスパスパ解決するような物語ではなく、作者が気持ちよく主人公を動かせればそれでいいのだみたいな小説なのである。何気なく失せ物探しして、安酒場に出向いて、ホッピー飲んでモツ食って、妙な銭湯に入ったら熱かったり、通いの可愛らしい助手ができて、友人が転がり込んできて大いに串モツを食す姿が豪快なら、猫が泥鰌に変身しようが、話の骨子がないじゃんと言われようがイッコウ構わん!というような感じなのである。酒飲みの評者としては雰囲気悪くないし、物語としてはよくわからなくても居心地はいい。どこか、文豪夏目漱石と似たような雰囲気もある世界。余裕派・高踏派ならぬ荒唐無稽・無頼派みたいな感じでね。

 詩にクラッシクに浅草ロックに赤提灯のオンパレードに最後には大阪万博まで・・・きっと作者が好きなものを色々と気持ちよく詰め込んだ一冊なのかもね。(20050127)
(20070904)

※森見登美彦、評者は比較的好きな作家であるが、嫌う方は結構嫌いみたい。(書評No741)

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by kotodomo | 2007-09-11 08:12 | 書評 | Trackback(2) | Comments(2)
2007年 09月 10日

◎◎「ザ・ポエット」上下 マイクル・コナリー 扶桑社ミステリー 上下各641円 1997/10

b0037682_9223778.jpgb0037682_9225152.jpg この作家の紡ぐ物語には大きなはずれがない。というか、評者的にはすべて当たりと言っていいだろう。『チェイシング・リリー』がはずれという人もいるようだが、評者的には充分面白かったし、逆に評判のボッシュ・シリーズは『ナイト・ホークス』を読んだ後、2作目の『ブラック・アイス』を途中で放り投げたままの評者なのだが、決して面白くなかったからでなく、図書館から借りてきたため、期限がきたからそのまま返却、まあいつでも読める、また借りればいい、でもこれを借りる前にこっちの新作借りなきゃ、みたいな感じで読んでいないだけである。

 最初の出会いはノン・シリーズ『わが晋三の痛み』で、人気をなくした総理大臣アベシンゾウが参院選で惨敗しても辞めず、新たに組閣するも閣僚の不祥事が表に出て、コカインに走り・・・『わが心臓の痛み』であり、同じくノン・シリーズの本書『ザ・ポエット』とも共通するのだが、とにかく読ませる、展開する、サプライズがサプライズであり、まるでハリウッドの素晴らしい映画を1本観終わったような充実した読後感を起こさせてくれたのである。

 この作家の紡ぐ物語は、日本のミステリー、警察小説、探偵小説とはエンターテイメント性やレベルが格段に違うような気がする。明智小五郎や京極堂や御手洗潔が、頭脳明晰で問題解決、ああ面白いという構図と一味違うのは、やはりこの作家の紡ぐ物語の犯人が非常に賢く知能的であるからであろう。犯人が知能的であることによって主人公も読者もミスリードされ、結局サプライズにサプライズせざるを得ないのであり、サプライズした後も、結局そのサプライズを否定することはできず、犯人の頭の良さ、つまるところ作家の力量に脱帽するのみである。

 物語は、主人公の双子の兄が殺されたところから始まる。その単純な点から線が結びつき、面となって、ザ・ポエット(詩人)という猟奇犯罪者の追跡物語となるのだが、面の裏側が見えてきたとき・・・。

 マイクル・コナリーの最新邦訳作のボッシュ・シリーズ『天使と罪の街』上下(講談社文庫)では、先に触れた『わが心臓の痛み』の主人公マッケイレブや、本書『ザ・ポエット』のその後が書かれているという・・・この作家をコンプリしたくなったきたぞ。

 ついでに言えば、『天使と罪の街』を先に読んだ方は、本書『ザ・ポエット』でのサプライズは薄れるはずである。その理由は・・・

 とにかくコナリーを読みなさい。まずは『わが心臓の痛み』を。そして本書を。気に入ったらボッシュ・シリーズの読破に挑戦するべし。(20070903)

※6年前に古書店で買った本である。最近、読書にヒット感を覚えなかったため、読んでみたら・・・いやあ、俺って何ていい買い物するんだろう、していたんだろうとあらためて認識。同様の積読本が300冊くらいある自分って幸せ者(^_^)(書評No740)

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by kotodomo | 2007-09-10 07:43 | 書評 | Trackback | Comments(0)