「本のことども」by聖月

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2008年 03月 31日

◎◎「またたび峠」 藤谷治 小学館 1680円 2007/7

b0037682_10125533.jpg 傑作である。ただし、評者の個人的趣味で・・・。

 というのも、本書『またたび峠』を読みながら、町田康の傑作『パンク侍、切られて候』と大傑作『告白』を足して2で割ったようなオモロイ話だなあと思ったのだが、『告白』のほうはまだしも、『パンク侍・・・』のほうはオモロク感じなかったという話も聞かないでもなく、本当のところ“いやはや、傑作、ケッサク、大傑作だあ!”と叫びたいところなのだが、評者のツボと庶民のツボは、また違ったところもあるんだよなあなんて思って、冒頭のような弱気なお薦め言葉になったのである。

 しかし、オモロイ。それにこの作家の抽斗には驚くばかりである。『アンダンテ・モッツァレラ・チーズ』こそ、まあ普通の小説であったが、その後読んだ『恋するタナダ君』では幻想奇想、『おがたQ、という女』では純粋小説的な形而上、『誰にも見えない』では今時女学生感覚小説の奇跡と、まったく異なるアプローチで小説を上梓してきている。そして本作では、条件反射的な物語の紡ぎを築き上げ、作者あとがきにおいても、そのことについて明言している。多分、書き始めたときには、本作の全体構図は見えておらず、作者も紡いで紡いで紡ぎまくって、この形に書き上げたような、そんな作者の感覚が詰まった小説なのである。

 時は、江戸時代。冒頭、橋の下で、着の身着のまま寒さに震えている主人公。名のある寺に身を寄せることとなり、そしてある日いなくなる。そこまでは、まあ落語的なお噺のお話。

 その後、橋の下で震えることになった顛末、いなくなってからの冒険が語られるのだが・・・いやあ、オモロイ。不思議な猫との冒険譚、猫の妙な会話口調、「鈍吉殺し」というお芝居の支離滅裂な展開の描写、いやあ、たまらんなあ。

 とにかく、評者のツボ、ツボ、ツボ!!!町田康の『パンク侍・・・』『告白』を、オモロイなあ、傑作と思った方は、読むべし、読むべし、べし、べし、べし!!!

 しかしあれだなあ・・・最近、鹿児島の図書館で、予約というワザを覚えた評者なのだが、読みたい本が確実にくるというのは非常に良いことなんだけど、こういう話題にのぼらない傑作は、やはり本棚から訴えてくるのだなあ。

 出版は昨年2007年だが、評者としては、今年読んだ“押さえ本”“一押し本”と位置づけよう。過去の“押さえ本”には、町田康『告白』、阿部和重『シンセミア』、吉村萬壱『バースト・ゾーン -爆裂地区-』などがあるが、これも個人的な好みであって、吉村萬壱なんかエログロの部分で好きくないという声も多い。ただ、そのどれもが紡がれて紡がれて紡がれた物語であることは間違いないのである。(20080325)

※やはりこの作家、コンプリせねばならぬ。(書評No781)

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by kotodomo | 2008-03-31 10:40 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2008年 03月 24日

◎◎「記念試合」 室積光 小学館 1680円 2007/12


 昨年、2007年の暮れに室積氏から電話があって、“聖月さん、(←本当に、みづきさんと呼ぶんですよ)今度小学館から、○○という本が出て、念願の映画のほうも○○なので、宜しくお願いしますね。是非、読んで観てくださいね”という内容であったとき、本の題名、映画の題名はその時点で頭に刻まれなかったのだけど、ああ、あれかあ、と思い出したわけで・・・

 氏とは、もう何回か(4回かな5回かな)飲食をご一緒しているわけで、特に聖月様の書評仲間が集まってのオフ会なんかのときは、自身が今書いている、もしくはこれから書こうとしている物語について大いに語る、いやほっといてもどんどん語る素敵なスペシャルゲスト(ホスト?)となってくれる方なのである。だから、ああ、あれかあは、以前から何回も語られている物語で、今の鹿児島大学(旧制七高)と熊本大学(五高)の野球の対抗戦、戦争を経て語られる物語なのである・・・と言っても、電話もらったときには今一ピンとはきていなかったような、自分(^^ゞ

 ところが、年末に鹿児島に帰省したときに、その意味が、イメージが、よくわかったのである。天文館という繁華街を歩けば映画「北辰斜にさすところ」のポスターがあちらこちらに。当然である。なんせ、古き良き地元鹿児島大学を舞台にした映画である。やっぱ、鹿児島県人たるもの義務的に見ないといけないわけである。本屋に行けば、本書『記念試合』が平積みである。鹿児島県人必見の映画の原作である。これも鹿児島県人たるもの義務的に買わなきゃいけないのである。おまけにサイン本であったのことよ。

 ところで、“北辰斜にさすところ”というのは、旧制七高の寮歌であり、北辰とはすなわち北斗七星のことで、南に位置する自分たちの誇るべき地を、少し大袈裟に、粋に、表現したものである。とにかく、本書『記念試合』には鹿児島の地名、固有名詞が散りばめられており、そこが評者には嬉しかったのだなあ。山形屋ベルグなんて、当時からあったんだあ。すると、どうもこのベルグという単語はドイツ語臭いなあ、おお!のぼり産婦人科って、自分が生まれた病院じゃあ!おお!黎明館のところに七高はあったのかあ、って、室積氏の取材は何年にも渡っているので、鹿児島で生まれ育った評者よりその詳細は微に入っているわけなのである。っていうか、自分って無知!

 もう一つの魅力は、バンカラな学生生活の描写。うんうん、評者も学生のときは、先生を“さん”付けで呼んでいたなあ。うんうん、早慶戦の野球の応援で、ストームとまではいかないでも、声を張り上げ、足並み揃えて色んな応援合戦やっていたなあ。

 ただ、本書を語るとき、忘れてはいけないのが、戦争である。出征であり、復員である。氏と飲食した際に出てきた話にも、“劇団員連れて、知覧の特攻基地行ってきました”とか、“ブーゲンビル島に取材に・・・”だとか、氏の主宰する劇を観にいったときも、戦争をパロディしながら、戦争とは何かを問いかけ・・・多分、氏のライフワークなのかも知れない。取材をして、自分なりの咀嚼をして、自分の方法で、多くの人に伝えていく、みたいな。本書の中でも、半分以上の頁数を割いて、戦時中のエピソードが語られる。それは、悲惨さを通り越した、運命論的な描写に落とし込まれ、読む者に、それぞれの哲学を喚起させてくれる。う~ん、戦争と友情と家族と愛情は、どんな計算式の上にあるのだろう?

 実は評者、最後の場面は、氏から既に聞き及んでいた・・・すいません、室積さん、飲んだ席で、将来描くことになる物語のネタばらしはやめてください(笑)・・・でも、わかっていても、読みながら熱くなったのだなあ。で、この熱くなる部分が、実は大いなる変化球で、この変化球はどこに行くのだろうと読み進めていたら・・・やはり、映画も本もお互いに影響を与え合ったのだなあ、と感じた次第。

 まあ、いい。とにかく鹿児島県民と、ついでに熊本県民は、読むべし、読むべし、べし、べし。べし!!!鹿児島大学は、教科書として採用すべし!いや、語られているのは、そんな狭い話じゃなかった。戦争であった。全国民、読むべし!感じるべし!考えるべし!(20080322)

※さて、映画も観なきゃ。(書評No780)

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by kotodomo | 2008-03-24 13:23 | 書評 | Trackback | Comments(4)
2008年 03月 23日

▲「あおい」 西加奈子 小学館 1260円 2004/6

b0037682_1014339.jpg 嫁さんの結婚前の職業は、養護学校の先生である。結婚と同時に職は辞したが、今でも教え子たちとの交流はある。毎日、5本くらいは“せんせい♪”といって電話がかかってくるし、たまには家に遊びにもくる。内容的には人生相談みたいなのが多くて、実は、彼ら彼女らは、少なくとも電話をかけてくるくらいの知的障害者であって、仕事もし、遊びもする中で、一般常識からは“それはダメなこと”もわからない場合があって、嫁さんとしては、そんな事案に心優しく指導をしてあげているわけである。今の職場やめたい、係の指導の人がひどい人で・・・でも、それはあなたも悪いところがあって、そりゃあ遅刻ばっかりしたら相手の人も優しくはできないよ♪みたいな会話。

 先日は、そんな感じの姉妹が、我が家に遊びにきていたようで、その夜嫁さんが言うことには・・・ほらあ、数年前おじいちゃんが亡くなったでしょう。そのときの通夜に、2人とも姉妹で来てくれたわけよ。それで、そういう子たちだから、香典もそれぞれ1000円包んできたの。2人連名で2000円のほうが、形式的には悪くないとか考えが及ばないから。でも、それぞれから貰ったからそれぞれに香典返ししたの。3000円くらいの香典返しの商品を。そしたらさあ、今日、妹のほうが言うことには、お姉ちゃんのほうが味をしめて、その後、行かなくてもいいような通夜にどんどん行くんだって。1000円包んで、何が返ってくるんだろう、みたいな福袋感覚で。でね、通夜なんて食事もあるでしょう、タダでご飯が食べられるっていうのも楽しみみたい。そんな相談だったの。

 評者は答える。まあ、通夜なんて賑やかしみたいなところもあるから、そこまで悪いこともないんじゃないの。

 嫁さんは答える。う~ん、それだけなら、まだ迷惑はかからないんだけど、その行かなくてもいいような通夜っていってもさあ、昔教わった先生たちが、来てるような通夜なの。そんでもって、○○先生、帰りは一緒の方向だから送って言うらしいの。そしたら、その先生も待たせるわけにはいかないから、落ち着いて通夜にも居れないのよね。

 評者は答える。う~ん、それは困るねえ。

 なんで、こういう話を前振りしたかというと、本書『あおい』の主人公女性の行動形態と重なる部分があったからである。一般常識的には、考えのない生活。先述したように、そういう行動や生活に理解を示さない評者ではないのだが、共感はできないのである。本書主人公の、友人の好きな人と付き合うようになったり、バイト先を勝手にやめてしまうような生き方は、色んな小説でよく描かれることではある。しかし、それを主人公女性の目で、かったるく描写されると、男性読者たる評者には、もう少し主人公の哲学が語られないと、どうしてもちょっとイヤな物語として映ってしまうのである。

 西加奈子という作家は、感性の作家である。その感性で『さくら』は評価した評者なのであるが、『あおい』は感性的に、チョットという感じであるのことども。(20080320)

※ようやっと、デビュー作を手にとることが出来ました。既に文庫化されて480円なり。(書評No779)

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by kotodomo | 2008-03-23 13:45 | 書評 | Trackback(1) | Comments(0)
2008年 03月 21日

〇「悪果」 黒川博行 角川書店 1890円 2007/9

b0037682_10154067.jpg 題名の『悪果』を一応調べてみた。評者としても馴染みのない単語。果たして造語なのか?そう思っていたら、パソコンの漢字変換で“あっか”と入力したら、一発で“悪果”と変換されるではないか。それで調べてみると、どうやら仏教のほうの言葉らしい。意味は、悪い行いの報い。“悪い果報”らしい。

 えっ?果報って、いい意味のみ使われるんじゃないの?例えば、友人に好きな女の子がいて、奥手な友人なんで告白もできないでいるんだけど、なんだか相手の方からアクセスしてきて、ピクニックに行きましょう♪お弁当も作るから期待しててね♪なんて、友人に言って、友人は顔を赤らめるわけで、その横で一部始終を観察していた評者は、“よっ!このぉ、果報者!”と肩を叩いて一緒に喜ぶの図みたいな。

 これも調べてみると、確かに通常は、果報というのは“よい運を授かって幸福なこと。また、そのさま。「-な身分」”とあるのだけど、仏教語では“前世での行いの結果として現世で受ける報い”とあって、ということは“悪い果報”もあるのだということである。

 本書の主人公は、大阪の警官コンビ。やくざも顔負けのしのぎの世界。果たしてその報いや如何に?というのが、大筋のテイストだろう。各所の書評を見ても、そこのところがクローズアップされていて、“凄悪の警官もいたもんだ”みたいな書き方をされているが、なんだかなあ、評者的には、そこらへんはイマイチ。森巣博の描く悪徳警官、逢坂剛の描く禿鷹シリーズに較べれば、まあ常識的な悪徳警官くらいにしか思えないのだなあ。

 しかし、評価が低くなったのは、そこのところではなく、期待した物語と実際の物語に乖離があったからである。黒川博行の疫病神シリーズ『疫病神』『国境』『暗礁』を読んできた評者としては、大阪、悪徳警官、裏社会、そんなキーワードを紹介記事や書評で目にすると、大阪弁のコミカルな会話を期待してしまうのだけど、基本的にそれがなかったのが期待外れな第一の理由。それと、事件の構図が意外にややこしく、ややこしいまではいいのだが、ややこしさに蓋然性がついていかず、事件の構図はわかったけど、普通、人間というのはそういう道理でそういう行動はしないだろうみたいな、消化不良な部分があったのが、期待外れの第二の理由なのである。

 しかしなあ、考えてみれば、やはり暴対の警官というのは、金を使わないとやっていけんかもなあ。もしくは、金を踏み倒さないとやっていけんだろうなあ。色んな夜の店で、色んな情報を集めて・・・そこで、裏金を出すか、用心棒代として踏み倒すか、はたまた自分の金を使うか・・・使うほど貰ってなければ、前二つしかないんじゃないかなあ。大変だなあ警察って。あ!公務員だからいけないんじゃん。郵政民営化みたいに、警察民営化すれば・・・結局、やくざと変わらなくなっちゃうかもしんないからボツということで。(20080318)

※少し期待外れではありましたが、黒川博行は巧いです。(書評No778)

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by kotodomo | 2008-03-21 10:39 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2008年 03月 16日

娘と近所に散歩♪

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先日、かつお菜や菜の花を収穫した畑まで散歩。
菜の花はおひたしにしたんだけど・・・

綺麗な風景に変わっていたのことども(^.^)
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by kotodomo | 2008-03-16 07:51 | メモる | Trackback | Comments(0)
2008年 03月 11日

九州大学にてヘリを飛ばす

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飛ばしている御仁は、聖月様にはあらず。
九州大学講師の東野伸一郎大先生である。

で、遊んでいるのではない!!!

実は聖月様の会社はこんなこともしているのである。
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UAV
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by kotodomo | 2008-03-11 10:27 | メモる | Trackback | Comments(2)
2008年 03月 09日

〇「治療島」 セバスチャン・フィツェック 柏書房 1575円 2007/7

 
777冊目
・・・記念すべき・・・なのかどうかよくわからないが、ゾロ目なので、なんだか縁起だけは良さそうである。縁起がいいので、興味のある方は、是非図書館でお借りくださいませ(笑)。

 しかし、何ゆえに評者が本書を手に取ったかというと、“このミス2008年版”によるものである。ドイツのミステリーということで、大きな話題にはならず、このミスでもランクインこそならなかったが(22位)、投票者の中で、本書『治療島』を1位に推している方が2名もいるわけで、なんだかそんなところで読みたくなった評者なのである。

 主人公の娘が失踪。誘拐か、殺人か、はたまた・・・。高名な精神科医である主人公は、ショックのあまり病院をたたみ、隠遁した後、ある島で一人の女と出会う。それが、事件から4年後のこと。作家であるという彼女の話と、失踪した自分の娘の関連性に、落ち着きを失っていく主人公。

 要するに、サイコミステリーである。事件は、今に基点を置き、過去を紡ぐ形で語られる。果たして、主人公に何があって今があるのか。失踪した娘の行方は?

 実は、評者の期待するところの、登場人物としての娘が不在であるところがイマイチ。それと、サイコらしく謎が謎を喚起するのだが、意外に物語が紡がれないのでイマイチ。そんなところで評価は○止まり。いやあ、娘が不在でも、『飛蝗の農場』のように物語が紡がれれば、もう少し評価があがったとは思うのだが。

 実際、本書はドイツ国内ではベストセラーを記録し、映画化まで決定(既に映像化?)しているようである。うんうん、映像のほうが面白そうだ。

 しかしなあ、題名はなんとかならんかったものかなあ。治療島ねえ。治療島って、いったい何だろうねえ。悪霊島とか、痴情島なんかは、なんとなくどんな島か想像出来そうなんだけど、治療島ねえ。(20080308)

※読書する環境が少しずつ改善されてきているので、1000冊は2010年頃かな。(書評No777

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by kotodomo | 2008-03-09 17:18 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2008年 03月 08日

聖月様の会社のことども

株式会社ゼノクロス(←クリックしてね)株式会社ゼノクロスという会社です。

ISO9001、ISO14001、ISMS、プライバシーマーク

そんなご相談にいつでも乗りますよ(^.^)


セイセン健康食品
(↑これもクリック)聖月様は、毎日これを飲んで元気を保っております。上の娘は、コエンザイムではなくべにふうきという商品を飲んで花粉症、アレルギーをしのいでいますよ(^.^)
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by kotodomo | 2008-03-08 23:58 | メモる | Trackback | Comments(2)
2008年 03月 03日

〇「プリーストリー氏の問題」 A・B・コックス 晶文社 2310円 2004/12

b0037682_1017546.jpg 先日までの単身赴任の間、読みたいなあ、借りたいなあ、買いたくはないなあ高いし、でも最寄りの図書館にはないなあ、と指をくわえてネットで書名を眺めるだけだった本書『プリーストリー氏の問題』、勿論、60万都市鹿児島なので、図書館にないわけがない、で借りてきたのである。なぜ読みたいのかって?一応コンプリを目標にしている作家アントニー・バークリーの別名義の作品だからである。まあ、別名義っていっても、このABCみたいな名前A・B・コックスのほうが、本名らしいのだけど。

 しかし、古き良き英国のミステリーは、先般読んだウッドハウスのジーヴスものも、バークリー書くところの作品も、古き良き米国のミステリーと大いに趣が違うところがある。米国物だと、登場人物たちはみな職業を持っていて、主人公も一応探偵という職業を持っていたりして、そういう中で物語は進んでいくのだが、ウッドハウスやバークリー書くところの英国物はというと、登場人物たちが、みな無職であるところが素敵であり、評者の憧れるところである(笑)。

 何ゆえに無職かというと、貴族や貴族の末裔だからであり、どうやって食えているのかというと不労所得があるからである。じゃあ、何ゆえに不労所得があるのかというと、そこらへんの階級システムは、評者は知らん(笑)。今度、そこらへんをゆっくり調べることが、評者の課題かもしらん。ジーヴスに出てきたビンゴという青年は、叔父からのお小遣いで生計を立てていたし、とにかく働かないことを悪と見做さない環境と階級があったことは間違いないのである。ああ、羨ましい。

 だから、英国物の登場人物たちは、暇を持て余し、パーティーに集ったり、よからぬ計画を立てることによって時間を潰し、バークリーの場合には、暇の果て、探偵を気取って余暇を過ごす人物が登場したりするわけである。

 本書『プリーストリー氏の問題』の場合も、暇探偵こそ登場しないが、よからぬ計画から物語が進んでいくのである。犯罪学に興味のある青年が二人登場。イマイチ社会性に欠けるプリーストリー氏を使って、殺人を犯した者の深層心理の実験を試すというのが、そのよからぬ計画なのである。それが二転三転というのが本書の魅力であり、そういう意味ではミステリー性は薄く、純然たるユーモア小説と捉えたほうがいいだろう。

 しかしなあ、いいなあ、不労所得♪憧れるなあ、不労所得♪先日、有楽町で買ったグリーンジャンボで2億当ったら、アパート経営でもして不労所得をかっぱぎ、そのかっぱいだ不労所得で次の不労所得をかっぱぎ・・・いやいや、娘たちを芸能界に送り出して、左団扇あたりが評者にはお似合いかもしらん。嫁さんには、マネージャーとして働いてもらうが、評者は・・・そうだ!暇探偵でもしようかな。(20080301)

※おお、書評の数が776・・・ということは、次回は777、フィーバーじゃないか。当りじゃないか。不労所得は、つまるところパチンコだなと思い、昨日冬ソナを打ったがダメだった。で、記念すべき777冊目は『治療島』なり。外国物なり。(書評No776)

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by kotodomo | 2008-03-03 11:08 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2008年 03月 03日

アントニイ・バークリーのことども

b0037682_7134052.jpg探偵ロジャー・シェリンガム物
  ▲ 『レイトン・コートの謎』
◎◎ 『ウィッチフォード毒殺事件』
◎◎ 『ロジャー・シェリンガムとヴェインの謎』
  ▲ 『絹靴下殺人事件』
  ◎ 『毒入りチョコレート事件』
  ◎ 『第二の銃声』
  ▲ 『地下室の殺人』
  〇 『ジャンピング・ジェニイ』

ノン・シリーズ
  ◎ 『シシリーは消えた』
  〇 『プリーストリー氏の問題』 ※A・B・コックス名義
  ◎ 『試行錯誤』
  ▲ 『被告の女性に関しては』 ※フランシス・アイルズ名義

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by kotodomo | 2008-03-03 04:16 | メモる | Trackback(3) | Comments(2)