<   2008年 04月 ( 11 )   > この月の画像一覧


2008年 04月 30日

〇「下北沢」 藤谷治 リトルモア 1575円 2006/7


 評者は学生時代、駒込に住まっていたのだが、これが中々家に帰らない、他人の家に泊まり歩くよくある学生風情のテイタラクな生活を送っていて、中でも世田谷代田に住まう孝(タカシ)君の家にはよくお世話になったもんだったなあ。

 孝君の“孝”、これは苗字である。変わった苗字なので、彼はそれなりになんというか劣等感みたいなのを持っていたのを憶えている。“僕は例えば麻耶という女とは結婚できない”“なぜなら、タカシマヤ、高島屋になってしまうからである”・・・高島屋でも三越でもダイエーでもイオンでも、愛があれば関係ないとは思ったのだが、当時の評者。

 その孝君と、お隣の下北沢にはよく出かけていたものである。何もない世田谷代田と違って、下北沢には何かあるのである。何があるわけじゃないが、何かあるのである下北沢には。例えば、世田谷代田にはケンタッキーはないが、下北沢にはある、そんなことではなくて、活気とか、賑やかさとか、それも若者が何だかウキウキするようなものがあるのである。

 そんな下北沢を舞台にした本書『下北沢』である。主人公の恋と、下北沢の不思議な活気や集いを描いたお気楽青春小説といえるだろう。

 実は、評者の下北沢最後は、多分もう20年以上前の話である。だから、本書内に登場する店や場所が、今実際にあるものかどうかわからないのが残念なのである。しかし、多分言えることは、今現在下北沢に住まう若人や、下北沢をご贔屓にしている人々には、随分とリアル感のある舞台が小説内に登場するのではないかな。(20080425)

※藤谷治、段々とコンプリに近づいてきたぞ。手持ちに『いなかのせんきょ』、新作『二都』、もう少しである。(書評No790)

書評一覧
↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
[PR]

by kotodomo | 2008-04-30 10:47 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2008年 04月 24日

◎「洗面器の音楽」 藤谷治 集英社 1680円 2007/10


 本書『洗面器の音楽』を書斎のベッドで横になって読んでいたら、小学校5年生になる下の娘が部屋を覗いて、“パパ♪何読んでるの?”と問うたので、“これ”って言って表紙を見せたら、“キャハハ、変な題名♪”と笑って出ていったのことども。

 確かに、変というか、意味がわかりにくいというか、どんな意味があんの?というか、形而上的な意味?っていうか、奇妙な題名ではあり、本書を読んでも、その確たる意味は汲めないのである。確かに“洗面器の音楽”について、触れられている部分はある。一般的に髪を洗う目的の洗面器というか金盥(かなだらい)。それが、東南アジアでは食器として使用されたり、また子供の時分だったら逆さにして楽器としても遊べるし、自分も遊んだような気がするし、水の雫が落ちてきたら、もしくは雨の中、戸外に出していたら、それは確かに洗面器の楽器なのだが、本書の中でそこまで触れられているわけではないので、以上の話は途中から評者の想像する“洗面器の音楽”の話も含まれる。ということで、娘の言う通り本書は“変な題名”で、この題名が本書の内容の本筋をなぞっているわけではない。

 最初のうちは、どういうジャンルの物語を読まされているのかわからないのも事実。物書きの主人公。その主人公が、デリヘルの女の子にインタビューしながら、その話を核にして、新たな小説を試みる。ところが、その女の子が訪ねて来なくなり、ラブホテルの一室で身元不明の殺人事件が発生したときから、この物語の本質が見えてくる。作中作を応用し、メタをちらつかせ、結局は完全には解決されないという、この作者ならではというか、この作者だからというか、この“作者初”のミステリーなのである。

 読みながらの評価は○。いつもの藤谷流の軽妙さが見られずの残念評価。読み終えての評価は◎。全体構成を考えたとき、やはりこの作者、只者じゃない、巧いっちゃあ巧いけど、まあ◎くらい?みたいな。

 この作者、調べてみると、自分本位の書店をお持ちのわけで、その上作家で、本書の主人公と在り様は重なり、そういう意味で自己投影した作品でもあるのかもしれない。ジャンルは“完全解決されないミステリー”である。(20080423)

※次も同じ作家の『下北沢』予定(^^)v(書評No789)

書評一覧
↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
[PR]

by kotodomo | 2008-04-24 14:03 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2008年 04月 23日

◎「秋の牢獄」 恒川光太郎 角川書店 1470円 2007/10


 表題作「秋の牢獄」と「神家没落」「幻は夜に成長する」の3つの短編が収められた作品集である。デビュー作『夜市』(「風の古道」併録)、二作目『雷の季節の終わりに』と同じように、すぐ隣にある異世界をモチーフに添えて・・・むむむ?「幻は夜に成長する」は現実社会のみ?いや、最初で婆さんと幼い女の子が生活する住処は異世界なのかもしれない・・・そう、すぐ隣にある異世界をモチーフに物語が紡がれていく恒川流恒川節なのである。

 「秋の牢獄」11月7日を何度も繰り返し過ごすことになる主人公。それだけだと、異世界というより単なるSFにすぎないのだが、繰り返し過ごすことにより、11月7日という世界が広がっていき・・・この辺が作者の巧いところだろう。ただし、評者としては、他の2編のほうが好みである。

 特に「神家没落」。神家に迷い込んだ主人公。先代の神に、その地位を勝手に譲られ、神家から出るに出られない。ただただ、次に迷い込む人がこないか待つ日々。色んな人が迷い込んでくるのだが、相手の事情を斟酌すると、その地位を中々譲れない。ところがある日・・・巧い、巧い。その後の展開が、短いながらに工夫されていて、ショートショート的な面白さもある。

 「幻は夜に成長する」不思議な術を使える婆様と住まう幼い少女。婆様と別れて後の展開が速く、あっさりとテンポよく進む。最終的に、蓋然性に少し難があるが、不思議な不思議な世界がしっかりと構築されている。巧い。

 とにかく、この作家の描く、すぐ隣にある異世界。設定にしても、そこからの展開にしても、非常に興味深く、今後の作品にも要注目のことども。(20080422)

※デビューの経緯からホラー作家に位置づけられるが、この適度に異質な世界観は意外に心地いい。(書評No788)

書評一覧
↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
[PR]

by kotodomo | 2008-04-23 13:15 | 書評 | Trackback(2) | Comments(2)
2008年 04月 22日

〇「いつか棺桶はやってくる」 藤谷治 小学館 1680円 2007/7


 先日、著者の『またたび峠』を面白く読んだのだが、副題に「つんつるてんの男 ver.2」とあり、“なんど?”と思いながらもやり過ごし、書評をアップしてからよくよく調べてみると、「つんつるてんの男 ver.1」という2冊同時発売された片割れに、本書『いつか棺桶はやってくる』というのがあることを知り、順番間違えちゃったで、慌てて読んだ経緯にある。

 どうやら、同じコンセプトで、それぞれに違う内容の本を上梓したらしいのだが・・・どこがどう同じなのか、ほとんど全然まったくもって、みたいにわかんなかった恥ずかしい評者なのである。確かに、両者とも主人公はつんつるてんな男である。あとは、小説内に実にくだらない脚本の映画と劇が登場するという共通項しかわからなかった評者・・・う~む、変奏曲とも呼べない二つのバージョン、何か読み逃したのかなあ、自分。

 本書『いつか棺桶はやってくる』は、『またたび峠』に似ているというより、その構造は、村上春樹の『国境の南、太陽の西』や、『ねじまき鳥クロニクル』の中途半端で不可思議な冒険譚と似てまいか?似てないか?ほんの少しばかし・・・いや、似ている!きっぱし!よくわからない哲学を内包し、よくわからない人物が登場し、よくわからない不可思議が散見され、そして主人公はよくわからない冒険を経験するところが、よくわからないが、よく似てるような気がする評者なのである(笑)。

 大量破壊兵器にも転用できそうな“まむし”というマシンを開発している主人公。その妻が家出。なぜか知らないが、そこから主人公と、謎の若い女の冒険が・・・始まったのか、始まらなかったのか、わけのわからない物語である。これだけ書いても、これを読んでいる人には、粗筋がわからんだろうなあ(笑)。

 不必要と思われる小道具も豊富で(笑)、謎の記号に、意味不明の妻からの手紙に、謎の古書といった道具たちに、お前は一体何者だぁ!と叫びたくなるのは、これは藤谷流藤谷節にやられてしまっている証左で、結局、今これを読んでいる方は、一体何の話か、面白いのかくだらないのか皆目検討がつかんだろう。ザマー、見ろ!(笑)

 ただ言えることは(評者の気付かない部分で、多くの同じコンセプトを内包しているのかもしれないが)、この同時刊行の2冊には明らかな違いはある。『またたび峠』を読んだとき、作者が条件反射的に物語を紡いでいることが伝わってきたのだが、本書『いつか棺桶はやってくる』のほうは、計算して物語を紡いでいるということである。最終的な哲学の構築のために、“必要な不必要”を計算して配置しているのである(ような気がする)。

 普通、作家というものは、コンセプトを変えて物語を生み出しても、癖というものがあったりして、似たような部分は、違う物語でもあったりするわけで、そういう意味くらいのバージョンの2冊なのである(かも)。(20080420)

※『またたび峠』の◎◎評価から、引き算したら本書の評価○になったのことども。(書評No787)

書評一覧
↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
[PR]

by kotodomo | 2008-04-22 15:44 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2008年 04月 21日

◎「悪人」 吉田修一 朝日新聞社 1890円 2007/4


 芥川賞受賞作家の書いた渾身の直木賞的大衆文学、例えば町田康の『告白』、阿部和重の『シンセミア』(←これを書いたあと芥川賞を受賞しているので順序は逆だが)、吉村萬壱の『バースト・ゾーン』、そういう作品なのだと捉えながら読み始めたので、少し期待し過ぎたのかも知れず、それでもしっかりした興味深い作品ということで、評価記号は◎になった次第である。

 最終的に、この題名の意図する“悪人”についても記述している箇所は本書内にあり、つまるところOLを殺してしまった土木作業員が、述懐しながら“自分は悪人です”と言っているのだけど、作者が意図した“悪人”というのは、そういう狭義に留まらないのではないかな。

 殺されてしまったOL。両親の視点からの描写もあるので、殺されちゃあ可哀想、親としてもやりきれないとは思うのだが、本書の描写の中では悪人である。軽きに軽い今時のOL、殺害現場でああいう態度を取るならば、というか、ああいう態度を取ったから殺されてしまったのだけど、殺すことに妥当性はなくとも、“こんな女、死んだほうがまし、生きているだけで悪”みたいな部分を持ち合わせているわけで、そんな人間はあなたの周りにもいるかも知れないわけで、殺意までは持たなくとも、“目の前からいなくなっちゃえ”的な人物であり、良人ではないわけで、そういう意味で悪人なのである。

 OLが惚れていた旅館のボンボン。こいつも本当に悪人である。少なくとも、こいつの存在がなければ、OLが殺されることはなかったわけで、OLの父親もそういう反省を求めたのに、邪険に嘲笑うような態度をとって少しも自省することはなく、読んでいて本当に悪人なのである。そうですね、評者も先ほど“死んだほうがまし”という言葉を遣ったのだけど、やはりそういうことは軽々しく言っちゃあいけないわけで、とにかく、こういう輩は、身の周りにいるし、過去に出会ったこともあるわけで、そういう経験から表現すると“こういうやつこそ、いずれ思い知ってほしい。思い知ってほしいのに、なんで罰が当らんのだろう。当れよ、罰。思い知れよ。世の中、なんか不公平・・・”そんなやつなのである。普通に生きている平均的な常識人から見れば、やはり悪人なのである。

 本書は狭義のミステリーではない。冒頭で、土木作業員がOLを殺した事件の話であると明言される。OLの視点から物語が進み始めるので、出会い系を利用するこの土木作業員、きっと悪人なんだろうし、そんなやつに殺められるような今時のOLもいかんと読者は思う。ところが、中盤から視点が土木作業員のほうに移ると、何故殺すことになったのだろう、本当に彼が殺したのだろうか、そういうふうに風景が反転して、広義の意味でのミステリーとして、読者の興味を惹いていくわけである。

 しかしなあ、最近でも似たようなニュースは絶えないわけで・・・二人の娘を持つ親としては、そんなふうになってほしくないなあと、ただただお星様にお願いするのみなのである。携帯とパソコンの発達で、悪人と良人が繋がってしまったこの世界で。(20080417)

※今のところ、この作家の作品はあまり多くは読んでいないのだが、『長崎乱楽坂』が最上位◎◎評価、『東京湾景』が最下位×、『日曜日たち』も捨てがたい良い作品◎で、作家としての評価というより、作品毎に評価している評者である。(書評No786)

書評一覧
↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
[PR]

by kotodomo | 2008-04-21 11:53 | 書評 | Trackback(1) | Comments(2)
2008年 04月 14日

◎◎「ウォッチメイカー」 ジェフリー・ディーヴァー 文藝春秋 2200円 2007/10

b0037682_16151046.jpg 最近になってようやく、ディーヴァーという作家がいかに素晴らしいかということがわかってきた評者である。

 話題になった『ボーン・コレクター』を中々面白いと評価し、次作『コフィン・ダンサー』を前作並に面白いと思い、でも別にこの作家のこのリンカーン・ライムシリーズを追うほどのこともないかと、3作目『エンプティー・チェア』はスルーして、何気なく4作目『石の猿』を読んで随分と面白いじゃないかと思い、5作目『魔術師』でこりゃ最高!と思い、6作目『12番目のカード』でやはりディーヴァーは巧いなあと唸り、そして7作目の本書『ウォッチメイカー』で、ここまでやりゃあ凄いと叫び・・・だから、スルーした『エンプティー・チェア』を早く読みなさい!自分!!!

 それとですね、今これを読んでいるあなた、リンカーン・ライムシリーズを読んだことがないというなら、そりゃあ幸せというもので、もう7作出ているシリーズを一気に読みなさい。娯楽の海に溺れなさい、浸りなさい。

 本書『ウォッチメイカー』、各所でその捻りに捻った展開に絶賛の声があがっている。それは、一読者として大いに評価するところであるが、冒頭から一人無駄な脇役の存在が気になるわけで、その捻りに捻った展開の結末までは想像できなくても、この無駄な脇役の役割が判然とするまで物語は終らないのだよということはわかってしまう。わかってしまうのだけど、わかった後も物語は捻りに捻られ、やはりディーヴァー凄すぎます(^.^)凄すぎるけど、それはもう6作目まで読んでわかっていたことで、今回評者が評価した部分は、また別の部分にある。

 まずは、結末にかけてのハートウォーミングな部分。ライムという登場人物その他、これまでの作品の中でも、中々心温かいやつらじゃないかという描写はあったのだが・・・『ハリー・ポッター』を愛読書にしている少女が登場、その存在自体がハートウォーミングに映った評者なのである。つまり、ディーヴァー自身が『ハリー・ポッター』を子供のための良書と受け止めているわけで、それが嬉しい評者なのである。最近のハリー・ポッターシリーズは色々言われてはいても、やはり少年少女に夢を与える物語であり、大人がとやかく言うべきことはない良書なのである。色々言っているのは、結局大人の世界であり、こんな良書が読める最近の子供たちは幸せ者なのである。その良書を大事そうに抱えている少女の存在自体がハートウォーミングなのである。

 あと、新機軸のキネシクスという手法の登場が興味深い。ダンスという名の女性、キネシクスのスペシャリストが本書に初登場。今後の顔出しにも注目だし、彼女を中心に据えた物語の上梓も読者としては期待するわけで、これからの楽しみが増えた、長生きはするもんだ、まだ45歳だが、と思うわけである。

 このキネシクスという手法、相手の会話の状況、しぐさから、ウソを見抜き、示唆するものを見通すもので、いわゆる“論理的な人間嘘発見器”なのである。人間嘘発見器なんて小道具は、読者はみな歓迎するし、そこに論理的な裏付けが語られるなら、読書の楽しみは倍増なのである。

 内容は語らない。とにかく読むべし、読むべし、べし、べし、べし!!!個人的には、物語の展開として『魔術師』のほうを上位に評価する評者だが、物語が醸しだす全体の雰囲気、ハートウォーミングな観点から評価するならば、総合評価は本書のほうが上位かもしれない。

 とにかく、未読の方には読んでくれとしかいいようがない、ディーヴァーのリンカーン・ライムシリーズの完璧なまでの完成度なのである。(20080413)

※1作目から3作目の題名のお約束事から考えれば、本書の題名、ウォッチとメイカーの間に“・”が入るのでは?(書評No785)

書評一覧
↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
[PR]

by kotodomo | 2008-04-14 10:36 | 書評 | Trackback(2) | Comments(0)
2008年 04月 09日

▲「乳と卵」 川上未映子 文藝春秋 1200円 2008/2

b0037682_108931.jpg 本書『乳と卵』を読みながら、まずその文体という観点から同じ芥川賞受賞作品◎『きれぎれ』町田康と比較せざるを得ないし、女流作家という観点から◎『蹴りたい背中』綿矢りさ、◎『蛇にピアス』、▲『しょっぱいドライブ』大道珠貴と比較してしまう評者なのである。

 評価記号からもおわかりのように、評者の個人的な好みからいえば、その面白さ(面白くなさ?)は『しょっぱいドライブ』と似たようなものであり、町田、綿矢、金原作品と較べると、読書というものをさほど楽しめなったという結果になる。

 例えば、綿矢、金原作品と比べたとき、女性という性の在り方がなんだか滲み出た体液臭く、男性読者としてはどうも馴染めないのである。金原作品でも、ドロドロしたものは確かに在るのだが、やはりそれは物語の一部であり臭みまでは感じないわけで、大堂作品を読んだときに感じたような馴染めなさが存在するのである。

 また、関西弁、ダラダラ節という観点から考察した場合、町田作品との比較になるのだが、他の作品を読みたくまでならないところで、個人的に町田作品には敵わないのである。

 ということで、芥川賞作品を読んだよ、という報告でした。(20080403)

※悪くはないのだが・・・(書評No784)

書評一覧
↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
[PR]

by kotodomo | 2008-04-09 10:07 | 書評 | Trackback | Comments(4)
2008年 04月 07日

5年生の娘とパパとママのリアル会話


娘“あたしぃ、結婚式は外国がいいなあ♪”

ママ“いいわねぇ♪”

パパ“北朝鮮?”

娘“ぜーったい いや!!!ええとぉ、ディズニーランドがいいなあ♪それもさあ、アメリカの♪”

パパ“日本にもあるじゃん”

娘“本家でやりたいの。ディズニーランドの本家で!!!”

って、茶化すパパもパパだが、普通5年生でディズニー本家って言う?
[PR]

by kotodomo | 2008-04-07 16:08 | メモる | Trackback | Comments(0)
2008年 04月 03日

△「ラットマン」 道尾秀介 光文社 1680円 2008/1

b0037682_10102063.jpg 最初、図書館の棚で見かけた本書『ラットマン』なのだが、巷で評判のよかった『シャドウ』がイマイチだった評者なので、借りるのを見送った経緯にある。その後、新聞書評を読む機会があったのだが、そこで“今年のランキングに触れるのは尚早の気もするが、上位に入り込むはずの作品”みたいなことが書いてあって、しまったなあ。でも、また図書館で発見!嬉々として借りてきたのだが・・・。

 個人的に、道尾作品は駄目なようである。ミステリー読みのために、語られるミステリー。ミステリーのために、話が構築されていて、どうも蓋然性に納得がいかず、謎が解かれても、ああ、そうですか、そうだったんですか、としかいいようがないのである。というか、大体そんなところだろうという結末で、なんのサプライズもなかったのだが。

 人が一人殺される。殺されるのはいいのだが、殺意に蓋然性がなく、謎を作るために登場人物たちが行動しているようで、なんだかなあなのである。

 あとですね、どうも道尾作品を好きになれないのは、謎を作るために、世界が不健康なんですよねえ(←なぜか、口調が変わってしまった)。子供たちは、みんな虐待にあっていそうだし、大人たちはみんな幸せな結婚生活が保障されていないし・・・。

 なんか合わない理由を語るのが、面倒になってきたので、あとは『シャドウ』の書評内で書いた、合わない理由をコピペしましょう↓。

 では、評者の評価がイマイチなのはなんど?と思う方もいらっしゃろう。大変に評判のいい作品なので、個人的なミスマッチ感覚としか言いようがないが、説明させていただこう。

 まず、読んでいて色んな謎が出てくるのだが、それを形作る物語の骨子が評者的にあまり面白くないのである。評者はどちらかというと謎読みミステリー派ではなく、紡がれる物語耽溺派なのである。読んでいる途中も、読んでから全篇振り返ってみても、なんか大した話じゃなかったな、というのが評者的概観なのである。

 次に、謎のピースの断片たち。色んな謎が提示されて、一体いかなる全体像が浮かんでくるのか?そんな興味で物語を読み進め、なるほどすべてのピースがうまい形で嵌っていく終盤なのだが、その全体像を見せられたとき・・・ああ、そうですか、そうだったんですか、みたいな感じで奥深さを体験できなかったのが一因である。嫁さんや娘たちが膨大なピースのパズルに取り組んでいて、どんな画が浮き上がってくるんだろうとワクワクしていたら、浮かび上がってきた画が、みかんとりんごとなしとぶどうの画だったみたいな。ああ、そうですか、そうなんですかみたいな。

 それと一番大きな理由は、最大の謎であるところの、屋上から飛び降り自殺した女性の動機が、結局のところ判然としなかったことにある。説明的な描写がないではない。でも蓋然性を感じられないのである。ミステリーの最大の勘所は動機の必然性である。何ゆえに自殺するまでの心境に追い詰められたのか、何ゆえにそういう形で自殺する気になったのか・・・本を後ろから読んでも、逆さに振っても、評者が得心のいく答えはそこにはなかったのである。

 悪い本ではない。むしろ良心的に作られた物語である。特に、謎解きの好きな方には、お誂え向きのミステリーである。
(20080402)

※そうはいっても、このミスランクインは間違いないだろうなあ。(書評No783)

書評一覧
↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
[PR]

by kotodomo | 2008-04-03 09:48 | 書評 | Trackback(2) | Comments(0)
2008年 04月 01日

〇「羊の目」 伊集院静 文藝春秋 1750円 2008/2

b0037682_10115310.jpg 読書を趣味にしていると、年が二回明ける。いや、三回かな。一回目は勿論元旦・・・ではなく、二回目が元旦。そして、次に年明けを感じるのが、その年に出た小説を読んだときである。今回、本書『羊の目』が、やっと2008年に出版された本の初読み。基本的に、図書館から借りて読んでいるので、3月末にもなって、やっと年明けを感じるのである。

 それじゃあ、一回目はというと・・・本好きフリークには当然わかったかな?年が明けるというよりは、年の終わりを感じると表現したほうが妥当で、10月末日がその日である。このミスの集計が10月末日の出版物まで。だから、10月から11月に切替ると、今年も終ったなあ、おお!この本オモロイやんけ!来年のベストに入るかなあ?なんて、思考になるのである。

 で、本書『羊の目』でめでたく年明けした評者の読書生活である。侠客の世界を描いた連作短編集。新聞書評で傑作と謳われていて予約した経緯にあるが、面白いのだけど、あっさりしている。あっさりし過ぎている。侠客、渡世人の世界なので、抗争や闘争の果て、人がどんどん死んでいくのだけど、あっさりと死んでいく。評者は、グロが好きなわけではないが、ここまであっさりと描かれると、どこか物足りなさを感じてしまうのである。

 花村萬月の『笑う山崎』と同様の主人公の任侠世界。それなのに、そのグロの重さは全く違う。いや、グロの重さというよりは、グロの軽さが問題なのかな。必要最低限のグロは、やはり物語の深みを作っていくわけで、作者が描きたかったものがそこではないにしても、やはり小説にとって必要な部分を削いでしまうと、評者のような天邪鬼には、ひとつの物足りなさと映ってしまうのである。(20080330)

※今年の狭義の小説世界での押さえ本の一つかと。(書評No782)

書評一覧
↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
[PR]

by kotodomo | 2008-04-01 08:46 | 書評 | Trackback | Comments(0)