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2009年 02月 26日

◎◎「希望ヶ丘の人びと」 重松清 小学館 1785円 2009/1

b0037682_167198.jpg その昔、子供を騙して英語を売るアルバイトをしていた評者である。というと、少し、いや随分と語弊があるのだが、簡単にいうとジュニア英会話スクールの本部にいたのである。そして、その本部で教育を受けた先生(大抵の場合、英語にある程度自信のある主婦)が、自宅で教室を開く際に、生徒募集のお手伝いをするのである。

 先生の自宅近隣をくまなく周り、ピンポンして“今度、ご近所に子供のための英語教室を作る者なのですが・・・”って入口から始めて、子供の有無、居た場合の興味の有無、少し興味があれば自宅での体験学習へ、本当に気に入れば入会なんて運びになるわけである。

 そういうことを、今週は世田谷の砧で、来週は練馬の上石神井で、深川で、東陽町でなんて感じで繰り返していた日々は若かったなあ。

 ところが、次の先生の自宅は神奈川の小机、じゃあ小机の団地周辺で募集開始(^O^)/ってなったとき、いつもと勝手が違うのに気付いたのである。一区画を成す囲まれた団地地域。周れど周れど手ごたえがないのである。何ゆえ?対象年齢が小学校6年までの英語教室だったのだが、対象になる子供の住んでいる家がほとんどなかったのである。

 団地といえば、若夫婦に子供、庭には三輪車や自転車、それが基本的なイメージなのだが、その団地は分譲されてから20年経っていて、若夫婦は熟年夫婦に、子供たちは大学生か若き社会人に、もう同居していなかったり、同居していても次の世代にバトンはタッチされておらず、ゆえに子供がほとんど居なかったりの団地だったのである。結局、その先生の教室に子供を集められたかどうかは、もう随分昔の話で覚えていないが、団地には趨勢があるんだなあと感じた最初の体験である。

 評者も、鹿児島の伊敷団地というところに住んでいるが・・・ここは、もう40年近くなる団地で、一旦は先に述べたような衰退をみせたが、その後、更地に新しい家が建つようになったり、新しいマンションが出来たりして、一応の新陳代謝を図っているようである。でも、当時、1700人規模で新設された小学校は、現在500人弱しかおらず、空き教室、空き靴箱が授業参観(下の娘が通っているので)の際は大いに目立ち、勿論、運動会なんてほとんど場所の取り合いのない今日この頃の団地内小学校なのである。

 本書『希望ヶ丘の人びと』は、母親が小学校、中学校時代を過ごした団地に、主人公である父親と、中学の娘、小学生の息子が移り住んでくる物語である。母親は既に亡くなっているのだが、母親の思い出が残る団地に、残された家族が思い出を偲ぶ意味も含めて移り住むわけである。でも、随分と様変わりしているようなのだが。

 で、これが面白い。久々に、重松清を楽しんだ評者なのである。元々、重松清読みじゃない評者なので、この面白さは『いとしのヒナゴン』以来である。肩の凝らないコミカルで人情溢れる重松節である。

 新天地で、フランチャイズの学習塾を開校する父親の奮闘。母親が通っていたという書道教室をみつけて、通い始めた息子と頑固爺先生との交流。難しい年頃の娘への気懸かり。色んなキャラクターの人びととの出会い。そして・・・確か『いとしのヒナゴン』でも出てきたかと思う設定・・・伝説のロックンローラー、ご当地エーちゃんの登場で物語は盛り上がっていく。

 粗筋なんて、それくらいのもんである。後は、そういうキャラたちの日々の悲喜こもごもに、身を委ねて読書を楽しむだけである。とにかく、ベタでいかにもの話なのだが、読むべし、読むべしの娯楽作品なのである。(20090225)

※母親が育った地で、少しずつ母親の足跡が見えてくるっていうのが、もうひとつの粗筋なのかもしれない。(書評No869)

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by kotodomo | 2009-02-26 16:07 | 書評 | Trackback(1) | Comments(5)
2009年 02月 25日

◎◎「一回こっくり」 立川談四楼 新潮社 1470円 2008/9

b0037682_10203342.jpg 内容も何も知らず、なんとなく図書の棚から借りて、なんとなく読み出し、1章から5章まであることに気付き、第1章の「弟」を読んで噺家の書いた人情話(しんみり哀しいほうの人情話)の連作短編集だと決め付け、4章まで読み進んでいたとこまではまだ人情話短編集だと思ったままだったのだが、4章の終わりにかけて鳥肌が立ってきた。そして、鳥肌の予告通りの第5章が始まる・・・。

 とりあえず、なんで内容も知らずに借りたのか、そこのところから書いていきたい。昨年末に出版されたこのミス2009年版で愛川晶の『芝浜謎噺』が気になり、落語シリーズ物ということで前作の『道具屋殺人事件』から続けて読んだのだが、物語の抜群の面白さに加え、落語の奥深さに興味を抱き、もっと落語周辺の小説やノンフィクションを読みたいなあと思い始めたのが正月明け。そいでもって、この8年間、トイレの愛読書にしている北上次郎の『新刊めったくたガイド大全』(1979年から19994年までの随分古い書評集)をめくっていたら、立川談四楼の『シャレのち曇り』(1990年出版)に触れてあり、“噺家が余技で書いたものではない=文筆家の優れた文体”みたいな短評に、立川談四楼を読んでみましょ、と思った評者なのである。図書館に出向くと、多分『シャレのち曇り』は書架に閉架なんだろう、最近の著者の本が棚に3冊並んでいたのである。なんでもいいや、一番最近の本でいいや、内容はわからんがとりあえずこれ借りましょ、って取った本が本書『一回こっくり』なのである。そして、思わず鳥肌である。

 噺家っていうのは、言葉が商売である。本書も静謐な文章に加え、今は馴染みのない、それでいて日本人らしい言葉が随所に出てくる。第1章で、小学生の主人公が幼い弟を亡くす。通夜、葬儀で、親戚、近隣の人の口から“逆縁”という言葉が聞こえてくる。小学生の主人公も、それが親より先に子供が他界することだと理解する。第3章の章題は「出た長男」。既に大人になり家族も持つ主人公である。今では噺家となっている。郷里の母が亡くなり、通夜、葬儀のため実家へ戻る。そこで知人から出た言葉がこの“出た長男”なのである。長男でも家を継がずに他所へ出たわけで、実母の弔いだったらすべて長男が仕切りそうなものだが、知人に“お前は出た長男なんだから、わきまえて動け”と言われ納得する。亡くなった弟以外にも、主人公には別の弟がいて、こちらは他所に出ず、ずっと両親の周りにいて近所付き合いをしてきたわけで、長男だからって出しゃばって動いたら、その弟の顔が立たないということなのである。

 そんなしんみりとした人情短編集を読んでいるつもりだった評者なのである。静謐な小説だよなあ、評価は◎かなあ、なんて思っていた第4章の終わりにかけ、鳥肌が立ってきたのである。

 何に?作者が、この小説内でやろうとしている試みにである。落語と真摯に向き合いながら、余技以上の文筆という手法を使って、落語に何が出来るのかという、誰も思いつかなかったような秘技にである。この件につき、これ以上語れないのがモドカシイ評者である。でも、これ以上、語ったら興醒めである。

 是非、試してほしい一冊である。あら、噺家が小説なんて書いてら、はは、面白いのかしらん?そんな軽い気持ちで読んでほしい。聖月様を信じて読んでほしい一冊なのである。
(20090223)

※落語会の裏事情が、なるべく実名を避けながら紹介されている部分も興味深い。ネットで調べて師匠談志や小朝の落語界に残してきた足跡を知る。う~む、そうか、“笑点”を作ったのは談志だったのかあ。(書評No868)

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by kotodomo | 2009-02-25 08:17 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 02月 24日

〇「老検死官シリ先生がゆく」 コリン・コッタリル ヴィレッジブックス 945円 2008/5

b0037682_9234687.jpg 色んなところでの本書の紹介記事が気になって読んだ次第である。何が気になったかって、その紹介記事に共通しているキーワード“拾い物”が気になったのである。多くの人が、ラオスを舞台にしたミステリー?霊が見える検死官?一体面白いのだろうか?なんて読み始めて、結局、意外と面白いじゃん!そんな感想を持って、“拾い物”と称しているのが、読んでみてよくわかった評者なのである。

 テイストは、ほのぼのハードボイルドであり、構造は、色んな事件が最後にはピタリと収斂するモジュラータイプのミステリーであり、舞台は、共産国家ラオスの1970年代を紹介した珍しい小説でもある。

 地域で唯一の検死官シリ先生。彼のもとには、二人のお茶目な助手がいる。その二人のうちのグン君が笑っちゃう。元々、オツムが少し弱いのだが、彼が“部屋に○○夫人が来ています”とシリ先生を呼びにくる。熱いラオスである。ちょっとおエライ夫人が何か文句でも言いにきたのかな?なんて思いながらも、シリ先生はグン君に“喉が渇いているかもしれんし、水でも準備してきなさい。私もすぐ行くから”なんて答える。シリ先生が職場に戻ると、事務所には誰もいない。もう一人の助手に“○○夫人はどこだい?”と訊ねると“冷蔵庫です”との返答。そう、○○夫人は死体となって運ばれてきたのである。そこへ、水をコップに入れたグン君が戻ってくる・・・。

 そんなユーモアたっぷりの運びと、気の利いたハードボイルド会話で物語が進んでいくわけで、ラオス?霊視?なんど?オモロイと?と思って読み始めた読者には本当に“拾い物”の読書なのである。

 ただねえ・・・気の利いた会話が、共産国家ラオスという読み慣れない舞台ということもあって、時々ピンと来なかったりするのがタマにキズなのかなあ。それでも面白い文庫本の拾い物である。このミス2009年版海外編でも、結構支持票が入っているので、興味ある方は読み逃しなく。(20090222)

※単行本だと思って図書館で散々探したら、文庫コーナーでやっと発見(^^)v(書評No867)

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by kotodomo | 2009-02-24 08:21 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 02月 23日

〇「暗闇のヒミコと」 朔立木 光文社 1680円 2007/12

b0037682_14582830.jpg 評者は、割とこの朔立木という作家を追いかけている気がする。自分で“追いかけている気がする”と、あやふやに言うのも変な話だが・・・『死亡推定時刻』を読んで以来、遡ってこの作家の作品を読もうとはしていないのだが、その後の作品を図書館で見かけると、借りて読んでしまうのである。というのも、現役弁護士の肩書きを持つ作家であり、裁判を舞台にした作風に、今の日本の司法の実情というものが伺え、お勉強的に興味を惹かれる部分があるからである。

 ハイグレードな老人施設で、近所を散歩中の入所者が二人、川に転落して死亡してしまう。事故なのか事件なのか?その少し前には、所内で老女が足の爪を剥がされるという事件も起こっている。警察は、勤務している看護婦に目をつけるのだが・・・そんな冒頭である。

 その看護婦(女性看護師と書くのが面倒なので、評者は看護婦と書く)は、事件後退職し、マスコミ等を利用して“自分は無実キャンペーン”みたいなのを展開し、今では多くの支持者が彼女の周りに集っている。

 なんて、いかにもありそうな事件の裁判事例を通して、作者が読者に問いかけるものは、『死亡推定時刻』と同じで、捜査や裁判を通じての日本司法における自白の偏重性にある。だから、くれぐれも、これを読んでいる皆様方におかれましては、たとえ不在証明ができなくても、たとえ罪を犯していたとしても、たとえ取調べがいかにきついからといっても、ユメユメ自白などなさらぬように。

 本書を読み終えたあとも、結局この看護婦がどういう動機で、どういうやり方で、はたして事実として本当にやったのか?そういった事柄は明らかにされない。ただ自白に至った理由につき、白じゃなく黒という司法の裁きが下った事実のみが残るのである。

 小説の出来としては不完全燃焼みたいな感じで、お薦めってほどではないのだが、とにかくこの作家の作品を読むと、考えさせられるのは間違いないところである。(20090220)

※ということで、作家のことどもに「朔立木のことども」を作ったのことども。(書評No866)

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by kotodomo | 2009-02-23 07:55 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 02月 23日

朔立木のことども

b0037682_1582092.jpg  ◎ 『死亡推定時刻』
  ◎ 『命の終わりを決めるとき』
  〇 『暗い日曜日』
  〇 『暗闇のヒミコと』

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by kotodomo | 2009-02-23 06:02 | メモる | Trackback | Comments(0)
2009年 02月 20日

HPをいじったり、ブログでHPを再現したりのことども

b0037682_941210.jpg聖月様の会社は、ISOを中心としたコンサル会社なのである。

社員がHPを刷新したいということで、昨年暮れに納品されたのだが・・・

見てくれは悪くない。でも、聖月様から言わせるとクソみたいなHPであった(ToT)

導線とかコンバージョン(見積依頼とか資料請求とかのアクティブ行動様式)が全然弱い。
例えば、本好きなら、「カートに入れる」って行動が最終のコンバージョンということになる。

改造しろ!と文句言ったがなしの礫。

仕方がないので、ブログで導線をはっきりさせて、HPもどきを作ったのがこれ034.gif

いかにも商業用なのでエキサイトに怒られるかと思ったが、それ以前に訪問者がいない、ははは。


ということで、もう自分でHPをいじることにした。生まれて初めての経験である。
それがこれでございます037.gif

なかなか上手な自分に気がついてしまったのだ。

しかし、ブログと違って、タグや配置が難しい~!目指せビルダーの最近のことども。
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by kotodomo | 2009-02-20 09:04 | メモる | Trackback | Comments(2)
2009年 02月 19日

〇「蜘蛛の糸」 黒川博行 光文社 1680円 2008/6

b0037682_8571782.jpg チープな男たちのチープな出来事をまとめた短編集である。「充血性海綿体」「蜘蛛の糸」「シネマ倶楽部」は評者的には“遠野物語”と総称したいが、遠野というスケベ彫刻家を主人公にしたスケベが叶わない話たち。「USJ探訪記」は、遠野よりもっと安直なスケベ男の、やはりスケベが叶わない話。「尾けた女」「吸血鬼どらきゅら」は、警察官が登場するチープな馬鹿話。「ユーザー車検の受け方教えます」は、安く車検をあげようとして失敗する話だが、元々なぜに安くあげようかと思ったかというその動機が、その金でスケベをしたいからという話。要するに全7編を総まとめして表現すると、スケベが叶わない話がほとんど、そしてすべての話が、チープな登場人物たちが出てくるお話なのである。

 黒川博行が最近こんな話を書いていたんだと思ったら大間違い。一番古い作品の「尾けた女」が1992年の作品で、多くの作品が1990年代もしくは2000年代初頭に書かれたものであり、“この15年くらいの間にこんなものも書いていました作品集”みたいな位置づけである。

 評者が気に入ったのが“遠野物語”シリーズ。最初はお馬鹿な主人公だなあと思っていたのだが、同じ主人公の3編の物語を読んでいたら、中々面白くて正直でいいやつじゃんなんて変な共感まで覚えてしまったのである。

 若い女性が身近にいると、どうにかして脱がしたい、見てみたいと思う性癖で、でも全然上手くいかず、それでもショーツが見えただけで卒倒しそうになるウブな感受性を持ち、結局、最終的にうまくいかなくてもメゲナイ、そんなイカシタ人物なのである。貯蓄もそこそこあり、家賃収入だけで月180万、本職での儲けはわからないが、それなりに名の知れた彫刻家であり、とにかく人のいいやつで憎めないのである。

 ただ、この作品集。古い作品を集めて単行本にして1680円は、ちょっと割高。680円の文庫本的な、そんな価値観の作品たちである。(20090217)

※図書館から借りてきたので、損はしなかった。だから、普通に○の評価のことども。(書評No865)

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by kotodomo | 2009-02-19 08:57 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 02月 18日

◎◎「船に乗れ!Ⅰ 合奏と協奏」 藤谷治 ジャイブ 1680円 2008/11

b0037682_9543956.jpg ああ、これって、青春小説の傑作!音楽小説の傑作!良書読みの押さえ本!である。いや、青春とか音楽とかそんな言葉に捉われない、ジャンルを超えた傑作だと言っておこう。読むべし、読むべし、べし、べし、べし!!!評者が書店員だったら、ポップをこさえて本屋大賞に売り込むし、直木賞の選考委員だったら滅茶苦茶推しちゃうし、結局は書店員でも選考委員でもないんだけど、とりあえずはその昔、少しは名の売れた書評ブロガー聖月様(この際、自分でそういうが)ということで、この記事を読んだ人のさざ波から大きなうねりを呼んで欲しい作品である。

 藤谷治という作家は、元々抽斗の多い作家で、ファンタジイを書いてみたり、ドタバタ小説を書いてみたり、少女視点の静かな小説を書いてみたり、つんつるてんを主題に趣向の違う2分冊の小説を書いてみたり、なんて色んな方向から小説というものを捻り出してきていたのだが、本書を読んで評者が感じたのが“今回は本気で書いている。マジで描いている”ということである。要するにこれまでは、こんな風に小説を仕上げたら面白いかしらん?なんて商業的に娯楽小説を生み出してきた藤谷治だが、今回は真剣勝負で小説というものを紡いでいるって感じなのである。

 本書を読んで感じたのは、本を楽しむってことは姿勢として気楽であるっていうことと、楽しめる本を生み出すっていう作家の真摯な姿勢は、気楽とは対極の位置にあるんだろうなあということである。読むには技量がいらないが、生み出すには相当の技量が要求されるんだろうなあということである。

 本書の中で、作者は音楽とかオーケストラというものに真剣に向かい合っている。多分、元々そちら方面に造詣は深いと思うのだが、それを作中に取り入れて、一般読者に読んでもらうためには、作家としての相当な技量が要求されるわけだが、本書ではそれを見事にやってのけている。

 どこかの書評で本書に触れているのもがあり、簡約すると“音楽の専門用語で満ち溢れ、凄く興味を持って読んだが、果たしてこれまで音楽に触れてこなかった読者がどこまで面白いと感じるか、そこが不安である”みたいなことが書いてあったが、それは評者の読書を通して証明できる話で、まったく杞憂としか言いようがない。専門用語の意味がわかったりわからなかったりするのだが、作者の咀嚼という技量によって、言いたいこと伝えたいことが100%沁みてくるのである。100%理解できなくても、100%沁みてわかってくるのである。主人公と一緒になって難しい旋律を克服し、主人公と一緒になって冷や汗を読者はかくのである。そして、上手くいったときは、主人公と一緒になってホッと胸をなでおろすのである。

 一部の読書人にわかりやすく伝えるなら、本書は藤谷版『DIVE!!』(森絵都)である。森絵都の『DIVE!!』シリーズは、飛び込みというスポーツを描いた傑作であったが、音楽以上に読む前から親しんでいる人のいない世界である。それなのに、多くの読書人が面白かったと評価しているわけで、どんなに特異な世界も、作者に相当の技量さえあれば、その面白さ、奥深さを伝えることはできるのである。

 本書の主人公は、高校1年男子生徒である。高校に入るまでの経緯も書いてはあるが、本当の物語は高校1年生の1年間にある。女子生徒ばかりの高校の音楽科で、チェロの腕を磨く主人公。どうやら素質はあるらしい。しかし、個人的資質がいくらあっても、高校に入って初めて体験するオーケストラ、アンサンブルというのは別世界だということに気付く。音を合わせなきゃいけないのである。チェロの裏拍をとる楽器とも合わせなきゃいけないし、チェロ奏者同士も合わせなきゃいけない。ましてや、個人演奏とは違い、そこには指揮者がいるわけである。読者は読みながら、そういう苦労を主人公と一緒に乗越えていくのである。

 また、本書の魅力としては、イベントの巧みな配置にある。普通、こういう青春物だったら、甲子園の優勝を目指すとか一点にあるものだが、本書の場合は、最大のイベントの前に初体験のイベントを配置したり、最大のイベントの後に最高のイベントを配置したりと、読者の興味、緊張感を途切れさせないのである。う~む、凄いぞ、これって。

 ところで、題名にⅠという数字がついているが、果たして続きはあるのだろうか?答えは、続きは“ある”(少なくとも作者はそのつもりで本書を完結させている)。実は、本書は、今の主人公が昔の自分を語っているという書き出しから始まり、なぜ語ることになったかという問題の人物を登場させているのだが、そこの理由までは本書では触れていないからだし、主人公の今後の人生の岐路をにおわせながら、結局そこまでは辿り着かずに終っているからである。多分、2年生、3年生と、シリーズⅢくらいまでの構想ではなかろうか。

 森絵都『DIVE!!』と同じ期待感がある。今後のシリーズ出版が、今から待ち遠しい。結局、この主人公はどういう道を辿っていくのだろう?そして、昔を語る今の主人公は、どういう立場、境遇にあるのだろう?傑作のあとに、傑作は続くのだろうか?興味のつきない読書人押さえ本の本書である。最後に、もう一度・・・傑作である。(20090215)

※作者読みで、単に藤谷治の新刊ということで借りたが・・・う~む、また言おう。傑作である。(書評No864)

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by kotodomo | 2009-02-18 09:54 | 書評 | Trackback(1) | Comments(0)
2009年 02月 17日

◎◎「真説・外道の潮騒」 町田康 角川書店 1785円 2008/10

b0037682_851249.jpg 評者の町田康との出会いは『夫婦茶碗』である。そのダラダラと書かれた、ほとんど粗筋のない文章に、何回も笑ったというか、笑いの琴線を奏でられて、グフフ、グフフの読書体験だったのことども。その後、多くの町田作品を消化してきた評者だが、笑い琴線本としては『耳そぎ饅頭』、『テースト・オブ・苦虫』、『テースト・オブ・苦虫2』なんかが挙げられようか。

 勿論、笑い琴線グフフだけをこの作家に求めているわけではなく、『パンク侍、斬られて候』、『告白』、『宿屋めぐり』では、笑かすだけではない日本語の操り師としての町田康に感服いたした次第でもある。

 ただ、でも、作品群によっては笑かしていただきたい聖月様ではあるので、その後シリーズ6までいった「テースト・オブ・苦虫」は全部読んできたし、その他の作品たちも笑いに期待して読んできたのではあるが、中々、いやあ、笑った、笑った、なんてとこまではいかなかったのである。少し悔しくなって、少し哀しくなって、少し淋しくなって、今一度『夫婦茶碗』他、笑かしてくれた作品たちを再読したのだけど、やはりそこは再読は再読、新鮮な笑いには出会えなかったのである。

 そしたらさあ、これ読んで笑った笑った。ゲラゲラじゃないよ。グフフ、グフフとね。粗筋としては、前作『実録・外道の条件』(シリーズだけど、前作を読む必要はない。評者も、もう8年くらい前に読んだので、内容はほとんど覚えていない)と同様、主人公のマーチダコーが業界人に振り回される話で、ブコウスキーなる作家の足跡を辿るドキュメンタリーのテレビ企画にいやいや乗せられ、いやいや米国に行ったけど、案の定企画は失敗し、ただ業界人に振り回されただけ、そんなお話なのである。

 とにかく、どうでもいいようなことがダラダラダラダラ書かれていて、それでいて手垢のついていないような表現で思弁を手玉に取る、町田康という作家は凄いとしかいいようがない。ハマる人には大いにハマり、ハマらない人には、何これ?駄作?ってな感じなんだけど、評者的には聖月様的には大ハマりの久々のマーチダ爆笑節である。

 ところで、本書を読んでいると、チャールズ・ブコウスキーという作家が非常に気になってくる。虚実入り混じった本書だけれども、多分、町田康がブコウスキーを高く評価しているのは間違いのない話のようで、そうなると評者も読みたくなってくるわけで、amazonで検索したみたら、どの作品も評判がいいようで、結構、鹿児島の図書館にも蔵書があるようで、今後の先の長い読書スケジュールとしてはブコウスキーを4冊くらいは読んで、今一度『実録・外道の条件』(中身を忘れた前作の方)を読みたいなあと思っている聖月様はアル中脱出を図るため、今週一週間は飲まないぞと決めたのことども。(20090215)

※とりあえず、ブコウスキー『町でいちばんの美女』『勝手に生きろ!』『くそったれ!少年時代』『パルプ』あたりが気になるかな。(書評No863)

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by kotodomo | 2009-02-17 08:52 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 02月 16日

「20世紀の幽霊たち」 ジョー・ヒル を 放り投げる

b0037682_13395528.jpg全部で約690ページの文庫本。
それを347ページ読んだところで、読むのをやめましたがな。

このミスの上位ランクインということで、図書館に予約して手元に。

やっぱり、海外物の短編は肌に合いませんでした。
全部ホラーってのもねえ。

いや、中々の内容のような気はするのですよ。
初っ端の「年間ホラー傑作選」なんて、作中作も中々、全体の構成も中々、
読後の雰囲気も中々・・・

でも、星新一で育った聖月様は、オチのない雰囲気だけの作品は690ページも読む気力がなかったのです。

最近、読書メーターに入力している聖月様としては、折角読んだ347ページの実績も
捨てるにはなんか勿体無い気もするのだけれど、
一番の理由は、この本を抱えていると読書という行為が中々捗捗しくなく、
他の読みたい本へ行くことのできない悲しみにあったのことども。

まあ、そういうことで放り投げたのだなあ。

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by kotodomo | 2009-02-16 13:41 | メモる | Trackback | Comments(0)