「本のことども」by聖月

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2009年 07月 02日

2009年6月に読んだ本のことども(リンク:読書メーター)

6月の読書メーター
読んだ本の数:5冊
読んだページ数:1707ページ

ミレニアム2 下 火と戯れる女ミレニアム2 下 火と戯れる女

読了日:06月28日 著者:スティーグ・ラーソン
ミレニアム2 上 火と戯れる女ミレニアム2 上 火と戯れる女

読了日:06月20日 著者:スティーグ・ラーソン
ゴッドウルフの行方 (ハヤカワ・ミステリ文庫―スペンサー・シリーズ)ゴッドウルフの行方 (ハヤカワ・ミステリ文庫―スペンサー・シリーズ)
◎ストイックな探偵とその哲学。謎の先にある謎の先にある謎たち。そして真相の果てに・・・ただなあ、あの奥さん可哀そうだなあ。いや依頼人の妻じゃなくて、最後あんなことになっちゃう、あの男勝りの体格の奥さん、可哀そうだなあ。
読了日:06月14日 著者:ロバート・B. パーカー,Robert B. Parker
「師匠!」「師匠!」
◎師匠と弟子の関係も、落語の世界を描いたら必ず出てくるモチーフなのだが、本書はそこのところを少しばかり中心に据えた短編集。泣き笑いなんでしょうか、苦労話なんでしょうか・・・読んでいると面白い、それでいて意外に余韻をひかない落語の世界の噺のことども
読了日:06月07日 著者:立川 談四楼
真相[予定価格] (ハヤカワ・ノヴェルズ)真相[予定価格] (ハヤカワ・ノヴェルズ)
〇スペンサーシリーズ、これで4冊目の評者なのだが、冒頭の展開は相変わらず一緒。シリーズすべてが全部こんな感じと推測していいのかどうかは未だわからないが、逆水戸黄門と呼びたくなってきたぞ。水戸黄門の場合は、物語の最後に印籠とお定まりなのだが、スペンサーシリーズのほうは、冒頭で美女依頼人が登場し、依頼をしたのはいいが、最後には墓穴を掘ることになるというところがお定まりなのである。
読了日:06月05日 著者:ロバート・B・パーカー

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by kotodomo | 2009-07-02 22:20 | 読書メーター | Trackback | Comments(0)
2009年 07月 02日

◎「ペンギンの憂鬱」 アンドレイ・クルコフ 新潮社 2100円 2004/9

b0037682_1720655.jpg 以前、長野県は蓼科高原に住んでいた評者の住まいは、所謂リゾート風集合住宅であり、1階に住む評者はワインのヌーボーの解禁時期に、どういういきさつか忘れたが、4階に住む女性と一緒に評者の部屋でそのヌーボーを中心に据えたささやかな二人だけのパーティーを行うことを約束するはめになってしまった。夕刻に評者の部屋の扉の前に現れたその女性は、いかにも高原のお嬢さんという清楚な雰囲気で、評者も約束するはめになってしまったとか言いながらも満更悪い気もしなかったのであるが、彼女が携えた小粋な食料の袋とは反対側の手に持っていたバスケットがどうも気になった。部屋の中に招き入れたあと、その彼女のバスケットから物音がする。ウサギのウーよ♪という。籠の中じゃ狭いから出してもいいかしら♪という。ワインを楽しみ食事を楽しむ二人と一緒に、そのウサギのウーは勝手にピョンピョン楽しんでいる。結局そのまま評者の部屋に泊まった彼女だったのだが・・・ウサギのウーがうるさかった。一晩中ゴソゴソ、ガサガサ。ウサギって夜行性?そう思いながら、やっと寝付いた評者なのだったが、朝起きてみると迷惑なことにウーは死んじまっている。彼女は大泣きし、自分の部屋に帰るとだけ言い残し、部屋を出ていったのはいいが、ウーの死骸は部屋の中に残されたまま。出て行く彼女に、そのことを後ろから伝えても、死んだウサギはいらないと言ってそのまま行ってしまう。

 仕方がないので、30分かけて車で山を降り、なんとなく気付いていたお店までウーを持って出かけ、1万5千円払って剥製にしてくれるよう頼み、出来上がったら電話します、3~4日くらいかかりますけどということで、電話を待つがかかってこない。いい加減催促してもいいだろうと思って、7日経ったときに自分の部屋の受話器をあげると電話自体が死んでいる。原因を探ると、なるほど室内の電話線が妙な感じに切れている・・・齧られている。ああ、ウーはこれ齧って食って死んだのかと思い、またしても車で山を降り、剥製屋さんに連絡がつかなかったことを詫び、立派になったウーの剥製を受け取り、千円で電話線も買って、彼女の部屋を訪問するが不在のようで、ウーの剥製の入った箱とメモを彼女の部屋の前に置いたが、一週間もしないうちに彼女も部屋の前の箱も、何の連絡もなくいなくなる。

 それから5年後、東京に住むようになっていた評者の荒川の住居の前に、仕事から帰ってくると、幼い女の子が立っており、蕎麦屋の岡持ちみたいなものがその横に置かれている。女の子が、メモを評者に渡す。名前は書いていないが、それは以前ウーの剥製と一緒に突然消えた女性に渡した評者直筆のメモであり、空いたスペースに、あなたの子です、よろしくお願いしますと書いてある。女の子はニンマリして、あたしの名はアーニャ、そしてこっちはミーシャ、よろしくね♪と言って、岡持ちのふたをあける。ミーシャと呼ばれたそれは、でっかい皇帝ペンギン。こっちのほうは、どう考えても自分の子じゃないだろう。そして3人の家族ごっこが始まる。女の子アーニャは蓼科ヌーボーナイトから勘定が合うように4歳なのだが、結構しっかりしている。評者が相手にしなくても、大抵の場合ペンギンのミーシャに絵本を読んで聞かせているか、一緒に風呂場で水浴びして遊んでいるか、一番多いのは一緒になってテレビを眺めている。たまにペンギンのミーシャがギャッ!と鳴くときは、必ず画面に猫が登場しており、女の子アーニャは大丈夫だよと、ミーシャに優しく声をかける。

 3ヶ月も家族ごっこが続くと、お互いなれてきて、どっか出かけようかという話になり、冬の蓼科湖へドライブ。氷の上は、ワカサギ釣りの穴だらけで、ペンギンのミーシャははしゃぐように、あっちの穴からこっちの穴へ冒険を続け、女の子アーニャは氷や雪が珍しそうで、こんなところで育ったのじゃないの?と訊くと、多分名古屋というところで育ったんだと思うと答える。

 そんなこんなの楽しい出来事を自慢のブログ日記に評者が何気なく書いたところから、なんだか話がおかしくなってくる。蓼科漁業協同組合という組織から、漁業権の問題ということで内容証明郵便物が届き、自分が不在のときに不審な人物がきたけど出なかったよ、エライでしょ♪とアーニャは言うし、音楽会社やデジカメメーカーから、著作権や商標登録の侵害云々の話が舞い込む。そして、評者は・・・。

 いかがかな。以上は評者のフィクションであり、実在する人物、団体・・・という言い訳は別にして、本書のような読んでみてくれとしか言いようのない作品の書評に代えて、少し変奏曲、大いに別ジャンルの作り話で紹介してみたのだよ。

 著者はウクライナのロシア語作家。本書の前半は、ウクライナのいしいしんじが書いたようなそんな雰囲気。中盤では表の世界から裏の世界が投射され、終わってみれば少し形而上。あとがきを読むと、著者はロシア語翻訳された◎◎『羊をめぐる冒険』村上春樹がお気に入りとのことで、う~ん、この作風、そういえばそんな雰囲気も(^.^)(20050319)

※本書の中に登場するペンギンは身長1メートルとでかい。表紙絵のように少女とペンギンの大きさは大体一緒なのである。だからなんだと言うわけじゃないが、表紙絵のペンギンは少女に比べでか過ぎないかという疑問に備え(書評No497)

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by kotodomo | 2009-07-02 21:10 | 書評 | Trackback(7) | Comments(14)
2009年 07月 01日

▲「プレイ」 山口雅也 朝日新聞社 1680円 2004/9

b0037682_10531235.jpg 本書『プレイ』を東京単身赴任中の住まいのトイレで読み終える。男子に生まれたるものトイレで読み終えるということは、立ち居で読んでいたわけはないので、本を降ろすと、その手がトイレットペーパーに伸びる。で、ふと考えた。

 いつの頃からかはわからないが、最近のトイレットペーパーの着脱は楽になったなあと。両端に上方にのみ可動な爪がついているので、下から新しいペーパーを押し上げれば、ちゃんと装着され、前のペーパーの芯は上に浮き上がって取れる。今では当たり前だけど、昔は違ったぞなあと思う。評者が賢くも幼きときは、真ん中に芯棒があって、これが木でできていた。代わりに、外側の受けがアルミかなんかで柔軟性のある金属。そこにこじ開けるように、ペーパー中央空洞部分を貫いた木の芯を据えつけるわけで、これが軸の受けにうまく嵌まっていないと、ペーパーのカラカラとスムーズに動くはずの所作がいけんようになって、後から入った父親に怒られたりもした。“はまっとらんかったじゃないか!”と。つまらないことで怒る父親であった。

 そういうトイレの縄文時代から、その境目の時期は定かではないのだが、トイレ弥生時代に突入する。この時代には、芯棒がプラスチックとなる。ちょっとした蛇腹がついているので、芯棒自体がある程度伸縮可能。外の受けを押し開くことなく、芯棒を縮めて装着することができるようになった。それでもやはり、軸受けにうまく嵌まっていないと、カラカラスムーズ所作がうまくいかない。相変わらず、後から入った父親が“はまっとらんかったじゃないか!”と、成長のない時代の移り変わりである。

 時を経て、室町楼蘭文化に突入。評者は驚愕のときを迎える。当時は、もう父親の元を離れていた評者なので、こやつとの確執の時代は遠く過ぎ去っていたのだが、そんな折、他人の家のトイレを借りて驚愕したのである。人ん家のトイレなので、ブビベバ!とか音を立てずに、いとおかしく厳かに、厠から脱せんと決意していたのだが、ペーパーを取る段になって戸惑う。ペーパーを取るときに、カラカラと乾いた音ではなく、ピーヒャラピーヒャラ舞曲が流れるのである。ここの厠は、どこぞに楽隊でも隠れておんのか?と見回してもそうではない。どうやら、ここの芯棒、回ると舞曲騒乱たる装置がついているのである。それも回す度にその音曲が乱駄無なのがビックラなのである。まあ、それはいい。それはいいとして、この装置、何のためにあるのか?それがわからない。家人が客人のペーパーの消費量を音で監視するための装置なのか?それとも、音曲によっては当たり!とかそんな余興なのか?わからん。わからないので、そのお宅のトイレから、声も告げずに退散した評者なのであった。

 時は、現代。最初の話に戻そう。うん、うん、ペーパーの着脱も便利になったものだねえ。う?待てよ。無駄があるじゃん。無駄が。あの横からの爪。あの長さを考えると、トイレットペーパーの芯の空洞の中央部って、意味ないじゃん。使われていないじゃん。おい、メーカー!そこんとこ気付いていんのか?もし気付いていたら、あの使われないスペースになにかオマケでも入れなさい。と考えたところで、着衣を整え、立ち上がらんとするトイレ内の評者。

 え?本書『プレイ』の内容はって?中編四作収録。一応、遊び(プレイ)がキーワード。雰囲気はホラー系、不可思議話。以上。書評ってのは、ホントは2行もいらないのです。

 え?それじゃあ書評じゃないって?詐欺みたいって?そんな話、水に流しなさいな、ジャー!!!(20041029)

※図書館新作入荷、それだけで借りた本でした。(書評No425)

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by kotodomo | 2009-07-01 03:53 | 書評 | Trackback(1) | Comments(4)