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2009年 09月 25日

◎◎「エミリー」 嶽本野ばら 集英社文庫 440円 2002/4

b0037682_16175795.jpg 三島賞候補にもなった表題作「エミリー」。悪くはないのだが、この作品で三島賞を受賞して、もう少し多くの一般的読者に読まれていたなら、どうだったんだろう?いじめ、ホモセクシャル、弱者同士の連帯、そういうものがあまりにも痛々しく描かれているので、あまり一般受けしなかったのじゃないだろうか。そういう意味では、再度候補に挙がった「ロリヰタ」あたりだったら、新機軸の作風として、是非受賞して、多くの人に読まれてもよかったんだろけど、こちらも結局は受賞まではいたらなかったわけで、まあ下妻物語あたりが本も映画もヒットしたからいいのではないでしょうか、賞なんかもらわなくても、などと勝手に思っている、娘の「ピチレモン」という少女ファッション雑誌を眺めるようになった最近の評者なのである。

 「エミリー」は、まあ読んでみんなまし。痛々しい映像が想起されるので、これだけ読んだら、嶽本野ばらを敬遠したくなる読者は多いかもしれない。が、色んなところに作者の巧さが出ているわけで、舞城王太郎の『阿修羅ガール』が三島賞を受賞したことを考えれば、独特の技巧の光るこの作品での受賞もアリかなである。

 本書には「レディメイド」短編、「コルセット」中編、そして表題作「エミリー」中編の順に3編の作品が収めれているのだが、「レディメイド」には感服、「コルセット」には非常に嶽本野ばららしさが出ていて大満足。3編併せた全体としては、読むべし、読むべしのお薦め野ばら本である。

 とにかく短編としての「レディメイド」の完成度が素晴らしい。落ちのあるショートショートとか、雰囲気短編などとは一線を画し、手垢のついていない構成で読ませ、評者的にはこんな短編だったら、何作でも読みたいと思わせる作風なのである。女性主人公と、同じ職場の恋愛対象となるべき男性の会話を中心とした短編ながら、その中身は濃い。美術論、絵画論、観賞論とおよそ評者には日頃まったく関心のない事柄をモチーフに纏っているのに、これが実に読ませるわけで、理解してもいないのに、う~む、この作者のセンスには舌を巻く、みたいな読後感なのである。まあいいから、騙されたと思って読んでみてください。

 そして「コルセット」は、これいつもの野ばら流野ばら節。キミと僕が出逢って冒険し、ファッション流儀の設定が微妙に心地よい作品なのである。僕は少し精神が参ってしまって、精神科の病院に通うのだが、ついでに言えば近々自殺する予定だし、どうせなら死ぬ前に気になる受付の女性とデートでもしちゃえ、誘っちゃえ!そんなところから、この恋の冒険の物語は始まるのである。そして、この人の作品の中でよくある風景で、評者の好きな場面であるところの、女性に似合うファッションの一品を見立てて買ってあげるところあたりがよろしいのである。

 などと書きながら、実に最近は嶽本野ばらに嵌っている評者などは、「ピチレモン」を眺めていたら、娘に“パパってそんなの読んだら変態だよ!”と言われながら、なるほど女学生に人気のデッキシューズローファーはHIROTAかあなんて、知識を付けつつあるのことども。(20090923)

※次は『ハピネス』あたりを読もうかしら。(書評No916)

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by kotodomo | 2009-09-25 16:18 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 09月 24日

◎「ミシン」 嶽本野ばら 小学館文庫 460円 2000/11

b0037682_8493355.jpg 「世界の終わりという名の雑貨店」と表題作「ミシン」の2つの中編が収められた本書である。「ミシン」のほうは評者好みではなく評価は〇。「世界の終わりという名の雑貨店」のほうは、いつもの野ばら流野ばら節が存在していて、こちらは◎。で、全体の評価を◎か〇か迷ったのだが、文体的にこの作家が最近の評者お気に入り印なので◎ということに。

 まず「ミシン」のほうだが、題名からおぼろげに想像していた物語と随分と違っていたのであることを報告するのことども。例えば、主人公少女が居て、いつものように服装主義はロリータで、母親とミシンの古い記憶なぞを上手く絡めながら物語が進んでいくのかと思ったら(勝手に思っていただけなのだが)、さにあらず。主人公少女が憧れるバンドの女性ボーカリストの芸名がミシン。なんじゃそりゃ?つまり、作者がその人物にポンカンという名前を付けていたら、小説名も「ポンカン」になったわけで、ホーチミンサンダルなる名前を付けていたら「ホーチミンサンダル」になったわけで、つまるところ、こういう自由度の高い題名が素敵っちゃあ素敵なのかもしれない。

 「ミシン」の女性主人公は同性に憧れを持つ。レズとかいうのではなく、エスというらしい。あれだね、確かに中学生くらいのときって、エスの女子たちはたくさんいたね。女の子同士手をつないだり、交換日記したり、おソロのアイテムを持ったりして、仲良し好き好き度のインジケーター表現みたいなね。まあ、そういうエス気のある女の子が、ミシンさんに憧れる物語なのである。

 「世界の終わりという名の雑貨店」と比べたとき、「ミシン」のほうにはいつもの嶽本野ばらが存在しないわけで、考えてみりゃ「ミシン」なんて嶽本野ばらの小説デビュー作だからいつもの嶽本野ばらが居ないなんて評者が勝手に叫んでも、初めてなのにいつもはないでしょうが、あんたさん、てなとこである。

 じゃあ、「世界の終わりという名の雑貨店」にある、いつもの嶽本野ばらっていうのは何かというと、“キミと僕の出逢い”+“冒険”+“ファッション流儀”ってところだろうか。ひょんなことから雑貨店を営むことになった僕主人公が、その店でキミと出逢い逃避行。勿論、各所にロリータファッションを中心に主義主張としてのファッションが語られる。

 評者はファッション系には疎く、当然ファッションとしてのロリータに知識はないので、作者が描写するところのラブジャケットやら、ミニクリやら、オーバニーやら、ロッキン・ホース・バレリーナなどを身に付けた登場人物たちを説明されてもチンプンカンプンなわけで、秋葉原などで散見されるメイド姿のファッションを思い浮かべるしかないのである。今の世の中ネットがあるので、調べてもいいのだが、アラヒフになるならんとしている中年男性が残された人生の一部をそんなことに費やすのは勿体ない気がするし、調べたら調べたで、その奥深さに感銘を受け、学問としてのロリータを極めることを老後の楽しみにしようなんていう爺さんにはなりたくないなあ、なってもいいかなあ、なんてことを考えてしまうからである。

 それでも、作者のファッションの流儀を説く部分は、なるほどと感じるわけで、何がなるほどかというと、野球の楽しさを知らない人に野球を説いて、なるほど野球ってなかなか興味深いなあ、なんて感心させることのできる野球伝道者をあてはめて考えてみればいいわけで、そういう意味でファッションの奥深さを知らない評者に、作者は静謐な筆で伝道してくれる達者に映るわけである。

 でも肝心はファッション部分ではなく、ファッションのことをそれだけ伝えられる人だったら、心の機微、男女の機微、冒険の機微、すべての機微を伝えることができるわけで、それが形になった嶽本野ばらという人の文章を読むという行為が、最近好きな評者なのである・・・なんて書きながら、ちょっとだけファッション系の検索をしてみたが、途中でどんな検索用語を入れればいいのかがわからなくなり、やっぱり調べることは止めにした評者なのである。(20090921)

※例えば「ロッキン・ホース・バレリーナ」ってどんなアイテム?と思って検索をかけたのだが、大槻ケンヂの同名の本ばかりがひっかかり、とりあえずその表紙に描かれている女性を眺めても、どの部分がロッキンなのかわからない体たらくな評者なのである。(書評No915)

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by kotodomo | 2009-09-24 08:49 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 09月 23日

◎◎「船に乗れ!Ⅱ 独奏」 藤谷治 ジャイブ 1680円 2009/7

b0037682_6141359.jpg 評者はこのシリーズを藤谷治版『DIVE!!』(森絵都)だ!と、前作を読んだとき言いきったわけで、そう考えるとシリーズが何作まで続くのかが気になるところである。

 『DIVE!!』と同じく4作くらいが妥当だと思うし、ただ前作で高校1年での生活を、本作で高校2年での葛藤を描いたことからすると、3年を描いてシリーズが3作で終わることも考えられるし、現在の主人公が昔の自分を語るスタイル(此岸から彼岸を眺めるような視点)から推測するに、大学編とか社会人編とかフリーター編とか耳偏とか獣偏とか20作くらい続くのかもしれない(とは思わない(-。-)y-゜゜゜)。評者の気持ちとしては、5作くらいは続いてほしい楽しみなシリーズである。

 ところで、シリーズの第一作(前作)の副題が、“合奏と協奏”。音楽科の高校で主人公たちが集い、音楽を通じて高め合い成長していく、そんな意味での副題かと思う。シリーズ2作目の今回の副題は“独奏”。中々言いえて妙な副題といえよう。前半は、前作と同様のテイストで進行していくのだが、後半は一転、主人公の孤独な葛藤を中心に描かれるわけで、そういう意味で独奏なのである。特に本書の終盤あたりは、前作で考えられなかったようなノワール感が広がるので、今後の話がどういう展開になっていくのかが楽しみである。

 『DIVE!!』のシリーズを考えたときに、シリーズ各編で明と暗、挫折と栄光、そんな色合いに分けることが出来るだろう。本シリーズの場合にも、そういう暗転と陽転のタペストリーが考えられるし、暗転、暗黒、破滅への道が続くのかもしれない。というのも、どうも昔を語る現在の主人公の語り口が、苦い過去を振り返るような、そんな印象なのである。評者としては、楽しい学園ライフを、もっともっと描いてほしいのだが。

 前作を読んだとき、“これって青春小説の傑作!音楽小説の傑作!良書読みの押さえ本!である”と評した評者なのだが、もしかすると青春小説だとか、音楽小説だとか、そんな範囲に収まらないシリーズが展開されるのかもしれない。(20090919)

※未だに題名の“船に乗れ”の意味がわからないので、それがわかったあたりで、物語は収束するのかもしれない。(書評No914)

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by kotodomo | 2009-09-23 06:15 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 09月 22日

△「TVピープル」 村上春樹 文春文庫 480円 1990/1

b0037682_5293160.jpg あの話題になり過ぎて、一時は品切れ続出の『1Q84』・・・実は、品切れ続出時にある高貴なご婦人からプレゼントとして貰っている評者・・・まだ読んでいない。所蔵してから3か月は経とうとするのにである。これって、村上春樹的な発想ならば、凄く贅沢なことなのかもしれない。

 時間にゆとりのあるときに読もうと思っているのである。丸二日くらい、夜も晩酌はしないと決め、家族の雑音もなく、携帯の電源は切って、朝から読み始めて、眠くなったら昼寝などして、起きたら続きを読んで、一日で一気に読めればそれもいいし、夜になって続きは明日と決めたら村上春樹を夢の中に抱いて眠って、起床して長いしょんべんをして顔を洗ったら、まずはコーヒーでゆっくり脳を温めてから続きを最後まで読むような、そんな時間を作って読みたいと思っている評者なのである。

 ということで、家族に告ぐ!近々、2泊3日くらいでディズニーあたりに旅行すべし。

 そういうわけで、評者にとって村上春樹は大事な作家ながら、村上春樹に餓えているわけではない。だから、長編作品はコンプリしていても、短編集に読み残しは随分とあるし、随筆、ノンフィクション、紀行集に至っては全然手つかずなのである。これも、凄く贅沢なことなのかもしれない。村上春樹の作品は全部読んでいるというファンはたくさんいるわけで、それでももっと村上作品が読みたくて、再読、再再読したり、中には村上春樹翻訳本の中に村上春樹を感じようとして翻訳本を全部読んだという読者も少なくないと思う。それなのに、なんて贅沢な評者のことよ。

 で、贅沢って何?って、贅沢の定義を知りたい方のために贅沢を定義しておくと、贅沢は北京ダックである。評者にとっての美味しい皮が長編で、短編その他は別料理の皿で、まあ食べてもいいし、食べなくてもいいし、みたいな。もっと、別な定義をすれば、贅沢というのは余っているのである。一人暮らしの独身貴族が、外車を4台持っていたりするよく聞くような話もあるわけで、多分その4台を洋服のように着替えるわけで、当然一人で同時に4台運転できるわけはないわけで、3台は余っているわけで、これが贅沢なのである。まあ、そういう意味では、洋服を何枚も余らせている現代人は昔人に比べると、相当に贅沢なわけなんだけどね。

 今回、本書『TVピープル』を図書館から借りてきたのも、一言でいうと何気なくであり、二言三言でいうと、『1Q84』を読む前の試合前練習であったり、細切れ時間読書用に打ってつけかな、なんてところなのである。
で、感想なのだが、やっぱ北京ダック村上は皮の長編のところが評者の好みであって、本書は同じ村上春樹が書いた作品でも、なんだかなあ、やれやれなのである。

 「TVピープル」「飛行機-あるいは彼はいかにして詩を読むようにひとりごとを言ったか」「我らの時代のフォークロア-高度資本主義前史」「ゾンビ」「眠り」と6つの短編が収められた作品集である。「ゾンビ」を除いて、ひとつひとつの雰囲気は嫌いじゃないが、じゃあこういう作品をどんどん読みたいか?と問われれば、違う違うカフカやダンスダンスや世界の終りみたいなのをどんどん読みたいのですと答えたいわけで、やはり雰囲気短編だけじゃ、なんだかなあ、やれやれなのである。

 問題は「ゾンビ」。内容は、星新一的ショートショート。いやね、これが何かの雑誌の特集に寄せた作品とかだったらいいんだけど、書き下ろしでこんなの書かなくていいじゃんと評者的には村上春樹に言いたいわけである。マイケル・ジャクソンのスリラーの焼き直しのような話で、スリラー自体が何かの焼き直しのようなストーリービデオなんだけど、焼き直しがいけないんじゃなくて、「ゾンビ」という作品がスリラーの映像に頼って成り立っているようなところが、孤高の作家村上春樹に物申したいところなのである。

 でも、文章自体は大好きな作家なので、たまーにポツポツと短編集も拾っていこうと思っている評者なのである。(20090918)

※『さよなら、愛しい人』レイモンド・チャンドラー:村上春樹訳も図書館にあったので、何気なく借りてきたが、村上春樹訳を読みたいというのではなく、『長いお別れ』清水俊二訳(村上春樹訳は『ロング・グッドバイ』)でマーロウが気に入ったので、村上春樹新訳でのマーロウはどんなものかと興味で借りてみたのであるのことども。(書評No913)

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by kotodomo | 2009-09-22 05:30 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 09月 21日

▲「荒地の恋」 ねじめ正一 文藝春秋 1890円 2007/9

b0037682_6403415.jpg 先日、初ねじめ正一で『商人(あきんど)』を読んだら、淡々とした時代小説ながらも、一人の商人の流転する人生に面白さを感じたので、図書館で本書を目にした際に“ねじめ正一”という作家名だけで借りてきて読み始めた本書『荒地の恋』なのである。

 とは書いたものの、評者的には“ねじめ正一”という名前は、本来読まなくてもよさそうな作家の部類に分類されていたわけで、そういう評者的極私的心中分類に言及するならば、例えば“なかにし礼”“松井今朝子”“乙川優三郎”“芦原すなお”などという直木賞受賞作家で、名前から大衆文学が匂い立つような、そんな個人的嗅覚分類が勝手に存在するわけである。

 でもそれが結局は食わず嫌いなのは承知のわけで、『商人(あきんど)』でねじめ正一っていいじゃんと思ったら、ねじめ正一をもう一冊なんて思っちゃうわけなのである。で、作家名だけで読み始めたのである。

 物語の半ばまできて、やっと気付いた評者!この主人公の詩人北村太郎って実在の人物?ということは、ほぼノンフィクション?だから、意外に平坦な物語なの?エピソードを繋げただけだから?・・・そういうことであった。

 物語は、冒頭、初老の男が友人の妻と蜜月な関係になるところから始まる。当然、自分の妻は怒り狂い、本人は家庭を捨てて女性と出奔し、あっち行き、こっち行き、最後には若い女性と自由な恋愛を楽しむという波乱万丈の物語ながら、最初からそういう先々は読み取れるわけで、読者がその波乱に意外性を感じるわけでもない。ただ、そういう詩人がいたんだと、年表や年譜ではなく、物語資料として吸収できるだけの作品なのである。

 最後の最後にきて、ちょっとしたメタミステリーの味付けを楽しめる部分はあるのだが、まあちょっとした隠し味程度である。

 最後の最後まで“北村太郎なんて詩人知らねえ!なんで自分は知らねえ詩人の物語なんか読むことになっちまったんだあ!”なんて頭を抱えながら読了したわけなのだが、ネットで調べてみると実は知っているというかなんというか、まあ知っている人物だったのである。

 物語を読むと、この北村太郎という人物は、詩人であるという側ら翻訳家でもあることが知れる。で、ネットで調べてみると・・・なんとこのミス海外編1位の『夢果つる街』トレヴェニアンを訳したのは、この人北村太郎だったのね。知らなかったけど、知っている人だったのね。(20090917)

※現在も活躍中の詩人荒川洋治も文中に出てきます。(書評No912)

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by kotodomo | 2009-09-21 06:42 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 09月 18日

◎◎「ロリヰタ」 嶽本野ばら 新潮文庫 420円 2004/1

b0037682_1130415.jpg 嶽本野ばら作品については、なんとなく自分に合いそうにないかな?なんて勝手に思い込んでいた節があり(節がありなんて自分で言うのもなんだけど(笑))、それでも最近になって、やっぱ『下妻物語』が気になっていたことなんかを思い出して、それでもって読んだら面白かったわけで、下妻続編もそれなりに面白かったわけで、なんで面白いと感じるのかというと、設定も面白いんだけど、やっぱ繰り出す文章が上手いわけで、ロリータカリスマ作家なんて呼ばれるけど、文章とってもお上手じゃん、などということが、最近になっての嶽本野ばらに対する、所謂、いい印象だったことどもの評者なのである。

 で、下妻巻末の著者の略歴を眺めていたら、『エミリー』や本書『ロリヰタ』が三島賞候補になったといことで、つうことは下妻テイストとはまた違った風味の作品なんだろうと想像し、味わうべく図書館の本棚から“このオヤジ、ロリータ趣味かよ!”なんて隣の女子高生から偏見を持たれることも厭わずに借りてきた本書『ロリヰタ』なのである。

 いやはや、脱帽。まったくもって、唸るほど巧い。文学である。村上春樹、町田康(この二人は実は本書の文中にも出てくるので、嶽本野ばら自身、良き読者なのであろう)、阿部和重、綿矢りさ姫なんかと初めて出逢ったときの印象を思い出す。さりげなく、なにげなく、そして深い静謐な筆致なのである。

 内容は、自己投射的なロリータに造詣の深い主人公の周辺を描いた物語。正統ロリータ論から始まり、モデルの娘との出会いがあり、そして苦悩の世界が冒険的に広がりを見せ始める。筆の巧さは、こりゃ作家になるべくして生まれてきたものの持つ才能ですわ。決してロリータなんたら作家なんかじゃなく、作家の中の作家なのですわ。嶽本野ばら未読の方は、是非本書を読むべし、読むべし、べし、べし、べし!!!の名作なのである。

 あと本書には「ハネ」という小品も一緒に収められているのだけど、こちらもノスタルジックな巧さが冴えわたってグッド。一緒に通う高校の彼氏を交通事故で失った少女の物語という、いかにもの設定ながら、嶽本野ばらが描くと、ふ~ん、こういう風になるのねえ、と腕組みしながら唸るばかりなのである。

 こうなったら、嶽本野ばら作品は全部読むと決めた評者は、いずれはファッションも正統派ロリータで決めるかもしれない。(20090915)

※次は、『ミシン』か『エミリー』の予定。(書評No911)

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by kotodomo | 2009-09-18 11:30 | 書評 | Trackback(1) | Comments(0)
2009年 09月 17日

〇「当マイクロフォン」 三田完 角川書店 1785円 2008/6

b0037682_11455282.jpg 一人のアナウンサーを通して描いた昭和史とも言える。読みながら、もしくは読後、名アナウンサー中西龍の生声を聴きたくなったのことども。欠点は、中西のエピソードを拾いすぎて、散りばめ過ぎて、少し的が散ってしまったところかな。(20090913)

※我が都市、鹿児島にも赴任していたんですなあ。(書評No910)

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by kotodomo | 2009-09-17 11:46 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 09月 16日

〇「下妻物語・完―ヤンキーちゃんとロリータちゃんと殺人事件」 嶽本野ばら 小学館 1470円 2005/7

b0037682_11295732.jpg 前作ほどの目新しさはないけど、イチゴ(ヤンキーちゃん)の単純さは快調。殺人事件は起こるんだけど、まあお飾り程度のミステリー部分。気軽な物語としてはお薦め。(20090908)

※上手な作家ではある。(書評No909)

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by kotodomo | 2009-09-16 11:30 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 09月 15日

▲「身の上話」 佐藤正午 光文社 1680円 2009/7

b0037682_1611027.jpg 佐藤正午版『シンプル・プラン』スコット・スミス風味。ノワールに軽妙という表現は妥当ではないかもしれないが、軽妙なノワール。ただ、行き当たりばったりの女性の行動様式が中心に据えられているので、あの透明感のある佐藤節は封印(多分、わざと)。そこが、かねてよりの佐藤正午読みには不満。手法は買うんだけどさ。(20090831)

※正直言って、ここには佐藤正午はいなかったのことども。(書評No908)

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by kotodomo | 2009-09-15 16:11 | 書評 | Trackback(2) | Comments(0)
2009年 09月 11日

◎◎「螻蛄」 黒川博行 新潮社 1995円 2009/7

b0037682_10135285.jpg いやあ、二宮(建設コンサルタント:一応主人公)と桑原(イケイケ経済ヤクザ)のコンビのこのシリーズ、相変わらずの面白さ。それと、毎回パターン化してきているのが、この二人が北朝鮮や沖縄を舞台になんて、都度場所を変えてのお話なのだが、今回は・・・東京(二人は大阪在住)。で、可笑しいことに、あのイケイケの桑原が、これまで東京に行ったことがない!というわけで、誰でも知っている東京で、二人の未知の冒険が繰り広げられた・・・かなあ?(笑)。なんか、場所はどこでもよかったような気がするなあ(笑)。・・・まあ、大阪や、京都や東京でドタバタするお話なのです。

 しかし、毎回思うのだが、桑原ともあろう場馴れしたヤクザのお方が、なんで二宮のようなヘタレ男とつるもうとするのかがわからない。もっと、役に立つユースフルなヤツが居そうな気もするのだが・・・まあ、二宮がヘタレだから、このシリーズ面白いんだけどさ。

 今回は、お寺さん、坊主、宗教紛争、お寺さんのお宝さん、そんなのを題材にしながら物語が進んでいくのだが、いつもに比べて謎が少しだけディフィカルトなので、そこが少し難点かな。(20090831)

※『疫病神』『国境』『暗礁』そして本書『螻蛄』へと続くこのシリーズ、読むべし、読むべし、べし、べし、べし!!!(書評No907)

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by kotodomo | 2009-09-11 10:14 | 書評 | Trackback(1) | Comments(0)