「本のことども」by聖月

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2004年 10月 06日

〇「半身」 サラ・ウォーターズ 創元推理文庫 1113円 2003/5

b0037682_15274160.jpg いやあ、こんなに長くかけて読んだ本、「本のことども」を立ち上げて以来、初めての経験である。元々、夜の読書と昼休みの読書とわけていた評者だったのだが、この本は昼休み用。読み始めたのが、今年2004年6月の上旬。ところが、2週間以上事務所缶詰出張みたいな仕事が入ったりして全然読み進めない時期があったり、仕事のスタイルに変化があったため、会社事務所でゆっくりお昼を迎えるということが極端に少なくなったため、これが全然進まないのである。以前なら、10日から3週間くらいで次の本に移ることができたお昼の読書だったのであるが、結局、読み終わったのが10月頭。500頁に4ヶ月近くもかかったのである。多分、普通だったら投げ出してしまっていたろう。この登場人物誰?あれ、なんでこうなったんだっけ?みたいな感じになってもういいやって。

 ところが本書『半身』では、そういうことがなく無事読み終えたのである。なぜか?簡単なことである。登場人物が少ないし、もしくは名前を覚えなくてもいいような配役の登場人物たちが多いからである。それともうひとつ、これが肝要。それは、全然話が進まないからである(笑)。結局400頁超えても、話が動かないから全然戸惑わない。いいのか悪いのかわからないが、苦にならない長期に渡る読書だったのである。

 時は1874年、20代後半の貴婦人が主人公。彼女が女囚監獄の慰問に通うところから物語は始まる。そこで不思議なオーラを発する女囚と出会い、慰問に通い続けることとなる。200頁でも通い、300頁でもまだ通い、ずっとずっと通い続ける。以上。

 って書くとあんまりなので(笑)もう少し書くと、女囚は霊媒であり、二人は元々は一身の人間であり、お互いは半身なのだという。格子の向こう側とこちら側で惹かれあう二人は、結局のところ・・・っていうのが、話の興味なのである。

 あまり進展のない話を4ヶ月も読み続けると面白くなかったでしょうと思うかもしれないが、これが意外に飽きない。というのも、進まない話の中で書かれる描写が非常に巧緻で繊細だからである。落ちまで含めた粗筋まで書くと2頁で済む話を、500頁で描く才能はあるのである。絵としての一本の大木を描くことは誰でもできる。でも巨匠と、芸術音痴の評者の絵は明らかに違うのである。単なるへなちょこ絵なのか、絵画いや芸術まで昇華した作品なのか。

 2004年版このミスの海外1位ランクイン作品。期待したほどはなかったが、中々の作品。何気なく寄った古書店で100円で買って、4ヶ月楽しめたから、評者にとっては価値があった文庫でもある。(20041005)

※お絵かきの話で、思い出した。評者はよく下の小学一年生の娘と絵描きクイズなどして遊ぶ。絵を描いて、これはさてどういう絵でしょう?みたいな。そういうとき、よく嫁さんが言うのだ。終わったあとの、絵描きに使った一枚のチラシの裏の白紙。そこに描かれた絵をどっちが描いたかわからないくらい、評者の絵は幼稚なんだそうだ(笑)。今度、娘と二人でたくさん絵を描いて、どっちが描いたでしょう?クイズでも、嫁さんにしてみようかな。(書評No412)

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# by kotodomo | 2004-10-06 13:45 | 書評 | Trackback(2) | Comments(2)
2004年 10月 06日

〇「デッドエンドの思い出」 よしもとばなな 文藝春秋 1200円 2003/7


 短編集。評者が読み終えての素直な感想は、ハッピーエンドじゃないけれど、どこか暖かい物語ってとこ。ところがである。著者のあとがきを読んで、はは~んだったのである。やっぱり自分は中年男で、この本のターゲットはやっぱり自分ではなく、だからこんな簡単な感情を共有できず、あとがき読んで、ああそういう本でもあるか、な~んて思ったわけである。そのキーワードは「切なさ」。

 なるほど、言われてみると、どの短編もどこか切ない(のかも知れない(^^ゞ)。女性の目から見たときに、切ない交情が混ざる短編集なのである。でも、哀しい物語たちではない。最後はやっぱり、どこか暖かく、どこかほわんとして、どこか吹っ切れているのである。
例えば表題作『デッドエンドの思い出』。彼との恋のデッドエンドのお話が中心の題材。終わった恋は切ないけれど、そこに残ったのは希望、といえばパンドラの函みたいだけど、人生なんてそんなもん。大体そういう感じの、切ないハートウォーミング集なのかな、本書。中年男が、女性の観点に寄り添って表現するのも、まあこのくらいでご勘弁を(笑)。

 しかしである。やっぱり評者は、この「切ない」という言葉を考えたのである。評者の周りには「切ない」はないのか、なかったのか?う~ん、ウ~ン、u-n。なんか、現実世界では体験していないような気がする。単なる主観的な分類によるものだと思うのだが、どうも思い出せないのである。哀しい、悲しい、嬉しい、楽しい、つらい、苦しい、そんな記憶のことどもは思い出すのだが、どうもこの「切ない」君、もしくは「せつなさ」様は、ピンとこないのである。
でも、私もちゃんと人の気持ちわかるあるねえ。こ・こ・ろというもの、ちゃんとあるあるねえ。「せ・つ・な・さ」という感情、クールな評者にもあるあるよ。

 では、なぜ、その昔“あなたの心って、氷より冷たい!”と言われたクールでダンディな評者にもそういう気持ちがあるかっていうと、体感はしているのである。映画や、本で。今回この本では感じ得なかったが、男性主人公の立場になって擬似体験はちゃんとしているのである。本で言えば、例えば『世界の終りと、ハードボイルド・ワンダーランド』村上春樹。あの本の主人公の、最後のシーンの立場に立ったらと考えて、切なくなった読書記憶がある。例えば『緋色の記憶』トマス・H・クック。湖畔の小屋で、父親と娘が引き離される場面があるのだが、二人の娘を持つ父親としての評者は、やはり切ないのだ。『鉄道員』浅田次郎のときのあの涙もそれだったかしらん。まあ、いいや。そういう風に疑似体験はしているのでる。

 読書とはそういうものである。疑似体験ができるのである。“私、せつなく、それでいてどこか心温まりたいわ♪”そういう贅沢なものを求めている女性は、是非、本書『デッドエンドの思い出』を読むべし。憶測も入っているので、その共感度はわからんが、読んでみるべし。しかし、この本、男性読者にも評判がよいようでもある。多分、女々しい男が本読みには多いのだろう(笑)。評者のように一度くらい“あなたの心って、氷より・・・”な~んて言われてみたまえ。あれは、あの女は、あの場所は・・・福岡、夜、博多、そんな24歳の評者であった。(20041003)

※値段もお手頃。評者は勿論、図書館から。(書評No411)

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# by kotodomo | 2004-10-06 13:44 | 書評 | Trackback(1) | Comments(0)
2004年 10月 05日

多分、今夜『半身』サラ・ウォーターズ読了

仕事で帰りが遅かった。
おかげで、一気に読もうと思っていた『だりや荘』井上荒野は後回し。
多分、『半身』があと30分で読了するので、そのあと寝つきに読み始めましょうかね。

ええとね、今日の訪問者、160名だって。
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# by kotodomo | 2004-10-05 23:25 | メモる | Trackback | Comments(0)
2004年 10月 05日

へえ、訪問者数も出るんだ

運営者としてログインすると、へえレポートが見れるんだ。
昨日は、67人なんだって。そんなもんかな。
巡回プログラムなんかもあること考えれば。
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# by kotodomo | 2004-10-05 10:20 | メモる | Trackback | Comments(0)
2004年 10月 04日

評価ポイントの解説

評価ポイントの解説

超お薦め◎◎ 非常に面白い 面白い まあまあ ちょっと 時間の無駄× ?◎○

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# by kotodomo | 2004-10-04 16:48 | 評価ポイント
2004年 10月 04日

△「犯人に告ぐ」 雫井脩介 双葉社 1680円 2004/7


 気になっていた作家である。デビュー作『栄光一途』が面白いらしいと知ったときには、もう二作目『虚貌』が出ており、どうなのかなあと躊躇していたら『白銀を踏み荒らせ』が図書館に並んでいるのを発見して借りたのはいいが、読まずに返したくらいには、気になる作家である。

 それでもなんとなく知名度が低かった作家の存在が、ようやく光(脚光とは言わないが)を浴びるようになったのは前作『火の粉』の宣伝力によるものだろう。結構大々的に宣伝広告が行われていた前作。ただし、その広告の内容を見て、この粗筋、自分向きじゃないと判断して意識して読まなかった前作ではあったが。

 そして本書『犯人に告ぐ』。いやあ、読まれていますなあ。これも広告力かと。今回も出版時に大々的な広告が購読紙に踊り、帯でも横山秀夫、福井晴敏、伊坂幸太郎が「絶賛」して「喝采」して「一気読み」したから、横山ファン、福井ファン、伊坂ファンが読んでしまうわけで、そんなら横山、福井、伊坂三氏に「本のことどもは最高だ」とウソでもいいから言ってほしい評者なのである。

 で、本当に面白いかどうかという話では、「前半はすこぶる面白いが、後半になると・・・」そんなような風聞を仕入れていた評者なのである。途中まで面白いのなら、もしかしたら天邪鬼な評者には最後まで面白いかもしれんと手に取ったのだが・・・なんや、最初から最後まで面白くないやんけ!最初のどこが面白いの?ああ、買わずに借りて損した気分じゃないから得した気分?じゃないな(笑)。

 幼児殺人犯を捕まえるために、「劇場型捜査」に踏み切った警察。テレビの画面から『犯人に告ぐ』のである。でも、基本的に犯人は何もしないまま終わってしまうのでダメだこりゃ。話の展開もおかしくはないのだが、現実味に乏しい。そういう展開になるのは、おかしくはないのだが、納得しきれないのである。犯人が書いた脅迫状が風に飛ばされて警察の元へなんてのは、もっと考えれば別の話の作りようがあったはずだと思うのだが。評者も、今度から郵便物は郵送などせず、道に落としておこうかな。そうすれば、善意の人が拾って、5回に1回は相手先に届けてくれるかもしれないし。

 とにかく、評者にはダメでした。同じダメだった『天国の門』白川道がダメだった人は、ダメかもしれない。(20041003)

※『栄光一途』以外の作品は、今のところ読む気になれない読後感でした。(書評No410)

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# by kotodomo | 2004-10-04 14:34 | 書評 | Trackback(2) | Comments(3)
2004年 10月 04日

◎◎「空中ブランコ」 奥田英朗 文藝春秋 1300円 2004/4


 最近の直木賞受賞作品の中で、ダントツに読むべし、読むべし、べし、べし、べし、の小説じゃないかな?本書『空中ブランコ』。

 前作『イン・ザ・プール』の続編にあたるのだが、単独で充分に面白い。いや前作よりはるかに面白い。前作で登場した、奇妙な精神科医伊良部。色んな精神的な病に対して、これまた奇妙な看護婦とのコンビで、奇妙奇天烈な治療だかなんだかわからない施しをしていた前作。いくら面白くても、二作目が前作を凌ぐことはなかろうと、高をくくっていた評者はビックリ。いやあ、面白いぞ『空中ブランコ』。

 何ゆえに前作より面白くなったかというと、前作では奇妙な味を見せるくらいに止まった感のあった主人公伊良部が大活躍することや、前作では触れられなかった彼の過去がチラホラ紹介されるところだろうか。

 「僕にも空中ブランコさせてよ。させてよ。」と子供みたいに駄々こねて、じゃあ仕方ないやってもいいけど、怪我しないで・・・ヒャッホーと躊躇なくブランコに飛び乗っていく主人公。前作では本当に総合病院の御子息だかどうだかわからなかったけど、そこらへんも明らかに。また、医学生時代の彼の奇行も披露される本書は、とにかくすこぶる面白く、読み人問わずの大衆娯楽本なのである。

 精神の病のパターンもパワーアップ。そういえば、評者の同級生にも先端恐怖症ってやつがいたなあ。何か向けると、顔を背けて、ちょっと、俺それ苦手なの、引っ込めてってさ。そうそう、評者にもブッチャケテしまいたい症候群の経験があるぞ。高校時代の授業中、今自分が教科書投げてみたら教室の反応どうなるのかな、やりたいな、ああ、ブッチャケタイなあみたいの。そうそう、いるよ、いるいる。明らかに、私の頭はカツラです、みたいなオヤジ。自分でわかってんのかなあ?カツラに見えるってこと。頭がカツラですよ~!!!って、主張している自分の存在、わかってんのかなあ?

 しかし、奥田英朗って、う・ま・い・ね。こういうバカ話みたいな小説は、これまでもこれからもたくさんあるけど、そこに上手さを感じさせる小説っていうのは、なかなかない。これで三作目が本書『空中ブランコ』より面白かったら、そのときは◎◎◎の評価をつけよう。(20040927)

※『イン・ザ・プール』以外の作品は『ウランバーナの森』のみ既読。やっぱ『邪魔』や『最悪』も読まねば。(書評No409)

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# by kotodomo | 2004-10-04 14:33 | 書評 | Trackback(16) | Comments(3)
2004年 10月 04日

◎◎「ボディ・アンド・ソウル」 古川日出男 双葉社 1680円 2004/8


 評者は作文の方法というのを意識して練習した経験が、これまでの人生で2回ある。

 一回目は、高校3年生の終盤。大学は法学部へ進んだのだが、高校3年生まで理系に所属していた評者。当時の同級生の多くは地元の医学部、歯学部、理工もしくは教育学部に進んだ友人が大半である。ところがである。理系の大学に進むということは、多分に就職や職業というものを意識した進路になってしまう。よく考えてみると、医者としての自分とか、技術者としての自分とかピンとこなかった当時の評者は、高校3年生の中盤から、就職の選択肢を残したい、もしくは今考えたくないという理由から、文系受験に完全に転向したのである。中間、期末テストもあるので、当時でいう物理Ⅱとか数Ⅲとかいうのをこなしながら、文系科目の小論文というオプション科目も選択していた。それが一回目。

 二回目は、約9年前の行政書士の資格受験の際。専門問題、一般常識に加え、この資格試験、論文がある。そのときが二回目。

結局、このとき勉強した作文の方法というのが、評者の文章のベースにはなっている。主語、述語とかそんな基本的なことを除けば、文章の作り方はひとこと、起承転結である。のだが・・・。

 「本のことども」を綴るとき、そんなことは全然意識しないで書いている。書く前に構想も考えないし、PCのスウィッチを入れるまでは、ほとんど書き出しも考えていない。時々、身辺の雑記を挿入することも思いつくが、じゃあどこに配置しようかなんていうのも行き当たりばったりだべ。などというように、不必要に文章が訛ってしまうこともしばしばじゃん。と口語を交えて書いたりと、とにかく文章の作法なんてあったもんじゃない。もんじゃやき。

 ついでに言えば、ワープロ機能ソフトはワードを使用。ご丁寧なことにオートコレクト他の文章構成ソフトが付いているので、出来上がった文章は赤波線のオンパレード。これは、ソフトの構成機能が“間違って綴っているんじゃござんせんか?オタク?”と言っている印。バッキャロー!お前に指摘されたかねえ!なんて思いながらも、本当に間違って綴ってしまったりするので、この機能をオフにできない僕ちゃん、涙。

 結局、自分の今の綴り方はなんざんしょ?と思っていたら、本書『ボディ・アンド・ソウル』にその答えが載っているではないか。ピピーン!ときたね!これじゃん、ワシの文章作法!ってね。その答えは・・・反射神経または運動神経。

 文章綴るのに、反射神経とか運動神経じゃないでしょうと思うかもしれないが、でもそれなの。文の頭を書き出したら、あとは「。」が付くまで、運動反射神経。反射神経はそうかもしれないが、運動神経じゃないでしょうと思うかもしれないが、でもそれなの。こうきた、じゃあこういこう、そうきたの、じゃあこうすんべ、みたいな。一人でテニス壁打ちみたいか(笑)。まあ、そういうこと。ハハハ、やっと自分の文章に答えが出たわ。嬉しい。

 ところで、本書の作者、古川日出男の文章、これまで読書されてきた方はご存知のように、この人の作文能力は凄い。表現力、構成力、描写力その他、何をとっても凄い。ちょっと『サウンド・トラック』のお話の構成力はイマイチであったとしてもだ。それでも硬派の文章に豊かな想像力を乗せた作品には、凄い凄いスゴーイ、パワーを感じるのである。その古川日出男が本書『ソウル・アンド・ボディ』で初めてみせたウル技が、舞城王太郎に代表されるリアル文体小説であり、町田康に代表される日本語の操り師としての降臨であり、つまり今までの作者からは想像できなかったような、評者の大好き好き好きな文体の小説なのである。読むべし、読むべし、べし、べし、べしなのである。

 内容はどうでもいい。主人公がフルカワヒデオで小説書いている人で、よく飲んではああでもないこうでもないとグダグダ考えて、でも考えがまとまらない、そんな話である。わからん?でも、読むべし。(20040926)

※最高!この文体!この古川日出男!(書評No408)

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# by kotodomo | 2004-10-04 14:30 | 書評 | Trackback(6) | Comments(12)
2004年 10月 04日

◎「好き好き大好き超愛してる。」 舞城王太郎 講談社 1575円 2004/7


 9月の「敬老の日」、「秋分の日」というふたつの連休を利用して、鹿児島に住む家族との一緒の日々を満喫した、東京単身赴任中の評者なのである。

 最初の連休には評者が鹿児島へ帰省。鹿児島へ旅立つときの、羽田空港でJALがアナウンスしているのに気付く。ええと、なんでも北海道行きの便がオーバーブッキング。客席以上の予約を取ってしまったようである。2時間半後の便に変更してくれるお客様がいないかアナウンス。いるのか、そんな人?えっ!ご協力金として1万円!いるよ、そんな人。早速、鹿児島空港に迎えにきてくれた嫁さんに、その話を報告。“私だったら、間違いなく後の便に変更してお金貰うよ。だって、時給4千円よ。それに家族4人とかだったら4万円よ♪”タイムイズマネー、マネーイズタイムな評者の嫁さん(^.^)で、鹿児島で楽しく過ごした評者。

 後ろ髪引かれながら、鹿児島空港を出立するとき、なんと出発便の遅れの表示が!1時間30分も!申し訳ございませんと言って、カウンター嬢が何やら一枚の紙切れを評者の手に。おお!時給換算すると6千円札か?って、あるわけないと思いながら手のひらの紙切れに目をやると、500円の喫茶クーポン。しょぼい。お願いするときは、一万円なのに、機材遅れという自らの大いなる失態に、500円の喫茶クーポンとはこれ如何に!と思いながらも、そこは趣味が読書の評者みたいな輩には苦に思わない待ち時間。普段頼まない475円のコーヒーフロートを飲食しながら、本書『好きすき大好き超愛してる。』を読み始める。読みながら、搭乗。羽田に到着する前に読了。飛行時間は1時間30分。大体、そんなボリュームの芥川賞候補作品である。プラス「ドリルホール・イン・マイ・ブレイン」という同じくらいのボリュームの作品が収められて一冊になっている本書である。面白いのは、この収められたふたつの作品、それぞれに紙質やフォントや頁数あたりの文字数が違っているので、なんだか1冊で2冊分の体裁である。

 で、次の連休には、嫁さんと二人の娘が東京へ。ホテルで2泊。評者の住まいに1泊。行楽先は東京ディズニーランド(TDL)&シー(TDS)。嫁さんと娘たちは毎年のように行っていたのだが、評者のTDL最終履歴は上の娘が2歳のときだったから8年前。当時と今回と比べて明らかに違うこと発見!!!例えば、評者の娘たちはプリンセスの衣装とか、キャラクターの着ぐるみを欲しがり、こんなの家でしか着れないよと思いながら、何だか可愛らしくもあるので、適当に買ってあげてきた評者と嫁さんではある。一番傑作だったのは、下の娘にみつばちプーさんの着ぐるみを買ってあげたとき。プーさんなんだけど、みつばちの格好のプーさん。背中に可愛い羽根つき。それを着た娘が、椅子から何度も何度も飛び降りるのである。何してるの?って訊いたら、飛べないの(ToT)と哀しい顔。そんなことは閑話休題。今回わかったのは、衣装や着ぐるみもTDLに着ていけば違和感がないという事実。下の娘はティンカーベルの格好で行ったのでした。そんなことも閑話休題。本筋の話は、8年前と今とTDLやTDS(は昔はなかったが)の様子が明らかに違うこと。明らかに下の娘のようなコスプレが多いという事実である。カチューシャにネズミの耳がついたような初歩的なものも多いが、そのまんまシンデレラ、まんまミニー、まんまアリス、まんま魔法使い(多分白雪姫あたりの)、まんまカボチャ(ハロウィーン)などなど。珍しくもなんともない。他人との差別化もこう多くちゃできない。じゃあ、なんでコスプレ?少し考察する。アーティストのコンサートに行く。アーティストにちなんだロゴ入りTシャツだけじゃなく、アーティストに扮装したような衣装の観客。野球場にお気に入り球団のユニフォームで行く野球少年たち。ガンバレニッポン、オーレオレのジャパンブルーにフェイスペイント日の丸の俄かサッカーファンギャル。要するにお祭りに一体化が目的なのである。目立つとか目立たないとか恥ずかしいとかじゃなく、日常を離れ、その場に一体化した自分であることが大切なのである。で、問題なのがデブチンの女性のコスプレなのである。心の中で“こら!デブ!お前がそんなカッコすな!”と言いたくもあり、でも俺はジェントルマン。彼女らもそうやって、楽しんでいるんだよな、と無理に共感を心中装っていたら、我が心優しき嫁さんが言う。154センチ、76キロの27歳の女性を見て言うのだ。“ああいう人たちに、ああいう格好をしてほしくない”と。普段、評者がそういう発言をしようものならたしなめる嫁さんがである。身障者に進んで手を貸すような嫁さんがである。障害児教育に精魂費やし、差別など大嫌いな嫁さんが、デブチンを差別するような発言をしたのである。“どうして”と評者。嫁さんが答える。“2年前来たとき、アリスの格好をした人がたくさんいて、デブの人もたくさんいて、下の娘がアリスはあんなはずない!本物のアリスはどこ!って泣き出したの。子供の夢を壊しちゃうのよ”自由な服装VS子供の夢。とりあえず、嫁さんは自分の娘が可愛いわけだから、嫁さんの中では子供の夢に軍配なのね。

 ああ、そうだった、そうだった。コスプレの話じゃなかった。家族との和気藹々の話であった。前泊ホテル、一日目TDS、2泊目ホテル、二日目TDLを楽しんだ嫁さんと二人の娘は、初めての“東京のパパの家”訪問&宿泊。もう大騒ぎ。狭い部屋を探検。積み上げた本を倒す下の娘。パパの部屋のゴキブリホイホイのかかり具合を是非見たいと覗く変な趣味の上の娘。眠って、起きて、大騒ぎして、近所を散歩して、帰ってきて大騒ぎして、パパの会社を見学して大はしゃぎして、羽田ではなく浜松町までパパと一緒で。手を振って別れた評者は、自分の部屋へ。さっきまで、子供たちが大騒ぎしていた部屋へ。今は一人。淋しくなって、こう思う『好き好き大好き超愛してる。』

 本書の表題作『好き好き大好き超愛してる。』は、舞城王太郎の『好き好き大好き超愛してる。』を表現した作品である。当たり前だがそうである。決して恋愛小説などではない。『好き好き大好き超愛してる』を舞城が表現した作品である。好きで、好きで、大好きで、超愛してるってことを表現するのはこれしかないというアートな作品なのである。勿論、通常の日本語を無視したような、自由でパンクな舞城節も内在。それでいて多分文学。認めないという人も大勢いるであろう、舞城文学でアートな小説なのである。単純に評者は好き。感性の違う人には“これ、なに?”みたいな阿呆に映るアートな文学なのである。昔流行った「骨まで愛して」という歌。この作品、評者より上の世代にはわかりにくい表現なのかもしれないが、あの歌をバカ歌じゃなく好んだ上の世代の方たちへ。「骨まで愛して」るっていうことは、こういう表現なんですよ。

 『好き好き大好き超愛してる。』って思った評者は、別れたその夜嫁さんにメールしたのです。まんま掲載“件名:無事に帰り着いて何よりでした。本文:脈絡はないけど、ママと結婚できてよかった。子供たちと出会えて幸せだった。そんな3日間でした。またおいで。”(20040920)

※こういう作品で芥川賞とってもよかったんじゃないかな舞城。若者読者のためには。よくわかんないけど、わかるう、みたいな文章で。(書評No407)

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# by kotodomo | 2004-10-04 14:29 | 書評 | Trackback(7) | Comments(10)
2004年 10月 04日

◎◎「おんみつ蜜姫」 米村圭伍 新潮社 1890円 2004/8

b0037682_2034189.jpg 本のことども」が3年を突破し、400冊をクリアしたのは、これはマイニュース。じゃあ、一冊目は何だったの?という疑問は、「ことどもフリーク」にとって、これは必須知識。さあ、あなたはこの場で答えられるかな。答えは『風流冷飯伝』米村圭伍である。

 このサイトを始めた当初は、読了した本を書評するという今のスタイルではなく、とにかくお薦めしたい本を紹介していこうという気持ちでいっぱいだった評者。あまり読まれていないかもしれないけど、これはお薦め、読んでみて、の本を紹介して、日本全国の人気サイトにのし上がろうと、勘違い甚だしく意気込んでいた評者なのである。その第一発目が『風流冷飯伝』。とにかく、風流で、長閑で、少し滑稽で愛らしい人物たちが登場するこの本を紹介したい、みんなに読んでもらいたいと選んだ作品なのである。評価は○にしている当時の自分だが、今の自分が再評価するなら◎である。当時は、自分の評価に自信がなかったようである、評者(笑)。

 その後、シリーズ第二作『退屈姫君伝』を読んだのだが、◎◎の評価にもかかわらず、当時の週2冊更新というスタイルと、あまりに面白すぎて言葉に落として書評にすることを躊躇い、結局、紹介しなかった評者。当時(バージョン2)の頃は、初心を忘れ、バイタリティーもなかったようである、評者(笑)。

 そして、シリーズ第三作目『錦絵双花伝』(2003/9文庫化に際し題名を『面影小町伝』に改め)を読み始めた評者だったのだが、シリーズ二作目までの長閑な雰囲気より少しおどろおどろした謀略的な展開に、3/4まで読み進めて、加えて図書館の期限のため最後まで読まずにそのままにしてしまった過去を持つ。当時(バージョン3)の頃から、意外に本に対する執着心がなかったようである、評者(笑)。

 そういう流れの中で、三部作に接してきた評者なのだが、本書『おんみつ蜜姫』でシリーズ四作目を手に取る。う~む、ふ~む。こりゃあ、あれだね。少し、音色の違う三作目『錦絵双花伝』を省いて、『風流冷飯伝』『退屈姫君伝』そして本書『おんみつ蜜姫』を小藩三部作と位置づけたほうがいいな。間抜けた雰囲気が共通してるし。あっ!今書いていて気付いたけれど、三部作とか四部作とか書いていたが、どういう〇部作か説明していなかったことに気付いたべ。色々言い方はあろうと思うが、評者としては直前に書いたように、江戸を舞台にした「小藩三部作」と呼びたいと思っている。

 『退屈姫君伝』のめだか姫に続き、今回も愛らしい姫が主人公である。ただし、めだか姫と違い、武芸に秀でちょっと無鉄砲、でいながら、潔さは二人の姫とも共通したところがあるので、『退屈姫君伝』が面白かったという読者には、超お薦め。

 九州の小藩におわす蜜姫。馬で散歩の途中に、連れ立っていた父上の危機を救う。なんで父上のような弱小藩の殿様が狙われるのか問いただすと・・・近鉄、オリックス合併じゃないけれど、小藩同士の合併劇が画策されておったとな!それにしても、父上を狙った者は何者ぞ?と思った無鉄砲な姫は、おんみつの旅路へ。ここで、風流にも滑稽にも暢気にも「おんみつ蜜姫」と自分を名づけたのは姫自身だし、母親も路銀をたっぷり持たせて姫を送り出すから、その後の愉快そうな展開に、後は身を任せるだけの読み手の評者だったのである。また、オジサン読者としても、愛くるしい姫という設定は、やっぱり読んでいて楽しくて仕方ないのである。

 この三部作、どれから読んでも問題はない。問題はないが、本書『おんみつ蜜姫』でもシリーズ一作目で活躍した冷飯浪人たちが登場するので、その人物たちの位置づけをわかった上で読んだほうが楽しさ倍増すると思うことから考えると、出来ればシリーズ順に読んだほうが楽しいのかな。『風流冷飯伝』『退屈姫君伝』は既に文庫化。外伝たる(って、本当はそうじゃないんだけど、評者が勝手に三部作からはずしてしまったので)『錦絵双花伝』も、『面影小町伝』として、既に文庫化。『退屈姫君伝』まで読んで、一気に『おんみつ蜜姫』にいってもいいし、外伝文庫『面影小町伝』でたたらを踏んでから、『おんみつ蜜姫』の文庫化を待つのも一興かと。とにかく評者が言いたいのは、『風流冷飯伝』『退屈姫君伝』『おんみつ蜜姫』の小藩三部作は、読むべし、読むべし、べし、べし、べし!!なのである。(20040920)

※シリーズとは別の既評『紀文大尽舞』も同様の面白さがあるが、これは途中までしか続かない。途中から謀略小説的な雰囲気に変わってしまったのが惜しかった。『影法師夢幻』は、これもやはり図書館の期限のために、冒頭50頁くらいしか読んでいない評者。今度読もうかな。(書評No406)

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# by kotodomo | 2004-10-04 14:05 | 書評 | Trackback(8) | Comments(21)