「本のことども」by聖月

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2004年 10月 07日

買い物

b0037682_1758286.jpg『退屈姫君 海を渡る』 新潮文庫 500円 2004/10
買いました。

これは買い!
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# by kotodomo | 2004-10-07 17:53 | メモる | Trackback | Comments(0)
2004年 10月 07日

トップの写真じゃ小さいし、昔の写真じゃないか!という方のために

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2004/8/12現在じゃ!これでいいか?(笑)
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# by kotodomo | 2004-10-07 13:47 | 聖月(みづき)様のことども | Trackback | Comments(8)
2004年 10月 06日

〇「半身」 サラ・ウォーターズ 創元推理文庫 1113円 2003/5

b0037682_15274160.jpg いやあ、こんなに長くかけて読んだ本、「本のことども」を立ち上げて以来、初めての経験である。元々、夜の読書と昼休みの読書とわけていた評者だったのだが、この本は昼休み用。読み始めたのが、今年2004年6月の上旬。ところが、2週間以上事務所缶詰出張みたいな仕事が入ったりして全然読み進めない時期があったり、仕事のスタイルに変化があったため、会社事務所でゆっくりお昼を迎えるということが極端に少なくなったため、これが全然進まないのである。以前なら、10日から3週間くらいで次の本に移ることができたお昼の読書だったのであるが、結局、読み終わったのが10月頭。500頁に4ヶ月近くもかかったのである。多分、普通だったら投げ出してしまっていたろう。この登場人物誰?あれ、なんでこうなったんだっけ?みたいな感じになってもういいやって。

 ところが本書『半身』では、そういうことがなく無事読み終えたのである。なぜか?簡単なことである。登場人物が少ないし、もしくは名前を覚えなくてもいいような配役の登場人物たちが多いからである。それともうひとつ、これが肝要。それは、全然話が進まないからである(笑)。結局400頁超えても、話が動かないから全然戸惑わない。いいのか悪いのかわからないが、苦にならない長期に渡る読書だったのである。

 時は1874年、20代後半の貴婦人が主人公。彼女が女囚監獄の慰問に通うところから物語は始まる。そこで不思議なオーラを発する女囚と出会い、慰問に通い続けることとなる。200頁でも通い、300頁でもまだ通い、ずっとずっと通い続ける。以上。

 って書くとあんまりなので(笑)もう少し書くと、女囚は霊媒であり、二人は元々は一身の人間であり、お互いは半身なのだという。格子の向こう側とこちら側で惹かれあう二人は、結局のところ・・・っていうのが、話の興味なのである。

 あまり進展のない話を4ヶ月も読み続けると面白くなかったでしょうと思うかもしれないが、これが意外に飽きない。というのも、進まない話の中で書かれる描写が非常に巧緻で繊細だからである。落ちまで含めた粗筋まで書くと2頁で済む話を、500頁で描く才能はあるのである。絵としての一本の大木を描くことは誰でもできる。でも巨匠と、芸術音痴の評者の絵は明らかに違うのである。単なるへなちょこ絵なのか、絵画いや芸術まで昇華した作品なのか。

 2004年版このミスの海外1位ランクイン作品。期待したほどはなかったが、中々の作品。何気なく寄った古書店で100円で買って、4ヶ月楽しめたから、評者にとっては価値があった文庫でもある。(20041005)

※お絵かきの話で、思い出した。評者はよく下の小学一年生の娘と絵描きクイズなどして遊ぶ。絵を描いて、これはさてどういう絵でしょう?みたいな。そういうとき、よく嫁さんが言うのだ。終わったあとの、絵描きに使った一枚のチラシの裏の白紙。そこに描かれた絵をどっちが描いたかわからないくらい、評者の絵は幼稚なんだそうだ(笑)。今度、娘と二人でたくさん絵を描いて、どっちが描いたでしょう?クイズでも、嫁さんにしてみようかな。(書評No412)

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# by kotodomo | 2004-10-06 13:45 | 書評 | Trackback(2) | Comments(2)
2004年 10月 06日

〇「デッドエンドの思い出」 よしもとばなな 文藝春秋 1200円 2003/7


 短編集。評者が読み終えての素直な感想は、ハッピーエンドじゃないけれど、どこか暖かい物語ってとこ。ところがである。著者のあとがきを読んで、はは~んだったのである。やっぱり自分は中年男で、この本のターゲットはやっぱり自分ではなく、だからこんな簡単な感情を共有できず、あとがき読んで、ああそういう本でもあるか、な~んて思ったわけである。そのキーワードは「切なさ」。

 なるほど、言われてみると、どの短編もどこか切ない(のかも知れない(^^ゞ)。女性の目から見たときに、切ない交情が混ざる短編集なのである。でも、哀しい物語たちではない。最後はやっぱり、どこか暖かく、どこかほわんとして、どこか吹っ切れているのである。
例えば表題作『デッドエンドの思い出』。彼との恋のデッドエンドのお話が中心の題材。終わった恋は切ないけれど、そこに残ったのは希望、といえばパンドラの函みたいだけど、人生なんてそんなもん。大体そういう感じの、切ないハートウォーミング集なのかな、本書。中年男が、女性の観点に寄り添って表現するのも、まあこのくらいでご勘弁を(笑)。

 しかしである。やっぱり評者は、この「切ない」という言葉を考えたのである。評者の周りには「切ない」はないのか、なかったのか?う~ん、ウ~ン、u-n。なんか、現実世界では体験していないような気がする。単なる主観的な分類によるものだと思うのだが、どうも思い出せないのである。哀しい、悲しい、嬉しい、楽しい、つらい、苦しい、そんな記憶のことどもは思い出すのだが、どうもこの「切ない」君、もしくは「せつなさ」様は、ピンとこないのである。
でも、私もちゃんと人の気持ちわかるあるねえ。こ・こ・ろというもの、ちゃんとあるあるねえ。「せ・つ・な・さ」という感情、クールな評者にもあるあるよ。

 では、なぜ、その昔“あなたの心って、氷より冷たい!”と言われたクールでダンディな評者にもそういう気持ちがあるかっていうと、体感はしているのである。映画や、本で。今回この本では感じ得なかったが、男性主人公の立場になって擬似体験はちゃんとしているのである。本で言えば、例えば『世界の終りと、ハードボイルド・ワンダーランド』村上春樹。あの本の主人公の、最後のシーンの立場に立ったらと考えて、切なくなった読書記憶がある。例えば『緋色の記憶』トマス・H・クック。湖畔の小屋で、父親と娘が引き離される場面があるのだが、二人の娘を持つ父親としての評者は、やはり切ないのだ。『鉄道員』浅田次郎のときのあの涙もそれだったかしらん。まあ、いいや。そういう風に疑似体験はしているのでる。

 読書とはそういうものである。疑似体験ができるのである。“私、せつなく、それでいてどこか心温まりたいわ♪”そういう贅沢なものを求めている女性は、是非、本書『デッドエンドの思い出』を読むべし。憶測も入っているので、その共感度はわからんが、読んでみるべし。しかし、この本、男性読者にも評判がよいようでもある。多分、女々しい男が本読みには多いのだろう(笑)。評者のように一度くらい“あなたの心って、氷より・・・”な~んて言われてみたまえ。あれは、あの女は、あの場所は・・・福岡、夜、博多、そんな24歳の評者であった。(20041003)

※値段もお手頃。評者は勿論、図書館から。(書評No411)

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# by kotodomo | 2004-10-06 13:44 | 書評 | Trackback(1) | Comments(0)
2004年 10月 05日

多分、今夜『半身』サラ・ウォーターズ読了

仕事で帰りが遅かった。
おかげで、一気に読もうと思っていた『だりや荘』井上荒野は後回し。
多分、『半身』があと30分で読了するので、そのあと寝つきに読み始めましょうかね。

ええとね、今日の訪問者、160名だって。
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# by kotodomo | 2004-10-05 23:25 | メモる | Trackback | Comments(0)
2004年 10月 05日

へえ、訪問者数も出るんだ

運営者としてログインすると、へえレポートが見れるんだ。
昨日は、67人なんだって。そんなもんかな。
巡回プログラムなんかもあること考えれば。
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# by kotodomo | 2004-10-05 10:20 | メモる | Trackback | Comments(0)
2004年 10月 04日

評価ポイントの解説

評価ポイントの解説

超お薦め◎◎ 非常に面白い 面白い まあまあ ちょっと 時間の無駄× ?◎○

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# by kotodomo | 2004-10-04 16:48 | 評価ポイント
2004年 10月 04日

△「犯人に告ぐ」 雫井脩介 双葉社 1680円 2004/7


 気になっていた作家である。デビュー作『栄光一途』が面白いらしいと知ったときには、もう二作目『虚貌』が出ており、どうなのかなあと躊躇していたら『白銀を踏み荒らせ』が図書館に並んでいるのを発見して借りたのはいいが、読まずに返したくらいには、気になる作家である。

 それでもなんとなく知名度が低かった作家の存在が、ようやく光(脚光とは言わないが)を浴びるようになったのは前作『火の粉』の宣伝力によるものだろう。結構大々的に宣伝広告が行われていた前作。ただし、その広告の内容を見て、この粗筋、自分向きじゃないと判断して意識して読まなかった前作ではあったが。

 そして本書『犯人に告ぐ』。いやあ、読まれていますなあ。これも広告力かと。今回も出版時に大々的な広告が購読紙に踊り、帯でも横山秀夫、福井晴敏、伊坂幸太郎が「絶賛」して「喝采」して「一気読み」したから、横山ファン、福井ファン、伊坂ファンが読んでしまうわけで、そんなら横山、福井、伊坂三氏に「本のことどもは最高だ」とウソでもいいから言ってほしい評者なのである。

 で、本当に面白いかどうかという話では、「前半はすこぶる面白いが、後半になると・・・」そんなような風聞を仕入れていた評者なのである。途中まで面白いのなら、もしかしたら天邪鬼な評者には最後まで面白いかもしれんと手に取ったのだが・・・なんや、最初から最後まで面白くないやんけ!最初のどこが面白いの?ああ、買わずに借りて損した気分じゃないから得した気分?じゃないな(笑)。

 幼児殺人犯を捕まえるために、「劇場型捜査」に踏み切った警察。テレビの画面から『犯人に告ぐ』のである。でも、基本的に犯人は何もしないまま終わってしまうのでダメだこりゃ。話の展開もおかしくはないのだが、現実味に乏しい。そういう展開になるのは、おかしくはないのだが、納得しきれないのである。犯人が書いた脅迫状が風に飛ばされて警察の元へなんてのは、もっと考えれば別の話の作りようがあったはずだと思うのだが。評者も、今度から郵便物は郵送などせず、道に落としておこうかな。そうすれば、善意の人が拾って、5回に1回は相手先に届けてくれるかもしれないし。

 とにかく、評者にはダメでした。同じダメだった『天国の門』白川道がダメだった人は、ダメかもしれない。(20041003)

※『栄光一途』以外の作品は、今のところ読む気になれない読後感でした。(書評No410)

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# by kotodomo | 2004-10-04 14:34 | 書評 | Trackback(2) | Comments(3)
2004年 10月 04日

◎◎「空中ブランコ」 奥田英朗 文藝春秋 1300円 2004/4


 最近の直木賞受賞作品の中で、ダントツに読むべし、読むべし、べし、べし、べし、の小説じゃないかな?本書『空中ブランコ』。

 前作『イン・ザ・プール』の続編にあたるのだが、単独で充分に面白い。いや前作よりはるかに面白い。前作で登場した、奇妙な精神科医伊良部。色んな精神的な病に対して、これまた奇妙な看護婦とのコンビで、奇妙奇天烈な治療だかなんだかわからない施しをしていた前作。いくら面白くても、二作目が前作を凌ぐことはなかろうと、高をくくっていた評者はビックリ。いやあ、面白いぞ『空中ブランコ』。

 何ゆえに前作より面白くなったかというと、前作では奇妙な味を見せるくらいに止まった感のあった主人公伊良部が大活躍することや、前作では触れられなかった彼の過去がチラホラ紹介されるところだろうか。

 「僕にも空中ブランコさせてよ。させてよ。」と子供みたいに駄々こねて、じゃあ仕方ないやってもいいけど、怪我しないで・・・ヒャッホーと躊躇なくブランコに飛び乗っていく主人公。前作では本当に総合病院の御子息だかどうだかわからなかったけど、そこらへんも明らかに。また、医学生時代の彼の奇行も披露される本書は、とにかくすこぶる面白く、読み人問わずの大衆娯楽本なのである。

 精神の病のパターンもパワーアップ。そういえば、評者の同級生にも先端恐怖症ってやつがいたなあ。何か向けると、顔を背けて、ちょっと、俺それ苦手なの、引っ込めてってさ。そうそう、評者にもブッチャケテしまいたい症候群の経験があるぞ。高校時代の授業中、今自分が教科書投げてみたら教室の反応どうなるのかな、やりたいな、ああ、ブッチャケタイなあみたいの。そうそう、いるよ、いるいる。明らかに、私の頭はカツラです、みたいなオヤジ。自分でわかってんのかなあ?カツラに見えるってこと。頭がカツラですよ~!!!って、主張している自分の存在、わかってんのかなあ?

 しかし、奥田英朗って、う・ま・い・ね。こういうバカ話みたいな小説は、これまでもこれからもたくさんあるけど、そこに上手さを感じさせる小説っていうのは、なかなかない。これで三作目が本書『空中ブランコ』より面白かったら、そのときは◎◎◎の評価をつけよう。(20040927)

※『イン・ザ・プール』以外の作品は『ウランバーナの森』のみ既読。やっぱ『邪魔』や『最悪』も読まねば。(書評No409)

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# by kotodomo | 2004-10-04 14:33 | 書評 | Trackback(16) | Comments(3)
2004年 10月 04日

◎◎「ボディ・アンド・ソウル」 古川日出男 双葉社 1680円 2004/8


 評者は作文の方法というのを意識して練習した経験が、これまでの人生で2回ある。

 一回目は、高校3年生の終盤。大学は法学部へ進んだのだが、高校3年生まで理系に所属していた評者。当時の同級生の多くは地元の医学部、歯学部、理工もしくは教育学部に進んだ友人が大半である。ところがである。理系の大学に進むということは、多分に就職や職業というものを意識した進路になってしまう。よく考えてみると、医者としての自分とか、技術者としての自分とかピンとこなかった当時の評者は、高校3年生の中盤から、就職の選択肢を残したい、もしくは今考えたくないという理由から、文系受験に完全に転向したのである。中間、期末テストもあるので、当時でいう物理Ⅱとか数Ⅲとかいうのをこなしながら、文系科目の小論文というオプション科目も選択していた。それが一回目。

 二回目は、約9年前の行政書士の資格受験の際。専門問題、一般常識に加え、この資格試験、論文がある。そのときが二回目。

結局、このとき勉強した作文の方法というのが、評者の文章のベースにはなっている。主語、述語とかそんな基本的なことを除けば、文章の作り方はひとこと、起承転結である。のだが・・・。

 「本のことども」を綴るとき、そんなことは全然意識しないで書いている。書く前に構想も考えないし、PCのスウィッチを入れるまでは、ほとんど書き出しも考えていない。時々、身辺の雑記を挿入することも思いつくが、じゃあどこに配置しようかなんていうのも行き当たりばったりだべ。などというように、不必要に文章が訛ってしまうこともしばしばじゃん。と口語を交えて書いたりと、とにかく文章の作法なんてあったもんじゃない。もんじゃやき。

 ついでに言えば、ワープロ機能ソフトはワードを使用。ご丁寧なことにオートコレクト他の文章構成ソフトが付いているので、出来上がった文章は赤波線のオンパレード。これは、ソフトの構成機能が“間違って綴っているんじゃござんせんか?オタク?”と言っている印。バッキャロー!お前に指摘されたかねえ!なんて思いながらも、本当に間違って綴ってしまったりするので、この機能をオフにできない僕ちゃん、涙。

 結局、自分の今の綴り方はなんざんしょ?と思っていたら、本書『ボディ・アンド・ソウル』にその答えが載っているではないか。ピピーン!ときたね!これじゃん、ワシの文章作法!ってね。その答えは・・・反射神経または運動神経。

 文章綴るのに、反射神経とか運動神経じゃないでしょうと思うかもしれないが、でもそれなの。文の頭を書き出したら、あとは「。」が付くまで、運動反射神経。反射神経はそうかもしれないが、運動神経じゃないでしょうと思うかもしれないが、でもそれなの。こうきた、じゃあこういこう、そうきたの、じゃあこうすんべ、みたいな。一人でテニス壁打ちみたいか(笑)。まあ、そういうこと。ハハハ、やっと自分の文章に答えが出たわ。嬉しい。

 ところで、本書の作者、古川日出男の文章、これまで読書されてきた方はご存知のように、この人の作文能力は凄い。表現力、構成力、描写力その他、何をとっても凄い。ちょっと『サウンド・トラック』のお話の構成力はイマイチであったとしてもだ。それでも硬派の文章に豊かな想像力を乗せた作品には、凄い凄いスゴーイ、パワーを感じるのである。その古川日出男が本書『ソウル・アンド・ボディ』で初めてみせたウル技が、舞城王太郎に代表されるリアル文体小説であり、町田康に代表される日本語の操り師としての降臨であり、つまり今までの作者からは想像できなかったような、評者の大好き好き好きな文体の小説なのである。読むべし、読むべし、べし、べし、べしなのである。

 内容はどうでもいい。主人公がフルカワヒデオで小説書いている人で、よく飲んではああでもないこうでもないとグダグダ考えて、でも考えがまとまらない、そんな話である。わからん?でも、読むべし。(20040926)

※最高!この文体!この古川日出男!(書評No408)

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# by kotodomo | 2004-10-04 14:30 | 書評 | Trackback(6) | Comments(12)