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2009年 12月 30日

▲「学問」 山田詠美 新潮社 1575円 2009/6

b0037682_721833.jpg う~む、各所で評価が高い本書『学問』だが、評者にはイマイチ。本書に圧倒されただとか、打ちのめされただとかいう書評に出逢い、久々に手に取った山田詠美、期待が大きすぎたわけでもなく、ただ物語が楽しめればと思って読み始めた評者なのだが。

 どうも評者的には、作者が余芸で書いたような、物語を紡ぎ出したというより時系列を重ねただけのような、そんな全体的な印象。

 小学生のとき出逢った男女仲良し四人組の高校までの話なのだが・・・なんだか入り込めずに読了したような感じで、残念無念であったのことども。

 気になったことが一つ・・・千穂という名をあだ名でチーホと呼ぶのかいな?呼ぶのかもしらん。しかしながら、評者ワールドでいうと、本来の呼称よりニックネームを長くするのはちょっと浸透せんような気がするが。

 とにかくだ、世間様の評判は非常に良いようなので、皆様、他の書評も読んでから、読む、読まないを決めるべし!!!(20091116)

※今のところ山田詠美作品は『PAYが DAY!!!』一番作品。(書評No929)

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by kotodomo | 2009-12-30 07:01 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 11月 13日

▲「幻想小品集」 嶽本野ばら 角川書店 1365円 2007/12

b0037682_935324.jpg 諧謔趣味的ショートショート風味作品集。

 全体、あまり評者の好みではなかったが、巻頭にある「Sleepingpill」は秀逸。要するに睡眠薬、睡眠導入剤について書かれた小品なのだが、睡眠薬にも色々種類があるようで、そのそれぞれを貴婦人に例え静謐な筆致で描写する技巧は、多分この人しか持っていないんじゃないかな。

 本書自体を強く薦めはしないが、本屋さんにて、巻頭の1作品のみ、大きくお薦めするのことども。(20091101)

※ハルシオンを飲んでみたくなった。いけない考えだけどさ。(書評No926)

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by kotodomo | 2009-11-13 09:04 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 11月 10日

▲「ツインズ-続・世界の終わりという名の雑貨店」 嶽本野ばら 小学館文庫 560円 2001/12

b0037682_15392683.jpg 前作『世界の終わりという名の雑貨店』の続編という位置づけに加え、切なくもスタイリッシュな書き出しの描写があれば、自ずと本書『ツインズ』は傑作じゃなかろうかと思って読み始めるわけなんだけど、さにあらず。

 中盤からの悪魔崇拝の部分の描写から、冒頭にあったスタイリッシュさも忘れさせるようなフィロソフィーが展開し、文学作品としてはそれでもいいのだが、文学作品的な主人公の最終決断まで達すると、なんで前作からの主人公がそんなんなっちゃうの?と、作者の持って行き方にうろたえる読者も多いのではなかろうか。

 作品的には、ロジックも一貫しており、主人公の今は亡き彼女に対する救いの行動指針という形で、最終決断も当然のものなのだけど、前作にあった切なさはそこには存在せず、結果的にあるのは虚無感というべきものなのだろうか。

 続編とはいいながら、どこかパラレルワールドな世界ですな。いいとか悪いとかではなく、作者の読者への裏切りというか、いい意味での裏切りとは言えないような、そんな技巧の純文学作品野ばら風でした。(20091030)

※で?どういう話?って部分は省略ということで。(書評No924)

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by kotodomo | 2009-11-10 15:39 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 09月 21日

▲「荒地の恋」 ねじめ正一 文藝春秋 1890円 2007/9

b0037682_6403415.jpg 先日、初ねじめ正一で『商人(あきんど)』を読んだら、淡々とした時代小説ながらも、一人の商人の流転する人生に面白さを感じたので、図書館で本書を目にした際に“ねじめ正一”という作家名だけで借りてきて読み始めた本書『荒地の恋』なのである。

 とは書いたものの、評者的には“ねじめ正一”という名前は、本来読まなくてもよさそうな作家の部類に分類されていたわけで、そういう評者的極私的心中分類に言及するならば、例えば“なかにし礼”“松井今朝子”“乙川優三郎”“芦原すなお”などという直木賞受賞作家で、名前から大衆文学が匂い立つような、そんな個人的嗅覚分類が勝手に存在するわけである。

 でもそれが結局は食わず嫌いなのは承知のわけで、『商人(あきんど)』でねじめ正一っていいじゃんと思ったら、ねじめ正一をもう一冊なんて思っちゃうわけなのである。で、作家名だけで読み始めたのである。

 物語の半ばまできて、やっと気付いた評者!この主人公の詩人北村太郎って実在の人物?ということは、ほぼノンフィクション?だから、意外に平坦な物語なの?エピソードを繋げただけだから?・・・そういうことであった。

 物語は、冒頭、初老の男が友人の妻と蜜月な関係になるところから始まる。当然、自分の妻は怒り狂い、本人は家庭を捨てて女性と出奔し、あっち行き、こっち行き、最後には若い女性と自由な恋愛を楽しむという波乱万丈の物語ながら、最初からそういう先々は読み取れるわけで、読者がその波乱に意外性を感じるわけでもない。ただ、そういう詩人がいたんだと、年表や年譜ではなく、物語資料として吸収できるだけの作品なのである。

 最後の最後にきて、ちょっとしたメタミステリーの味付けを楽しめる部分はあるのだが、まあちょっとした隠し味程度である。

 最後の最後まで“北村太郎なんて詩人知らねえ!なんで自分は知らねえ詩人の物語なんか読むことになっちまったんだあ!”なんて頭を抱えながら読了したわけなのだが、ネットで調べてみると実は知っているというかなんというか、まあ知っている人物だったのである。

 物語を読むと、この北村太郎という人物は、詩人であるという側ら翻訳家でもあることが知れる。で、ネットで調べてみると・・・なんとこのミス海外編1位の『夢果つる街』トレヴェニアンを訳したのは、この人北村太郎だったのね。知らなかったけど、知っている人だったのね。(20090917)

※現在も活躍中の詩人荒川洋治も文中に出てきます。(書評No912)

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by kotodomo | 2009-09-21 06:42 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 09月 09日

▲「ミステリー通り商店街」 室積光 中央公論新社 1470円 2009/5

b0037682_15272063.jpg 元々、作者は劇団の主宰者。そういう意味では、ベタな小説として読むよりは、ベタな新喜劇として眺めたほうが、面白く感じそうな。内容は、極々単純で、ミステリーで町興しを目論んでいる商店街に、主人公が迷い込むという屈託のないお話なのでした。

 問題は、随所に挿入されている素人書評への批判。間違ってはいないのだけど、どうも見方が一元的過ぎるんじゃないかな。

 例えば、どこかの企業が、経営者も一生懸命、従業員も一生懸命に働いていたとして、汗も涙も流していて、骨身を削りながら新商品を開発したとしても、それが消費者に受け容れられず会社が倒産したとしたら、責められるのは“あの商品はイマイチだよね”“ちょっとねえ”という評判を流した消費者ではなくて、やはり生産者側なのですよ。

 ところが、本書の中で著者は、「浅薄な素人書評家」、「どんな作品でも作者は骨身を削っている」という一元的な構図だけをもって、安易な批判書評を非難しているわけで、それはそれで“あるある、そういう失礼な奴いる”と共感する部分もなくはないのだが、「努力しない作家」、「連載での売文作品が単行本になった場合の不完全作品の存在」、「やっぱり下手な作家」、「素晴らしいのだけど、作品的に受け容れてもらえない場合」そんなパターンもあるのですよ、ということを置き去りにしたまま論じているのが片手落ちの感。

 企業の新商品と一緒で、いくら一生懸命でも骨身を削っても、消費者=読者に受け容れられなければ、やっぱり生産者=作者の責任は免れないのだなあ。(20090830)

※最後の男女の会話は、ベタなんだけど評者的には大好き♪(書評No906)

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by kotodomo | 2009-09-09 15:27 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 08月 21日

▲「新世界より」上下 貴志祐介 講談社 上下各1995円 2008/1

b0037682_9112170.jpgb0037682_911378.jpg 先週、8月11日の早朝、評者は綾瀬発5時の千代田線に乗車。随分と早いなあとお思いでしょうが、実はその日の夕刻に飛行機で東京から鹿児島へ帰るつもりだったのだが、前日から台風の動きが怪しい。で、もし台風の影響で乗れなかった場合を考えたとき、翌日12日以降はまっぽしお盆のフライトということで各便とも満席状態。意味もなくお盆の期間を家族と離れて東京で過ごさねばならんし、多分ホテルなんかもほとんど取れないだろうから、相当に困ってしまうわけで、それなら予定の飛行機が飛ぶ飛ばないにかかわらず、朝のうちに東京を脱出しようと、朝5時の綾瀬駅出発だったのである。

 綾瀬駅は地上駅だが、そこからは北千住、町屋と地下鉄になるわけで、地下トンネルを走っていたら・・・“電車が急停車します。お気をつけください!”のアナウンスと同時に急停止。何事かと思ったら“間もなく地震がきますので、お客様はしっかり近くの吊革等におつかまり下さい!”のアナウンス。えっ!なんで地震が来るのがわかるの?この電車の運転手と車掌は予言者?超能力者?なんて思っていたら、電車がユッサユッサ(@_@;)黙ってキョロキョロする乗客たち(自分含む)。評者は、意味もわからず、この予言者たちが言ったとおりに地震が来たわけで、予言できるほどに大きい地震かもしれん、このまま地下トンネルが崩れて、自分は死ぬのかなあ、なんて思っていたらほどなく地震もおさまり安堵&安堵。で、電車は動き、空港にも着き、飛行機は飛び立ち、鹿児島の自宅に戻り、嫁さんが“静岡の地震でさあ・・・”なんて言うのを聞いて、初めて静岡で震度6の地震があったことを知ったわけで、つまり何ゆえ電車の乗務員が予言者になりえたのかを知ったわけなのだが、詳しいことはわからないけれど、静岡で地震があった場合に首都圏の交通機関に通報がいくシステムがあるらしいということを経験として知った8月11日の出来事だったのである。

 ということと、本書『新世界より』とどういう関係があるのということになるが、基本的にはまったく無関係(笑)。あえて関連付けるなら、この物語の中では、評者が使った地下鉄も過去の遺物となっており、下巻の終盤では、この地下鉄という地下通路が人間と悪鬼の戦いのステージとして見せ場になることくらいかな。

 舞台はどのくらい未来かわからない未来の日本。そこに住む者たちは呪術者(超能力からテレパシーと予言を抜き取ったような感じ)であり、自分たちの住むエリアの外は魑魅魍魎というか跳梁跋扈というか、過去の日本が異常に育った世界が広がる。

 で、そこから作者の想像力、創造の世界が紡ぎだされるのだが・・・どうもいかん。こういう小説は、やはり評者には合わないようである。一言で言えば、SF少女小説漫画風。変な言い方すれば、子供の寝物語に、枕元で母親が話を紡いでいるような、中々理路整然と話を紡ぐ母親ながら、やっぱ終わってみると話が行き当たりばったりであった感は否めない、そんな内容の物語なのである。

 せっかく上巻を制覇したので、下巻は我慢して最後まで付き合ってしまったが、読破達成感を感じないこの読後感はなんざんしょ?巷の評判は高いっていうのにさ。(20090819)

※『シャングリ・ラ』『テンペスト』を途中で投げ出した評者なのだが、あのときと同じ感じのことども。(書評No905)


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by kotodomo | 2009-08-21 09:12 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 08月 20日

▲「遠い響き」 藤谷治 毎日新聞社 1785円 2009/4

b0037682_1050974.jpg 藤谷治が安部公房風に『燃えつきた地図』を書いたら、こんな風になりましたというような感じの物語である。要するに、作風の抽斗としては評価できるのだが、内容はなあ、イマイチなあ。

 猛烈な台風の吹きすさぶ多摩川で出会った奇妙な男。その男の奇妙でダラダラした話を、主人公夫婦が聞くだけの話である。破天荒でも面白い話ならいいのだが、破天荒で奇天烈なだけであって、結局、夫婦も読者も飽き飽きしながら聞かされるのである。

 小説テクニックを考えれば、評価できなくもないのだが、読書の楽しみという点ではお薦めできない藤谷作品なのである。(20090809)

※買うほどの本ではないのは事実。(書評No904)


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by kotodomo | 2009-08-20 10:50 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 07月 01日

▲「プレイ」 山口雅也 朝日新聞社 1680円 2004/9

b0037682_10531235.jpg 本書『プレイ』を東京単身赴任中の住まいのトイレで読み終える。男子に生まれたるものトイレで読み終えるということは、立ち居で読んでいたわけはないので、本を降ろすと、その手がトイレットペーパーに伸びる。で、ふと考えた。

 いつの頃からかはわからないが、最近のトイレットペーパーの着脱は楽になったなあと。両端に上方にのみ可動な爪がついているので、下から新しいペーパーを押し上げれば、ちゃんと装着され、前のペーパーの芯は上に浮き上がって取れる。今では当たり前だけど、昔は違ったぞなあと思う。評者が賢くも幼きときは、真ん中に芯棒があって、これが木でできていた。代わりに、外側の受けがアルミかなんかで柔軟性のある金属。そこにこじ開けるように、ペーパー中央空洞部分を貫いた木の芯を据えつけるわけで、これが軸の受けにうまく嵌まっていないと、ペーパーのカラカラとスムーズに動くはずの所作がいけんようになって、後から入った父親に怒られたりもした。“はまっとらんかったじゃないか!”と。つまらないことで怒る父親であった。

 そういうトイレの縄文時代から、その境目の時期は定かではないのだが、トイレ弥生時代に突入する。この時代には、芯棒がプラスチックとなる。ちょっとした蛇腹がついているので、芯棒自体がある程度伸縮可能。外の受けを押し開くことなく、芯棒を縮めて装着することができるようになった。それでもやはり、軸受けにうまく嵌まっていないと、カラカラスムーズ所作がうまくいかない。相変わらず、後から入った父親が“はまっとらんかったじゃないか!”と、成長のない時代の移り変わりである。

 時を経て、室町楼蘭文化に突入。評者は驚愕のときを迎える。当時は、もう父親の元を離れていた評者なので、こやつとの確執の時代は遠く過ぎ去っていたのだが、そんな折、他人の家のトイレを借りて驚愕したのである。人ん家のトイレなので、ブビベバ!とか音を立てずに、いとおかしく厳かに、厠から脱せんと決意していたのだが、ペーパーを取る段になって戸惑う。ペーパーを取るときに、カラカラと乾いた音ではなく、ピーヒャラピーヒャラ舞曲が流れるのである。ここの厠は、どこぞに楽隊でも隠れておんのか?と見回してもそうではない。どうやら、ここの芯棒、回ると舞曲騒乱たる装置がついているのである。それも回す度にその音曲が乱駄無なのがビックラなのである。まあ、それはいい。それはいいとして、この装置、何のためにあるのか?それがわからない。家人が客人のペーパーの消費量を音で監視するための装置なのか?それとも、音曲によっては当たり!とかそんな余興なのか?わからん。わからないので、そのお宅のトイレから、声も告げずに退散した評者なのであった。

 時は、現代。最初の話に戻そう。うん、うん、ペーパーの着脱も便利になったものだねえ。う?待てよ。無駄があるじゃん。無駄が。あの横からの爪。あの長さを考えると、トイレットペーパーの芯の空洞の中央部って、意味ないじゃん。使われていないじゃん。おい、メーカー!そこんとこ気付いていんのか?もし気付いていたら、あの使われないスペースになにかオマケでも入れなさい。と考えたところで、着衣を整え、立ち上がらんとするトイレ内の評者。

 え?本書『プレイ』の内容はって?中編四作収録。一応、遊び(プレイ)がキーワード。雰囲気はホラー系、不可思議話。以上。書評ってのは、ホントは2行もいらないのです。

 え?それじゃあ書評じゃないって?詐欺みたいって?そんな話、水に流しなさいな、ジャー!!!(20041029)

※図書館新作入荷、それだけで借りた本でした。(書評No425)

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by kotodomo | 2009-07-01 03:53 | 書評 | Trackback(1) | Comments(4)
2009年 04月 26日

▲「幼なじみ」 佐藤正午 岩波書店 1575円 2009/2

b0037682_6423445.jpg デニス・ルヘインの『運命の日』上下巻二段組みを読んでいたら、読書が全然進まず、それもそのはず毎晩毎夜飲み続けながらの合間読書なので仕方なく、ならってんで薄そうな佐藤正午の本書『幼なじみ』でコーヒーブレイクと手に取ったら、な、な、なんと!15分で読み終わったではないか!っていうか、これ絵本だぞ!まあ内容的には子供が読みそうな物語ではないが、大人の絵本には間違いない。要するに、薄くて絵が多いわけで、15分で読めるわけだ。そんなのも知らずに、佐藤正午の最新刊♪と積読してたのだけど・・・う~む、コストパフォーマンス悪すぎ!315円のコーヒー代くらいのパフォーマンスだど。

 で、岩波書店は岩波書店なんだけど、「coffee book」なんて叢書タイトルみたいなのが表紙に書いてあるわけで、なんじゃらほい?と調べてみた評者。岩波書店のHPを見ると【ブレイクしながらコーヒーブック,わたしの愉しみマイブック,だれかに贈ってギフトブック,あたらしい本,生まれました.色んな味のコーヒーブックス,ほろにが・きもカワ・トキメキ・うめき・(笑)・(怒)・リアル・マジカル! 実力派小説家と気鋭の画家による花の競演シリーズ.おとなたちへ,とっておきのプレゼント】・・・???・・・つまりやっぱり大人の絵本シリーズってことじゃん(笑)。現時点で6作家による叢書のようだ、いや絵本シリーズか。

 で、評者の評価が悪くなったのは、薄いからではない。15分だからではない。佐藤正午らしさが、うまく出ていないからである。小説の名手である著者は、短編でも長編でも技工者なのだが、本書ではどうも中途半端なのである。冒頭の謎かけもうまく収斂しないし、過去に遡る物語の手法も、最終的にうまく落とせていないのである。ただ、文章が佐藤正午らしい透明感があるっていうだけなのである。

 幼なじみの女性の死。過去の記憶が2つ配置され、少しだけ二人の関係性が明かされる。そして、二人の小学校時代のシーン。巧いっちゃあ巧いんだけど、小説全体を見れば、う~む、なんだかなあ。これで1575円だと、絵の部分が1575-315=1260円みたいな感じかな。まあ、いいや。図書館から借りた本だし。(20090423)

※なんて、書きながら評者は佐藤正午は大好きです。(書評No878)

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by kotodomo | 2009-04-26 06:42 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 03月 22日

▲「チェーン・ポイズン」 本多孝好 講談社 1680円 2008/11

b0037682_17233654.jpg 評者が幼き頃、いとこのネエチャンに次のような謎々を出されたのことども。

 “太郎君がかぜで寝ていました。その時、太郎君の家の庭で牛がモーと鳴きました。蝶が飛んできて牛に止まりました。さて、太郎君は、何の病気で寝ていたでせう?”

 ・・・牛がモー?チョウ?はい(^^)/はい(^^)/はい(^^)/“答えは、モーチョー、盲腸!”“ブブー、不正解。答えは、最初に言ったでしょう。かぜ!太郎君はかぜで寝ていたの♪”

 気付く人は普通に気付くひっかけ問題であったのだが、幼き評者は全然気付かず罠にハマったのであった。

 本書は、罠一個のミスリードミステリーなのだが、評者の場合、最初で普通に気付いてしまい、っていうか、作者が英語の意味でSAMEと書いているのだが、全然SAMEじゃないじゃん、違うじゃん、違うだろう、って思っていたら結局違ったわけで、だから全然ミステリーとして読めなかったのである。落としどころさえ確かならば、もしくは展開自体が面白かったらそれなりに楽しめたんだろうけど、罠以外の工夫はなく、味気なかったのである。

 それ以上、何も語れないミステリー小説である。結構、色んな書評で“気持ちよく騙されました”なんて書いてあるんだけど・・・騙されるかなあ?と、モーチョーに騙された評者が言えることでもないのことども。(20090315)

※それでも、多分このミスランクインでしょう。(書評No871)

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by kotodomo | 2009-03-22 17:24 | 書評 | Trackback(1) | Comments(0)