「本のことども」by聖月

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2010年 01月 21日

◎「インドなんてもう絶対に行くか!!なますてっ!」 さくら剛 PHP研究所 1365円 2009/10

b0037682_12575069.jpg 『さくら剛の本なんてもう絶対に読まない!!ことどもぉ!』と思いたくなるような、マンネリズム溢れるインド旅行記第2弾なんだけど、面白いっちゃあ面白いし、くどいところが魅力だったりして、多分第3弾が出ても読むはずの評者なのである・・・だって、結局、図書館から借りてきてタダだし、買わなくても“インド旅行記 対インド人戦闘日記「ふりむけばインディアン」”という著者のサイトを見ればいつでも読めるわけで、でもネットで読むのも面倒な中年男の評者なので、本というスタイルになって図書館で借りることができるのならば、きっと読むはずなのである。たとえ、それが究極のマンネリだったとしても、町田康のマンネリ奇想エッセイを読み続けるように、こういう文章を読むこと自体が楽しい評者なのである。

 前作◎『インドなんて二度と行くか!ボケ!!―…でもまた行きたいかも』を再読するような感のある本書の内容である。

 前作の書評の中で“とにかく、この本に出てくるインド人たち、可笑しいほどに観光客から金をむしり取ろうとする。自転車タクシーに乗って目的地を告げ、料金交渉をする。100ルピーで話がついて乗り込む。さあ、着いたぞ!ここはどこ?俺の知り合いの絨毯工場だ!なんで?まあ、買わなくてもいいから見るだけ見てってくれ!いやだ、早く目的地に行け!わかった、わかった・・・さあ、着いたぞ!150ルピーだ!なんで?100ルピーだったじゃないか!ゴニョゴニョ・・・そんな風に、いちいち金の話になってしまうのである。こういう話がバリエーションを変え延々と続くので、乗り切らない読者には少し退屈かもしれない。”と書いた評者なのだが、今回も中身は一緒。

 ただ、前回は初めて騙されたわけだけれども、今回は同じ人物に騙されたふりをしたり、前回登場しなかった“風船売りのインド人”の話が出てきたり、少しは違った風味の話も出てくるので・・・でも、全体は大体一緒なので、前回書店で購入し、今回も購入を考えている人は、結局同じ本を2回買うのと同じことなので、俗に言うダブリ買いを厭わなければ、それはそれでその人の勝手かとは思うが。(20100116)

※中身はブログ風、横書き強調文。(書評No936)

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by kotodomo | 2010-01-21 12:58 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 12月 30日

◎「プリズン・トリック」 遠藤武文 講談社 1680円 2009/8

b0037682_8252958.jpg リーダビリティは高く、ご都合主義にも目を瞑り、まあ合格点でしょうなあ。

 結局、物語自体は破たんをはらんでおり、表紙の絵が示すような成り立たない構成かと。

 最期の一文は、破たんした構成を、自ら肯定するような、作者の意思表示とも思えるのだが。(20091129)

※(書評No933)

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by kotodomo | 2009-12-30 08:25 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 12月 30日

◎「洋梨形の男」 ジョージ・R・R・マーティン 河出書房新社 1995円 2009/9

b0037682_861420.jpg 日本の読者が耐えられる面白さの翻訳短編集と言えるのではないかな。
 ちゃんと、オチとかサスペンス度とかがはっきりしていて、凡百の海外物と一線を画す物語集のことども。(20091121)

※「奇想コレクション」という叢書より(書評No931)

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by kotodomo | 2009-12-30 08:06 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 11月 09日

◎「八朔の雪-みをつくし料理帖」 高田郁 ハルキ文庫 580円 2009/5

b0037682_2033394.jpg 日経新聞は会社で適当に目を通す評者なのだが、やはり会社事務所という環境では、新聞を読むという行為に長々と時間を費やすのも憚れるので、そこまで隅々までは目を通さないし、大抵の場合、下の方の広告にまでは目が行かない評者なのである。

 今回は、珍しく、その日経の出版社の広告が目に留まり、何々・・・江戸人情本、料理本、感動本(これが決め手のフレーズでした)、増刷、そんなところで図書館から取り寄せて読んでみた本書なのである。

 澪という女性主人公。その彼女の料理にかかわる奮闘本で、また人情本であるからして、色んなキャラの登場人物たちの泣き笑いがそこに描かれ、読んでいる途中までは、なるほど広告通り、なんて思って読んではいたのだが、感動さんはどこにあるんだろう、連作短編のひとつひとつに世の人々は感動するもんなんだろうか、自分はそこんとこはイマイチなんだけど・・・なんて思っていたら、はいはい感動さんは、ちゃんと居ましたよ。終盤のところに居ましたよ。クールな評者も、ちょっとググッとくるような感動さんがね。

 ということで、本書は今年の押さえ本。気軽な読書、それでいて何か感じるような読書体験を求めている方に超お薦め。やはり、男性よりは女性向けかもしれませんが。(20091029)

※続編『花散らしの雨』も2009/10に同じハルキ文庫から。著者の姓は、本当は梯子高(意味のわからない人は調べてね)の高田に、名前の読みはカオルでござる。(書評No923)

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by kotodomo | 2009-11-09 20:33 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 11月 06日

◎「変身」 嶽本野ばら 小学館 1470円 2007/4

b0037682_11511664.jpg 朝起きたら、不細工な主人公男性が、イケメンになっていたというワンアイディアだけの作品ながら、やはりこの作家は巧い。なぜ、イケメンになったのかという謎にも触れず、ただただイケメン変化後の世界を紡ぎながら、結局は人は変身しても本質的には何も変わりはしないのだよと言っているだけなのだけど、唸るような巧さもちゃんと内包しているのである。

 一番感心したのは、これはいつもの嶽本野ばら節と言えると思うのだけれでも、語り手の主人公に、語る相手を位置づけていることである。全体は主人公視点で、語る相手もなく描写されていくのだけれど、途中で“おーい、〇子よ、今の俺って、人気もあるし、お金もあるけど、でもさあ・・・”ってなものを挿入することによって、時間軸とは異なった心理描写を描くわけで、これはこの作家の得意とする手法で、時間軸で読んでいた読者にちょっと佇んで物語を感じさせるわけである。う~む、このあたり巧いよなあ。

 主人公は、うだつのあがらない少女漫画家(男性32歳)である。ある朝、起きてみると美男子になっていて、その容姿を武器に本の売れ行きもあがり、写真集まで出す始末。取り巻く女性たちもデートに誘えば断らないわけで・・・でも、そこには元々の本人が持っていた拘りや性質は残っているわけで、そんなものが邪魔をするような形で、決してハッピーとは言えない『変身』の物語なのでした。

 ただ、最後のほうの主人公の心境の吐露は、なんでそうなるの?と納得のいかない評者。あと、この手の作品で気になるのは、イケメン魔法はいつ解けるの?というところで、それは読んでのお楽しみのことども。(20091027)

※〇子の喋り方は、非常に特徴があってオモロカッタ。(書評No922)

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by kotodomo | 2009-11-06 11:51 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 11月 04日

◎「カフェー小品集」 嶽本野ばら 小学館文庫 500円 2001/7

b0037682_93411.jpg しばらく書評などは書かずに、本ばかり読んでいた(っていうか、晩酌の合間に多少の本は読みましたって程度なんだけど)評者なのだが、やはり自分のために読んだ記録は残そうと、休みの日に一念発起。短い文章ながら、数冊の本の書評を書いたのはいいが、アップしようとしたら、本書『カフェー小品集』の原稿がまっさら・・・どうも、保存の仕方を間違ってしまった47歳の耄碌。

 何を書いたのだろう?多分、こんなことを書いた・・・はず。

 要するに、本書は素敵な小説集で、素敵な小説を書く作家というのを考えたとき(評者的には村上春樹とか山田詠美が浮かぶのだが)、そういう作家たちは、日頃から素敵な小説を読み、素敵な音楽を聴き、素敵な酒を楽しみ、素敵な服を纏い、そんな素敵がいっぱいだから、素敵な小説が書けるわけで、素敵なカフェーで思索する嶽本野ばらの小説はやはり素敵なんですよ・・・そんなことを書いたんじゃないかと思う、47歳耄碌の記憶。

 では、そういうことで。(20091006)

※せっかくだから、カフェーを飲みながら記憶を探って綴りました。(書評No920)

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by kotodomo | 2009-11-04 09:34 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 09月 24日

◎「ミシン」 嶽本野ばら 小学館文庫 460円 2000/11

b0037682_8493355.jpg 「世界の終わりという名の雑貨店」と表題作「ミシン」の2つの中編が収められた本書である。「ミシン」のほうは評者好みではなく評価は〇。「世界の終わりという名の雑貨店」のほうは、いつもの野ばら流野ばら節が存在していて、こちらは◎。で、全体の評価を◎か〇か迷ったのだが、文体的にこの作家が最近の評者お気に入り印なので◎ということに。

 まず「ミシン」のほうだが、題名からおぼろげに想像していた物語と随分と違っていたのであることを報告するのことども。例えば、主人公少女が居て、いつものように服装主義はロリータで、母親とミシンの古い記憶なぞを上手く絡めながら物語が進んでいくのかと思ったら(勝手に思っていただけなのだが)、さにあらず。主人公少女が憧れるバンドの女性ボーカリストの芸名がミシン。なんじゃそりゃ?つまり、作者がその人物にポンカンという名前を付けていたら、小説名も「ポンカン」になったわけで、ホーチミンサンダルなる名前を付けていたら「ホーチミンサンダル」になったわけで、つまるところ、こういう自由度の高い題名が素敵っちゃあ素敵なのかもしれない。

 「ミシン」の女性主人公は同性に憧れを持つ。レズとかいうのではなく、エスというらしい。あれだね、確かに中学生くらいのときって、エスの女子たちはたくさんいたね。女の子同士手をつないだり、交換日記したり、おソロのアイテムを持ったりして、仲良し好き好き度のインジケーター表現みたいなね。まあ、そういうエス気のある女の子が、ミシンさんに憧れる物語なのである。

 「世界の終わりという名の雑貨店」と比べたとき、「ミシン」のほうにはいつもの嶽本野ばらが存在しないわけで、考えてみりゃ「ミシン」なんて嶽本野ばらの小説デビュー作だからいつもの嶽本野ばらが居ないなんて評者が勝手に叫んでも、初めてなのにいつもはないでしょうが、あんたさん、てなとこである。

 じゃあ、「世界の終わりという名の雑貨店」にある、いつもの嶽本野ばらっていうのは何かというと、“キミと僕の出逢い”+“冒険”+“ファッション流儀”ってところだろうか。ひょんなことから雑貨店を営むことになった僕主人公が、その店でキミと出逢い逃避行。勿論、各所にロリータファッションを中心に主義主張としてのファッションが語られる。

 評者はファッション系には疎く、当然ファッションとしてのロリータに知識はないので、作者が描写するところのラブジャケットやら、ミニクリやら、オーバニーやら、ロッキン・ホース・バレリーナなどを身に付けた登場人物たちを説明されてもチンプンカンプンなわけで、秋葉原などで散見されるメイド姿のファッションを思い浮かべるしかないのである。今の世の中ネットがあるので、調べてもいいのだが、アラヒフになるならんとしている中年男性が残された人生の一部をそんなことに費やすのは勿体ない気がするし、調べたら調べたで、その奥深さに感銘を受け、学問としてのロリータを極めることを老後の楽しみにしようなんていう爺さんにはなりたくないなあ、なってもいいかなあ、なんてことを考えてしまうからである。

 それでも、作者のファッションの流儀を説く部分は、なるほどと感じるわけで、何がなるほどかというと、野球の楽しさを知らない人に野球を説いて、なるほど野球ってなかなか興味深いなあ、なんて感心させることのできる野球伝道者をあてはめて考えてみればいいわけで、そういう意味でファッションの奥深さを知らない評者に、作者は静謐な筆で伝道してくれる達者に映るわけである。

 でも肝心はファッション部分ではなく、ファッションのことをそれだけ伝えられる人だったら、心の機微、男女の機微、冒険の機微、すべての機微を伝えることができるわけで、それが形になった嶽本野ばらという人の文章を読むという行為が、最近好きな評者なのである・・・なんて書きながら、ちょっとだけファッション系の検索をしてみたが、途中でどんな検索用語を入れればいいのかがわからなくなり、やっぱり調べることは止めにした評者なのである。(20090921)

※例えば「ロッキン・ホース・バレリーナ」ってどんなアイテム?と思って検索をかけたのだが、大槻ケンヂの同名の本ばかりがひっかかり、とりあえずその表紙に描かれている女性を眺めても、どの部分がロッキンなのかわからない体たらくな評者なのである。(書評No915)

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by kotodomo | 2009-09-24 08:49 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 08月 19日

◎「レイチェル・ウォレスを捜せ」 ロバート・B・パーカー ハヤカワ文庫 777円 1987/2

b0037682_10592416.jpg いやあ「本のことども」を始めて900冊ですか・・・最近は、なんだかブログ自体をやめる気配があった聖月様なのですが、やっぱり本は読んでいるわけで、今現在、短評などという姑息でお下劣な手段をとりながら、なんとか続けようとしているわけです。

 以前にも書いたことはあるのですが、ここまで来ると墓標みたいなもんですから、やっぱ頑張ろうかと思っちゃうところはあるのですよ。

 さて、記念すべき900冊目は1987年発行のスペンサーシリーズ6作目『レイチェル・ウォレスを捜せ』ということになりました。シリーズ30作目の『真相』の巻末の人気投票で『初秋』に次いで第2位ということなので気になっていたのですね。

 中身はというと・・・レイチェル・ウォレスを捜すんですな、題名通り(笑)。で、多分、なんで人気投票の上位になったかと推測すると、序盤のレイチェルとスペンサーの関係性や会話が興味深いからじゃないでしょうか。ウーマンリブの同性愛者レイチェルということで、ハードボイルドなスペンサーと噛み合うわけがないところを、仕事をともにする(っていうか、スペンサーがボディガードを引受けて同行)わけですから、そこんとこがオモロイわけなのですな。

 でも、中盤でレイチェルが行方不明になっちゃうわけで、そこから二人のやり取りが不在になるわけで、そういう意味で評価は◎止まり。ただ、22年前の作品ながら色褪せてない面白さは内包してるんですな。(20090719)

※って、一体どこのどなたの文体をマネしたのか、自分でも不明(^^ゞ(書評No900)


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by kotodomo | 2009-08-19 11:01 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 08月 18日

◎「ミレニアム2 火と戯れる女」上下 スティーグ・ラーソン 早川書房 上下各1700円 2009/4

b0037682_1337941.jpgb0037682_13373161.jpg 『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』で活躍した主人公ミカエルと刺青女リスベットの擦違い小説。前作の事件からずっと会わずにいた二人。基本的にはリスベットがミカエルを避けているわけだけど、そのリスベットが序盤に殺人の罪で指名手配され、そのまま潜伏するわけで、とにかく“出会えない二人”を描いた物語なのである。

 結局、最後には出会うことになるのだが、そのときには片方が〇んでいるわけで・・・。

 前作にあった終盤のカタルシスが本作には不在。前作と同じくらいの長さの上下巻本ながら、長過ぎの嫌いも。(20090628)

※シリーズ最終作となる『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士』上下巻が既に出ているので早目に読みましょっと。(書評No894)

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by kotodomo | 2009-08-18 13:41 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2009年 07月 02日

◎「ペンギンの憂鬱」 アンドレイ・クルコフ 新潮社 2100円 2004/9

b0037682_1720655.jpg 以前、長野県は蓼科高原に住んでいた評者の住まいは、所謂リゾート風集合住宅であり、1階に住む評者はワインのヌーボーの解禁時期に、どういういきさつか忘れたが、4階に住む女性と一緒に評者の部屋でそのヌーボーを中心に据えたささやかな二人だけのパーティーを行うことを約束するはめになってしまった。夕刻に評者の部屋の扉の前に現れたその女性は、いかにも高原のお嬢さんという清楚な雰囲気で、評者も約束するはめになってしまったとか言いながらも満更悪い気もしなかったのであるが、彼女が携えた小粋な食料の袋とは反対側の手に持っていたバスケットがどうも気になった。部屋の中に招き入れたあと、その彼女のバスケットから物音がする。ウサギのウーよ♪という。籠の中じゃ狭いから出してもいいかしら♪という。ワインを楽しみ食事を楽しむ二人と一緒に、そのウサギのウーは勝手にピョンピョン楽しんでいる。結局そのまま評者の部屋に泊まった彼女だったのだが・・・ウサギのウーがうるさかった。一晩中ゴソゴソ、ガサガサ。ウサギって夜行性?そう思いながら、やっと寝付いた評者なのだったが、朝起きてみると迷惑なことにウーは死んじまっている。彼女は大泣きし、自分の部屋に帰るとだけ言い残し、部屋を出ていったのはいいが、ウーの死骸は部屋の中に残されたまま。出て行く彼女に、そのことを後ろから伝えても、死んだウサギはいらないと言ってそのまま行ってしまう。

 仕方がないので、30分かけて車で山を降り、なんとなく気付いていたお店までウーを持って出かけ、1万5千円払って剥製にしてくれるよう頼み、出来上がったら電話します、3~4日くらいかかりますけどということで、電話を待つがかかってこない。いい加減催促してもいいだろうと思って、7日経ったときに自分の部屋の受話器をあげると電話自体が死んでいる。原因を探ると、なるほど室内の電話線が妙な感じに切れている・・・齧られている。ああ、ウーはこれ齧って食って死んだのかと思い、またしても車で山を降り、剥製屋さんに連絡がつかなかったことを詫び、立派になったウーの剥製を受け取り、千円で電話線も買って、彼女の部屋を訪問するが不在のようで、ウーの剥製の入った箱とメモを彼女の部屋の前に置いたが、一週間もしないうちに彼女も部屋の前の箱も、何の連絡もなくいなくなる。

 それから5年後、東京に住むようになっていた評者の荒川の住居の前に、仕事から帰ってくると、幼い女の子が立っており、蕎麦屋の岡持ちみたいなものがその横に置かれている。女の子が、メモを評者に渡す。名前は書いていないが、それは以前ウーの剥製と一緒に突然消えた女性に渡した評者直筆のメモであり、空いたスペースに、あなたの子です、よろしくお願いしますと書いてある。女の子はニンマリして、あたしの名はアーニャ、そしてこっちはミーシャ、よろしくね♪と言って、岡持ちのふたをあける。ミーシャと呼ばれたそれは、でっかい皇帝ペンギン。こっちのほうは、どう考えても自分の子じゃないだろう。そして3人の家族ごっこが始まる。女の子アーニャは蓼科ヌーボーナイトから勘定が合うように4歳なのだが、結構しっかりしている。評者が相手にしなくても、大抵の場合ペンギンのミーシャに絵本を読んで聞かせているか、一緒に風呂場で水浴びして遊んでいるか、一番多いのは一緒になってテレビを眺めている。たまにペンギンのミーシャがギャッ!と鳴くときは、必ず画面に猫が登場しており、女の子アーニャは大丈夫だよと、ミーシャに優しく声をかける。

 3ヶ月も家族ごっこが続くと、お互いなれてきて、どっか出かけようかという話になり、冬の蓼科湖へドライブ。氷の上は、ワカサギ釣りの穴だらけで、ペンギンのミーシャははしゃぐように、あっちの穴からこっちの穴へ冒険を続け、女の子アーニャは氷や雪が珍しそうで、こんなところで育ったのじゃないの?と訊くと、多分名古屋というところで育ったんだと思うと答える。

 そんなこんなの楽しい出来事を自慢のブログ日記に評者が何気なく書いたところから、なんだか話がおかしくなってくる。蓼科漁業協同組合という組織から、漁業権の問題ということで内容証明郵便物が届き、自分が不在のときに不審な人物がきたけど出なかったよ、エライでしょ♪とアーニャは言うし、音楽会社やデジカメメーカーから、著作権や商標登録の侵害云々の話が舞い込む。そして、評者は・・・。

 いかがかな。以上は評者のフィクションであり、実在する人物、団体・・・という言い訳は別にして、本書のような読んでみてくれとしか言いようのない作品の書評に代えて、少し変奏曲、大いに別ジャンルの作り話で紹介してみたのだよ。

 著者はウクライナのロシア語作家。本書の前半は、ウクライナのいしいしんじが書いたようなそんな雰囲気。中盤では表の世界から裏の世界が投射され、終わってみれば少し形而上。あとがきを読むと、著者はロシア語翻訳された◎◎『羊をめぐる冒険』村上春樹がお気に入りとのことで、う~ん、この作風、そういえばそんな雰囲気も(^.^)(20050319)

※本書の中に登場するペンギンは身長1メートルとでかい。表紙絵のように少女とペンギンの大きさは大体一緒なのである。だからなんだと言うわけじゃないが、表紙絵のペンギンは少女に比べでか過ぎないかという疑問に備え(書評No497)

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by kotodomo | 2009-07-02 21:10 | 書評 | Trackback(7) | Comments(14)